第十一話
エルナミラから買い込んだお土産は、早速ネットショップを開いて売り捌くことにする。
ネットショップ開設には色々準備が必要なんで、実際に売れるようになるには少し時間が掛かるけどな。
並行して、児童擁護施設の開設準備も進めなければならない。まあ、こっちは翔子の方が主体になって動いてくれているが。
そして、もちろん忘れちゃいけないのが、日々の仕事。
オレも翔子も恋子先輩も、仕事が忙しくて誰かが仕事の日はまず会えない。できて電話くらいだ。
「やっと七連勤が終わった……」
夜中の十一時が過ぎて家に帰った途端、オレは力尽きて居間の床に倒れ込んだ。
「お帰りーって、リュージ、大丈夫?」
留守番をしていたサニアが走り寄ってくるので、俺はのろのろと身体を起こし、手に持ったビニール袋をサニアに渡した。
「すまん……今日は夕飯作る気力が残ってないんで、コンビニ弁当で我慢してくれ」
「コンビニって何?」
「大体なんでも買えて、他にも銀行口座から金を引き出したり、宅配便を受け取ったり色々できるところ」
「へー。凄いところなんだね。わあ、美味しそう。十分だよ」
サニアはオレの適当なコンビニの説明を興味深げに聞き、ビニール袋を受け取って中を除き込む。
中の弁当を見て嬉しそうにニコニコと笑った。
ええ子や……。
「リュージはどうする? 先にシャワー浴びる?」
「そうする。お前は先食べてていいぞ」
「ううん、待ってる。リュージと一緒に食べたい」
無邪気なサニアの言葉に、ちょっと胸が詰まった。
仕事の忙しさに追い詰められてくると、こういう何気ない一言が胸にじんと響く。
くそ、涙腺緩くなってんな。泣くとか格好悪いぞ、オレ。しゃんとしろ。
「悪いな。じゃあ、なるべく早く出るから、待っててくれるか」
「うん! でもゆっくりでいいよ」
オレのことを気遣ってサニアは言ってくれるが、もう夜の十一時を回っているのだから、夕飯の時間としては遅過ぎるくらいだ。
一応朝飯はオレの分と同じものを用意しているし、昼も毎日オレの弁当と同じ内容の弁当を作っている。
だが昼から夜が物凄く長いのだ。
サニアの奴、口にはしないけど絶対腹減ってるだろ。
カラスの行水で風呂を済ませて、サニアと二人コンビニ弁当をつつく。
おもむろにノートパソコンを開いて立ち上げたオレを見て、サニアは半眼になった。
「ねえ、リュージ、こんな時にまで仕事しなくてもいいんじゃない? 今日の仕事はもう終わったんでしょ?」
「ん? これは仕事じゃなくて、エルナミラで買ったものを販売するネットショップのホームページを作ってるんだよ」
「……指を動かしてるようにしか見えないんだけど、それで作ってるの?」
怪訝な顔のサニアに、オレはノートパソコンをサニアの方に向けて作りかけのホームページを見せてやる。
リンクなどはまだ作り終えていない部分もあるが、基本的なショッピングカートや品物の写真などは完成しているので、一応形としてはできているのだ。
後はサイトの最終調整と、包装紙とかの準備だな。宅配業者も決めなくちゃいけない。まあ、色々考えはあるんだが。
「ああ、そうだ。サニア、飯食い終わってからでいいから、少し時間良いか?」
「いいけど、何かするの? 面白いこと?」
コンビニ弁当をつつく手を休めて、サニアがワクワクした表情で聞いてくる。
「おう。ショップの宣伝用に動画を撮ろうと思ってな。オレよりもお前の方が集客率が高そうだ。やってくれるか?」
「う、うん。何をやればいいのか分からないけど、頑張る」
「詳しくは弁当食い終わってから説明するから、まずは食っちまおうな。急いでないから良く噛んで食えよ」
まだ小さいサニアに、早食いの癖は付けたくない。
就職したら嫌でも早くなるだろうが、子どものうちはゆっくり食べて食の楽しさを知ってもらいたいもんだ。
なんせ、日本は美味いもんで溢れてるからな。
サニアが知らない食べ物はまだまだいっぱいある。
