従魔の登録
街の中と外を隔てる門に近付いていくと、門番に訝しげな目で見られる。
何せ、生きた魔物を伴って歩いてくるのだ。
そりゃ、誰だって怪しむだろう。
魔物の侵入を防ぐ為に門をわざわざおいて、外界と隔てているのだから。
やはり、呼び止められる。
そして、俺の横で大人しくしているバトルウルフを指差す。
「夜遅くにご苦労だな。それで、そいつはなんだ?」
「依頼で森の方に行っていたんだがな。そこで何故か懐かれてな。ほっといても、ずっとついてくるから連れてきた。」
「おいおい、魔物を拾って帰るとか、珍しいこともあるもんだな。」
ん?
もっと揉めるかと思っていたが、そうでもないのか。
珍しいという言葉を使った時点で、少ないながらも前例が存在するということがうかがえる。
「それほど珍しいのか?」
「そりゃあ、そうだろ。街の中にいると思うか?」
「うーん。見た覚えが無いな。カインは?」
「僕も無いですね。そもそも、魔物を連れて歩くなんて初めて聞きましたよ。」
カインはどうやら初耳のようだ。
色々な事を知っているカインが、聞いたことが無いということは、相当に珍しい事なんだろう。
そんなレアな体験をすることになるとはね。
よくよく考えると、レアな事ばかり体験してはいるのだけども。
「拾ってきたと言うのなら、まだ従魔の登録はしてないな。」
「ああ。まだ登録していないな。」
「取り合えず、通行許可は出す。冒険者ギルドに直行してもらうことになるな。ただ、あんたらだけで行かすわけにはいかんからな。」
「そうなのか?」
「そりゃ、そうだろ。魔物がその辺歩いてたら驚くだろ、普通。それに、登録前に他の誰かに傷つけられても、文句は言えないぞ。登録しない限りは魔物扱いなんだからな。ちょっと待ってろ。」
そう言って、その門番は門のすぐそばに据えられた駐在所に駆け込んでいく。
おそらく、見張りの代わりを呼びにいったのだろう。
予想通り、人を伴ってこちらにやってくる。
あくびを噛み殺しているようだ。
どうやら休憩中だったようだな。
少し悪いことをしたな。
まぁ、仕事なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「ふぁ~ぁ。それじゃ、しばらく代わるからさっさと行ってきてよ。そしたら寝直すから。」
「頼んだ。それじゃ、行こうか。」
「よろしく頼む。」
やけにのんびりとした門番だな。
それにしても、案内してくれる彼も、交代で立っている事になった彼も、魔物が近くにいるというのに思ったより動じていないな。
門番という仕事柄なのだろうか?
魔物を連れているのも、珍しいとはいえそれなりにいるようだし、見慣れているのかもしれない。
冒険者ギルドに移動する間に、色々な事を聞かれる。
まるで、職務質問のようだ。
街の治安を守る一翼であるわけだし、当然と言えば当然か。
もちろん質問の主な内容は、バトルウルフについてだ。
どこで出会ったのか。
何が理由でついてくるようになったのか。
何故追い詰めておいて、止めを刺さなかったのか。
それらに、正直に答えてやると、かなり驚いていた。
まず、魔の森の中に踏み込む者は、ほとんどいないということ。
魔物となれば、いつこちらを攻撃してくるか分からない。
それを、止めを刺さずにおいておくなんて、常識的じゃないと言われてしまう。
下手をすれば、喉笛を咬みちぎられていたかもしれない、と。
受け答えをしている間に、冒険者ギルドに辿り着く。
門番を先頭にして中に入る。
昼間程ではないが、冒険者の姿が見られる。
夜中だというのに、ご苦労な事だ。
彼らは、こちらを見るとギョッとした表情を見せる。
その中の幾人かが、とっさに腰の物に手をかけている。
手でも出してみろ。
街の外まで吹っ飛ぶくらいの蹴りをかましてやる。
ピリッとした空気が支配する中、カウンターに向かう。
その際、カインには受注していた依頼の報告と、魔物の素材の売却を頼む。
二人してカウンターに行ったところで、時間をロスするだけだと思ったからだ。
ちょうど、冒険者登録カウンターにガイエンが座っていた。
こちらを見据えている。
若干、表情が硬く見える。
さすがに、魔物を連れて帰るとは予想していなかったのだろう。
俺だって予想外の出来ごとなのだから。
「支部長殿が、ちょうどいてくれて良かった。こちらの冒険者が魔物を拾って来たと言うので、規則に基づき、連れてきました。後はよろしいですか?」
「感謝する。仕事とはいえ迷惑をかけるな。」
「ははは、気にしないでください。それじゃ、私はこれで。」
引き継ぎが済んだのだろう。
俺の肩をポンと叩くと、門番は去っていった。
門番にはにこやかに対応していたのだが、俺を、そしてバトルウルフを見て、また難しい顔をする。
