通り抜けて
急に加速して走り抜けるのも、かえって怪しく思われる可能性があると考えたのだろう。
ゆったりとした足取りで馬が馬車を牽く。
視線がアルクに、そして馬車にそそがれていたであろう。
その視線に居心地の悪さを感じつつも、馬車は前へと進む足を止めることはない。
ある程度進み、兵達の視界から外れたであろう場所まで来ると、馬車はいつもの移動と同程度の速度に戻る。
何とか第一王子派の陣を通り抜ける事が叶ったわけだが、その代償にポールは今なお馬車の中で寝転がって、回復に努める事になった。
俺はといえば、ようやく外に出られたというのにすぐに馬車に戻ることになってしまい、不満がいっぱいのトゥーンとバルにひたすらじゃれられてしまっていた。
スキルの恩恵もあり、アンリの攻撃は大打撃となってポールの身を襲った。
苦悶の表情を浮かべるポールの介抱をするのはカインだ。
相変わらず面倒見がいい。
俺と違って、単純に心根が優しいのだ。
見習うつもりは、更々無いが。
寝転がるポールの前には、正座姿で深々と頭を下げるアンリがいた。
綺麗な土下座だ。
横から見える顔は、目を閉じており、凛とした風情を感じさせた。
土下座などがあるとは思ってもみなかったが、握手の文化が、かつての飛ばされ者から伝わった事を考えると、土下座も共に伝わったのかもしれない。
「大変申し訳ありません。処分はいかようにも。」
自分のしたことが間違いでは無いと言わんばかりだ。
確かに彼女の機転であの場は乗りきれた。
だが、確実に不敬にあたる。
俺達以外の他者の前では“冒険者ポール”かもしれないが、俺達だけの時は“パウロ殿下”であることに違いはないのだ。
「いや・・・気にするな・・・お前のお陰で・・・何とかなったのだ・・・」
息も絶え絶えといった具合だ。
言い方は悪いかもしれないが、かなり見苦しい。
仕方ないな・・・
じゃれるトゥーンとバルをひとまずなだめると、ポールに近づき、押さえ続けている腹部に俺は手を当てる。
その行動にポールは怪訝な顔をする。
そんな顔をするのなら治してやらんぞ?
「ヒール。」
神聖魔法を発動させる。
無詠唱では、どんな顔をされるか分からない。
ならばと、呪文付きで唱えることにした。
やはり、無詠唱より効果が強いのだろう。
頭に強いイメージが浮かぶ。
そして、手の平に薄ぼんやりとした光が灯り、すぐに消える。
さて、これでいいだろう。
腹部より手を離し、ポールより離れる。
いつまでも男の側に寄り添う趣味などは無いのだ。
お陰で休憩は終了とばかりに、また二匹にもみくちゃにされる。
「んん?痛みがなくなった?」
「クルスさんは神聖魔法を扱えるんです。きっと痛みに耐えているポールさんを見過ごす事が出来なかったんですよ。」
「何?大したものだな。すまない、礼を言う。」
そんなことを言いながら、痛みの無くなった腹を擦っている。
頭を下げる事をしないが、それは育ちが影響しているか。
ポールのその言葉に俺は軽く手を上げる事で応える。
それほど気にする必要も無いだろうと言わんばかりの態度をあえて取ることにした。
これこそ不敬にあたるか?
いや、今の俺の状況を見れば、そんな事は言わないか。
そもそも俺の態度に関しては今更な気もするが。
それより不敬と言えばアンリだ。
まだ、頭を上げること無く平伏し続けている。
「アンリ、顔を上げてくれ。こうして、痛みも無くなった。となればお前が頭を下げる必要性も無い。今は冒険者ポールなのだ。それに打ち合わせ通りの行動を取ったのに、一方的に責めるような事が出来るわけもない。」
「はい、ありがとうございます。」
そうして、ようやく頭を上げるアンリ。
いや、それより打ち合わせとはなんだ?
俺の疑問を、丁度カインが質問してくれる。
「打ち合わせって何なんですか?」
「門に行く前に言わなかったか?協力者がいると。」
「あっ、確かに言ってました。」
「その協力者が門のところで応対していた男だ。あいつが腰の物に手をかけようとしたところで、アンリが俺に攻撃を加えて、周りが呆気に取られている間に、通り抜けてしまおうという寸法だった訳だ。」
「その通りです。そして、それはあなた方にも内密にしていました。もし事前に教えてしまって、変な動きをされてしまってはよろしくないと思っていましたから。」
そういうわけか。
だとしても面白くは無いな。
無事に抜けられた以上、文句をつけるつもりも無いが。
それに、結局は賭けのようなものじゃないか。
否を唱える者がいたなら、計画があっさり頓挫していたことになる。
「でも、運が良かったんですかね。丁度あの男の人が居ましたもんね。交代の時間とかにかち合っちゃったら、そもそも上手くいかなかったかもしれませんし。」
「ああ、それはな。アルクには軽く概要だけは伝えておいたんだ。」
「えっ?」
「ハハハハハ・・・いや、済まないと思っている。だが、アルクは先のアッガ側での、門を抜けるときの対応を見ていたからな。だが、二人はどのような対応をするか、まだ分からなかったからな。アンリと相談の上で内緒にしておいたんだ。」
「お二人の気分を害するような真似をしてしまい、申し訳ありません。」
高笑いを浮かべるポール。
そして、また深々と頭を下げるアンリ。
はぁ、もう何でもいい。
さっさと先に進みたいものだと思いながら、ひたすらに二匹におもちゃにされ続けるのであった。
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