コンビニ弁当を食い終わると、サニアと二人でゴミの後始末をする。っていっても、弁当の容器や割り箸を洗って捨てるだけだが。
そして取り出したるはビデオカメラ。わざわざ動画撮影のために、仕事の合間を縫って買い込んだ新品だ。
興味深々な顔で、サニアが座卓の上に置かれたビデオカメラを指でちょんちょんと触る。
「これ、何? 初めて見た」
「ビデオカメラっていって、映像を記録する機械だよ。例えばこうやってお前を撮って、ビデオカメラをパソコンに繋げると再生できるんだ」
USBケーブルで接続したパソコンに、ビデオカメラから取り込んだ動画が転送され、きょとんとしたサニアの顔が大画面で映し出された。
「へえ……これ、テレビと同じように撮ったものを映せるってこと?」
さすがにもうサニアといえど、いちいち驚いたりはしないらしく、感心した表情を見せている。
何だかんだ、最初にサニアと会ってからもう一ヶ月近く経つからな。
「そういうこった。で、お前にはコイツを前にして、エルナミラで買ってきた商品のPRをしてもらう」
「ぴーあーるって何?」
「ああすまん。宣伝のことだよ。商品が売れれば、オレの銀行口座に金が貯まるんだ」
「さっきもいってたけど、ギンコウコウザって何?」
「……財布みたいなもんだと思ってくれ」
「なるほど。やってみる!」
早速エルナミラの工芸品を一つ手に取り、あたふたと紹介を始めたサニアを見て、オレはとても心がほっこりした。
だがサニア、まだビデオカメラは回ってねーぞ。
■ □ ■
ビデオカメラの使い方さえサニアに教えてしまえば、撮影自体はサニアだけでもできるので、撮影は日中サニアしかいない時間を活用してもらうことにした。
これについてはサニアも喜んでいて、「いい暇潰しになる」と上機嫌だった。
……そのうち、どこかに遊びに連れて行ってやりたいな。ずっと家に缶詰にさせておくのも可哀想だし。
もっとも、児童擁護施設の体裁が整うまでは、自由な外出は認めてやれそうにない。どこから変な噂が立って、オレの仕事に差し支えが出るか分からないからだ。
下手をすれば首になって職を失う。そうなれば児童擁護施設どころか、このままサニアを養うことすら危ぶまれる。
オレの方は、仕事の合間を縫ったり数少ない休みを利用して、残る人員の確保に動く。
ちなみに恋子先輩については、エルナミラ訪問が効いたらしく「年度末なら人事異動で調整しやすいし新しい子も入ってくるから辞めてやる。せやかてのためじゃないからね! 翔子とサニアちゃんのためだからね!」と有り難い返答をいただいた。ツンデレか。
英断過ぎてもう恋子先輩には足を向けて寝れないが、そのあだ名はやめろと言いたい。
……決断してくれた恋子先輩のためにも、年度末までにしっかり準備しないとな。
現在が正月明けて少し経った一月の中ば。ぎりぎり三ヶ月前には入るだろうか。
サニアが撮った動画を動画サイトに投稿し、紙媒体やネット媒体に求人広告を出し、電話を待ちながら、翔子の連絡を受けて物件の確認をする日々が続いた。
『良さそうな物件を見つけました』
翔子が忙しい合間を縫って、僅かな休憩時間を利用し物件の情報を電話で教えてくれる。
オレの会社から三駅ほど離れた場所で、元々児童擁護施設を運営するために建てられた建物だったらしい。
しかし施設職員による虐待が発覚して一気に経営難に陥り、少し前に閉所になった。
土地は広いし、建物も建ってからそれほど時間は経ってないから綺麗な外観だ。中庭も運動場もあって、ちょっとした学校みたいにも見える。
都会にあるようなビルを改装した学校よりもよほど学校らしい。
ただ、問題は購入費用だよな……。
「良さそうなのは分かるんだが、購入費用はいくらなんだ?」
『結構安いですよ。四億です』
「ぶっ!?」
予想外の金額が飛び出てきて、出向先のトイレの中で思わず噴いた。
「どこが!? 高過ぎて買えねえぞ!?」
『良い物件の割には安いってことです。それに私が開業資金として貯めておいた五千万円があります。ですから、エルナミラとの貿易が軌道に乗れば、決して稼げない額じゃないはずです。これを元手にもしかしたら銀行から融資を受けられるかもしれませんし』
