アンリという人
さすがに、アンリ一人を起こしたままで眠るのもよろしくない。
そう考えた俺は、ポールが眠るベッドのすぐ横に椅子を置き、座るアンリを見た。
若く美しいが、あまり感情を表に出すような事がない。
たまに軽く笑うことはあるが、その程度。
お陰で、門のところでの一芝居には、本当に驚かされた。
少し話をしてみたいが、何を話すべきか。
そういえば、年若い女性と面と向かって話をすることがそれほどない。
店での売子などでは、若い女性と話をすることがある。
しかし、それも相手からすれば、あくまでも営業トークでしかない。
これは困った。
そう思っていたところに、アンリから声をかけられる。
「クルス様、少々よろしいですか?」
「なんだ?」
焦る心情が伝わらないように注意をしながら答える。
が、どうにも隠しきれないようだ。
軽く笑われる。
「いえ、こちらの様子を伺っていたようでしたから。」
「そっ、そうか。いや、メイドであるあなたが何故付いてくることになったのか、少し気になってね。」
スキルを見ている為、それなりに予想はつく。
が、それは俺のみの明かせない秘密だ。
そのため、あえてここで聞いてみるのも良いと思ったのだ。
「何故・・・ですか?ひとえにポール様の身の回りの世話のためです。」
「それもあるだろうが、それだけじゃないだろう。門のところでポールを攻撃した動きは一般人のそれではなかった。」
「いやですわ。あれはあくまでも打ち合わせの通りにこなしただけです。」
「打ち合わせの通りにやったとして、第一王子派の陣を離れる間、馬車の中であれほどの苦悶の表情をするかな?」
「何がおっしゃりたいのです?」
声が冷たくなったように思えた。
どうやら、あまり自分の事を詮索してほしくはないのだろう。
昔の事をあまり掘り返してほしくは無いのだと思う。
まあ、どのような過去があろうとそこまでは知ったことでは無いのだが。
あまり険悪な雰囲気になるのもよろしくない。
となると、話題を変える方が良さそうだ。
「何、相当な実力を持っていそうだから、戦力として期待できそうだなと思ってな。勿論、表立って暴れる事を望んでいる訳じゃない。何か事が起こったようなら、ポールを守ること優先でいい。」
「そうですか・・・」
「ところで、話はガラッと変わるが、料理は出来るのか?」
「ええ、それなりにですけども。中々上達しないので、クルス様の様子を見せてもらっておりました。」
少し、笑顔が戻ってきた。
それにしても、よく言うな。
俺とスキルレベル変わらないくせに。
まあ、ここに来るまでも“調理”のスキルを使用するような状況を作っていたから、もしかしたら上がっているかもしれないが。
「オブライエンに向かう途中で一度作ってみたらどうだ?」
「そうですね・・・機会があればやってみましょう。」
「なら決まりだ。機会は待つものじゃなくて、作るものだ。」
「そうですね。分かりました。」
ひょんな切っ掛けではあったが、それなりに会話を交わすことになった。
内情は結局わからないままだが、それはそれでいい。
人の心に踏みこみ過ぎても良いことなどあまり無い。
そのうちに買い物を済ませたカインが、そしてアルクが戻ってくる。
トゥーンは買い食いが出来て大満足のようだ。
少し羨ましそうなバルが俺にじゃれついてくるが、別に買い物に行きはしないぞ?
アルクの方も、用がすんで一段落といったところか。
いつの間にか目を覚ましていたポールを伴って、食事をしに行く。
またしばらくの間は、俺の勢いに任せた食事を食べる事になる。
今日は好きなものを食べて英気を養い、また明日からの移動に備えることとなった。
さすがに酒は止めておくが。
他愛の無い話に花が咲く。
もっぱら話題の中心となったのは俺、カイン、アルクの幼い頃の事だ。
ポールの話も聞いてみたい気はするが、さすがに他の面前で話せる内容では無いだろう。
下手なことを言って、バレでもすればそれこそ大事だからだ。
また、アンリはやはり過去の話はしたくないとのことだ。
そう頑なに断り続けられると、余計に気になってしまうのが人の常なのだろう。
そして、良い気分で部屋に戻り就寝。
順繰りに見張りにつき、何か起きてもすぐに対応できるようにしておいて、ベッドに潜り込んで眠りにつく。
そして、翌朝。
俺が危惧していた事は起こることはなかった。
どこまで抜けているのかと思いたくもなるが、こちらとしたら好都合ではある。
朝食を取ると早々に移動を開始した。
旧都トラスはさっさと抜けます。
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