アイオリア魔法学院入学試験 5−4
遅れてごめんなさい! エタってないよ!
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「すごい……二つの魔法を完璧に制御できてる……」
美しい赤と青の光線を織りなす二対の魔法を瞳に宿し、イリーナはその幻想的な光景にほうと息を吐き出した。
そして、それらはただ綺麗というだけではなく、片方が標的を追い込み、もう片方がとどめを刺すという巧みな連携を見せながら、難関であるはずの動く的を次々と撃墜していった。
「なるほど、その手があったか」
隣で目を輝かせているイリーナの耳には入らないような小声で、レインハイトはそうつぶやいた。
動く的は単体の魔法では難敵であるが、複数の魔法を使うことによりその難易度は一気に低くなる。ヨシュアの取ったその手法は、単純かつ合理的な攻略手段と言えるだろう。
無論、そこには『要求される技術レベルを度外視すれば』という注釈がつくことになるだろうが。
「同時に二つの魔法を使うって……もはや反則だろ」
「ああ……あんなの、プロの魔道師でも難しい芸当だろうに」
最初につぶやいたギャラリーの受験生たちを筆頭とし、堰を切ったように周囲から様々な声が噴出しだした。
「なんなんだあの金髪イケメンは!? 容姿も魔法も超一流とか、どこの物語の主人公だよ!」
「……ステキ」
「ありゃあ間違いなく今年度の主席合格者になるだろうな」
そして、そのような声に混じり、昨日の試験の様子を見ていたらしき一部の受験生たちの間では、ヨシュアだけでなく、ダウトに扮するレインハイトの噂話をする者も存在していた。
「……あいつもすごいけど、このあとに控えてる白髪眼鏡はそれ以上の実力者だって話だぞ」
「アレより上が居るってのか!? ……つくづく俺たち一般枠とはかけ離れた存在なんだな、特別枠っつーのは」
勝手に跳ね上がっていく自身への評価に内心で辟易するレインハイトだったが、しかし、クラヴィスから請け負った依頼である『ヨシュアより目立つ』という点で見れば大成功と言えるため、嬉しいような迷惑なようななんとも複雑な気分になるのだった。
「――そこまでです。結果は……二十秒! A評価です! 素晴らしいタイムですね」
どうやらレインハイトが周囲の声に耳を傾けている間にヨシュアの試験が終了したらしい。興奮した様子のローレンの評価報告が周囲に伝わり、再びざわめきが起こる。
「ありがとうございました」
「しかし驚きました。魔法を複数起動させるとは」
「すみません。禁止行為には挙げられていなかったので……」
試験中は気分が高揚していたため特に気にすることはなかったのだが、今振り返ってみると少し調子に乗りすぎてしまったのではないか、そう考えたヨシュアは、申し訳なさそうにローレンに頭を下げた。
「ははは、別に責めているわけではありませんよ。ヨシュアくんは通常よりも技術的に難しいことをやってのけたのですから、何も問題はありません。むしろ、加点されてもいいくらいですよ」
ヨシュアに頭を上げさせつつ、笑顔でそう答えるローレン。
「――ほう、それは良いことを聞いたな」
そこに空気を読まずに割り込んでいったのは、ヨシュアの次順に試験を受けるレインハイトであった。例のごとく、余韻の時間でヨシュアの株が上がり過ぎないよう妨害する作戦である。
「やあダウト、今度は何を企んでいるんだい?」
「すぐに分かるさ。さあ、終わったんならさっさと戻っていろ」
「オーケー、それじゃあ期待しておくよ。頑張ってね」
そう言い残すと、ヨシュアはレインハイトからの雑な扱いにも不満を漏らすことなく、楽しそうに笑って待機場所へと去っていった。
「待たせて申し訳なかったね、ダウトくん」
「こちらこそ、急かせたようで悪いな」
ヨシュアへの注目を抑えるためには仕方のないこととはいえ、ローレンの邪魔をしたいわけではなかったレインハイトは、ダウトとして少々尊大な態度の演技はしつつも、謝意を込めた言葉を告げた。
「――説明は以上です、準備はよろしいですか?」
