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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第一章 〜呼び覚まされた異分子〜
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纏魔(てんま)

 翌朝。朝食後のフェアリード家にて、隣に座り静かに食事をする父親エリドに対し、ロイは昨日行ったレインハイトとの模擬戦の結果を報告していた。レインハイトは現在ミレイナと皿を洗っているため、小声で話せばこちらの話は聞こえないだろう。


「……という感じで俺が勝ったんだけど、少なくともあいつはいいやつだと思うぜ」


 と、ロイは素直な感想を述べた。実際に剣を交えたことにより見えてくるものもある。ロイは昨日の一戦を経て、すっかりレインハイトのことを気に入っていた。


「そうか、では族長にもそう伝えておこう。それと……お前が纏魔(てんま)を使ったことなら気にすることはない。恐らくレインハイトの怪力も纏魔によって生み出されているものだろうからな」


 纏魔――正式名称「纏魔術」――とは、ロイの使った魔力を体に纏う技のことである。ロイはてっきり纏魔を使用したことを厳しく咎められると思っていたのだが、そんなことはなかったようだ。

 しかし、レインハイトが纏魔を使っていたなどということは到底信じられるものではない。確かにそうであればあの怪力に説明がつかないわけではないが、ロイですら最近やっと習得した技なのだ。自分より年下のレインハイトがそう安々と使いこなせるものなのだろうか。


「レインハイトは見たところ剣術や体術は素人だ。……それに、まだ十二だぜ? そんなことあり得るのかよ」


 ロイは胸中の疑問をそのまま口に出した。ミレイナと和やかに皿を洗っている少年に目を向けるが、その姿はどこにでも居るような平凡な少年のそれと全く変わることはない。あの少年に軽々と纏魔を行使できるほどの技量があるなどと言われたところで、ロイにはとても信じることはできなかった。

 剣の腕だって素人同然だったのだ。父はきっとあいつと戦っていないからそんなことを言っているに違いない。ロイは首を左右に振り、やはり信じられない、という身振りをした。


「まだ確証があるわけではないがな。まあ、今日は仕事が休みだ。俺もレインハイトと手合わせしてみようと思う」


 困惑するロイをあやすようにそう締めくくったエリドは、優しく微笑を浮かべた。

 それが子供扱いされているようで少し腹が立ったが、父にとって自分はまだまだ子供なんだろう。ロイは小さく嘆息し、今回はおとなしく引き下がることにした。

 親父もレインハイトと手合わせをすると言っているし、結果は今日中に出るだろう。それまでは静かにしていよう、とロイは静かに席を立った。


「ふうん、それは親父の勝手だけどさ。……でも、気をつけろよ? あいつの怪力はまじでヤバイぜ」


「ご忠告どうも。気をつけるよ」


 ロイのいたずらっぽい笑みに対し、エリドも同じように笑みで返した。飄々としたロイとは対照的に堅物のような印象を受けるエリドだが、やはり血の繋がった親子なのだと言うべきか、二人の仕草は実に良く似ていた。



    ◇



「どうしてこうなった」


 レインハイトは己の目の前で木剣を構えるエリドを眺め、げんなりと呟いた。

 現在彼の居る場所は、昨日ロイと模擬戦を行った道場だ。昨日と違うことがあるとすれば、外から太陽の光がよく道場内を照らしており、全体的に明るいところだろうか。


 他にも注目すべき点があるのだが、現在のレインハイトは現実から目を背け、

今すぐ何処かへ逃げ出したい気分であった。

 その主な原因は、彼の目の前で意気揚々と木剣を構えるエリドと、これから始まるであろう模擬戦を今か今かと待ち望む周囲の傍観者達の鬱陶しい視線の集中砲火だ。

 レインハイトは現在、シエルの父であるエリドと木剣を構え対峙していた。その周囲には十人ほどのギャラリーが固まるように集まり、レインハイトに無遠慮な好奇の視線を浴びせていた。

