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第二章:双極の誓い③

 夢の中で夢であると認識する事を明晰夢と言う。

 ならばこれはその明晰夢であるのだろう、と龍彦は目の前に広がる広大な平原を眺めながら結論を下した。

 記憶が正しければロンモンの一室で眠っていた、筈だ。今はそのロンモンすらもない。

 何もない夢と言うのは、これはまた随分退屈なものだと思いながら暫く平原を歩き、前方に見える人影に龍彦は立ち止まる。

 見覚えのある背中。金色の体毛に包まれた耳と尻尾、巫女服姿の彼女はクズノハの里の長であるカエデ。

 カエデが振り返る。そして優しい笑みを浮かべ、龍彦も笑みを浮かべ返す。

 夢の中にまでカエデが現れるのは、今回が初めてだ。サブキャラとして使っていた事は勿論として、現実として最初に出会った亜人が彼女だからかもしれない。

 不意にカエデが走り出す。此方に笑みを向けたまま、まるでわざと捕まえて欲しくて逃げ出すかのようにゆっくりと。

 そう言った事は恋人同士が海辺でやるものだと、しかし男として恋人としてみたいシチュエーションの一つとして認識している龍彦は呆れ顔を浮かべつつも口元を小さく緩め、彼女の後を追い掛ける。本気を出せば神速の縮地を可能とする為、勿論最小限に速度を抑えた状態でだ。

 楽しそうに笑いながら逃げるカエデ。それを龍彦は手を伸ばし追い掛ける。

 その手が触れようとした瞬間――世界は純白に染め上げられていく。

 これが夢から醒めると言う事なのかと、何処か他人事のように龍彦は思い、されど新たな発見をした事に対する関心を顔に浮かべながら世界はおろか己自身をも白く染め上げられていく様を静かに見届けた――そして、意識は現実世界へと帰還を果たす。


「ん……」


 窓から差し込む陽光。眩しい朝の知らせに龍彦は閉じた瞳を静かに開けた。

 眠りから完全に覚醒しきっていない意識。視界も霞が掛かったように映す物をぼやかす。それも時間が経つにつれて正常に戻り、伴い他の感覚もまた正常に可動し始める。

 最初に反応をしたのは嗅覚。気持ちを落ち着かせる、嗅ぎ続けても飽きる事のない甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 次に触覚。程よい熱を帯びた柔らく心地良い感触が両腕を挟んでいる。

 視界が良好になったと同時に龍彦は右に視線を向け、目を丸く見開いた。


「すー……すー……」

「んん……んにゅぅ……」


 気持ち良さそうに寝息を立てているオーリオが右腕を抱き枕のように抱き着いている。その反対には娘でありライラが同様に眠っていた。心地良い香りは彼女達自身から香る匂い、そして両腕を挟んでいた柔らかい感触は豊満すぎる巨乳だった。


「ど……どうして二人がいるんだ……!?」


 ライラに部屋まで案内されベッドの中に潜るまでは確かに一人だった。間違いなく。絶対に。一寸の違いもなく。記憶を何度も呼び起こし過ちを犯していない事を何度も確認した上で、では一体何故母娘揃って添い寝しているのかと言う疑問に龍彦は沈思する。

 あのカエデですらしてこなかったと言うのに、出会ってまだ間もない異性の部屋に忍び込むと言う大胆な行動に出たホルスティオ母娘。男として親子丼と言うシチュエーションは確かに、一度は経験してみたい事なのかもしれない。

 だがエルトルージェと言う想い人が、その誘惑を断ち切ってくれた。

 深い溜息を吐き、二人を起こさないように両腕を巨乳から外し、そっと龍彦は荷物を手に客室を後にする。これ以上ここに留まっているとあの手この手で引き止めてくるかもしれないと言う、そんな予感がしての行動だった。


「はぁ……生殺しが一番辛いわ本当に……」


 まだ静寂に包まれているロンモンを後にし、龍彦はスカアハがいる西の深闇の森を目指し広大な平原を歩く。




◆◇◆◇◆◇◆




 西へ進む事数日。幾つかの村で休息と物資の補充を繰り返し、魔物や野盗に襲われる事もなくいよいよ冒険と言うより最早旅行だと思い始めた時、目的の場所へと到着した。

 時刻はまだ午前中。天候も雲ひとつない快晴で太陽は相変わらず燦々と輝いている。

 にも関わらず。森の中に一歩足を踏み入ればそこに広がっているのは漆黒の闇。殆ど陽光も差し込まず午前中であるにも関わらずランタンを用いなければ何も見えない。加えて聞いた事のない不快感を与える鳴き声を上げながら空へと羽ばたく鳥類の影や、女性が見れば一気に失神しかねない不気味な容姿の虫が足元を張っている光景はこの森に訪れる者の恐怖を更に煽る。

