第二十話
今回は人数が多いので、いつもの香辛料や粉ものの調味料に加えて、液体調味料もいくつか持ってきている。
具体的には醤油に酢、みりん、ソース、みそなどだ。
ちなみにリセルカさんがこれらを見た瞬間商人の顔になったのはいうまでもない。
オレたちが持ち込んでいる香辛料や調味料は問題なく売れている。
「いやあ、あなたたちのお陰で大量に塩や砂糖、胡椒が手に入るようになりましたからね。これらは正直いくらあっても足りないので、とても助かってます」
説明するリセルカさんはホクホク顔だった。
貴重品なくせして保存食品作りに大量に消費するから、常に香辛料の値段は高止まりしていて、高値でも引く手数多のようだ。
エルナミラは季節の寒暖差が激しく、食糧不足になる冬は特に保存食に依存する。今はもう過ぎているが、秋が需要のピークだそうだ。毎年売り出した側から売れていくらしい。
大量に持ち込んだことで起きるのが懸念される値崩れも、売っているのが香辛料類を扱う最大手のエバス商会だけだから問題ない。市場の価格を見ながら十分コントロールできる。
今回も大量の硬貨に換金してもらって、それぞれ分けて持つことにした。
皆エルナミラの時用に新しい財布を用意していて、それに硬貨をしまう。
リセルカさんが日本の財布に凄く興味を示していたが、まあ、財布についてはまた今度にしてもらおう。今日の趣旨とは違うので。
商売は一応行うが、今回来た目的はどちらかといえばエルナミラに来て異世界の存在を感じ取ってもらうことそのものにある。
一応超常現象が関わっていることは否定しようがないので信じてもらえるが、異世界だと断定するかどうかはまた別の話なので、これを気に実際に肌で雰囲気を感じてもらおうってわけだ。
ゴンドさんにも挨拶をしたいし、ちょうどエルナミラは昼なので、オレたちも食事に行くことにした。
「いらっしゃい! あ、リュージさんじゃないか! 今日は大勢だな。おい、案内して差し上げろ!」
コック長のゴンドさん自ら出迎えてくれて、オレたちは恐縮しながら席につく。
そのまま注文まで聞いてくれた。
「何にする……って、字が読めないんだったか。じゃあ勝手に持ってくるが、いいか?」
こういうアバウトで融通が利くところも、異世界ならではといえる。
「予算はどれくらいだ? って、聞くまでもないか」
「ええ、気にせず持ってきてください。こちらの人数も今日は多いので、料理は大皿で構いませんので取り皿もお願いします」
「おう、待ってろ」
ゴンドさんが去ると、すぐに娘さんがオレたちのお冷やを運んできた。
井戸水なので冷たくて美味い。
文化はヨーロッパに近いが、水は軟水なようで口当たりが柔らかい感じがした。
しばらくして運ばれてきたのは炒め物に焼き物、スープ、サラダ、パンなど様々。
そして驚いたのは、その全てにしっかりした味がついていたことだ。
「あなたたちのお陰ですよ。出回る香辛料が増えて私たちにも手が届くようになったってお父さん凄く喜んでましたよ」
料理を運びながら給仕をしてくれるゴンドの娘さんがくすくす笑う。
「美味しいです! 前とは全然違います!」
来た回数は少なくとも、一度目の時の味付けを覚えていたようで、翔子は一口食べてすぐに表情を輝かせる。
「んっ、これは中々」
割と食にうるさい方の恋子先輩も、まんざらでもなさそうに舌鼓を打つ。
「少し身構えてしまっていましたが、悪くありませんね」
ちょっと警戒していた様子の正治さんも、破顔して料理を取り分けている。
「むむむ……同じ料理人として、少しお話してみたいかも……!」
菖蒲ちゃんは料理人視点で味が気になるようで、ちらちらとゴルドさんに視線を送っていた。
いい意味か悪い意味でかまでは分からないが、喜色に溢れた表情を見ると、そう悪いものではなさそうだ。
「俺、これからここで飯食べようかな……。そっちの方が安くつきそうだし、普通にこっちの料理も美味いし」
何だか悠太がこの店の常連と化しそうなことをいっている。
確かにエルナミラの通貨は簡単に手に入るので、ただ暮らすだけならこっちの方が色々と安くつくのは間違いない。
その場合はオレたちが日本のサニア状態になっちまうから、勧めはしないが。
「いかにも異国の料理って感じですよね。食器も風情がありますし、良い所ですね」
春日君は意外によく食べるようで、誰よりも料理をおかわりしていた。
ゴルドさんの料理は皆に好評のようだ。
「ああ、そうだ。今日エバス商会さんの方に新しい調味料を卸させていただいたんで、手に入ったらそっちの方も使ってみてください。俺たちの故郷で使われている調味料なんですよ」
