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第三章:BEAST WARS④

 エルデニアの南部には巨大な闘技場が設けられている。

 収容人員凡そ一万五千人。普段はあまり使われていない闘技場だが、武術大会が開かれるこの時は全ての観客席が埋め尽くされる。

 運悪く席に座れない者は、それでもこの眼で直に見たいと他の客の邪魔にならない場所に立っている。中には石像の上に登ってまで観戦しようとする輩もいる――無論兵士に厳重注意をされ降ろされるが。

 まだ試合が始まっていないにも関わらず、既に観客達のテンションは最高値まで高まっていた。いつ始まるのか、今年はどんな戦いを見せてくれるのか、そんな会話に闘技場内が包み込まれ――参加者達がこれからその技と技をぶつけ合う舞台リングに主催者が現れた事で、一瞬にして雑談は止まった。

 エルデニアの国王、バーグ・グラディウス――その隣に立つ臣下が観客達を見渡した後魔導拡声器を手に高らかに声を上げた。


《皆様大変長らくお待たせしました! 只今より第十五回エルデニア武術大会を行ないたいと思います! 因みに実況は毎度お馴染み私パームがお送り致します!》


 けたたましい歓声と万来の喝采が観客席から湧き上がる。


《それでは第一回戦第四試合――東門よりレオ・グラディウス選手!》


 先に名前を呼ばれたレオがリングへと現れると同時に観客席からは彼を応援する声が次々と上がった。それだけでレオ・グラディウスと言う存在が人気を持っているのかが伺える。


《対するは今回初出場となります無名の剣士――西門よりタツヒコ・ハギリ選手!》

「さてと、行きますか」


 その光景を対極である西門より見守っていた龍彦はリングへと姿を現した。


「貴様がタツヒコか……。噂には聞いている、予選ではたった一人で他の参加者達を全員倒したそうだな」

「あの中に俺を満足させてくれる相手はいなかったからな」

「ふん。どんな技を使ったかは知らんが、この私に小細工が通用するとは思わぬ事だな」

「勿論。小細工なんか使って倒すつもりは毛頭ない――全力で真正面から叩き潰させてもらう」

「ほぉ……どうやら口だけは達者のようだな」

《それでは――時間無制限! 一本勝負! 試合開始!》


 審判の合図と共にゴングが鳴り響いた。


「なぁレオ、腰の剣を抜いたらどうだ?」

「何……?」


 龍彦の言葉にレオは不可解そうに眉を顰めた。

 レオ・グラディウスはレティヘロと同じく武器を扱うキャラクター。

 ゲージを消費して使用出来る“王国に栄光を齎す剣エクスカリバー”と言う超必殺技を発動すると、レオは腰に携えた剣を抜き一定時間それを使用して戦う。

 そして剣を抜いた状態で必殺技を発動すると徒手空拳時と性質が大きく変わると言う、当時からすれば斬新な設定の元で生み出され、また徒手空拳から超必殺技、そのまま剣による必殺技と幅広いバリエーションで途切れない連撃を可能とする。

 当時強キャラの一角として扱われ、同時にレオを扱うプレイヤーは周囲のプレイヤーから嫌われていた。

 その剣を抜いている状態のレオと戦いたい。同じ剣士としては勿論、全力を出している状態で打ち勝ってこそ真の勝利と言える。

 今のレオはその剣を抜いていない。現実世界でゲームのように超必殺技を発動する為のゲージを溜める、と言った行動は必要ない。抜くも抜かないもその者の意思一つ。故に龍彦は剣を抜いている状態でのレオとの戦いを求めた。

