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第十六話

 結局、菖蒲ちゃんのことは雇うことに決まった。

 最初の変な発言をどう扱うかでオレと恋子先輩はかなり悩んだが、サニア本人が「別に良いんじゃない?」とケロリとしていたので、聞かなかったこととして処理した。

 もしかするとサニアは菖蒲ちゃんの失言の意味を理解していなかったのではないかと思ったが、「たまに掲示板でああいう書き込みしている人見るし、うっかり普段のノリが出ちゃっただけだよ」と理解している様子だったので、本人は分かった上で菖蒲ちゃんをかばったようだ。

 というか、いつの間にかサニアは匿名掲示板の常連になっていたらしい。

 まあ、普段は家に篭りっきりで外に出せないから仕方ないんだが、罪悪感を感じる……。早く養護施設を開設して、ちゃんとした身分を与えて大手を振って外を出歩けるようにしてやらねば。

 ほぼ同じ時期に、翔子からも病院の看護師が一人辞めるので、再就職先を聞いたらまだ決まっていないようだったから誘ってみたら承諾してくれたと連絡があった。

 人柄は知り合いである翔子のお墨付き。一応後で翔子が履歴書を持ってきてくれることになっている。

 そして本日はもう一人、面接の予定が入った。

 臨床心理士の資格を持った男性だ。年齢は七十歳。

 既に定年を迎えて今までの勤め先を辞めたはいいが、年金だけで暮らしていくのは厳しく、再就職を選んだのだという。

 履歴書を見ると結構な高学歴で、なんと五大卒だった。

 一流企業を三年ほどで退社し、それから児童福祉施設で働きながら大学院で本格的に学んで資格を取り、定年まで勤め上げている。

 経験豊富な人材は正直喉から手が出るほど欲しいが、誰の知り合いでもなく特別な繋がりもないしかも遥かに年上の人間なので、サニアの事情を知った上で受け入れてもらえるかは未知数だ。

 今回はオレ一人での面接となる。恋子先輩は仕事で予定が合わず、翔子が来てくれるはずだったのだが病院から連絡が来て呼び出されたとかで泣きながら断りの電話を入れてきた。

 翔子は真剣に児童擁護施設を開くことを、もしかしたらオレよりも熱心に考えているからな。

 本来自分が開業資金にするはずだった貯金まで宛がおうとしたくらいだ。

 断った今でも「間借りさせてもらうんですから、その分の土地代くらいは負担します!」といって聞かない。

 まあ、確かに一部だけでも代金を受け持ってくれれば助かりはするんだが。


「申し訳ありません。面接の予約をさせていただいた支倉という者ですが」


「お待ちしておりました。本日面接官を務めさせていただく工藤と申します。これより面接会場にご案内します」


 時間になって面接希望者が来たので、考え事はこれくらいにしてそろそろ面接を始めよう。

 ちなみに物件は以前の児童擁護施設で使われていたかなりの家具が備え付けで残っていて、物件の元の持ち主である社団福祉法人の許可を得て新しい家具を補い体裁を整えている。

 本当に良心的な福祉法人で、同じ児童擁護施設として使ってくれるのならと色々と便宜を図ってもらえた。

 仮に予定していた一括購入が無理でもローンを認めてくれたし、事前に準備が必要ということで、支払期日が来る前から面接などで不都合がないようにしてくれた。

 お陰でオレたちは蒲原菖蒲ちゃんとの面接できちんとした場所を提供することができたし、こうしてその道の経験が長い今回の面接希望者に対しても、落ち着いて臨むことができた。

 問題はオレ一人でボロを出さずに面接を行えるかどうかなんだが、どうなるかはオレの対応にかかっているので今から既に胃が痛い。

 席を勧めると、笹倉さんは自然な動作で椅子に座った。

 もう老齢だけあって、ゆったりとした落ち着いた動作で、むしろこちらが見習いたいくらい不自然な点がない。

 強いていうなら老化による衰えなのか、若者に比べれば多少動作がゆっくりしていることぐらいだが、それすら比べる対象を笹倉さんと同じ老人にしてしまえば、逆に老人の割にはしっかりとした足取りでかくしゃくしていると表現できるだろう。


