失われた記憶
「失われた記憶」
────
正……か……
も……戻れ……?
いい……それで……
────
凄まじい倦怠感と共に目を開ける。
「!」
飛び込んできた光に耐えきれず目を閉じる。
……僕は倒れているのか?ここはどこだ?
「……あ」
声が出ない。体全部がピリピリして、自分が自分がじゃないみたいだ。……しかし、このままでは今の状況を確認することもできないし、野垂れ死にという最悪な結末も容易に想像できる。
せめて上体を起こさなければ。
「……う」
力を入れた四肢の末端が軋むように痛い。
仰向けのまま上体を起こす。
腹筋だけに頼らず、手と、足、使えるものを最大限使って近くにあった「何か」に背中を預ける。
見てくれはみっともなかったかもしれないが、これが今の僕に出来る精一杯だった。
「……あ、あー」
「何か」に寄りかかって数分がたった。少しづつだけど声が出るようになってきた。体の感覚もゆっくりとマシになって、目も光に慣れてきた。
目をゆっくりと開ける。
またあのとてつもない光に目を閉じかけたが既のところで持ちこたえ、ゆっくりと瞼を開ける。
「これ……は?」
目の前には雄大な自然が広がっていた。
見渡す限り一面に広がる木々と草花。聞こえてくる音が明瞭としていく最中、ここが生態系の築かれた場所だと知る。
甲高い鳥だと思しき声。ペキペキと枯れ草が踏みしめられる音。
そんな光景に少し気圧されてはいたものの、澄んだ空気の中深呼吸をすると、何故だか心が落ち着くのを感じた。
体の痺れも幾分か取れたような気がする。
そしてここは、その木々が少し開けた場所。太陽の光がこれでもかと差し込んでいる湖畔の側だった。
太陽の光が水面に反射し、鏡のように煌めいている。……これでは眩しいのもうなずける。
後ろを見る。
寄りかかっていたのは大木だった。樹齢数百年はあろうかという大木。この大木はいったいいつからここで湖畔を眺めていたのだろうか。
「……ここの先輩みたいなものか」
声もすんなりと出る。これなら……。
「先輩」に寄りかかりながら立ち上がる。思っていたより簡単に立ち上がれたので歩いてみる。よしよし、これなら走るまではいかなくても移動ぐらいならできそうだ。
湖畔に近づき、腰を下ろす。体中に付着した砂を拭うため水の中に手を入れる。心地よい冷たさが肌を撫でる。手の器で水を掬って顔に塗り込む。もう一度掬い、水を体に入れる。喉を真水が通っていく度にどくんどくんと体が歓喜しているのがわかった。……僕は生きている。
ふぅ、と一息をついて何故自分がここにいるのかを考えてみる。
……思い出せない。記憶にモヤがかかっているようで、ただ何か大きなものが抜け落ちた感覚がある。
一般常識が無くなっていないのが唯一の救いだ。
「───ひとまずは食べ物だよなぁ」
もう体に痺れは残っていない。ここで生きていくつもりなら食料の確保は最重要だ。
そう自分に言い聞かせるように目標の再確認をし、立ち上がったその時。
「ん?」
「clur?」
茂みから出てきたのは先住民……、もとい生物だった。
体長は僕より少し大きいくらいで羽のような体毛が胴体を包んでいる。
脚は二本、筋肉質で軽やかに大地を駆けそうな脚。手は進化の過程で退化したのか小さいのが二つ。しかし鋭い爪がある……?
となると……
口先を見る。嘴は鋭く、その隙間から見える牙の形状も共に鋭いものだった。
やはりこいつは肉食、または雑食性の動物なのだろう。
肉食性……
ん?これはまずいのでは?
先住民の目がギョロりとこちらを睨めつける。
どうやら挨拶では済まないらしい。
「あー……と」
まずい。
記憶の中からなんとかしてこの生き物の弱点を探す。もしかしたら記憶を失っているだけであって、初見じゃないかもしれない……。弱点があって簡単に逃げおおせるかも……。
「crluuurlaaaa!!!」
耳を劈くようなそれはこの生き物にとって威嚇や捕食のサインなのだろう。
だってほら、こっちに────
こっちに来る!
「確かに食べ物が欲しかったけどさあ!?」
そんなくだらない言葉が断末魔にならないことを祈りながら僕は脚に力を入れ、生き物とは反対方向になりふり構わず走り出した。