 しかし、彼がその剣を抜く様子はない。代わりに怒気を口調に孕ませた。


「……貴様如きに我が剣を抜く必要があると? 自惚れるなよ小僧」

「……そうか、それじゃあ仕方ないな――じゃあ、始めようか」


 抜かないと言うのならば、無理矢理にでも抜かせるのみだ。龍彦は拳を構える。

 同時にレオが地を蹴る。先の先を仕掛けた。

 繰り出されるハイキック。龍彦は避けず敢えて防御した。

 龍彦にとって先の蹴りは避ける事は可能であった。それをわざと防御したのはレオと言う男がゲームと現実でどれ程の差があるのか、それを調べる為にあった。


「……なるほど。現実だとこうも違うのか」


 頭部を守る様に腕を構えたまま、その下で龍彦は不敵な笑みを浮かべていた。

 受け止めた腕が痺れ、その衝撃は大きく三歩下がらせる。足甲を纏っているとは言え人間でもここまで強烈な蹴りを出せる相手は早々いない。

 だからこそ、叩き潰し甲斐がある。


「それじゃあ、今度はこっちからいこうか!」


 龍彦が仕掛けた。

 頭部を狙った右上段回し蹴り。それを防御しようとレオが片腕を盾の様にして構え――瞬間、軌道が変わる。上段から中段へ軌道を突如として変えた龍彦の蹴りは、唯一プレートメイルで守られていないレオの脇腹へと入った。

 龍彦が徒手空拳術で得意とするこの蹴り技は飛燕と呼ばれ、蹴りの軌道を途中で変えると言う技。相手がその部位を守ろうと動きを止めた時、そして相手の攻撃を蹴りで捌いた時などに使用する。

 鈍い音が鳴り、レオの表情が僅かに歪む。

 そこに更に龍彦は攻撃を重ねる。左中段正拳、右下段回し蹴り、左下突き、右上段正拳突き……身体を休める事なくレオへと叩き込んでいく。

 龍彦にとってレオは絶対に倒すべき相手ではあった。その理由は彼のエンディングにある。

 武術大会を優勝したレオは準決勝で戦ったエルトルージェといつかまた再戦する約束を果たし別れるのだが……その時の彼は「再び戦い、そして勝った時私は君を……」と去っていくエルトルージェの背中を見つめながら意味深な台詞を残し、ここでスタッフロールが流れる。

 この時点でレオはエルトルージェに武術大会にて惚れてしまった事が誰でも理解出来る。

 だからこそ許せない。龍彦にとってレオとは初恋の相手エルトルージェを奪おうとする恋敵ライバルなのだ。

 ゲームのキャラクターに嫉妬する……それは傍から見れば痛い光景だろう。しかしこの嫉妬心が力となり、レオを使用する相手には全員完全勝利パーフェクトで龍彦は潰してきた。

 今回は現実世界で恋敵であるレオを叩き潰す事が出来る。嫉妬心を剥き出しながら龍彦は攻め続ける。



「な、なんだこの重い攻撃は……! なんだこの疾さは……!」


 攻撃を防いでいたレオは驚愕の色を顔に浮かべていた。

 龍彦が繰り出した攻撃は至って普通の突き技と蹴り技のみ。

 魔力で身体能力を強化している訳でもなければ強化もしていない。純粋な肉体による徒手空拳技。レオからすればそれだけでしかなかった。だが実際は、ガントレットと言う鋼鉄の防御を無視して肉体にまで浸透し骨を軋ませるその攻撃は、まるで巨大な鉄槌で打ち込まれたのかと錯覚させられる程鋭く重いものであった。

 そしてその速さは疾風の如く。スピードに特化し右に出る者はいないと謳われる人狼ウェアウルフ族に勝るとも劣らずと言っても過言ではない。


《タツヒコ選手止まらない! レオ選手に拳を、蹴りをひたすら撃ち込んでいくぅぅぅぅ!》

「ぐ……ぐぅっ!」


 颶風の如き攻めを見せる龍彦を前に、レオは防戦一方を強いられる。


「クッ……」


 なんとか隙を見つけレオは大きく後退し龍彦の颶風ラッシュから逃れた。

 乱れた呼吸を整える間もなく、戦局を変える為にレオは攻めへと転じる。

 拳に魔力を溜める。大地に根を張る様にしっかりと地面を踏みしめる。そして己が必殺技を繰り出す為に腹の底から叫ぶ。


「獣王……なっ!」


 その叫びは驚愕の声へと変わった。

 今正に絶対の自信を以て放とうとしていた獣王波。その直前、眼前には龍彦の飛び蹴りが迫ってきていた。技の発動を緊急停止し、間一髪のところでレオは防御する事に成功した。


