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アイオリア魔法学院入学試験 5


「踊れ――『火球(ファイヤー・ボール)』!」


 偉そうな少年が無詠唱魔法(サイレント・スペル)で生み出した炎の球が、てっぺんに円形の目印が付いた木製の棒に直撃した。燃えながら倒れる棒を置き去りにして、火球は次なる目標へと進路を変え、二つ、三つと同じような目印のついた棒を倒しながら辺りを駆け回る。


 まるで意思を持つ生物のようなその動きは、『火球(ファイヤー・ボール)』の術式にもともと組み込まれている動作ではなく、その術者である少年が魔法を『制御』することにより実現している動作である。

 そして、それこそが今回の二次試験最初の種目――通称『的当て試験』の採点項目であった。


「……魔法って、制御であそこまでグネグネ曲がるものなんだな……」


「あんなに動く火球(ファイヤー・ボール)は僕も初めて見たよ。多分、彼は制御がかなり得意なんじゃないかな」


 縦横無尽に動き回る火の球を眺めていたレインハイトが思わず漏らした呟きに、横に立っていたヨシュアが返答した。


 ヨシュアの答えを受けたレインハイトは、元気よく飛び回る火球を目で追いながら無言で頷きを返す。今まで何度か魔道師との対人戦をこなしてきているが、流石にこれほど軌道が変化する魔法を使う相手と戦った経験は無かった。


 とは言え、確かに偉そうな少年の制御技術は眼を見張るものがあるが、しかし、彼のように放った魔法を意のままに操る事ができる魔道師が全くいないのかというとそういうわけでもなく、恐らく五人に一人程度の魔道師はあの少年と同じようなことができるだろう。技術のレベルだけで言えば、そう珍しくもないものであると言えよう。


 では、それなのに何故レインハイトやヨシュアが今までその光景を目の当たりにしてこなかったのか。答えは至って単純である。それを実戦に投入する魔道師の数が少ないのだ。


 制御は確かに自然魔法を扱う上では欠かせない存在であるが、しかし、それはあくまで自然魔法を充分に機能させるための技術としてであり、制御自体が戦闘時の主軸となることは基本的に無いのである。


 なぜなら、実戦では様々な状況に臨機応変に対応する必要があるため、過度に魔法の制御に集中してしまうと、それ以外のことを思考する余裕がなくなり、自ら視野狭窄の状況を招いてしまうためだ。


 ただでさえ魔法を使用するだけでもかなりの集中力を必要とするというのに、その上さらに複雑な動きの制御まで行えば、大抵の魔道師はもうそれ以上の物事を処理する余裕はなくなってしまうだろう。加えて、仮にその問題を解決できたのだとしても、動きの素早い相手や防御手段を持つ相手には通用しないことも多く、逆にリスクを負ってしまうことにもなりかねないだろう。


 そのような状態に陥ってまで複雑な制御を行うというのは非常にメリットの薄い行為であり、それよりかは、放つ魔法の制御は負担の少ない直線的な動きに留め、魔法の回転率を上げたほうがいいというのが一般的な魔道師たちの共通認識であった。


 だが、それらはあくまで実際の戦闘という状況であった場合の話だ。偉そうな少年が今受けているのは制御の技術を測定する試験であり、実戦には該当しない。むしろ、今回の的当て試験においては、非常に有効的な作戦であると言えるだろう。


「固定された的は全て倒したみたいだ。いいペースだね、このままA評価で終わりかな?」


 早くも試験場に配置された五つの的を倒した偉そうな少年に感心したのか、ヨシュアがそう呟く。


「確かにこのペースならA評価は確実だが……ここからは“動く的”を倒さなきゃならないんだ、そう簡単に行くかはわからないぞ」


 朝の反省を踏まえ、今回はきちんと試験の説明を聞いていたレインハイトは、ヨシュアの発言に疑問符を投げかけた。そう、今までの固定された五つの的は前哨戦に過ぎず、ここから先に待ち構える標的こそが今試験の山場なのだ。


