第十三話
いつもの如く休み時間を利用して動画を見直したところ、最後にサニアが寄付を募っていたことが発覚した。
文字の読み書きができないから大丈夫と油断していたら、オレのパソコンの操作を毎日見て覚えていたようだ。
見様見真似で履歴を辿り、カットアンドペーストで必要な情報を抜き出していた。オレが仕事と私用でパソコンを分けて、ほとんどエルナミラ関係の作業は部屋に置きっ放しの私用パソコンでやっていたからこそできた芸当だった。
銀行口座や宅配便についても日々のやり取りで話題に出て、その時にちょろっと教えた記憶がある。日本語が読めないのに大した執念だ。
サニア自身はオレたちの役に立ちたい、恩返しをしたいという気持ちだったから怒るに怒れない。
事前によく確認しておかなかったオレのミスだ。
「とはいえ、どうするか……」
『でもこれは逆にチャンスかもしれませんよ。匿名掲示板のスレッドを見てください』
翔子に言われるまま掲示板を追っていった俺は、549番の書き込みを見てぎょっとする。
「ヒエッ。何だこれ」
『あ、それ私です。嬉しかったのでつい書き込んじゃいました』
何それ怖い。
『本題はこれじゃないです。その一個上の書き込みを見てください。548番です』
「張り込まれてるのか。オレが使うのは早朝か深夜だけど、あのコンビニ使いにくくなるな……」
『この人、元教師ですよね!? っていうことは、教員免許持ちですよね!?』
「そりゃまあ、懲戒免職で解雇されたとかでなければ持ってるだろう」
『雇いましょう!』
即断即決したにしろ、翔子は思い切りが良すぎると思う。
「おい、面接も何もかもすっ飛ばす気か」
『もちろん面接はしますよ。当たり前です。でも、せっかくの有資格者なんですから、早めに確保して損は無いと思いませんか?』
「一理あるが、此処から先オレもお前も仕事だろ。誰が行くんだ?」
『恋子先輩に頼みましょう。あの人なら日曜は必ず休みですし、土曜日も休みの時ありますから』
……これは、恋子先輩に謝らなきゃな。
今度会った時食事でも奢ろう。
休み時間がもうすぐ終わるので、話し合いはここまで。
トイレから出て仕事に戻った。
「ねえ、工藤さんこれ知ってます?」
作業中に出向先の会社の女子社員に話しかけられた。
オフィスの一部を間借りさせてもらっているので皆無というわけではないが、休憩時間以外で話しかけられるのは珍しい。
まあ、最近はオレが休憩時間になると即行消えるせいかもしれんが。
「ん? 何ですか?」
タブレットで見せられた動画を見せられた俺は、思わずむせそうになった。
サニアがエルナミラの商品を宣伝するあの動画だ。
「可愛いですよね、このサニアって子! 私、千円寄付しちゃいました! 工藤さんもどうですか?」
落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
彼女にはオレが住んでる場所までは知られていない。
関係性はバレないはず。
よく注意して回りを見れば、結構サニアの動画はこの会社で広まっているようだった。
この会社は休憩は個人の裁量に委ねられていて、全体で見るとあまり仕事と休み時間のメリハリがない。
良い事ではないが、オレが口出しするようなものではないし、忙しい中翔子との電話時間を捻り出せる理由でもあるのだが。
他の社員たちの雑談を聞いていれば、頻繁に話題に出てきている。
いくら寄付した、何々を宅配便で送ったなど、結構な頻度で聞こえてくる。
……マジかよ。
「えへへ。つい皆に知って欲しくて友達と一緒に広めちゃいましたよ」
アンタが原因かい!
思わず突っ込みたくなるのを堪えつつ、表面上はあくまでにこやかにやり過ごしてもう仕事に戻るからと会話を切り上げ、仕事を再開させる。
動画が広まって話が大きくなっているのは知識として知っていたものの、まさかこんな身近でも広まっているとは思いもしなかった。
早めに動かないと不味いと思いながらも、そのまま夜の十一時頃になって仕事が終わる。
いつも思うが、新しいシステムの開発しながら同時に納品済みシステムの保守運用も行うとか、一人でする作業量じゃねえ。
とはいえ、その分残業代も出るし給料だけは多いからなぁ、うちの会社は。
『すまん、今電話大丈夫か』
『大丈夫だよー。明日は休みなので夜更かしもオッケー』
恋子先輩にメールを送るとすぐ返事が返ってきた。
正直助かる。
明日は土曜日だが仕事だからオレは動けないし、それは翔子も同じ。
電話をかけて、恋子先輩が取ってすぐに本題を切り出した。
「ネットショップ宣伝の動画見たか?」
『サニアちゃんが出てるアレ? 見たよ。凄い人気になってるね』
「頼みがある。オレのアパートに小学校の元教員が動画を見てサニアについて調べようとやって来てるみたいなんだ。そいつの人となりを知りたい。接触できるか?」
『顔は分かるの? 誰だか分からず探すのは流石に無理よ』
「毎日来て長時間いる奴で絞り込めば見つかるはずだ。あのコンビニはカフェスペースもあるし。当然朝と夜はオレが確認するから、休みの日の昼間確認できないか?」
『いいわよ。乗り掛かった船だし。その代わり、サニアちゃんも一緒に連れて行っていい? ずっと家に閉じ込めているのは可哀想よ』
「恋子先輩の判断に一任する。信頼してるからな」
『……嬉しいこと言ってくれるじゃないのよもう。いいわ。大船に乗ったつもりでいなさい』