「き、貴様は一体何者なのだ……」

「さぁ? 普通の人間で剣術をやってる人間だけど?」

「抜かせ……!」


 葉桐龍彦タツヒコ・ハギリと言う存在にレオは戦慄を憶える。

 龍彦の猛攻から逃れ体制を立て直す為に大きく間合いを空けた。

 その距離は凡そ六メートル以上。獣王波を発動する為に必要とした時間は凡そニ秒。その僅かな時間で間合いを一瞬にして詰めた身体能力に驚かずにはいられなかった。



 龍彦もまた、レオの行動に関心を抱く。

 最近では超必殺技を放つ為のゲージを一定量消費して技の途中で行動をキャンセルする技キャンと呼ばれるシステムが搭載されているが、『WILD BLOOD FIGHTER』にはそのシステムは搭載されていない。即ちゲームの場合技のモーション中に相手の攻撃をガードする事は不可能。

 故に、熟練者の場合相手の僅かな動作から瞬時に繰り出される技を把握し、その技に費やすフレームよりも少ない……即ち速い技でカウンターを取り連続コンボへと移るか、ヒットアンドアウェイで的確にダメージを与えていく。

 ただ今はプログラムと言う法律が定められた仮想世界で行われる戦いではない。現実で起きているのだから技を中断しガードをする事が出来るのは当然の事である。

 しかし防御された飛び蹴りは――龍彦の攻撃はまだ終わっていない。

 滞空したままの状態で後ろ回し蹴りを放つ。

 技のイメージは飛行甲板より飛び立つ艦載機が敵に向かって機銃を放つ様。

 飛び蹴りを繰り出し滞空中に後ろ回し蹴りを叩き込むと言うこの技の名は双鶴脚そうかくきゃく・流星――美少女として擬人化した実在した戦艦や空母達と共に深海から襲い掛かってくる謎の侵略者達と戦うと言うゲームを龍彦は今最も夢中になっている。その中に登場する正規空母の姉妹を気に入り、彼女達の意味を込めて名付けた。


「がっ!?」


 防御の上から連続して蹴りを叩き込まれたレオはその衝撃に耐えられず吹き飛び、遂に地に倒れた。



「立てよ。まだ終わっちゃいないぜ」

「くっ……」

《こ、これはなんと言う事でしょう! 初出場のタツヒコ選手、レオ選手を相手に猛攻を仕掛け遂に彼からダウンを奪ったぁぁぁ!》


 実況の声が響き、観客席からどよめきが起きる中、見下ろす龍彦を見据えつつレオは静かに立ち上がる。

 大きく深呼吸をし、荒ぶらんとする心を一度鎮める。怒りや悔しさに心を支配されれば本来の実力を発揮出来なくなってしまう。どのような戦局であろうと心は常に氷の如く冷静であれ――父であり国王バーグの言葉を心の中で何度も復唱しながらレオは腰の剣を鞘から抜き放った。


