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第十八話

 急遽フリーの音声読み上げソフトをインストールしてコメントを読み上げるよう設定してやると、意味を理解したサニアはショックで寝込んだ。

 ……まあ、そうなるな。


「うう~。リュージ、みんなが酷いよう……」


 オレの布団に包まってめそめそ泣くサニアは、それでもめげずにうつ伏せの体勢のままオレのノートパソコンに手を伸ばそうとする。


「姿勢が悪い。遊ぶなら座ってやれ」


「でも、でもぉ……」


 元々オレの私用パソコンだったノートパソコンは、今じゃすっかりサニアのパソコンと化している。

 会社の引継ぎも終わって後は退社日まで有給を消化するだけという段階に入っている俺は、仕事用のパソコンを使って資金調達関係の管理を進めていた。


「ほら、オレもコメント管理手伝ってやるから」


 サニアだけでは削除と配信を両立できないので、オレがコメントの削除を一手に引き受けることにして、サニアは動画配信のみに集中させることにする。


「ほら、配信するんだろ?」


「う、うん……」


 布団から這い出てきたサニアはパジャマ姿だった。しかも、上半身の片方が肩からずり落ちそうになっている。


「訂正。着替えろ。全てはそれからだ」


「え? 何で?」


 サニアの奴、普通に首を傾げやがった。

 さすがはボロッボロの服を着ていただけあって、パジャマが人前に出るには恥ずかしい服っていう感覚がない。

 ……まさか、パジャマのまま外に出てたりしないだろうな。


「普通の人間は起きたら着替えるもんだ。服には困ってないんだから身奇麗にしてろ」


「リュージママ、ちょっと口うるさいよ」


「ママじゃねえし、口うるさくもねぇ。常識だ」


 男を捕まえてママとかいうな。脱力するじゃねえか。

 しぶしぶ着替えたサニアが、改めて配信の準備を始める。

 当然その間は見ていない。相手は子どもといっても、ませてる子はそろそろ恥ずかしがってもおかしくない年齢だからな。たぶん。実年齢を誰も知らないから何ともいえないが。


「ねえねえリュージ、リュージも顔出ししようよ」


「断る。オレは裏方が好きなんだ」


「えー」


 第一、人気になってる女の子の配信に男が移ったらスキャンダルだろ。

 まあオレはオッサンだしサニアとは歳が離れてるから、保護者っていうちゃんとした言い訳がきくが、いちいちネット民に説明するのも面倒くさいし自意識過剰っぽくて嫌だ。


「リョージだってきっと人気出るのに」


「仮にそれが真実だとしても、ゲーマーとして人気になってもオレには意味がないからな。それよりお前のための養護施設の運営者として有名になった方がよっぽどいいさ」


 オレがそういってサニアの頭を撫でると、サニアは意表を突かれた顔で黙り込んだ。


「うー。じゃあ、せめて横で見ててよ」


「それくらいなら任せとけ。ばっちり見ててやる」


「うん! じゃあ始めるよ!」


 サニアが配信をスタートし、ゲームを起動させる。

 早くも荒らしコメントが書き込まれたが、即座に全て削除した。

 SEのパソコン操作速度なめんな。


「皆さんこんばんは。サニアです。今までコメントに反応できなくてごめんね。今日から反応できるようになったので、皆どしどしコメントしてね」


 すっかり配信に慣れているようで、さっとサニアは笑顔を作るとカメラに向かって笑いかける。


「まずはいつも通りのお知らせ! 私に対する寄付は全部、私を拾ってくれた人が作ろうとしてる児童養護施設の開設資金に当てるからね! 皆どしどし寄付してね! 寄付してくれた人には私が名指しでお礼をいっちゃいます! あとあと、ネットショップでの買い物も引き続き推奨してるよ! 回りじゃ買えない珍品ばかりだよ! ほら、私もブレスレットとかつけてるんだ!」


 販促の意味を篭めて、エルナミラで仕入れたもののうち、装飾品をいくつか選んでサニアはつけている。服も売っていたので、今のサニアはエルナミラの民族衣装姿だ。

 エルナミラの民族衣装のイメージとしては、イスラムでない頃の中東のものに近いかもしれない。

 細やかで煌びやかな装飾品に、露出多めでオリエンタルな衣装は、小麦肌で金髪の髪のサニアによく似合っている。

 ちなみにコメント欄は荒らしがまだまだ頑張ってコメントをしているのだが、オレが一瞬で消すので大体平和なものだ。

 コメントを消す速度がやたらと速いので、それに驚くコメントをちらほら見かけるのはご愛嬌。

 ちなみに、今回の配信だけでサニアは寄付を日本円換算で二十万近く稼いで踊っていた。

 ……調べてみたら、サニアのやつサイトの寄付金ランキングに載ってるじゃねえか。



■ □ ■



 久しぶりに翔子と休みが重なったので会うことになった。


『ちょうどいいから、次の休みで看護士との顔合わせもしちゃいましょう。○○駅で待ち合わせしてますので。向こうには私の方から連絡入れておきますね』


 数日前にそんなメールが翔子から届いて、高崎春日君を交えて食事をすることになった。

 翔子もちゃんと自分の知り合いを作ってるみたいだな。大学時代はずっとオレにべったりだったし、医者になってからも休みは必ず会うか電話とかをしたがったから、ちょっと心配だったんだ。

