明けて翌日
街中を歩き、宿を探すついでに街の南側へと向かう。
南側の門の様子を伺おうという話だ。
歩いていくと、道を往来する人の数が明らかに減っている。
勿論、店がしまっているわけではなく、客がまったくいない訳ではない。
が、それでも南側の門から本来流入していたであろう人の流れが無いだけで、かなり寂しく感じた。
遠くからでも門がぴしりと閉められているのが見える。
その前には門番が立っており、時折話しかけられているようだ。
話しかけていた者は、何事かを話したあと、うなだれるようにして門番の元から去っていく。
おそらくは、自分を通してほしいと懇願していたのだろう。
だが、それをそうそう許される訳もない。
門を通してしまえば、まだ戦端が開かれていないにしてもそこは戦場なのだ。
危険もあるだろうし、スパイであれば情報の流出を許すことになる。
先に進むには、やはり領主の提案を受け入れるしかないのかもしれない。
その場を後にすると、手近にあった宿に飛び込みで入る。
部屋は余っていたらしく、すんなりと部屋を取ることが出来た。
先に進むことが出来ない者が多数止まっていると思っていたが、そんなことは無かったようだ。
どうにも、北へ向かう事が許されたために、わざわざ停滞してまで南に向かう者が少ないようなのだ。
行商をするものにとって、留まり続けるということは単純に儲けの機会を減らすだけだ。
であるのなら、北に向かってベッラに入り、その後別の国に向かう方が余程儲けが出る。
これは、少しづつではあるが国力を下げるだけのような気がするな。
まあ、この国がどうなろうと知ったことではないが。
とくに気にするような縁もゆかりもあるわけではないしな。
そもそも冒険者として活動する俺に何か出来るようなことは、そうそう無いだろう。
部屋に入り、少しの間休息を取る。
ほどなくして夕食の時間になったので、宿屋に併設されていた食堂で食事を取る。
どこの宿もこのような形態なのだろうか。
楽でいいから別にいいんだが。
夜が更けていくと、アルクがカインを連れ出して外に出かけて行った。
何処に向かうのかとトゥーンが気にしていたが、俺が行かないと分かると、すぐに興味を無くしたように丸くなって眠りについたようだ。
バルに至っては、そもそも興味が無いのか微動だにしていなかった。
のんびりとした時間を過ごす。
たまにはこんな風にのんびりとベッドに寝転がって、何も考えないでいるというのもいいものだ。
目を覚ますと、辺りが明るくなっていた。
どうやらベッドで横になっているうちに眠ってしまっていたようだ。
アルクとカインも、いつの間にか帰ってきていたらしくベッドで眠っていた。
ぐーっと伸びをして、ベッドから下りる。
トゥーンとバルも睡眠は十分なようで、俺が動くと起き出してきた。
二人を起こさないように部屋のドアを開けて、廊下に出る。
朝食を取ろうと、宿の食堂でに向かう。
なかなか、よい味の食堂だったので朝食も少し期待していたりする。
手近な席に座り、注文をして料理が運ばれてくるのを待つ。
今日はどうすべきだろうか。
この街にのんびりと逗留していても始まらない。
やはり、どう考えても領主の提案を受けるしかないのだろう。
面倒なことこの上ないが、致し方ない。
料理が運ばれてきたので食事を始める。
すると、プレートに載せられている料理の内の一品に驚かされた。
これは、味噌か?
野菜を味噌で和えている。
故郷のソウルフードにこんなところで出会うなんて思っても見なかった。
この街の何処かで販売されているかもしれない。
料理を給仕してくれた女性に声をかける。
「ちょっと質問があるんだが。」
「どうされました?何か追加のご注文です?」
「いや、そうじゃない。これに使われている調味料なんだが。」
「ああ、お味噌ですか?他の街からの来た人にはあまり馴染みが無いかもしれませんね。」
質問されるのになれているようだ。
他の街では確かに珍しいのだろう。
ベッラでは見なかった。
と、なれば流通しているルートも限られているかもしれない。
が、どうしてもこれは獲得しておきたい。
久しぶりに味噌汁が飲みたい。
そう思ってしまったら、この思いを止めることなど出来そうも無かった。
「何処で販売されているのか知りたいんだが。」
「お味噌をですか?」
「ああ、そうだ。是非にでも手に入れたい。」
「なかなか珍しい方ですね。他国ではそれほど受け入れられていない調味料ですのに。」
味噌が?
それは調理の問題だろう。
現に、この味噌で和えたものも少々塩辛い。
使い方を知らないだけで、味を否定されてしまうのは残念な事だ。
「少々お待ち下さい。私ではお答えしかねますので。」
そう言って給仕の女性は厨房から男性を連れてくる。
彼が調理をしているのだろう。
なかなか、柔和な表情をしている優しそうな男だ。
「なんだね?味噌が欲しいって?」
「ああ、是非にでも欲しい。何処に行けば購入出来るのだろうか?」
「こいつはオブライエンの近くの村の名産だな。最近は向こうとの繋がりが絶えてしまっていて、この街ではなかなか手に入らないぞ。」
「そうなのか。」
なんということだ。
どうでもいいと思っていたオブライエンに向かう理由ができてしまった。
こうなれば、早いところ向かいたい。
「しかし、こいつの扱いは中々難しくてな。あんた、味噌の上手い使い方を知っていそうだな。」
「まあ、多少はな。昔、似たような調味料を使った事があるからな。」
「それなら、何かいい料理は無いか?名産ということで調味料は残っているが、あまりレシピは伝わってないんだ。長い歴史のうちに失われてしまっていていてね。現地の連中なら知っているだろうが、なかなかレシピを開示してはくれないんだよ。」
「それは残念だな。とはいえ、俺もそう知っている訳じゃないぞ?」
「それでも構わない。料理が旨ければいくらか味噌を分けてやってもいいぞ?」
「よし、厨房の一角を貸しかてくれ。味噌汁でも作ろう。」
ガタッと席を立つと、有無を言わさぬ勢いで厨房に入り、調理を開始してしまう。
野菜を刻み、出汁をとり、味噌を溶く。
ザックリとした作り方だが、男性は俺の一挙手一投足をじっと見ていた。
こなれた調子で味噌汁を作り上げる。
味見をしてみると、懐かしの味が口の中に広がる。
その味が郷愁をさそう。
“調理”スキルと相まって、以前作ったときよりも遥かに旨い。
男性にも味を見てもらうと笑顔を浮かべていた。
どうやら、お眼鏡に叶ったようだ。
「なるほどな。単体では塩辛いからスープにしてしまうというわけか。」
「他にも調理方法はあるが、これが一番ポピュラーなものだろうな。」
「こいつに名前はあるのか?」
「味噌汁というんだ。」
「何ともひねりのないストレートな名前だな。だが、旨い。これなら看板メニューにしてもいいくらいだ。」
上々の評価を得て、俺もホッとした。
しかし、味噌汁すら調理法が失われているとは・・・
まあ、お陰で味噌が手に入った。
これで、移動中の調理の幅が広がった。
それに、味噌があるのなら醤油も手に入る可能性がある。
しかし、調味料が先に進む事を後押しする事になるとはね。
クルスが先に進むのに理由が弱そうだったので。
でも、まだ弱いかな?
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今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。