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第十話

 リセルカさんにエルナミラの大雑把な相場を教えてもらい、オレたちはエバト商会を出た。

 後に続いて出てきた翔子が強張った顔できょろきょろ辺りを窺っているのを見て、オレはため息をつく。


「おい。もうちょっと何とかならないか。挙動不審過ぎるぞ」


「でも、この中に私たちの全財産が入ってると思うと、心配で」


 確かに翔子が持つ旅行鞄の中には、香辛料の代わりにエルナミラ硬貨の山が入っている。

 オレや恋子先輩の荷物にしても良かったのだが、重さがかなりあったのでキャスターがついてて転がすことの出来る翔子の旅行鞄が、持ち運ぶには適任だった。

 エルナミラの貨幣経済は全て硬貨で回っており、それぞれ銅貨、古銅貨、銀貨、古銀貨、金貨、古金貨、板金貨の七種類がある。

 同じ金属の硬貨でも、古という字がついて区別される硬貨は、一定の年代よりも前に作られた硬貨で金銀銅の含有率が今の硬貨よりも高いらしい。

 渡された硬貨を全て日本円に換算すると約十万円ほどで、リセルカさんの説明を聞いた限りでは、日本の円と比較すると銅貨一枚が一円。銀貨一枚は千円となり、金貨一枚で十万円とほぼ同じ価値を持つ。

 これを基本に、古銅貨は一枚で銅貨百枚と釣り合い、古銀貨は銀貨十枚、古金貨も金貨十枚と同価値なのだが、現在の硬貨と古硬貨はデザインが一緒なので要注意である。

 商人であればまず間違えないものの、一般人は結構間違えてトラブルを引き起こすんだそうだ。これはリセルカさんから聞いた話。

 ちなみに板金貨は日本円に換算すると約千万円。主に国同士の貿易や賠償金などに使われるそうで、ほぼ国が独占していて市井に出回っているのはごく僅からしい。

 古硬貨は全部混ぜ物がない純金属製で、純金で作られている板金貨は古金貨の十倍の重さがあるそうだ。


「緊張してる方が返って目立つわよ。ほら、深呼吸」


 恋子先輩に促されて、翔子が大きくすーはーと息を吐いて気持ちを落ち着かせている。

 三十代なのに、オレと一緒にいる時の翔子が何だか小動物染みている。

 働いている時の翔子はそうでもないと思うんだが。

 十万円分の硬貨といっても、金貨なら一枚で済んでしまうし、銀貨でも百枚で足りてしまう。

 しかしリセルカに言わせると金貨を持ち歩くのは無用心過ぎるし、銀貨でも大量に持ち歩くと盗賊などに付け狙われやすいそうだ。

 一応オレたちも日本で調達した警棒、スタンガン、催涙スプレーで武装しているとはいえ、これらはあくまで相手を撃退して逃げるためのもので、鎮圧するためのものではないし、ましてや殺すためのものでもない。

 少し気をつけることで避けられる危険なら避けた方がいいのは、当たり前である。

 翔子の鞄がぱんぱんになっているのは銅貨のせいだ。

 銅貨ならば、大量に持ち歩いてもリスクが低い。

 見るからに硬貨を見せびらかしているならともかく、鞄の中に入れているなら大丈夫だろうとリセルカも太鼓判を押してくれた。


「じゃあ、次どこに行く?」


 サニアが振り返って、俺たち見上げて予定を尋ねる。


「とりあえず腹ごなしだな。ゴンドさんの店に行こうぜ」


「いいですね。異世界の食事がどんなものか、少し気になります」


 オレと翔子が飯にするので意気投合していると、恋子先輩が難しい顔をしていた。


「ここ、本当に異世界なのかな?」


 どうやら恋子先輩はまだ疑っているようだ。

 まあ、異世界なんて簡単に信じられない気持ちは分かる。

 でもサニアが実際にいるからなぁ。


「少なくとも私はニホンなんて知らないし、びるもくるまもじてんしゃも見たことなかったよ」


 本人の言う通り、サニアは日本の夜景を見た時酷く驚いていた。

 夜中でも街灯が道路を所々照らしていて、遠くではビルのネオンが煌々と灯る様は、オレたちよりもよほど異世界の存在を信じさせたに違いない。サニアにとっては、地球の方が異世界だ。


「まずエルナミラと日本じゃ首都でさえ街並みが違い過ぎるからな。後進国でも首都くらいはアスファルトで道路が舗装されてるのに、エルナミラは石畳ばっかりで、コンクリートが全く見当たらない。同じ世界って考えるのは厳しいものがある」