 ストレスにより軽く頭痛さえしてきたレインハイトは、痛む頭を働かせ、数十分前を思い返す。

 そう……それは朝の食事を終え、皿洗いを片付けた直後の出来事だった。


「レインハイト。昨日はロイと手合わせしてくれたようだな。あいつの我儘に付き合ってもらってすまなかった。悪いとは思うのだが、実は私も君に興味があってな、どうか私とも手合わせしてもらえないだろうか」


 真剣な表情で迫るエリドに若干引きつつ、なぜエルフという種族はこうも戦闘好きなのだろうか、とレインハイトは辟易した。昨日の今日でまたもや活劇を演ずる羽目になるとは。

 しかし、前向きに考えてみれば、武器や肉体を魔力で覆う技や、相手の攻撃を受け流すカウンター技など、ロイとの手合わせで学べたことも多かった。それを命のやりとりをせず経験できるのなら、積極的に受けるべきではないだろうか。

 今後のためにも実力をつけることは必至であり、模擬戦は経験値という観点から見ても効率がいいのではないだろうか。レインハイトは無理やりそう考えなおし、思い切ってエリドの申し出を受けることにした。精神的には気乗りしないのだが、その点は自分が我慢するということで妥協する。


「わかりました。剣の腕は素人ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


 そして満足そうに頷くエリドと共に、レインハイトは道場に向かったのであった。

 エリドに連れられ、昨日と同じ道場に入ったまでは良かったのだが、生憎(あいにく)、中には先客が待っていた。道場に通う若いエルフ達である。これだけ設備が整っているのだから、普段から多くの者が使うというのも頷ける。昨日は夜遅くだったため貸し切り状態だっただけであり、日が出ている現在は多くの利用者が詰めかけているというわけだ。

 道場が先客で埋め尽くされているため、レインハイトは「手合わせは延期だろう」と高をくくった。自分とエリドが手合わせを行うスペースなどなかったからだ。

 しかし、そのレインハイトの予想は、いとも簡単に覆されることとなる。


「おはよう」


 エリドが道場に入り、挨拶をした瞬間。それまで真剣に鍛錬をしていたエルフ達が一斉にエリドの方を向き、一気に詰め寄ってきたのだ。

 このままでは押し出されると判断し、レインハイトは咄嗟にエリドの後ろに隠れた。その瞬発力もさることながら、一瞬で他人を盾にしようなどという考えが浮かぶ点が流石であるというべきか、歪んでいるというべきか。


「エリド様! 今日は稽古をつけていただけるのですか!?」


 集まってきた中で一番早くエリドのもとに辿り着いたエルフの少年が、目を輝かせながらエリドに話しかけた。様付けである。

 エリドは族長の護衛をこなす者の中でも上位の実力者であり、族長の息子でもある。それだけでも充分人気者足りえる条件が揃っているのだが、ロイもエリドもこの道場で剣の腕を磨き、育った経験がある。いわば集まっているエルフ達の師匠的存在であり、それはもうものすごい人気者なのだ。


「いや、そういうわけではないのだが……少し模擬戦をしたいのだ。場所を借りても良いかな?」


「模擬戦ですか? 場所を貸すのは構いませんが、エリド様ほどの方が一体誰と……もしや、ロイ様と手合わせを?」


 集まったエルフの中で一番年齢の高そうな男が発言した。年齢が高いと言っても二十から三十辺りだろうが。レインハイトは「ロイさんまで様付けなのか」と少し驚いていた。

 もしかしたらものすごい人物と手合わせをしてしまったのかもしれない。失礼なことをしてなかっただろうか、とレインハイトは不安になった。

 因みに、レインハイトはエリドとロイとミレイナのことは「さん」付けで呼んでいる。


「いや、今回はロイではなく、このレインハイトという少年と手合わせする。彼は訳あってこの村に滞在することになった子でな。暫く私の家で預かることになったから、みんなも仲良くしてやってくれ」