「ああ」
その後、ヨシュアにしていたと同じ説明をローレンから聞き終えたレインハイトは、全身に少量の魔力を巡らせ、準備を完了させた。前の番に目立ったヨシュアの影響か、周囲の注目は十分すぎるほどにレインハイトへと集中している。
「では試験を開始します。……用意――始め!」
「――『火球』」
ローレンの合図を皮切りに、レインハイトは即座に魔法の構築を完了させ、無詠唱魔法によって発動させた。火のエレメントを彷彿とさせる赤い魔法陣が中空に現れ、そして――
「――『火球』」
一発目の火球が魔法陣から放たれるのを待つ間もなく、レインハイトは二発目の魔法を連続して起動した。
「いきなり二つの魔法を同時起動ですか、飛ばしますね」
「この程度で驚いてもらっては困るな。まだまだ序の口じゃないか――『火球』」
ローレンの呟きに律儀に返答をしつつ、レインハイトは三つ目の魔法陣を起動させた。
本来、《魔法の門》のサポートがあれば、十や二十程度の魔法は一度で起動させることも可能なのだが、流石にそれをやってしまうと不正を疑われる危険性があると判断したため、レインハイトはあえて魔法を放つたびに魔法名を口にして起動することにしたようである。
「いくらダウトくんといえども、三つは流石に無茶――」
「誰が三つで終わりだと言った? ――『火球』」
ローレンの言葉を遮り、レインハイトは更に畳み掛ける。
「馬鹿な!? 同時に四つなど、もはや無茶を通り越して無謀です!」
叫びながら恐れおののくローレンだったが、彼の反応は別に大げさというわけではなかった。
炎の塊である複数の火球が術者の制御から離れてしまった場合、それぞれの火球は慣性によってある程度の勢いを保ったまま好き勝手な場所に着弾するだろう。それが地面であればまだいいが、現在は試験場の周囲に多数の見物者たちが存在しているのだ。もしも彼らに火球が直撃してしまえば――最悪の場合、死亡事故も起こり得る大変危険な状況である。
「では最後にもう一つ追加といこう――『火球』」
だが、レインハイトは止まらない。ローレンの危惧など露程も気にかけず、魔法の複数起動を行いながら他者との会話を成立させるという通常では決してありえない行為をこなしながら、レインハイトはこれまでと寸分違わぬ正確性を持って五つ目の魔法を起動した。
それもそのはず、レインハイトは魔法の制御の殆どを《魔法の門》に委任しているため、五つの魔法を同時制御することなど毛ほどの負担もなくこなせるのである。
「信じられん……同じ魔法とはいえ、同時に五つも起動させるとは……」
呆然と呟くローレンだったが、そこで自身の試験官という役割を思い出したのか、ハッと顔をあげると、今度は毅然とした態度でレインハイトに語りかけた。
「今はどうにか安定しているようですが、私が危険と判断した場合、即座に試験は中止とさせていただきます。ダウトくん、制御に限界が来たらすぐに言ってください」
「了解した」
短く返答したレインハイトは、魔法の起動に使った無駄な時間を取り戻すべく、空中に出揃った五つの火球に指示を送った。司令を受け取った五つの火球は、即座に固定された五つの的に向かって動き出し、それぞれが一つづつ的を請け負う形で進路を変え、瞬く間にそのすべてを撃破した。
圧倒的な成績を残したヨシュアをも上回るレインハイトの規格外さに、傍観する受験生たちはおずおずと声を上げはじめた。
「おいおい、なんだよあのバケモンは……」
「俺たち、揃って愉快な夢でも見てんのか?」
「ははは……魔道師団に所属している兄に今見てることをありのまま話しても、きっと信じてもらえないだろうな……」
レインハイトの驚きのスペックを目の当たりにした受験生たちは、もはや驚きを通り越してしまったのか、ただただ呆然とした表情でそれぞれがうわ言のように感想を呟いていた。レインハイトがいともたやすく行っている五つの魔法を同時に制御するという芸当は、それほどまでに異常なものであり、かつ、彼らの理解の範疇を超えた驚異の技術なのだ。