「私も先輩と同じ意見です。流通している品物を見ればもう少しはっきりすると思います。同じ世界なら、中国製の安い製品が出回っててもおかしくありませんし」


 オレと翔子の意見を聞いて、恋子先輩の疑問は少し晴れたようだった。

 ゴンドさんの飯屋でエルナミラ特有の食べ物とかを見れれば、恋子先輩もエルナミラが異世界だと信じてくれるだろう。後一押しだ。


「メイドインチャイナか。確かにそうかも。ちょっと気をつけて探してみようかな?」


「まあとにかく、先にメシだメシ」


 辺りを見回す恋子先輩をオレが急かす横で、サニアが恋子先輩の背中を押す。


「早く行こう!」


「ご飯、楽しみですね」


 和やかなやり取りを見ながら、翔子がのほほんと微笑みを浮かべた。



■ □ ■



 ゴルドさんの店で朝食を済ませ、オレたちは市場に繰り出した。

 食べてて思ったんだが、そういえばまだ朝だったんだな。

 エバス商会は朝早くから開いていたし、商会を出たら人通りがぐっと増えていたからあんまり朝だっていう気がしなかった。

 どうやらエルナミラの人間は朝が早いみたいだ。


「エルナミラに限らず、どこもこんなものだよ。暗くなったら作業できなくなっちゃうから」


「明かりつければいいじゃないか」


「リュージのところみたいにどこでも明かりが使えるわけじゃないんだよ。資源は有限なの。油だってタダじゃないんだし」


 不満げに頬を膨らませたサニアの言葉に、オレはハッと気付かされた。


「ああ、そうか。こっちじゃ何処でも蛍光灯とかLEDライトの光で照らされてるってわけじゃないか」


「むしろ、それについては私の方が呆れるしかない。あんなに一日中つけておいたら、油がいくらあっても足りないよ」


「油じゃなくて電気だからな」


「そのでんきっていうの、よく分からない」


「電気っていうのは、エネルギーの一種ですよ。油を燃やした火を明りにする代わりに、私たちは電気が生み出す光を明りにしているんです」


 訝しげな顔のサニアに、翔子が笑顔で説明する。

 特段子ども好きってわけでもなかったと思うが、翔子は結構サニアに優しい気がする。

 翔子もオレも施設育ちだから、孤児でこれからオレたちが開く施設に入所するサニアのことを、歳の離れた妹みたく思ってるのかもしれない。あるいは娘か。


「ふーん……でも、一日中つけてるのにそのでんきが無くならないのは何で?」


「火や風、水、太陽の光。そういったものから得られるエネルギーを、電気に変換する技術が、日本では確立されているんです。もちろん日本だけでなく、世界中にもこの技術は広まっています」


「凄いね……だからあんなにニホンは明るいんだ!」


 サニアが目をキラキラさせて翔子と話しているのを、恋子先輩が割り込んで止めた。


「そのくらいにして、さっさと市場を見て回るわよ。色々買い込んで日本で販売するんでしょ?」


 同時に恋子先輩は、きちんと二人の手綱握っておきなさいよとでも言いたげな視線を向けてくる。


「おう、そうだな。個人行動は……まだ安全とは言い難いから、基本的に全員で動こうな」


 いつの間にかオレが班長みたく扱われているのは微妙に納得がいかないものの、脇道に逸れまくって無駄な時間を過ごしているのも確かなので、オレは恋子先輩のお叱りを甘んじて受け入れることにした。


「当然です。今のところ私たちが日本に帰るためには先輩の協力が必要不可欠ですから、離れるなんて怖すぎますよ」


 まあ、翔子の言う通りだよな。

 日本に帰るためには、今のところまたスラムのあの場所に戻って扉の鍵をオレの鍵で開けるしかない。

 もしかしたら別の扉でもオレの鍵さえあれば日本に繋がるかもしれないが、試すには人の目が多過ぎる。

 傍目に見たら不法侵入してるだけだからな。この世界でも奇異の目で見られるだろう。衛兵を呼ばれて捕まるみたいなパターンになったら目も当てられない。


「サニアちゃん、文字の読み上げとか、通訳よろしくね!」


「ごめん。通訳はできると思うけど文字は習ってないから私もほとんど読めない」


 にっこり笑って頼んだ恋子先輩が、サニアに断られて予想外だったのかぽかんとしている。


「そういえば、私たちゴンドさんとかリセルカさんと話して、普通に会話通じてませんでした?」


「あれ? ということは、ここ日本語通じるってことよね? やっぱり地球なんじゃないの?」


 エバス商会でのやり取りなどを思い出した翔子が恋子先輩に確認し、恋子先輩が唸る。

 オレとサニアを顔を見合わせた。

 翔子と恋子先輩が抱いた疑問は、オレとサニアも二日目に経験したものと同じだ。


「それについては多分、自動で翻訳されるようになってるんだと思うぞ」


「ど、どういうことですか!?」


 ん? 何だ。凄い勢いで翔子が食いついた。


「簡単に言うと、私にはリュージもショーコもコイシも、皆流暢なエルナミラ語を話してるようにしか聞こえないし、私もエルナミラ語で話してるけど、リュージたちには私の言葉が日本語に変換されて聞こえてるってことだよ」


「それって文字も読めるんですか!?」


「お、おう。サニア分かるか?」


「私はエルナミラ語も日本語も読めなかったよ。だからリュージの部屋の本も全然読めなかった。マンガは絵が多いから、台詞が読めないのに目を瞑れば何となくストーリーだけは追えたけど」


 一人で留守番してる間、サニアには部屋を出なければ基本的に何をしてても良いとは言ってある。

 本棚には小説やマンガがある程度置いてあるし、ゲームもほとんど触ってないけどあるから、暇潰しには困らなかったはずだ。

 ……でも、文字が読めないから楽しめないっていうのは、盲点だったな。サニアに悪いことをしちまったか。


「あ、でも、テレビは面白かったよ。日本語じゃなくてエルナミラ語で聞こえたからちゃんと理解できたし」


 また明後日の方向に走り出しそうだった話を、再び恋子先輩が遮った。

 すまん、恋子先輩。


「はいはいまた論点がずれてる! 考察は後でゆっくりすることにして、今は買うものを買っちゃいましょ」


「おう、そうだな」


「はい! 私、試したいことができちゃいました……!」


 何か、翔子の目がキラキラしている。

 気付いたことでもあるのかもしれない。


「リュージ! 私、折角だからリュージに何か買って欲しい!」


 サニアにおねだりされて、オレは髪飾りを買わされた。

 まあ、お陰で買い物も工芸品や民芸品を主体に色々できたから良かったんだけどな。


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