 深闇の由来はここにあるらしい。不安と興味が入り混じる心境の中龍彦は森の奥を目指す。矢印に模した看板にはご丁寧に“この先スカアハの家まで徒歩十分。弟子希望者大歓迎”と書かれていた。

 その看板を思い出し――はて、と龍彦は浮かび上がった疑問に小首を傾げる。

 この世界は言うなれば異世界。文明が日本と異なるのは勿論、文字や通貨すらも当然異なる。だと言うのにそれが当たり前のように理解出来ている。特に気にする事はなかったが改めて意識してみれば、何故日本人である自分が当たり前のように理解出来ているのか。

 そこまで考え、思考を中断する。

 考えたところで答えは出ない。ご都合主義が働いた、そう己を納得させた。

 不意に、茂みの中で何かが動いた。


「誰だ!?」


 刀を抜き茂みを見据える。

 場所が場所だ。今度こそ魔物が出ても可笑しくはない。

 少しして茂みの中から姿を現した一つの影に、龍彦はきょとんした顔を浮かべそれを見つめる。


「これが……もしかして、魔物なのか?」


 一見すれば黒い体毛を生やした可愛らしい兎だ。ただ、その額には本来ある筈のない第三の目が宿っている。突然変異、もしくは奇形児として生まれてきた可能性も充分に考えられるが、果たしてこれが魔物なのか。

 襲ってくる様子もなく、興味を示しているかのように三つの円な瞳で見上げている。

 とても愛くるしい姿に思わず撫でそうになるだろう。だが普段動物達から過剰なまでに懐かれている分、今更動物に対し可愛らしいと言った感情や撫でたいと言う欲求は一切、龍彦の中に芽生える事はなかった。


「ほら、邪魔だからあっちいってろ」


 何処かに行けとハンドサインをする――次の瞬間、黒兎が化けた。

 可愛らしい顔はその小さな身体の三倍分はあろう程口を開き、野菜を齧るよりも肉を喰い千切り骨を噛み砕くのに特化した鋭い牙が何本も生えている。

 文字通り黒兎は魔物としてその姿を変貌させたのだ。


「こ、これが魔物か!?」


 刀を構え、飛び掛ってきた黒兎を龍彦は見据える。

 一閃。残光を引いて刃が翻り、黒兎の身体は両断された。

 横一文字に切り裂かれた黒兎の死体はそのまま茂みの方へと落ちる。


「…………」


 手に残る斬った感触。己の力量をまたも試す事が出来たと言う喜び、そして人生初となる魔物と戦い勝利した達成感から、龍彦は口元を小さく緩めながら刃に付着した血を払い落とし鞘へと収める。

 もっと何かを斬りたい……などと言う危険思考は一切ない。そうなってしまえば最早ただの殺戮者。魔物と戦い勝利する――男ならば一度は憧れるファンタジーの醍醐味を実際に体験した。それが純粋に嬉しいのだ。


「あの程度の魔物ならなんとかなるな――ドラゴンとか出てきたら絶対に勝てないけど」


 自嘲気味に小さく笑い、龍彦は再び歩み始める。

 そうして遂に目的地であるスカアハの家へと到着した。

 森の奥で待ち構えていたのは大きな洋館だった。漆黒に染め上げられた外観は深闇の森と言う場所の中にあるだけあり得体の知れない不気味さを強く強調し、見る者の心に恐怖を植え付ける。


