味噌の力
一息に旧都トラスまでたどりつければよかったが、まだ距離があるらしく、その晩は夜営となった。
そろそろベッドが恋しくなってきた。
それほどの期間を移動したわけではない。
それこそ、ベッラからアッガへとたどる道に比べても短いが、どうにも疲れがたまっているように感じる。
肉体的な疲れというよりも、精神的な疲れがあったのだろう。
それほど気弱な人間では無いが、緊張せざるおえない状況にぶつかれば、どうしたって疲れが出るものだ。
柔らかな布団にくるまる事が叶わないのだ。
せめて、何か旨いものでも食べたいところだ。
道中はあまり魔物に出会う事がなかったため、手持無沙汰な事もあり、もっぱら調理を受け持った。
といっても、昼間は移動に時間の全てをあてるため、調理するのは朝方と夕方に二度行うのみだ。
昼はというと、朝方の残りを食べるか、適当にパンか干し肉でもかじるかといった具合だ。
俺だけでやってしまえばカインが罪悪感とまではいわないものの色々と気にするので、手伝ってもらっていた。
“調理”スキル持ちのアンリはというと、俺が作っている様を監視でもするかのようにじっと見ていた。
いくら自分が口に入れる物が心配だとしても、それほど見なくてもいいと思うが。
それにそれほど気になるのならば、自分で調理すればよいのだ。
邪魔をしてくる事は無いので、そのままにしておいてあるが。
今日は何にしようか?
今、俺の手元には何といっても味噌がある。
であるならば、それを活用するのが筋というものだ。
とはいえ、どうあがいても男の料理からは逸脱することの無い、ザックリしたものしか作れないんだが。
兎に角、カインに魔法の袋より肉を出してもらい、それをある程度の大きさに切り分けさせる。
そして、それに味噌を塗りたくって、火を通す。
イメージは豚肉の味噌漬けといったところか?
まったく漬け込んでいないから、ただの味噌焼きでしかないのだが。
試しに味見をしてみると、何とも言えない妙味を醸し出していた。
カインにも試させると、笑顔が溢れる。
本当に“調理”のスキルは便利だ。
戦いには向かないが、ある意味で俺にとっての生命線のように思えてくる。
これだけのザックリでも、それなりの味が出せるのだから。
調理した肉とパン、それに野菜のスープを皆で囲んだ。
まず調理した俺とカインが口に運ぶ。
アルクは俺達の事を信用してくれているだろう。
俺達と同時に食べ始める。
ポールはというと、皆が口の中に入れたのを確認してから食べ始める。
これは一種の癖のようなものだろう。
毒に対しての防御を心掛けるのは、さすがに王族といったところか。
ちなみにトゥーンとバルは、俺達が食事を始める前から食べ始めている。
ある程度完成すると匂いにつられてやってきて、俺の側を離れようとしないのだ。
さすがにそれでは調理の邪魔だ。
そのため、もう開き直って先に食べさせるようにしてしまった。
調理中、ふと気付いた事があったので、アルクに問いかける。
「思ったんだが、このままトラスに向かってしまってもいいのか?」
「何だ急に?」
「いや、中に入るにもまた門番に審査される訳だろ。となれば、危険性があるんじゃないかと思ってな。トラスを迂回することは出来ないのか?」
「迂回か・・・」
おそらくもっとも大変だと考えていた関門は抜けた。
だが、危険性はついて回る。
少しでも危険を減らす努力をするべきだと思うのだ。
それには、街に向かうのはどうなのだという話なのだ。
ポールが顔をさらす事が少なくなれば、それだけばれる可能性が減ると思うのだ。
宿のベッドが遠のくのは寂しいが、それもオブライエンに着くまでの話だ。
「それは下策だろう。」
静かにスープをスプーンで掬って飲むポールが口を挟んできた。
「それは何故だ?危険を回避するには一つの手じゃないか?」
「俺達が門を抜けた事は、いずれトラスに伝わる事になる。そのときに俺達がトラスを通らず、わざわざ遠回りをするように移動をしていたらどう思う?しかも、クルス達は召還されているのだ。帰りはともかく、行きは最短ルートで向かうのが普通だろう。」
「つまり、かえって遠回りをした方が疑われるということか。」
「ああ、俺ならそう見るな。それに、第一王子派の陣を抜けたのだ。あれよりも警戒をあらわにすることは無いと思うんだ。勿論、危険性が無くなる訳じゃないし、クルスの心配もありがたい事ではあるんだがな。」
「だが、中には入れても、出ることが出来なくなるということは無いのか?」
「何、最悪抜け出す手の一つや二つくらいは持っている。そこは心配する必要は無いさ。」
「そうか。」
そこまで考えているのなら、俺は反対はしない。
それに宿のベッドが俺を待っているしな。
トラスに入る事はひとまず置いておき、他愛の無い話に切り替える。
「それにしても、この肉は旨いな。」
「そうだろう。味噌を使ったんだ。」
和気藹々とした時間が流れる事となった。
願わくば、何もなく通り抜けられればいいのだが。
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