僅かに照れたような口ぶりを残して、恋子先輩は通話を切った。
よし、早速今日の夜はオレが確認するか。
いつも利用するコンビニは、今日も煌々と明かりで暗闇を照らしてオレを出迎える。
夜中だから客は少ない。オレを含めても三人だ。
オレと同じく会社帰りっぽいスーツ姿の男に、私服姿の男が一人ずつ居る。
商品を見ているうちにサラリーマンっぽい男は買い物を終えて出ていったが、もう一人はずっと雑誌コーナーの前で固まったままだ。
ちょっと挙動不審だな、アレ。
スマホを開いて操作している男の顔を記憶しながら、オレはサニアへのお土産にスイーツを買ってサニアが待っているアパートへと帰った。
■ □ ■
日曜日。
世間は休日でも、オレや翔子は出勤なことも多い。翔子に比べればオレはまだマシだ。出向先によっては日曜日はちゃんと休みが貰えるからな。まあそれも、進捗具合で出勤日に簡単に変わるんだが。
システムエンジニアであるオレと比べても、医者として頑張ってる翔子は大変だと思う。いや、割とマジで。
『アハハハハッハハやりましたよ先輩! ついに私、見つけました!』
電話が掛かってきて休憩する振りしてトイレに行って出たら、そんな翔子の高笑いとテンションが高い声を聞こえてきて、オレは真剣に翔子を心配した。
「大丈夫か。仕事の愚痴なら聞くぞ。今度の休み食事行こうな」
『やった! ありがとうございます先輩! ってそうじゃなくて! 私たちについてる言語翻訳能力を、文字にも適応する方法を見つけたんですよ!』
オレたちとサニアの会話が通じる理由を、オレと翔子は異世界ル・テラと地球の境界をまたいだせいだと思っている。具体的な出来事を言うなら、オレの部屋の鍵でお隣さんの部屋の鍵を開けて、エルナミラのスラムに入ったことが切欠のはずだ。
翔子や恋子先輩がエルナミラに入る前にサニアと会話が通じていたのは、サニアの方で翻訳されて伝わっていたからだろう。
今となっては確かめる術はないが、もし電話などで二人が事前にエルナミラにいる誰かと会話することができていても、話が通じなかったに違いない。
「お、おう。それは良かったな。どういう方法なんだ」
『思い至れば簡単なことでした! 文章読み上げソフトに読み上げさせればいいんです! そうすれば、私たちの耳には自動的に日本語に聞こえますから! ソフトが対応している地球上の言語なら何でも日本語に翻訳できますよ! 後はリセルカさんからエルナミラ文字の一覧を入手して、文章読み上げソフトでエルナミラ文字を読めるようにシステムを組めばエルナミラ文字も翻訳できるようになります! つまり、本を翻訳して輸出入できるようになるんです! これはお金になりますよ!』
「それはいいんだが、そのシステムを組むのって、もしかしなくてもオレか? リセルカさんをこっちに連れてきて翻訳能力得てもらった方が早くないか?」
『……やっぱり無理でしょうか』
抱える仕事量でいえば絶対断るべき案件だった。
「ああ、いや、やってみよう。せっかく翔子が意見出してくれたんだし、サニアのためでもあるからな」
しかしオレは、しょんぼりした声の翔子に嫌と告げられず、仕事を抱え込む。
まあいいさ。エルナミラ文字を読める文章読み上げソフトなら、サニアがエルナミラ文字を読む練習をするいい教材にもなるだろう。社畜なめんな! サニアのためならやってやるよ!
仕事を終わらせたオレは、コンビニで大量に栄養ドリンクとサニアの機嫌取り用に菓子を買い込んだ。
今日からしばらく徹夜だ。
寝る時間を削れるだけ削って、空いた時間でプログラムを組もう。
先日の男が今日もいた。ちなみに今日の朝も姿を確認している。
……恋子先輩にメールを送っておく。
『コンビニにて二日連続で同じ男を見かける。今日は朝昼二回目撃。服装は二日とも黒のカーゴパンツに黒のダウンジャケットで黒ずくめ。顔は眼鏡着用で、取り立ててイケメンではないが清潔感がある感じ』
『了解。それとなく見張って確信持てたらサニアちゃんと一緒に接触してみる。今度ご飯でも奢ってね』
『おう。今度オレの奢りで寿司の出前でも取るから食べに来い』
『お寿司!? 行く行く! 絶対誘ってよね!』
これにてメール終了。
相変わらずお互い返信早くて笑う。全部合わせて三分くらいしか経ってない。
カップラーメンかよ。同じこと翔子と出かけた時も思ったなそういえば。
「お帰り! お腹空いちゃった!」
「おう。すぐ作るから、ちょっと待ってろ」
出迎えてくれたサニアが、オレに向けて手を差し出す。
「いっぱいあるし、私も荷物持つよ」
「ありがとな。じゃあこれ頼む」
「わっ。こんなにお菓子が沢山。どうするのこれ?」
「これから忙しくなってお前にあまり構えなくなるから、侘び代わりにやる。計画立てて食えよ。太るからな」
「うん! 大事に食べるね!」
嬉しそうに両手でビニール袋をきゅっと握るサニアが笑っているだけで、一日中仕事をして疲れていたはずの身体に活力が漲ってくるから不思議なものだ。
もう夜の十一時を回っているが、オレは休みの日のうちに次の休みまでの夕飯の下拵えを済ませて冷蔵あるいは冷凍しておくことにしているので、それほど時間は掛からない。
いちいち手間が掛かる煮込みなどの工程も先に済ませて冷凍しておくと、時間短縮になって良い。
冷蔵庫を開けて、前以て下拵えを済ませておいた食材を取り出し、オレは二人分の晩飯を作り始めた。