 良かった良かった。

 ……などと思っていたら、三分で颯爽と翔子が現れた。


「おはようございます、先輩!」


 だからはえーよ。

 相変わらずの超速行動で少しびっくりする。

 ちなみに服装は、普段と同じスーツ姿なのが何ともいえない。そしてオレも同じ格好なので何ともいえない。

 スラックスとジャケットくらい買っておくか? いや、結局スーツみたいな組み合わせに落ち着くような気がする。

 オレも翔子も、これから出勤しますよ! といわんばかりだ。

 現在時刻は十時ほど。高崎君との約束は昼だ。しばらく翔子と辺りをブラブラしてから向かうことになる。


「うふふ。二人きりですね」


 翔子がオレの腕に絡めてくる。

 ロマンチックな雰囲気がないのは、翔子の声が無邪気で、語尾に音符マークが出そうなくらい楽しそうだからだろう。

 昔と違って、翔子はすっかり明るくなった。

 やっぱり女の子は暗い顔でいるよりも笑っている方が可愛いと思うし、まあそう思えば医者の道をドロップアウトしてSEやる羽目になったのもいい経験だ。

 元々オレは翔子と同じ医大に通っていた。

 翔子と同じ養護施設出身だったオレは、幸運なことに里親に恵まれ、義務教育の終わりと同時に医者である両親に引き取られた。

 当然二人とも多忙を極めた親だったが、人格者で僅かな時間でも必ずオレとの触れ合いを大事にしているのが痛いほどよく分かっていたから、特段寂しいと思ったことはなかった。

 それよりもむしろ、恩を返すためにも自分も医者になろうと考えていたくらいだ。

 まあ、そう思っていたのに現実はSE社畜なので、情けないのだが色々事情があるから仕方ない。

 大学二年の時に育ての両親が事故死し、両親の親戚たちと遺産相続などで揉めていた時に翔子と再会して、翔子も酷い境遇だったので自然と引かれ合ったというか。

 多少、さっさと里親に拾われて施設を去ったことに罪悪感があったことも否定できない。

 生みの親は最低でも育ての親に恵まれたオレと違い、翔子は生みの親も育てられた施設も大学に入ってからも苦難続きだったからな。翔子の名誉があるのでオレの口からは詳細はいえないが。

 それに全て過去のことだ。諸問題にはもうケリがついているし、オレも翔子もいい歳の大人になっている。いまさら蒸し返すようなことでもない。

 語られることがあるとすれば、それは翔子の口からだろう。


「先輩、食事の前の食事デートといきましょう!」


 ……いっていることの意味がいまいち分からん。

 食事前の食事デートって何だ。太るぞ。


「本番があるんだから腹を空かせておいた方がいいだろ。飲み物を買うくらいにして、買い物でもしようぜ」


「あ、じゃあ本屋寄ってもいいですか? 見たい医学書があるんです」


 根が真面目な翔子は、休みの日も何だかんだいって医者としての立場を忘れられないようだ。

 当然か。人の命を預かる仕事なんだ。責任は重大で、生半可な気持ちでやれるものじゃない。


「おう。じゃあ、行きすがらコンビニでも寄るか」


「はい!」


 オレと翔子は自然と絡めあった腕の手を繋ぎ、歩き出す。

 翔子はこういった些細なスキンシップをことの他喜ぶ。

 当然誰でもいいわけじゃなくて、オレとの時だけなんだが、悪い気はしない。

 それに同じ施設出身というだけあって、連帯感が感じられるのでこれはこれで悪くない。

 ……施設にいた頃は同じ施設にいたってだけで特に関係はなくて、本格的に知り合ったのは大学三年になってからなんだが、まあこれも些細なことだな。

 コンビニに入って、気付いたら栄養ドリンクを翔子と二人して見定めていた。

 同時に我に返って、翔子と顔を見合わせる。

 ペットボトルのところに行く前に二人して無意識のうちにまず栄養ドリンクの棚に直行してしまうのは、職業病だろうか。二人してなんかもうやばい気がする。


「あれ、これ新商品じゃん」


「私もう飲みましたよ。結構効きます」


「お、そうなのか。じゃあ一本買ってみよう」


 それでも買うのを止めない辺り、オレたちはもう駄目かもしれない。

 少なくとも、出たばかりの新商品を既に試している翔子は確実にアレだな。


 オレも似たようなもんだが。

 今度こそ二人でペットボトルを適当に買ってコンビニを出る。


「んー、良い天気ですねぇ」


「そうだなぁ。風も穏やかだし、まだ冬なのに日差しが暖かい。でも日陰に入ったり風が吹くとクソ寒いな」


「あはは。そこは冬ですから仕方ないですよ」


 苦笑する翔子は、続いて近況を尋ねてきた。


「先輩、今どのくらい貯まりました?」


「ざっくりした計算だが、もう少しで三億いく」


「へ?」


 あ。翔子の目が点になってる。まあそうなるよな。


「世界中から寄付が凄い来るし、ネットショップも爆売れしてて、毎夜買出しにエルナミラに行ってるんだがそれでも在庫が常に少ない状態なんだよ。たぶん貴金属も換金してたらもっといってたな。まあ、間違いなく出所が問題になって騒ぎになってだろうが」


「原産地がはっきりしていない貴金属類が大量に持ち込まれるって、いかにも何か犯罪性がありそうですもんねぇ」


 翔子と二人して苦笑い。


「でも、それなら順調そうですね。まだ二月の半ばですし、これならもしかしたら一括払いもいけるかも」


「寄付は今後もっと増えそうだぞ」


「へ? どうしてですか?」


「サニアがネットで凄い頑張ってる。下手をすると真面目に働いてたオレたちより稼いでるかもしれん」


「はあ……。よく分かりませんが、ネットってそんなに稼げるものなんですか? 危ないこととかしていませんか?」


「そこのところはオレが見張ってるから心配するな。何なら今度また休みの日にでも遊びに来い。サニアも喜ぶ」


「ぜ、是非!」


 両手を握り締めて翔子が身を乗り出してくる。

 そんなこんなで、時間が過ぎていった。


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