「やっと抜いたか」

「……まずは詫びよう。私は貴様の事を軽んじていた」


 レオにとって剣とは国を守る為に、そして民を守る為にある。

 しかし自身が斬るに値すると認めた相手にのみ剣を抜く事を流儀としている彼にとって龍彦は今年初出場の選手。一度も拳も交えていない相手に抜く事は流儀に反する。

 故にレオは手合わせの前に剣を抜けと促した龍彦の高慢とも言える態度に怒りを募らせた。

 だが今は違う。実際に拳を交えたからこそ、龍彦にはその資格がある。故にレオは本気で……エルデニア王国を守る騎士団長としてその魂でもある剣を抜いた。


「だったら……俺もこれで遠慮なく本気を出せるな」


 龍彦も腰に携えていた大刀を鞘から抜き放つ。忽ち刃が……否、刀そのものが雪の如く純白に染め上げられていく。あの刀に膨大な魔力が込められている、即ち異能を発動したのだと理解したレオは強く剣の柄を握り締める。

 目の前の人間には確かに得体の知れない不気味さがある。だが強い、たったそれだけの事が彼の中に宿る闘志が火山の如く噴火した。騎士として、武術家としての道を歩む者は、真にその才能を持つ者は、自身よりも強き者と戦いたいと思うもの。

 龍彦はレオ・グラディウスにとって紛れもない強者。そんな相手に打ち勝ってやりたいと言う思いが、この時何よりも彼の心を支配していた。


「それじゃあ本番といきますか」

「あぁ……全力を以て、貴様を倒させてもらうとしよう!」


 全てを切り裂かんとする中空を駆け抜けた二つの銀閃が中空で交わる。

 けたたましい金属音がリングに響き渡った。


《りょ、両選手今度は拳ではなく剣を用いての戦いに突入! 凄まじい斬撃の応酬ですが……こ、ここでもやはりタツヒコ選手が上でしょうか!》

「こ、これは……!」


 龍彦と剣を交える中でレオは新たな驚愕に直面する。

 龍彦が刀を抜き純白に染め上げてから、その身体能力が徒手空拳術よりも更に跳ね上がった。筋力、俊敏……あらゆる能力が強化されている。純白に刀を染め上げたあの異能が大きく作用している事は理解出来る、が恐らくそれだけではないと本能が訴えかけている。

 そして数多く武器を持つ相手と刃を交えてきた中でも、龍彦は群を抜いて強い。

 認めざるを得ない。龍彦は切り札を出さぬまま勝てる相手ではない。よもや初戦で、他の参加者達の前でいきなり披露する事に己の未熟さを痛感しながら、レオは剣を天に掲げた。



 レオの構えを見た瞬間、龍彦の目に焦りの色が僅かに浮かぶ。

 レオが取った構え、それはセイグリッド・グラディウス――彼自身にすれば己が持つ最大の技であり、龍彦にすれば放たれてはまずい技であった。

 『WILD BLOOD FIGHTER』にてレオが“王国に栄光を齎す剣エクスカリバー”を発動した後更にゲージを消費して発動出来る超必殺技。具体的な演出は彼が技名を叫び剣を振り下ろすと獲物に飛び掛かる獅子を模した巨大なエネルギー弾が咆哮を上げながら相手へと襲い掛かると言った物である。

 直撃は大変危険である事は確認するまでもない、が万が一その手の攻撃を防ぐ事態に陥った場合、果たしてその時はガードをする事が出来るのか、それとも否か。

 技を阻止せんと龍彦が脚に力を込める、がそれよりも僅かに速くレオは技を発動した。


「受けよ我が最大の奥義――セイグリッド・グラディウス!!」


 剣が振り下ろされる。それに伴い金色に燃え盛る体毛を生やした獅子が放たれた。


「こ、これが……!」


 巨大な獅子を前に龍彦はその場で固まった。

 ゲームならばガードをする、或いはジャンプをして直撃を免れると言った行動を起こす事で防ぐ事が出来る。

 防御する事は非常に危険が高い。ならばジャンプをする事で避ける、と言う訳にもいかなかい。大の男を軽く一飲みしてしまう程の規模はとても人間の身体能力で逃れられると言った代物ではなかった。

 ならば左右はどうか?