 エリドがそんなことを言いながらレインハイトの肩に手を置いて紹介した。集まったエルフ達の視線が、一気にレインハイトに集中する。


「えーと……レインハイトです。よろしくお願いします」


 何だこいつ。という好奇の視線を受け、レインハイトは今すぐに逃げ出したい衝動に駆られつつ、なんとか自己紹介を済ませた。


「おい……あいつ、昨日エミールをちびらせたやつじゃないか?」


「ってことは、あいつがダークガルムの(ぬし)を倒したっていう例の……?」


 後ろの方からひそひそとそんな話し声が聞こえた。やがて呟きは周囲に伝播し、集まったエルフ達が本人を目の前にしてレインハイトについて話し合いだした。どうやら昨日の騒ぎを見ていた者が居たらしい。


「ふむ、では少しの間場所を借りるぞ。レインハイト、ついて来てくれ」





 そして現在、レインハイトは周囲から熱い視線を全身に受けながら、木剣を手に持ち、エリドと対峙しているのだった。

 ロイと同じく、木剣を中段に構えたエリドが口を開いた。


「準備ができたらいつでもかかってきていいぞ」


 恐らくロイに剣術を教えたのはエリドなのだろう。構えがロイと瓜二つだ。

 周囲の視線を意識の外に追い出し、レインハイトは集中を始めた。ロイと同じように瞑目し、体の内側から魔力を練り上げる。やがて魔力はレインハイトの体を覆い、包み込んだ。ロイがレインハイトに見せた纏魔(てんま)だ。

 通常、人が纏魔を会得するまでには相当な時間を要する。魔法にしても纏魔にしても、魔力のコントロールはそれほどまでに難しいものなのだ。

 しかし、レインハイトはあまり苦労すること無く、まるで己の体の一部であるかのように魔力をコントロールすることができた。その天性による才能を活かし、レインハイトはロイの魔力の流れを見て覚え、精密に模倣してみせたのだ。


 だが、そんな芸当を見事に成功させた当の本人は何故か表情を曇らせており、胸中の不満感を隠すこと無く表していた。


(あれ……この技って効率悪いんじゃないか?)


 全身を魔力で覆うなんて、よく考えてみれば無駄が多い。その理由は単純である。必要のない部位までも魔力で覆ってしまうからだ。

 わざわざそんなことをするくらいなら、“普段のように”使用する部位だけに魔力を流した方が明らかに効率がいいだろう。レインハイトはそう考え、既に完成していた纏魔を解除した。


 その一部始終を、エリドはレインハイトが纏魔に挑戦し、失敗したと捉えた。レインハイトのように正確に魔力を感じることができないエリドには、一度魔力が放出され、すぐさま霧散したようにしか感じられなかったのだ。その二つの出来事から導き出される答えは自然、纏魔の失敗である。

 一体誰が予測できようか。剣の素人であるたった十二歳の少年が一発で纏魔を成功させ、更に、すぐさまその効率の悪さに気付き、即座に纏魔状態を解除したなどと。

 そう簡単に纏魔は習得できるものではない。まだ不安定なのだろう、とその様子を微笑ましく眺め、エリドはもう暫く様子を見ることにした。

 レインハイトには、もう一つ試したいことがあった。ロイの見せた武器に魔力を纏う技だ。

 あれも纏魔と同じ理屈で発動しているに違いない。レインハイトは己の木剣に意識を集中させ、魔力を流し込んだ。腕から指先へと魔力を巡らせ、木剣を体の一部として考えることで、己の腕のように魔力で覆うことに成功した。


 もちろん、こちらの技も常に纏いっ放しでは効率が悪いが、この技は今回はじめて試す技だ。流石にまだ武器にまで即座に纏魔のオン・オフを行えるか心配であり、レインハイトは武器にのみ纏魔を継続して維持することにした。

 焦る必要はない。既に己の肉体に魔力を流す分には自在にコントロールが可能である。鍛錬さえ積めば、武器にも同じように魔力を流すことができるようになるだろう。

 エリドが予想していた通り、レインハイトの怪力の正体は、その繊細かつ流麗な魔力コントロールによって生み出された、使用する部位にのみ効力を発生させる断続的な纏魔――いわば「局所的纏魔」とでも言うべきものであった。