「笹倉正治です。本日はよろしくお願いします」


 白髪にしわしわの顔をさらにしわくちゃにして、にっこりと笑う笹倉さんは、まさに陽気な爺ちゃんといった印象だ。

 寒い季節だから長袖に覆われて分かり辛いが、覗いている手や首、顔なんかは季節に負けないくらい日に焼けていて、長年積み重ねてきた年月を感じさせる。

 ……随分と活動的な印象の爺さんだな。充実した余暇を過ごしていそうな人だ。

 オレは少し緊張しながら質問を始める。

 何故か面接官であるオレの方が緊張しているという奇妙な状況になってしまった。


「ところで、サニアちゃんは今日はいらっしゃるのですかな?」


「はっ?」


「ああいや、失礼しました。ネットに投稿される動画を拝見したのですが、真偽はともかく、一度この目で見て会ってみたいと思いましてな。何しろ、子どもに触れる仕事が長かったもので。大切に扱っていることを疑うわけではないのですが、気になってしまうのです」


 紳士的に微笑みながらも、笹倉氏はじっとオレを見つめていた。

 何かやましい気持ちがオレに一片でもあるのなら、何が何でも見逃さずに見つけてやる、そんな心の声さえ聞こえてきそうな真面目さと、真摯さが穏やかな表情から滲み出ていた。

 だから、得心がいった。

 この人は、本当にサニアのことが心配で面接を受けに来てくれたんだと。

 サニアが置かれている環境が、本人のために本当に良いことなのか、笹倉さんは調べに来たのだ。

 おそらくサニアが異世界人だなどと、笹倉さんは信じていないだろう。

 それでも、サニアのために、オレたちの存在がサニアに相応しくないなら、保護することも辞さないつもりで。

 こういう人こそを、オレたちは仲間に引き入れるべきだ。


「なら、会ってみますか? 別室で遊ばせていますので」


「ええ、是非」


 ついでだ。

 全部話して、鍵がどの扉でもエルナミラに繋がるかどうかも、試してみよう。

 その上で、協力してくれるように頼み込もう。

 オレは、スーツのジャケットのポケットの中にある、家の鍵をスーツ越しにそっと触った。



■ □ ■



 サニアを連れてくると、笹倉さんは立ち上がりオレに小さく礼をした。

 自己紹介をするようサニアを促そうとすると、サニアはオレを見上げて「分かってる」とでもいうようにニコッと笑い、笹倉さんにお辞儀をした。


「今度このジドウヨウゴシセツに入所する、サニアです。よろしくお願いします」


 エルナミラ人であるサニアは、本来日本語を喋れない。

 オレたちとサニアの会話が通じているのは、原理は分からないが世界を移動したことで翻訳能力を得たからだ。

 フィクションでは結構デフォでついているこも多いありふれた能力で、言葉に対してのみであり、文字を読んだりする場合には使えないが、それだけでも凄い能力だと思う。

 どんな外国に行っても、会話に困るということがなくなるのだから。

 会話なら翻訳の仕事だってできるだろうし、やり方次第では本の翻訳だって可能だろう。

 実際、オレが今組んでいる自動読み上げソフトも、文字を翻訳できるようにすることが目的だ。

 最終的には、エルナミラ文字で書かれた本を翻訳して日本で出版したり、逆に日本語で書かれた本をエルナミラ文字に翻訳して、エルナミラで出版することなども考えている。まあ、そのためにはエルナミラ文字を書ける人物が新たに必要だが。

 初めてオレと出会った当初こそ、衰弱していて弱々しい雰囲気だったサニアは、日に日に回復していくにつれて元々の明るい性格を取り戻し、今ではすっかり元気印の外国人少女になっている。忘れないように付け足しておくが、ただの外国人少女じゃない。小麦色の肌に金髪の、活動的な外国人美少女だ。美の一文字だけでも、あるなしの差は大きい。色々と。


「これはこれは、ご丁寧にどうも。礼儀正しいお嬢さんですね。私は笹倉正治です。今日はあなたに会ってみたくて来たのですよ、サニアさん」


「え? 私に? リュージに雇って欲しいからじゃないの?」


「問題なければ、もちろん雇ってもらいたいと考えています。ですが、私の就職の可否よりも、あなたが過不足なく過ごせているかの方が、よほど大切です。……工藤さん、少々別室でサニアさんにいくつか質問させてもらってもよろしいですかな?」


