これが魔物
森を分け入って行く。
鬱蒼と生い茂る木々を見ると、鎮守の森とは違った雰囲気を醸し出している。
今思えば、鎮守の森は清清しい空気に満ちていたように思える。
だが、この森は違う。
なんというか、物々しいというか、禍禍しいというか、長いこと居続けたいとは思えない。
そんな森の中を無言で進んでいく。
いや、無言ではあるが会話はあるな。
普通に声を出して話をすると、トゥーンが拗ねてしまうので念話で会話だ。
『なんというか、嫌な感じがする森だな。』
『あ、それ俺様も思った!なんか尻尾がピリピリするな!』
『まぁ、仕方ありませんよ。この森、魔の森なんて呼び名がついてますから。』
『魔の森!変な名前!』
『だが、名は体を表す何て言うしな。恐らくその名前がこの森を意味する全てがこもっているんだろうよ。』
『そうかもしれませんね。強力な魔物も数多く存在すると言われる危険な森です。注意しながら進みましょう。』
特に声を発すること無く会話のできるこのスキルは有用だな。
音を立てるリスクを減らしてくれる。
『ところで、魔物と言っても見たことが無いんだが、どんな生き物なんだ?』
『うーん、はた目にはただの動物に見えますね。でも、対峙してみるとよくわかりますよ。何て言うか、雰囲気が違うんです。魔法を使ってくる個体もいるんで注意が必要ですよ。』
『魔法か・・・』
『俺様も魔法使えるぞ!』
『えっ、トゥーンくん魔法使えるの?それは凄いね。でも、魔物って感じはしないよね。』
トゥーンの発言に驚くカイン。
自分が使用することが出来ない魔法を、こんな小動物が扱うのだ。
そりゃ、驚くだろう。
『そうなのか?よくわかんないな。』
『そこまで気にしなくていいんじゃないのか?こちらに危害を加えようとしてきたら敵。そう考えとけばいいだろ。』
『そうだな!そうする!』
『そうですね。そのくらいの認識でいいと思いますよ。ただ、周辺の警戒だけは怠らないようにしないと駄目ですよ。不意打ちを食らわせてくるのもいますから。』
そう言いながらも、歩む速度を落とさない。
長居をすれば、それだけ魔物に遭遇するリスクがあるし、夜の移動は極力避けたい所だ。
『ん?なんかいるぞ?』
そう言い出したのはトゥーンだ。
やはり、野生の感でも働くんだろう。
鎮守の森の時もそうだったし。
それぞれが警戒を強める。
トゥーンが示す茂みを注視しながらの先頭準備だ。
トゥーンは四肢を広げ、いつでも飛びかかれる体勢をとり、カインは背負った弓を構える。
そして俺はというと、馴れていないこともあり、どう構えていいものか悩みつつ、腰に据え付けたナイフを取り出す。
やがて、茂みを抜けて兎が飛び出してきた。
大きな一本角の生えた兎。
なかなかつぶらな瞳をしているが、そんなに警戒するような相手なんだろうか?
上手く飼い慣らすことが出来れば、愛玩動物として人気が出そうだ。
そんなことを考える俺と違い、二人は警戒を解かない。
構えた弓に矢をつがえ、射出。
キッチリと狙いのつけた矢が兎に命中する。
カインの先制攻撃に怯んだところを、トゥーンが爪で首すじをザックリ。
ただそれだけで倒しきってしまう。
たまたま一匹しかいなかったのか、後に続く魔物はいないようだ。
思いのほかあっさりだが、兎だしこんなものなのかな?
顎を撫でつつ、出したナイフを仕舞う。
『えらく楽勝だな。』
『ラビットホーンでしたからね。それほど強い魔物ではないですよ。』
『俺様にかかれば当然だ!』
『でも、ラビットホーンを見て警戒解いてましたよね、クルスさん。』
カインにはお見通しのようだ。
確かに出てきた魔物の姿を見て、拍子抜けしたのは間違いない。
油断したという訳ではないが。
『見た目に騙されてはいけません。その姿に油断したところを、角で貫かれて死んでしまう人だっているんですから。』
『見た目と違って物騒なんだな。』
『そうですね。勿論、見た目からして物騒な魔物もいますから、油断をしてしまうのかもしれないですけどね。』
『それはすまない。どうしたって経験が足りないな。』
『これから覚えていけばいいですよ。なんにせよ、油断大敵です。』
カインに、怒られてしまった。
初めからこんな調子ではいけないな。
もっと、気を引き締めていかなければ。
『なあなあ、カイン!こいつ食えるのか?』
『ええ、食べることが出来ますよ。ちゃんと解体することが出来ればの話ですけど。』
そんなふうに考えを改める俺とは違い、トゥーンは平常運転のようだ。
食い意地がはっているというか、なんというか。
『ちゃんと解体出来ないと、ダメなのか?』
『色々説があるみたいなんですけど、魔素を体に取り込んでいるから、魔物って言われてるみたいなんですよ。それで、魔素の多くが内臓にたまっているそうです。その魔素が、魔物の体内で凝固したものが魔石って言うみたいです。』
『それで、魔素に侵された部分を食べると、どうなる?』
『体に変調をきたすと言われてますね。ハッキリ言って体には良くないですよ。』
魔素を体に取り込むと、拒絶反応でも起きるんじゃないか?
それとも、ウイルスのように体の中を侵食してくるのか?
むしろ、ただの毒のようなものか?
なんにせよ、魔素なるものが濃くなっている部分は食べるなということか。
『せっかく狩ったのに、食べれないのかよー。クルスー、何とかしろよ!』
『何とか・・・か。試しにやってみるか。』
『素人が挑戦するとか危険ですよ。』
なんか扱いがフグのようだな。
思えばフグは旨かったな。
そう考えれば、魔物の肉というのも旨いのかもしれないな。
幸い、“解体”のスキルをコピーしている。
物は試しで、やってみるのもいいだろう。
失敗したなら、捨て置けばいいだろうし。
首すじを掻き切られたラビットホーンに寄り、ナイフを取り出す。
腹部に刃を入れると、身を開く。
内臓までの深さや、構造が手に取るように分かる。
どこに刃を入れればいいか、思い付くままに切っていくと、皮と身、そして臓器と綺麗に分けることができた。
『凄い・・・父さんと同じくらい綺麗に、切り分けられてる。』
そりゃ、ゲインからコピーしたからな。
上手く出来るだろうさ。
『クルス、スゲーな!さぁ、食おうぜ。』
『まだ、早いだろ。後でな。』
休憩にはまだ早い。
トゥーンが、肉を味わうのは、まだもう少し先のことになった。
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