「確かにこれじゃあ、誰も不気味がって近寄らないよなぁ……」


 言って、龍彦は扉の前に設けられた呼び鈴を鳴らす。ここまで来た以上今更引き返す事は出来ない。

 呼び鈴を鳴らしてから程なくして扉の向こうより慌ただしく走る音が聞こえてきた。

 少し扉から離れて様子を伺う。そして勢いよく扉が開かれた。


「いいい、い、いらっしゃい! よよよ、よく来てくれたわね!」

「……えっと、貴女がスカアハさん?」

「そ、そそそそうよ私がスカヒャ……スカアハよ! で、弟子希望の人よねかかか、歓迎するわ!」

「は、はぁ……」


 出迎えたのは一人の女性。黒を主体としたドレスに腰まで届く漆黒の黒髪と、上から下まで全て黒で統一された美女である、あるのだが……何処か挙動不審だ。目線は落ち着きなく泳ぎ、呼吸は僅かに乱れ、声も上ずり何度も噛んでいる。心なしか頬も赤い。

 本当に彼女に弟子入りして大丈夫だろうか。そんな不安が過ぎる中龍彦は案内されるままスカアハの屋敷に足を踏み入れた。


「……これはまた随分と豪華で」


 龍彦は驚嘆の声を漏らす。外観とは大きく異なる内観は、月並みではある事を理解しつつも豪華と言う言葉しか思いつかなかった。

 大理石の床に壁にはいかにも高価そうな壺や絵画が飾られている。天井を見上げればシャンデリアが蝋燭に灯る炎によって美しく輝き室内を照らしていた。

 魔女と言う前知識と洋館の外観から謎の液体に満たされた壺や蝙蝠や狼と言った闇を関連させる動物が放し飼いされている、と言ったイメージを抱いていただけあり美しすぎる光景に龍彦は思わず携帯電話を取り出し――バッテリーが既に切れている事に頭を項垂れた。


「そ、そそそれじゃあ今から試験をするわよ」

「試験? あぁ、弟子入り出来るかどうかって事ですよね」


 弟子として教えするのに才能があるか否かを見極める、それは何も珍しい事ではない。才能がない者に教えたところで意味は成さない。従って試験と言うのは実際に師として仰ぐ者と手合わせを行い力を示す必要がある。

 スカアハに試験を行う場所へと案内される中、龍彦は刀の鞘を握り締める。

 試験は既に、この時から始まっている。

 面接を行う時でも本題に入る以前の態度、姿勢、言葉遣いから評価されるように、スカアハの試験もまた試験場へ向かう以前より見定められていると考えるのが妥当。

 一寸の隙も見せまいと常に周囲と前方を歩くスカアハに意識を集中させながら廊下を歩き――何事もないまま一室へと龍彦は案内され、その目を丸く見開いた。

 部屋の広さは約十二畳。中央に設けられた白い机と向かい合うようにして設けられた二脚の椅子。壁の棚にはティーポットやカップ、更には粉末状の物が入った瓶がたくさん設けられている。その光景はとてもこれから試験を行う場所ではく、スカアハと一銭交える気でいた龍彦は予想と真逆の展開に困惑を隠せない。


「さ、さぁ座って座って!」

「え、あ……し、失礼します」


 一例し、椅子に腰を下ろす。その間スカアハは慣れた手つきで棚から小瓶やティーポットを取り出し机の上へと並べていく。空の容器に満たされる水、それをお湯へとさせる為の火は全て彼女の魔法によって台所がないと言う問題を難なく解決させる。そうして出来上がった液体がカップへと注がれた。

 湯気が立ち上る液体は、どうやら紅茶であるらしい。


「そ、それじゃあ早速試験を始めさせてもらうわね!」

「あ、よ、よろしくお願いします」

「そ、それじゃあまず貴方の名前は?」

「はい、葉桐龍彦……タツヒコ・ハギリです」

「タ、タツヒコね――そ、それじゃあ次は特技とか趣味は何かしら?」

「と、特技や趣味ですか? えっと特技はまぁ、剣術を少々やってます。趣味は……そうですね、まぁ後は本を読んだり……とか?」

「そ、そそそそうなの!? 私も本を読むのは大好きなの! ち、因みにどんな本が好きなの!?」

「え、えぇっと……」


 一体何が行われているのだろう。そんな疑問に龍彦は沈思する。

 スカアハより行われている試験は……試験でもましてや面接でもない。お互いの趣味や素性について教え合い話を盛り上げていくやり取りはまるで合コンだ。そう思わざるを得ないこの状況下の中、龍彦はその疑問を口にするのを堪える。

 弟子入りするのに疑わしくはあるが目の前で魔法を容易く、それも二つの属性を同時に操ったのは紛れもない事実。これより先は想像力の話になるが、異なる属性をまるで呼吸をするかのように涼しげな顔で行使する彼女の力量は魔法を使う者として優れている部類に位置する。

