劣勢
相手の剣が髪をかすめる。
俺の蹴りが空を切る。
踏み込んでの降り下ろした剣をはね上げられる。
紙一重の攻防は続く。
紙一重と考えているのは、俺の方だけかも知れないが。
相手はまだまだ底を見せない。
薬に頼った罠を仕掛けてくる相手だとばかり思っていたが、いやはやどうして。
相当な使い手であることは、疑いようがない。
「なかなかしぶといな。」
「クハハハハ・・・実に楽しいじゃないか。だが、そろそろ終いか?」
「嫌な性格をしているな。友達いないだろ?」
「何?面白いことを言う。私と本気でぶつかり合ったものは、全て私の友人だ。無論、君もね。」
「ありがたくて、涙が出るね。」
なにも持たない手に炎を産み出し、相手にめがけて放つ。
が、その炎は相手の持つ剣に切り裂かれ、霧散する。
魔法を斬るとか、よくやるな。
「ほうほう。魔法も扱うか。しかも、無詠唱ときたか。これは尚のこといい。君は是非私の手駒になって欲しいものだな。」
「言ってろ!」
俺はさらに炎を放つ。
いくつも放つが、その全てを剣で切り裂かれる。
相当な腕だとは思うが、それ以上にあの剣だ。
魔法を断ちきる剣とかあり得ないだろ。
炎がダメならばと、突風を起こす。
直接ダメージは与えられないだろうが、搦め手としては使えるはずだ。
しかし、それも剣を降ることで、四散させてしまう。
「いったいなんだ、その剣は?」
「これかね?これは私の愛剣にして、魔剣モルドレッド。どうだね?非常に美しいだろ?」
「美しいかは知らんが、大した剣であることは認めるさ。」
魔剣ね・・・
その剣のせいで、俺の打ち出す魔法がかき消されているのか。
普通の数うちの剣なら、魔法を斬ることなど出来ないだろうからな。
しかし、こうなってくると、対抗手段が無くなってくるな。
剣の腕は向こうが上。
辛うじて、拳打や蹴りを混ぜることで対抗しているに過ぎない。
魔法を放ったところで、魔剣に打ち消されてしまう。
おいおい、八方塞がりじゃないか。
それでも、ここで引くわけにはいかない。
後ろでは、俺にこいつの相手を任せてくれた二人と一匹がいるのだ。
なんとか、逆転の一手を探さなくては。
悩めば悩むほど、あがけばあがくほど、どつぼに嵌まっていく気になってしまうから困ったものだ。
俺は刀身の無いナイフを抜き、木刀と併せて二刀流のような格好になる。
こんな戦い方は想定していなかったが、スキルの補正が効けばそれなりに戦えるだろう。
後の先をつく戦い方が出来ないのならば、先の先をつく戦い方をしてみるよりない。
少しでも相手の意表を突きながら、油断を誘い、その油断を突く。
作戦とも言えない作戦を決行する。
木刀を横に薙ぎ、相手の体勢を崩そうと挑むが、剣に弾かれる。
それでも、前に進むのを止めない。
左手に魔力を込め、ナイフを振るう。
刀身がなく刃の長さがわからないはずなのに、まるでそこにあるかのように、避けきってくる。
左足を軸にして体をひねり、右足を突き出す。
その右足に、剣の柄を当てて対応してくる。
俺の動きの全てに対応し、見事に攻撃を防がれてしまう。
どころか相手の体勢を崩すつもりが、逆にこちらの体勢を崩されてしまった。
隙を自ら見せることになってしまったのだ。
それを見逃すほど、甘い相手では無い。
相手は剣を降り下ろす。
なんとか木刀で防ぐが、威力を殺しきる事が出来なかった。
そのせいで、降り下ろされた剣が起動を変え、振り上げられた剣にはついていくことが出来なかった。
ついに、攻撃を受けてしまう。
胴を下から上へと、長い切り傷をつける。
幸い、傷は浅かった。
が、それでもこれまでのような動きは、出来なくなってしまったと見ていいだろう。
そうなると、なんとか渡り合ってきたこれまでの均衡も崩れる事になる。
明らかにこちらの分が悪い。
「ふうん。そろそろ、いいかな?」
「あ?何がだ?」
「君、そろそろ限界でしょ?かくし球はまだあるのかい?」
「どういう意味だ?」
「うん、今の返答で確信した。もう、何もないね。それじゃ、そろそろ蹴りつけようか。」
「くそっ。」
ゆらっと柔らかな動きから、剣が急に飛んできた。
何とかそれをしのぐが、次から次にと矢継ぎ早に剣が飛ぶ。
これには堪らず、いくつもの傷を負うことになる。
段々と追い込まれていくのが分かるが、今なお打開策は見当たらない。
「さぁ、頃合いだね。これで・・・終いだ!」
これまでと違う、渾身の一撃が俺を襲う。
躱そうにも、受けた傷のせいか避けることも叶わないようだ。
剣を受けようとするが、どうやら間に合わないようだ。
くそっ、これまでか・・・
と、そのとき横から影が俺を突き飛ばす。
そして、その影は俺の代わりに剣を受けてしまったようだ。
小さな体が床に叩きつけられ、転がる。
「トゥーン!何やってんだ!カインの面倒を頼んでたじゃねーか!」
『うう・・・いってぇ・・・』
『何してやがんだ!』
『前は危ないとこ・・・助けてやれなかったから・・・今度は・・・助けられて良かった・・・』
それだけを念話で伝えて、気を失ってしまったようだ。
“勇者”のスキル補正のおかげか、即死は免れたらしい。
が、危険な状態であることには違いない。
一刻も早く、治療をせねば最悪死んでしまうかもしれない。
そんなことを考えると、目の前が真っ赤に燃えるように見えた。
「やれやれ、獣を斬ることになるとはね。しかし、よく懐かれたものだね。結果は変わらないというのに。」
「てめぇ・・・許さねぇ!」
俺の中を、トゥーンをやられてしまった自分への怒りが、そしてトゥーンに危害を加えた相手への怒りが支配する。
そのとき、何か自分の中で“たが”が外れたような気がした。
「ぶっ潰す。」
「クハハハハ・・・やってみたまえ。」
俺は、俺の中を支配する感情に身を任せることにした。
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