アイオリア魔法学院入学試験 5−5
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「……いったいどれくらいの人が、この状況の凄まじさを正確に理解できているんだろうか」
周囲の声にかき消されそうなほど小さな声でそう漏らしたのは、今しがた的当て試験を終え、待機列で静かに試験場を観察していたヨシュアであった。
彼の視線の先には、それぞれ違った軌道で逃げ回る五つの動く的に対し、多数で囲むのではなく、一対一という形で追いすがる五つの火球があった。それらはまるで未来でも予知しているかのように動く的の軌道を正確に捉え、いとも容易くすべてを撃ち落としてしまった。
試験官を務めるローレンから、「只今の結果は……十五秒!」という声が上がり、先日に引き続き、またも直前に試験を受けたヨシュアの好記録を更に上回る成績を打ち出したレインハイトに向けて、見物者たちのどよめきが会場を包み込む。
「……先程の言葉は、いったいどういう意味だ?」
少し遅れて、ヨシュアの呟きに対し聞き返す声が上がった。声の主は、待機列で待つヨシュアの最も近くにいた人物――レインハイトが所属する特別枠最終組の先鋒をつとめる、偉そうな少年である。
まさか自身の呟きを聞かれているとは思っていなかったのか、それとも、偉そうな少年が話しかけてきたことを意外に思ったのか、ヨシュアは少し驚いたような表情を浮かべた。
だが、それも僅かな時間のことであり、すぐに頭を切り替えたヨシュアは、自身の目の前で起きた異常事態についての私見を偉そうな少年に向けて語りだした。
「……今ダウトがやっていた五つの魔法の同時制御だけど、君はあれを見てどう思った?」
「どう、と言われてもな……まあ、あんたが二つであいつが五つなんだから、単純に奴はあんたの二・五倍の実力があるってことなんじゃないか?」
少々回答につまりつつも、偉そうな少年はヨシュアとレインハイトの技術の差をそう評価した。しかし、少年の回答を聞いたヨシュアは大きく首を振り、その認識が大きな間違いであることを示した。
「いや……あれは、僕がやった二つの魔法の同時制御とは比べるのもおこがましいほどに次元が違う技術だよ」
「何……? それは流石に謙遜がすぎるのではないか? 俺からすれば、お前もあの白髪頭も等しく化け物に見えているんだがな」
「いいや、もう一度よく思い出してみるんだ。彼の魔法は、あの動く的をどのようにして追っていた? 僕の場合とは決定的に違う部分があったはずだよ」
そのいやに確信的なヨシュアの言葉に気圧されたのか、彼の返答に少しの苛立ちを見せていた偉そうな少年は、ヨシュアの指示に従い、先程の試験の光景を脳裏に思い浮かべた。
「……別に、特に変わったところは……いや、まさか! そんな事がありえるのか!?」
言い終わる途中で何かに気づき、偉そうな少年は大いに取り乱した。
「……その様子だと、どうやら気づいたみたいだね。ダウトのやっていたことの異常さに」
「馬鹿な……五つの魔法を一括で制御するのではなく、それぞれに全く異なる動きをさせていたということか……!? 信じられん……魔法を同時に五つ制御するだけでも驚くべき技量だと言うのに、奴はあの複雑かつそれぞれ異なる動きを同時並行的に処理していたというのか……!?」
「その通り。二つの魔法を同時に操っただけの僕と、五つの魔法すべてを独立させて的を撃ち落としたダウトとでは、やっていることのレベルが違いすぎるんだよ」
ヨシュアがやっていたのはあくまで二つの魔法を連携させながら一つの的を追う形、いうなれば二つの楽器を操って、一つの曲を演奏するというものだ。それに対し、レインハイトがやっていたのは、ただ単に五つの楽器を同時に操るというだけにはとどまらず、更にそれぞれの楽器で全く別の曲を演奏するというようなものである。数だけで見れば二と五という結果であるが、両者の間には、単純な魔法の生成数だけでは測ることのできない、圧倒的な制御技術の差が存在していた。
無論、レインハイトの異常な制御技術は《魔法の門》による強力なバックアップありきで実現しており、個人の実力を測る試験においては確実に反則技に該当する邪道であるのだが、それをこの場において知るのは張本人であるレインハイト以外には存在しないため、ダウトという架空の少年の評価は、周囲の人物たちによって天井知らずに上がっていくのであった。
「……さて、なんとか魔法を暴走させずに済んだわけだが、今回の俺の評価はいかがなものだろうか、試験官殿?」
ローレンに問いかけつつ、もはや異様なものを見る目を向けてくるようになった周囲の観衆たちを視界に収めたレインハイトは、五つは流石にやりすぎたかな、と心中で少々反省した。
「ダウトくん、君はすでに入学試験程度では到底推し量ることのできない実力を持った魔道師のようだ。『規格外』とは、まさに君のような人のことを指す言葉なのでしょう。この三度に渡る試験を経て、私はそれを痛感させられましたよ」
「試験官殿にそこまでの言葉をかけていただけるとは感激の至りだが、それは過大評価というものだ。俺は精々、無様に這いつくばりながら魔法という深淵の入り口にしがみついている程度の存在だよ」
周囲の人間たちとは違う、レインハイトだけが持っている特殊な性質の魔力。そして、その存在により実現している、魔法史の常識を覆しかねない力を持った常駐起動型多重魔法――《魔法の門》。それらは様々な偶然が重なったことでレインハイトが手に入れた”武器”であり、自らの特異体質が故に”自然魔法が使用できない”というハンデを持った彼の精神的支柱でもあった。
しかし、いくらそのような事情があろうと、純粋な魔法の実力を測る試験に、外部的な補助ツールである《魔法の門》を使用するというのは明確なルール違反であることに変わりはない。クラヴィスからの依頼を遂行するために仕方がなかったとはいえ、レインハイトはそのことに関して少なからず罪悪感を抱いており、ローレンの賛辞に対し口から出た自嘲的なセリフはそれ故のものであった。
「ハハハ、そう無理に謙遜せずとも良いでしょうに。……さて、では受験票をこちらに。記念すべき三回目のS評価を記録させていただきますよ」
無論、そのような事情など知らぬローレンはレインハイトの言葉を単なる謙遜と捉えて聞き流し、試験官という自身の職務を全うすべく受験票へ試験の記録を行う作業に取り掛かる。レインハイトとしてもそれ以上に引き下がる理由は無かったため、ローレンの勘違いは修正されぬまま次の試験へと持ち越されることとなった。