 相手に不安を与える言動が非常に目立つが、龍彦にとって弟子として教えを請う相手として申し分ないと結論を下すのに彼女は十分な材料を持っていた。だからこそ機嫌を損ね弟子入りするチャンスを逃してはならない。

 試験と言う名の合コンに付き合う事一時間。


「あ、あの……それで弟子入りの件なんですが」

「えっ? あ、あぁ、そうだったわね! 合格よ合格!」


 あっさりと弟子入り出来る許可をもらった。


「そそそそ、それでタツヒコは魔法の扱い方をわわ、私に教わりに来たって事でいいのかしら?」

「えっ? 魔法?」

「えっ? あ、あの……違うの?」

「いえ、俺は魔法なんか使えませんよ。魔法を使う為の魔力なんかこれっぽっちもありませんし……」

「ちょ、ちょっと待ってよ! それだけ馬鹿でかい魔力をダダ漏れにしながら魔力がないなんか言ったら喧嘩売ってるのも同じよ!?」

「そんな……俺に魔力が、あるのか?」


 血濡れた物を見るように、龍彦は己の手を静かに見つめる。

 驚きを隠せずにいて当然だ。魔法と言う存在は人間が生み出した空想の力であると……そんな世界の中で生まれ今日と言う日まで生きてきた人間に、その魔法を使える素質があったとなれば例え自分自身でなくとも驚く。


「じゃ、じゃあちょっと試してみる?」


 そう言ってスカアハは何処から取り出したのか、球体状の硝子を取り出しそれを机の上へと置いた。中を覗くと底の方に数滴程の赤い雫が付着している。


「これは?」

「ははは、早い話魔力量を簡易的にだけど測る物よ。これに魔力が込められれば中の赤い液体が増えてその量で魔力の質を調べるの。こ、これに触れてみれば一目瞭然になるわ」

「なるほど」


 在り来りな装置が出てきたと、龍彦は小さく口元を緩めながらその球体に触れて――瞬く間に中を赤い液体で満たしたばかりか、その勢いに容器が耐え切れず音を立てて崩壊。大量の赤い液体が机や床を水浸しにした。


「……えっと、なんかすいません」

「……ねぇタツヒコ。貴方本当にただの人間? どうやればそれだけの魔力を持てるようになるの?」

「さ、さぁ……?」


 どうすればと言われたところで、魔法と無縁な生活をしてきた龍彦がその理由を知る由もない。真剣な眼差しで、挙動不審な様子がなくなったスカアハに小首を傾げるのが精一杯の返答である。


「……そ、それにしてもそんなに魔力を放出し続けていて大丈夫なの?」

「いや、大丈夫なのって言われても……別に今までこれで生きてきましたし……」

「……本当に貴方は人間なの?」

「人間ですよ、正真正銘本物のね――スカアハさん、俺の話を少しだけ聞いてもらってもいいですか?」


 龍彦は己の素性をスカアハに打ち明けた。

 話を終えて、終始真剣な表情を浮かべて傾聴していたスカアハがゆっくりと閉じていた口を開く。龍彦は今度は彼女からの言葉を傾聴する姿勢に入った。


「……異世界の人間の話は今まで聞いた事がないわ。でも貴方の所持品や言葉からは嘘は言っていない。だから信じられない話だけど、私はタツヒコの話を信じるわ」

「有難うございます。それで、弟子入りの件ですが……」

「あ、そ、そうだったわね! そ、それじゃあ今日から早速修行を開始するけど大丈夫?」

「えぇ、問題ありません――それでは先生、今日からご指導の方よろしくお願いします」


 龍彦は椅子から立ち上がり、これから教えを請う相手に静かに頭を下げた。


「……やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ! これで私にもようやく春が……!」

「えっ?」

「えっ!? あ、そ、その……ととととと、兎に角弟子入りした以上はビシビシ指導していくから覚悟しておくことね! そ、それからその、ふ、ふ……ふへへへへ」

「は、はい……」


 教えを請う相手をやはり間違えたかもしれない。にやけ顔を浮かべては真剣な表情を浮かべ師としての威厳さを表そうとするが直ぐに顔をにやけさせるスカアハを前に、龍彦は苦笑いを浮かべ返した。

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