 それも不可能。超必殺技セイグリッド・グラディウスが来るとわかった瞬間、レオより感じた凄まじい闘気に一瞬思考が遅れた。その一瞬が逃げると言う選択肢を無情にも剥奪していったのだった。

 避ける事は最早不可能。それ以外で成す術は――。



 騎士は己の勝利を確信していた。最大の奥義であるセイグリッド・グラディウスは昨年開かれた武術大会にて自分を倒した人狼ウェアウルフ族の少女――エルトルージェ・ヴォーダンに敗れてから死に物狂いの修行で会得したものであり、父を認めさせた技であった。

 その技を、父親以外の相手に放つ事になるとは予想外ではあったが、今回の戦いはいい経験となった。

 放たれた黄金の獅子は無防備状態である龍彦に牙を突き立て喰らわんと顎を開き――いつの間にか純白から漆黒へと染め上げられた刀による斬撃が、黄金の獅子を一刀の元両断した光景にレオは言葉を失った。

 自身が誇る最大の必殺技が、こうもあっさりと破られた。目の前で起きた事実を受け入れられないと脳が否定する。その一瞬の隙に眼前に龍彦が迫り刀を唐竹に振り下ろす姿が視界に飛び込んできた。


「ぐぅっ……!」


 咄嗟に剣で受け止める。そこに間髪入れず柄から離した左拳が飛んできた。

 何故この局面になって体術を織り交ぜてきたのか。徒手空拳での戦闘で確かに重く鋭い一撃ではあるものの、それが決定打にはならない。仮に無防備な場所に彼の放つ拳打が入ったとしてもそれに耐え切れる自信がレオにはあった。逆にこの一撃を防がずあえて受け止め、相手の体制を崩しせば僅かながらも勝機は此方に傾く可能性もある。

 ならば受け止めるまで。打撲や骨折を恐れていては騎士団長の座は務まらない。

 迫り来る龍彦の拳。それが右胸部に触れた――瞬間。


「がはぁっ!」


 来る筈のない衝撃にレオは思考を混乱させる。

 拳打を受けた衝撃とは程遠い。例えるならば、そう爆発だ。

 破城槌を受けたような衝撃が鎧を破壊し、身を焼かれるような激痛と伴い身体を斬られた感覚が走り抜けた。目の前には既に刀を横薙ぎに払い終えた龍彦が立っている。

 どうやら斬られたらしい。全身から力が抜け崩れ落ちる中、レオは霞んだ視界に刀を鞘へと納め不敵な笑みを浮かべる猛者の姿を捉える。


水勁すいけい崩翔閃ほうしょうせん……名前を付けるならこんな感じかな?」


 その言葉を最後に、レオは意識を手放した。




◆◇◆◇◆◇◆




 大の字に横たわるレオ。その顔は初戦敗退と言う彼からすれば屈辱的な結果であった筈なのに、とても穏やかな表情を浮かべている。強者と心ゆくまで戦った末に訪れた清々しい敗北……レオの顔からそんな心境を龍彦は感じ取る。

 静寂に包まれる闘技場。歓声も拍手も何も起こらない。観客達からすればレオが初戦敗退する事に微塵も思っていなかったに違いない。その結果、予想を大きく裏切った光景に脳が現実をまだ受け入れきれていないのだろう。

 龍彦は横たわるレオに一礼すると踵を返し西門へと戻る。欲しいのは富や名声ではない、あくまで強者と戦いその相手に勝利したと言う証。

 西門を潜り暫く進むと見知った顔が待っていた。


「……大会出場者でもないのに、こんな場所にいていいんですか?」

「ホッホッホ、お前さんのセコンドと言えば問題なく中に通してくれたぞ」

「……警備緩いなぁ。そんなので大丈夫なのかエルデニア。もっと警戒心持った方がいいぞ」

「まぁそう言うでない。それよりもまさかあのレオを倒してしまうとは……やはりワシの目に狂いはなかったようじゃの。しかし先程の拳打……一見すれば普通の拳打じゃったが鎧をも容易く破壊したあの威力。お前さん、一体何をやったんじゃ?」