「なんだ?何か問題でもあるのか?」
「有るに決まってるだろ!魔物の討伐に行っておいて、連れて帰ってくるなんぞ!」
「門番は、たまに魔物を連れてくる者もいると言ってたぞ。」
「それは別の所から連れてきた者だろう。魔の森の魔物を連れて帰ってくるものなど、聞いた事もない!」
「それは知らなかったな。それより、従魔の登録をしたい。」
わめくガイエンを放っておいて、さっさと本題を切り出す。
夜まで森の中をうろつく事になってしまったのだ。
腹も減ったし、疲れもしている。
手続きをさっさと終わらせて、宿で休みたかった。
こちらの態度で少し冷静になったようだ。
「お前の実力を見るつもりが、こちらが驚かされるとは思わなかった。」
「そうでもないさ。全て成り行きだ。」
「成り行きで魔物で懐かれるなど、聞いたことが無いがな。」
「そういうものか?」
「ああ。本来、人と魔物は相容れる事が出来ない。今回のように、魔物に懐かれるのは余程の特例だ。無論、たまにこんなことがあるから従魔という制度があるんだがな。」
「それで?」
「従魔の登録だな。登録用紙に記入してもらうんだが、確か字が書けなかったな。代筆してやるから、こちらの質問に答えていけ。」
そう言って、カウンターに何やら紙を用意する。
これが登録用紙か。
紙に書いて、それで終わりか。
ただのお役所仕事のようだな。
ガイエンの質問に一つずつ答えていく。
魔物の種類、どこで出会ったのか、どういう経緯で懐いたのかなどだ。
魔物の種族をさらりと答えると、何故分かるのか問いただされるが、たまたまだと誤魔化しておいた。
“神眼”について話すつもりなど、更々無いからだ。
質問をしながら、ガイエンはチラチラとバトルウルフを見る。
どのような状態なのか、確認をしているようだ。
バトルウルフは、椅子に座る俺の横で大人しくしている。
時折、かまって欲しそうにするので、頭に手を置いている。
それだけで、嬉しそうにしているので、しばらくは置いたままにしておいた。
「ふぅ、これで終わりだ。後はこれだ。」
「なんだこれは?」
用紙を書き終えたガイエンが取り出したのは、二つの金属製のリングだった。
これをどうするのか。
「これは、従魔の登録が済んだ魔物であることを示す印だな。前足でも、首でもいい。好きなところにつけてやれ。もう一つは、主を示す物だ。こちらはお前が着けろ。」
「それはいいが、サイズが全然合ってないぞ。これではすぐにとれてしまうだろ?」
「少々特殊な仕掛けが施されている。嵌めればサイズが勝手に変わって、ピタリと合う。」
バトルウルフの頭に置いていた手で、そのリングを持ち首に掛けてやる。
犬といったら、首輪だろ。
首に掛けたリングは、一瞬の内にサイズを変え、ガイエンの言った通りにフィットしている。
指に嵌めたリングも同様にサイズを変えた。
「これで、登録はほぼ完了だ。」
「ほぼ?」
「そうだ。そいつに名前はつけてやったのか?」
「いや、まだだな。」
「名前というのは、その存在を拘束する最も強い力を持つとされている。その拘束をより、強固なものにするのがそのリングだ。この場で名前を決めて欲しい。」
名前か・・・
確かにつけてやらなければ、これからを考えると不便だろう。
しかし、なにも考えていなかったな。
狼とはいえ、今の様子を見ると犬そのもののようだしな・・・
ポチとか、ハチとかじゃダメか?
太郎や次郎では猿の名前のようだから、却下だな。
一生を左右する事もあるのが名前だ。
どうしたもんか・・・
「バルなんてどうですか?」
声のする方を見ると、カインが立っていた。
もう、報告と売却が済んだのか。
どのくらいの額を得ることが出来たのか、気になるところだな。
しかし、何故バルなんだ?
「バトルウルフから取ってバルです。」
「それなら、バウでもいいんじゃないか?」
「うーん、何となくなんですけどね。」
何となくか・・・
案外、そういう思い付きで出た物の方が、ひたすら考えた物より良い事は往々にしてある。
バルか・・・
バトルウルフを見つめると、見つめ返してくる。
「名前はバルでいいか?」
そう問うと、「ワフッ」と鳴いて応える。
どうやら、バルでいいようだ。
まぁ、ポチよりいいかもな。
いや、ポチもいいけど。
「なら、お前はバルだ。よろしく頼むな、バル。」
ナナシ様より提案していただいた名前を採用しました。
ありがとうございます。
名無し(?)様が名付け親とか。
それに、つけられた名前をさん付けで呼ぶと、虫系統の魔物に攻撃すると、『こうかはばつぐんだ』でしょうね。
何、言ってんだろ・・・
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