 こと魔力操作に関してだけは、レインハイトは既に超人の域に達していた。それは記憶を無くす以前の彼が行った鍛錬の賜物(たまもの)なのか、はたまた、先天性の凄まじい才能故か。


 どちらにせよ、彼の局所的纏魔は長時間使用することができないという通常の纏魔の欠点を見事に補っており、その有用性はかなり高いものである。

 しかし、当の本人を含め、現在この場に居合わせている全ての者達は、レインハイトがやってのけていることの凄まじさに気付いてはいなかった。


「行きます」


 声とともに、レインハイトは駆けた。

 下手に手を抜いては昨日のように軽くあしらわれてしまう。ましてやエリドはロイの父親だ。その実力はロイの上だと見ていいだろう。

 気乗りはしないが、こんな衆目の面前で一瞬のうちに切り伏せられるというのは避けたいところだ。やる気のないように見えるレインハイトにも、一応は矜持と呼べるものがあった。


 魔力で覆われた脚が生み出す脚力は、生身のそれとは比べ物にならないほどの速度を生み出した。地面を抉るようにして蹴り上げられた靴からは激しく土が舞い上がり、それが再び地面へと落ちきる前に、レインハイトは凄まじい勢いでエリドの懐に入り込む。


「むっ!」


 不意を突かれたエリドに対し、レインハイトは容赦なく左から一閃を放った。唸りを上げて迫る木剣がエリドの脇腹を捉えるかと思われた次の瞬間。流石というべきか、エリドは己の木剣を巧みに操り、淀みなくレインハイトの一撃を受け流した。

 エリドはレインハイトの攻撃を受け流しつつ、念のため予め纏魔状態になっておいたのが功を奏した、と胸を撫で下ろす。レインハイトは想像以上の強さだ。ロイに忠告されたというのに、少々甘く見すぎていた。

 レインハイトの背筋が凍るような一撃を受け流し、エリドはその威力に半ば強制的に気を引き締められつつ、敢然と反撃の動作に移ろうとした。

 しかし次の瞬間、腕を振りきったかのように見えたレインハイトから返しの一閃が放たれた。


「くっ!」


 今度こそつま先から(うなじ)まで全身を粟立たせたエリドは、反撃に転じた己の肉体に急制動をかけ、無我夢中で木剣を動かし、レインハイトの一撃を迎え撃った。

 何とか剣の軌道上に己の木剣を割り込ませることに成功したエリドは、その直後、とても木剣から放たれたとは思えないほどの衝撃を己の剣に受けた。危うく木剣を取り落としそうになるが、すんでの所でその最悪の事態だけは回避する。

 受け流せたのは運が良かったとしか言いようがない。エリドは未だ収まることのない戦慄を感じつつ、冷や汗を垂らした。


(……あれだけの威力の一撃を放ってなおこの早さで追撃だと!? まさか初撃は本気ではなかったとでも言うのか……?)


 最適な角度で受け流してもなお伝わる衝撃は、魔力を纏った木剣にさえヒビを入れる威力を持っていた。亀裂の生じた己の木剣を視界の端で認めたエリドは、レインハイトの持つ想像以上の膂力(りょりょく)に、ぞくり、とまたしても背筋が凍るのを感じた。

 こんなに恐ろしい剣を受けたのだ、ロイが自分に忠告をしてきたのも頷ける。もし自分の剣術が受け流しに重点を置いたものでなかったら、今頃この手に持つ木剣はただの木屑へと変化していただろう。

 まるで自分よりも遥かに巨大な大男が生み出すかのような威力の一閃が、あの少年の小さな体躯から放たれるのだ。そんな奇妙な現象に笑いさえこみ上げてきそうになったエリドだったが、眼前に広がる光景を眺め、更に戦慄した。


「……うおおッ!」


 レインハイトはすでに次の攻撃の動作に入っていた。信じられないことだが、恐らく連撃をするために力を抑えていたのだろう。しかし、その抑えられた一撃でさえ、耐久度の低い木剣ではそう何度も受け流せるような半端な威力ではない。