「それは……まぁ秘密と言う事で――そうだ。おじいさん、一つ聞きたいんですけど人狼ウェアウルフ族に相手に血を舐めさせる行為って言うか、その儀式的と言うか……そんな習慣ってあるんですか?」


 何度聞いてもエルトルージェが答えてくれなかった疑問。しかし今は彼女の同族がいる。龍彦は人狼ウェアウルフ族の老人に尋ね、驚いた様子で目を丸くする彼に内心首をひねった。


「ほぉ……まさかあの娘が自分からとはのぉ」

「彼女の……エルトルージェの事を知っているんですか?」

「……人狼ウェアウルフ族の婚儀は血の誓いと言うものがあってのぉ。愛する者は互いの血を口に含みそれを口付けと共に交わせるんじゃ。身も心も永遠にお互いを愛し抜く絶対の誓いとしての」

「じゃあ、相手に血を舐めさせる行為は?」

「女性から相手に血を舐めさせる行為は――秘密じゃ」

「なんですかそれ。勿体ぶらずに教えて下さいよ」

「お前さんだって秘密にして教えてくれんかったじゃろ――じゃが、いずれわかる時がくる。それまでは焦らずこの大会に集中する事じゃな」


 愉快そうに笑いながら去っていく人狼ウェアウルフ族の老人の背中を、龍彦は不満に眉を顰めながら見えなくなるまで見送った。勿体ぶって魔法を教えなかったのは確かだが、だからと言って仕返しをするとは実に大人げない。

 そう思っていると、今度は南門にて待機している筈のエルトルージェが現れた。


「予想通りの結果だったけど、アンタなかなかやるじゃない。レオを倒すなんて相当なものよ?」

「こんなところで負けられないからな。それと応援しに来てくれて有難うな」

「べ、別にそんなつもりで来た訳じゃないわよ! ただ……そ、そう! 誰からも声援が送られないアンタが惨めだったから落ち込んでないか様子を見に来ただけよ!」

「別に応援されなかった程度で落ち込まないよ。でもエルトルージェがこうして来てくれたから、拍手を送られたりするよりも何倍も嬉しいよ。有難うエルトルージェ」

「だ、だから……も、もういいわ。それより準決勝戦でアンタあの駄狐と当たるんだから用心しなさいよ」

「あ、カエデが勝つってわかってるんだな」


 次の第二試合はカエデとアモスが戦う。術式こそ違えど四属性の魔法を操ると言う共通点を持つ両者がどのような戦いを繰り広げるのか実に興味深い。その中でも龍彦はカエデが勝利すると確信していた。

 明確な理由はなく、ただの勘。その勘とエルトルージェも同じだと答える。


「……まぁね。なんだかんだ言ってもアイツの実力は本物よ。特にアンタにベタ惚れな以上どんな手を使ってくるかわからないわ」

「うっ……た、確かに」

「まぁ充分に気を付けなさい――アンタとは決勝戦で戦うんだから、負けたりしたら承知しないわよ!」

「あぁ! 決勝戦でエルトルージェと戦える事を楽しみにしてるからな」

「……そ、それじゃあアタシももう行くわ」


 走り去っていくエルトルージェの背中を見送り、見えなくなったと同時にリングの方より魔導拡声器を通したパームの声が響き渡った。


《え、えぇっと……あまりにも予想外の展開にまだ思考がついていきませんが……第一試合はタツヒコ・ハギリ選手の勝利! 初出場であり皆の予想を裏切る彼は果たして何者なのか、今後の活躍に期待しましょう――それでは続きまして第二試合を行いたいと思います!」

「始まるか……」


 これより始まろうとしているカエデとアモスの戦いに、西門の出入り口にて壁に背中を凭れさせながら龍彦は観戦する。

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