「何!? それはぜひ行かせてもらうとも!」
「あなたったら、はしゃいじゃって」
目の色を変えたゴルドさんに、ゴルドさんの奥さんが苦笑している。
「美味しいね!」
「おう、そうだな」
オレとしては、サニアを含め皆に喜んでもらえたことが一番だな、やっぱり。
■ □ ■
当然今回も、ネットショップの商品を探して市場をうろつき回る。
その他にも、各々が買いたいものがあれば、配ったエルナミラ硬貨の範囲内で買っていいことにしている。
当然好みが人によって違うので、全員が纏まっていると時間が足りない。
「それじゃあ、蒲原さんと高崎君、オレとサニアで一斑で。海峰さんは、残りを頼みます」
苗字呼びをしたら恋子先輩が軽く睨んできた。
「ちょっと、普段通りでいいわよ」
「いや、そういうわけにもいきませんよ。今まではいざ知らず、これからは仕事で関わるんですし」
「……むぅ。仕方ないか。でも、貸し一だからね」
引き下がってくれるのはいいんだけど、これで貸しが増えるのか。あとが怖いな。
「それじゃあ、こっちは私、吉祥寺さん、笹倉さんと坂本君で行きます。市場は活気があって安全なところですけど、絶対はないので一応気をつけていてください」
「海峰さんのいう通り、日本ではないので日本の常識は通じません。外国に来たつもりで行動をしてください」
「そうですね。逸れないように気をつけましょう。坂本君もだよ」
「何で俺だけ名指しなんですか……」
正治さんに注意されて、悠太が微妙な表情になっている。
たぶん、周りの雰囲気に気が散っているのが丸分かりだったからじゃないかな。
確かに、オレたちが今いる市場はとにかく活気が凄くて、エルナミラ王都の全てのものが集まってきているんじゃないかってくらい扱っている商品も多種多様だ。
客も個人消費が目的っていうよりも、店を営んでいて在庫の補充目的とか、仕入れのためとか、そういう商売関係の客が多い。
個人消費が目的で来ちゃダメってことでもないみたいだが、それで割に合わない買い物をしてしまっても自己責任になるらしい。
まあ、基本的には大量買いした方が個々の値段は安くなるからな。個人消費目的じゃそうそう数は買えないから、結局損をするわけだ。
オレたちも、ネットショップの商品はできるだけたくさん買うつもりだし。
「へっへー。リュージと二人きりでデート♪」
「デートでもねえし二人きりでもねえよ」
二手に分かれたあと、つい普段の調子でサニアにツッコミを入れたら、苦笑する春日君にやんわりと窘められてしまった。
「施設長、言葉遣いが……」
「おう、すまん」
施設長なんて呼ばれて、ちょっと驚いてしまった。
……そうだよなぁ。児童養護施設はもう開設に向けて本格的に動いてるし、雇われた春日君たちにしてみれば、オレは雇い主で上司なんだよな。しっかりしないと。
「私、こっちの調理器具を見てみたいです。お昼をいただいたお店の厨房も遠目でちらっと覗いてみたんですけど、ちょっと日本のものとは違うみたいだったので。サニアちゃんのことを考えるなら、日本式よりこっちのエルナミラの調理器具の方がいいのかなって」
調理人らしい観点からサニアに気を遣う菖蒲ちゃんだが、サニアの方は全然気にしていないようだ。
「? 私は日本のでいいよ? っていうか、こっちの調理器具なんて私も馴染みないし」
「え? あら?」
サニアの反応は菖蒲ちゃんにとって予想外だったようで、目を丸くしている。
「リュージに拾われるまで、まともな食べ物食べてなかったし。そもそも私、エルナミラ料理についてもほとんど知らないんだ。パンが一番のご馳走で、店や各家庭の残飯が手に入ればそれでラッキー、って感じだったから」
オレと出会う前の話をするのはサニアとしても珍しいことなので、オレも数えるほどしか記憶にない。
あまり楽しい記憶じゃないしと、サニアも話したがらないので無理に聞くのも躊躇われるのだ。
「孤児ということは聞いていましたけど、本人の口からいわれると生々しいものがありますね……」
自分たちが働く施設に入所するサニアという女の子と向き合う難しさを改めて知り、ごくりと唾を飲み込む春日君とは対照的に逆にやる気を燃え上がらせたのが菖蒲ちゃんだった。
「わ、私、美味しいものいっぱい作る! いっぱい作って、サニアちゃんにご馳走してあげる!」
「ひゃっ」
むぎゅっと菖蒲ちゃんに抱き締められて、サニアが目を白黒させている。
菖蒲ちゃんも春日君も、良い人そうで良かった。
心の底から、オレはそう思うのだった。