「おいおいおい、開業資金に手をつけるのは不味いだろ、いくらなんでも」
翔子が急がしい勤務医よりも、開業医を目指していたのは知っている。
でも、それに手をつけちまったら翔子の今までの努力がパアじゃないか。
『いいんです。土地が広いですから、何なら私も此処で開業すれば問題ありません。幸い私の専門は小児科ですから、児童擁護施設のニーズとも合致します』
「でもそう簡単には……」
おかしいぞ。本来ならオレよりも慎重に検討するべき翔子の方が、何が何でも児童擁護施設を開かなければいけないと躍起になっている気がする。
その答えはすぐに知れた。
『事態はもう動いているんです。先輩、動画サイトに投稿した動画を確認しましたか?』
「いや、まだだが」
『じゃあ早く見てください。凄いことになってますから』
「分かった。後で確認する」
何が起きてるのか不安になりつつも、オレの休憩時間はこれで終わりなので仕事に戻る。時間にして五分。
前々から思うが、短いよな……。まあ、慣れちまってオレにとってはこれが普通なんだが。
そのまま夜の十一時近くまで仕事して、終電に揺られながら適当に動画投稿サイトを開いた。
動画はいくつかの動画サイトに投稿していて、これはその一つ。
世界規模の動画投稿サイトで、世界中から動画が投稿されている。
早い話が○ou○ub○なんだが。
動画のページを表示すると、再生数が一番に目に入った。
「百万再生……? え、マジか。まだ一週間も経ってないのにミリオン達成してやがる」
思わず乾いた笑いが出た。
コメント欄も、分かるだけでも日本語、英語、ハングル、中国語の四ヶ国語が乱れ飛んでいて、何故かベトナム語のコメントまである。
アルファベットだけでも英語に限らず、ちらほらと英語以外の国の言葉が並ぶ。英語が一番多いけどな。
日本国内最大規模の動画投稿サイト、○コ○コ○画ですら、既に五十万再生を突破している。
いやむしろ、母数の違いがあるし勢いとしてはこちらの方が激しいのかもしれない。
「ちょっと待て何が起きた」
○コ○コ○画の方のコメントを漁ると、どうやらサニアについての書き込みが圧倒的に多く、次いで紹介した商品についての書き込みが多かった。
ネットの匿名掲示板にまで専用スレが立っていて、まだ書き込みの全てを確認したわけではないが、嫌な意味で炎上しているわけではないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
……まあよく考えたら、サニアはちょっと他に類を見ないレベルの美少女だし、話題性は抜群だもんな。オレは正直最初の浮浪児の印象が強くて、いまいちそのことを忘れがちなんだが。
とにかく、早く帰ってサニアに飯を食わせよう。そして話を聞こう。
そう考え、オレは家路を急いだ。
『私を拾ってくれた人たちが、私をニホンに住まわせるために動いてくれています。でも、そのためにはお金が沢山必要なんです。私もここまでしてくれるあの人たちの力になりたい。だから、私に何が出来るか考えました。私は孤児としてスラムで生まれ育ちました。やったことのあることといえば、盗みと乞食くらいです。だから、こんなやり方しか知りません。どうかお金を恵んでください。銅貨一枚でも構いません。お金がなければ、ジドウヨウゴシセツにひつようなものをください。あの人たちがくれた恩を返すために、私に力を貸してください。ギンコウコウザとタクハイビンを受け取れるコンビニはこちらです』
動画の最後にサニアがそう言いながら、勝手にオレの銀行口座とアパート最寄のコンビニを紹介していたことなど、知りもせずに。
この時既に俺の銀行口座には、世界中から一千万円もの金が振り込まれていた。
児童擁護施設を開けなければ、オレたちは確実に詐欺で捕まることになるだろう。
翔子はこのことに気付いていたのだ。