 エリドは動揺を必死に抑え付け、全身に強く魔力を流し込んだ。直後、レインハイトの横薙ぎが視界の端に映る。


「ふっ!」


 必殺の一撃がエリドの木剣を砕かんと差し迫る中、エリドは己の脚力を魔力で強化し、その場から素早く後方に飛び退いた。標的が間合いから消失したことにより行き場をなくした木剣が空を切り、レインハイトは大きく体勢を崩す。


 ――しまった! とレインハイトは胸中で叫ぶ。このまま連打により力押ししてしまうつもりだったのだが、相手が攻撃を避けることを一切想定していなかった。

 馬鹿な話だ。そんな当たり前のことすら考えていなかったとは。レインハイトは体勢を立て直しつつ、己の浅慮さに呆れ、歯噛みした。


「はあッ!」


 前方を見れば、エリドが左足を踏み込み、反撃を放つ体勢に入っている。上段に構えられた木剣に対し、慌てて己の木剣を頭上で水平に構え、防御の体勢に入った。

 しかし、上からの衝撃がレインハイトを襲うことはなかった。

 エリドの上段の構えはフェイクだったのだ。

 レインハイトがそれに気付いた直後、一瞬で懐に入ってきたエリドと目が合った。その下からはすくい上げるような必殺の突きが襲い来る。恐怖と焦燥で全身が粟立つのを感じるが、防御の構えで硬直した体は本人の意志に追いつかず、動こうとしない。


「…………」


 気付けば、レインハイトは喉元に木剣の切っ先を突きつけられていた。文句のつけようがない、完璧な敗北である。


「参りました」


「うむ。いい太刀筋だった」


 受け流し、回避、フェイント。こんな戦い方もあるのだ。やはり実戦は得るものが大きい。レインハイトは己が敗北したにも関わらず、エリドの見事な剣技に感動さえ覚えていた。


「エリド様。素晴らしい剣捌き、流石でした!」


 最年長のエルフが目を輝かせ、エリドに駆け寄った。エリドの鮮やかな剣技を目の当たりにし、レインハイトと同じく感動しているのだろう。


「……いや、あまり余裕はなかった」


 対するエリドは、あまり浮かない表情をしていた。レインハイトには見えないように背を向けているのは意地の現れだろうか。

 レインハイトに勝利してもなお、エリドは背筋の寒気が消えることはなかった。

 もしもレインハイトに技術が身についたら、一体どうなってしまうのだろうか。そんな問いがぐるぐると頭を駆け巡り、エリドを支配していた。

 彼がほんの少し剣を学べば、自分などすぐに敗北してしまうのではないだろうか、などというくだらない考えに囚われているわけでない。自分が長年の鍛錬により積み上げてきた研鑽(けんさん)は一体何だったのだろうか、と少しは思わないでもないが、そんな醜い嫉妬心など、この少年の凄まじい天禀(てんびん)の前には塵に等しい考えにすぎない。


 もしもこの少年に己の『剣術』の全てを伝授することができたら。エリドは速度を上げ始めた己の思考を止めることはできず、更に飛躍させていった。

 ――もしもそんなことができたなら、自分やロイには到底到達し得ない、剣の境地とも言える域にまで、この少年は登り詰めることが可能なのではないだろうか。


 幼き頃夢見た、魔道師さえ圧倒する最強の剣士。自分では到底叶えることのできなかった、果て無き夢。しかし、この少年ならあるいは……。そんな考えが浮かんでは消え、エリドは己の奥底に仄かな熱が芽生えたのを自覚した。

 久しく感じることのなかった情熱とも呼べるその感情は、否応なくエリドを掻き立て、ある一つの考えへと導いた。


「またまた、そんなご謙遜を。……! こ、これは……」


 エリドは、最年長のエルフに己が使っていた木剣を無言で手渡した。

 たった二回、力を抑えたレインハイトの斬撃を受けただけだが、纏魔によって強化していたにも関わらず、木剣には深々と亀裂が生じており、切っ先は粉々に砕けていた。


「まったく、末恐ろしい限りだよ」


 そう呟いたエリドの顔には、言葉とは裏腹に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。


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