死人の正体
今だ眠りこけていたバルを揺すって、優しく起こす。
アルクと扱いが違うのは、仕方ない話だ。
目が覚め、俺の顔を見て、尻尾を振りご機嫌なようだ。
もう野生は失われてしまったのか?
そんなことを思わせるのには十分な反応だ。
俺は、目覚めたバルを撫でながら言った。
「それで、こいつらは結局死人ってやつなのか?」
「いや、おそらく違うと思う。体が腐敗していることもない。死人ならば、殴り飛ばした程度で、動きを止めることなどしないだろう。あれは何らかの方法で、自我を奪われているのだと思う。」
アルクは、忍び込んできた影達を遠慮なく触り、どのような状態であるのかを確認する。
手探りで行う以上、仕方がないのだろう。
完全な闇とは言わないが、これだけ暗い中でよくわかるものだ。
「そうなると、村の住人か?かえって質が悪いな。」
「ふむ・・・」
後ろから覗きこむようにしながら、指先に火を灯す。
暗いのなら明かりをつけるべきだ。
あまり明るいのは良くはないだろうが。
見た目には、普通の人だ。
死人というものを見たことがないため、区別がつかないというのもあるが。
ゾンビのような形で出てきてくれれば、分かりやすいのだがな。
考え込むアルク。
しかし、今考えたところで、事象を示す物がどの程度あるだろうか?
そういえば、トゥーンによって壁にぶつけられた奴が、何か小ビンを持っていた。
それは参考になるだろうか?
「なに?そんなものがあったのか?」
「ああ。カインに飲ませようとしていたから、トゥーンに頼んでぶっ飛ばしてもらった。おかげで壁にぶつかったみたいだがな。」
「えっ、そうなんですか?『トゥーンくん、ありがとう。何か助けてもらったみたいだね。』」
『おう!俺もカインが無事でうれしいぞ!』
それについては俺も賛同する。
カインもアルクも無事ならばこそ、まだ探索を続けられるのだ。
俺やトゥーンが気づかないうちに、先程の小ビンの中身を飲まされていたとしたら・・・
そう考えると、ブルリと体が震える。
小ビンの中身に、どのような効能があるのかは知らない。
アルクは、何らかの方法で自我を奪われていると言っていた。
仮にそれを飲まされ、俺と敵対していたとしたら、俺はどうしていただろうか?
アルクならしばき倒してお仕舞いだが、カインを相手にするとなると、間違いなく躊躇するだろう。
どんな状況だとしても、そう簡単に命の恩人に対して、拳をふるえる自信がない。
その程度には、少なくともカインに情はわいている。
「クルス、小ビンの持ち主のところを照らしてくれ。」
「ああ。これでいいか?」
「十分だ。さて、小ビンの中身は・・・」
小ビンの口が開いていたせいで、中身の液体はほとんどは床に撒き散らされていた。
それでも、液体が無くなっていることはない。
床の液体を指先で触れ、感触を試すように液体の付着した指先を擦る。
そして、臭いを嗅いでいた。
不用意に触ってしまって、大丈夫なのか?
「やはりか・・・」
何らかの予想がついていたらしい。
湿り気を帯びた指先を、布で拭く。
そして、小ビンの蓋を閉じ、手を拭いたのとは別の布で包み、懐に仕舞った。
アルクの顔が厳しいものになっていた。
「何か分かったようだが、どうだ?」
「襲ってきた連中は死人ではないが、もしかしたらそうなってしまっている連中がいるかもしれない。」
「何?」
「これは、予想以上に不味い状況が進んでいる可能性がある。こいつは、死人を産み出す薬だ。」
「なんだ、それは?毒薬みたいな物か?」
「まだ、その方が優しいな。これは、徐々に脳を蝕んでいき、終いにはその者の自我を失わせる。生きたまま死人に変える薬だ。人の尊厳すら踏み躙る悪魔の薬だ。しかし、こんなものが何故・・・」
確かにそれが事実ならば、大変な事だ。
人間として生まれながら、その意思を奪われてしまうのだ。
意思の無い人が人足り得るのか?
難しい話だが、他者に自由にされて良いものではない。
「どうにも大変な話になってきたな。俺は出てくる連中、全てなぎ倒せばいいかと思ってたからな。」
「死人になってしまったのなら、もう戻すことは叶わない。が、死人になる手前の段階なら、こちらがわに引き戻せるかもしれない。」
「そうなると、なんとしても元凶をしばき倒してやらないといけないな。」
「そうだな。この薬が全ての原因だとすると、広めた奴がいるはずだからな。」
「それで、こいつらどうする?このままにしといていいのか?」
「どのような行動に出るか分からない以上、拘束しておいた方が無難だな。」
だが、手元にロープなど有りはしない。
質の高そうなカーテンを窓から剥がし、後ろ手にするように縛り上げる。
協力しあえばすぐに解かれてしまうかもしれないが、せめてもの時間稼ぎにはなると思いたい。
俺は再び、床に開いた穴を見る。
虎穴に入らずんば虎児を得ずという。
やはり、突き進むしかないのだろう。
「さ、じゃあ行こうか。」
「本当に安直だな。罠がないとは思わないのか?ゴールにたどり着いたとたんに、周りを囲まれるかもしれないぞ。」
「それならそれでいいだろ。危害を加えてくるなら、ぶっ飛ばして黙らせるしかないだろ。」
事件の大元に近付くチャンスであることには違いない。
村の中を探索しても、特にみつからなかったのに、ゴールに一足飛びできるかもしれない近道が目の前にあるのだ。
指咥えて見ていたら、それこそ警戒されてしまうだろう。
結局、俺達はその穴に潜り込み、先に歩を進めた。
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