 サニアに対して膝を付き、できる限り視線を合わせて話した笹倉さんは、オレを振り返ってサニアとの面談を申し入れてきた。

 正直、サニアを出会ったばかりの人間と一対一にするのは気が進まない。

 だが断れば断ったで、笹倉さんがその行動をどう捉えるかも分からない。

 最悪、虐待を疑われる可能性がある。または誘拐か。どちらにしろそんな疑いを持たれてあまつさえ警察に連絡でもされたら、もはや児童養護施設を開くどころではない。

 計画はポシャって、オレたちは詐欺で捕まり職を失って路頭に迷うだろう。

 そしてサニアと引き離され、サニアは地球でたった一人の異世界人として波乱の中に置かれる。サニアは歳の割に賢い方だとは思うが、それでも自分が異世界人であるということを、隠し通せるとは思えないからな。


「構いませんが、扉を開けさせてもらいますよ。笹倉さんを疑うわけではありませんが、出会ったばかりの人間と二人きりにさせるのは、子どもにとって精神衛生上よくありませんから」


「ははは、もっともですね。それで構いませんとも」


 歳経た顔に浮かぶ笑い皺をくっきりと深め、笹倉さんは少し安堵した様子で笑った。

 どうやらオレの対応は、自動養護施設の職員になる者として、笹倉さんの眼鏡に適ったらしい。

 ……これじゃ、どっちが面談されてるのか分からんな。

 自然と、表情に笑みが浮かんでいるのを自覚する。苦笑という奴だ。

 サニアは、笹倉さんとどんな話をしているのかね。

 扉を開けているとはいえ、それほど大きな声で会話をしているというわけではないからはっきり声が聞こえるわけではないし、ガン見したり露骨に聞き耳を立てるのは礼儀に反するから行えない。

 できることは、笹倉さんに申し出たように扉を開けておいて、サニアが助けを求めてきた時に、すぐ駆けつけられるようにしてやるだけだ。

 やがて、笹倉さんがサニアを伴って出てきた。

 いや、違う。サニアが笹倉さんを伴って出てきたのだ。笹倉さんは狐につままれたような顔をしている。


「あの、工藤さん。少しいいですか?」


 部屋を出てくると、笹倉さんは真っ直ぐオレに向かってきた。

 笹倉さんが戸惑っている理由がサニアには分かっているようで、ニヤニヤしながらオレたちを見つめている。


「先ほどからサニアさんの話の要領が得ないのですが……。失礼ですが、あれは工藤さんがああいうように指示したのですか?」


 んなわけあるかい。

 ていうか常識人で礼儀正しい笹倉さんがここまでいうなんて、一体サニアは何いったんだよ。


「何をいわれたのかは存じ上げませんが……私どもから、サニアに何かをいえと指示をしたことは一度もありませんよ。いったい何をいわれたのです?」


「それが、自分は日本人じゃないと、見れば分かることを延々と……他にも要領を得ないことをいうばかりで、話が先に進みませんでした」


 ……ああ、そうか。

 たぶんサニアはオレたちのことを思って、自分が異世界人だということを誤魔化しながら、なんとか自分が今置かれている状況を真剣に話そうとしていたんだな。


「では、私の方から説明しましょうか。サニア、それでいいか?」


「……いいの? リュージはできるなら秘密にしておきたいんでしょ?」


「そうだけど、信頼できる人には話してもいいと思う。サニアは話してどう思った? 信頼できないと思ったか?」


「そんなことない。答えられない質問もあったけど、本当に私のことを心配してくれてるのは、はっきり伝わってきたから」


「なら、そうしよう。笹倉さんだったら、きっとオレたちとサニアの力になってくれる」


「いったいどういう……」


「全て、お話します。冗談に聞こえるかもしれませんが、全て本当のことです。証拠もお見せしましょう。……サニアは、地球人じゃないんですよ」


「……は?」


 さすがに驚いた様子で、笹倉さんは目を見開き、口を開けて固まってしまった。

 まあ、そうなるわな、普通は。


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