「我が火球よ! このまま全て焼き尽くせ!」


 もともと自信のある試験だったのだろう、乗りに乗った偉そうな少年の放った火球(ファイヤー・ボール)は、次なる目標に向けて直進する。


 火球の向かう先にあるのは、目印の付いた直径二、三十センチメイルほどの宙に浮く球体であった。同じような大きさの球体は全部で五つあり、それらは各々全く違った動きをしながら試験場を飛び回っている。これこそがレインハイトが言っていた的当て試験の難関、『動く標的』である。


(ふむふむ……中心の部分に魔術回路が刻まれた基板と動力の魔晶石が入ってるのか。……ってことは、原理は普通の魔法具と同じってことだな。そこ以外には魔力反応はないみたいだから、外装部分の殆どは恐らく衝撃吸収材かなにかを詰めているんだろう。あの回路のサイズだとそう複雑な動きは取れなさそうだし、いくつかのパターンさえ覚えてしまえば撃ち落とすのは簡単そうだ。こりゃあ順番が後ろになるほど有利な試験だな)


 眼前に表示させた『解析方陣(アナライザー)』のディスプレイに視線を落としつつ、レインハイトは心中で呟いた。


 魔術回路とは、主に魔法具などに使われている技術のことで、『基板』と『回路』からなる魔法装置である。その歴史は長く、魔道歴以前から存在した技術だと言われているが、回路の設計が非常に難しく、扱えるものはそう多くない。更には強力かつ簡易な技術である『魔法』が生まれたことにより、魔道歴以降は少々影の薄い存在となっている。レインハイトもそのうち手を出してみようかと考えているのだが、基板や回路を用意する必要がある魔術回路は魔法よりも更にお金のかかる技術であるため、研究は夢のまた夢という状態であった。


 因みに、レインハイトが現在目を落としている中空に浮いたディスプレイは、隣りにいるヨシュアや周りの人間に見えないよう、空間魔法によって光を曲げることで透明化させているため他人に覗かれる心配は無い。加えて、空間魔法は『理外の魔力』が効力を発揮する無属性魔法であるため、『世界の干渉抵抗力』による時間制限も存在しないというかなりの隠密性を誇る隠蔽手段である。


 とは言え、ディスプレイに接触するほど近づかれたりすれば普通に見えてしまうものなので、油断は禁物である。レインハイトは素早く情報を確認し終えると、すぐさま出力していた画面を消去し、試験場の方へと視線を戻す。


 すると、レインハイトの視界にちょうど一つ目の動く的を撃ち落とした火球の姿が映った。


「おー、やるなあ」


 難なく移動する的に火球を当てた偉そうな少年に、ヨシュアは感嘆の声を上げた。少し遅れて、周囲の見物者たちからも同様の声が響き渡る。


「奥に配置されているものほど動きが複雑で狙うのが難しくなっているようだ。どう攻略するのか見ものだな」


 一方、レインハイトは平坦な声でそう告げると、偉そうな少年の放った火球に向けて試すような視線を送った。単純に他人がどのような方法で動く的を攻略していくのか興味があるのだ。


 レインハイト自身も既にいくつかの攻略パターンを用意してはいるが、思いついたのは基本的に《魔法の門(マジック・ゲート)》の反則的なスペックを活用した力押しの作戦ばかりであるため、もっとスマートな方法があるなら是非パクり――もとい、参考にさせてもらおうと考えていた。


「どうやら彼はシンプルに追いかけっこをするつもりみたいだよ?」


 見事一つ目の動く的を撃墜した少年の火球は、その勢いを殺さぬまま最も近くにある二つ目の動く的へと近接した。ヨシュアが言った通り、偉そうな少年の操る火の球は素直な軌道を描き、最短距離で目標に迫る。


 しかし、レインハイトの分析通り、今回の的は先程よりも手強かった。


「撃ち落とせ!」


 金属製の杖を振る少年の意思に従い、火球は捕捉した動く的に向けて一直線に進んでいく。だが、目標に触れるかという寸前、突如動く的がその挙動を変化させ、上方に向かって浮かび上がった。その動きについていけなかった少年の火球は標的を虚しく通り過ぎると、そのまま力を無くしたように徐々に縮んでいき、消滅してしまった。『世界の干渉抵抗力』によって消されたわけではなく、発動時に魔法に込められていた魔力が尽きたのだ。火球(ファイヤー・ボール)のような射出系の魔法は放ったあとから魔力を補充することができないため、往々にして起こる現象である。


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