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反撃の後で


 ベルード・フォン・ドルーチェ男爵の別邸からの帰り道。交渉の間外に待たせていた御者の操る馬車に揺られながら、アスガルド王国第一王女アトレイシアと、犬獣人(クーシー)の女性騎士ニナ、そして目深にフードを被った護衛の男の三人が顔を合わせ会話していた。


「――とりあえず、今日の作戦はこれで終了だな。ニナ、残りはあと何人だ?」


 隣に腰掛ける獣人の少女に訪ねながら、護衛の男はようやくその目深に被ったフードに手をかけて素顔を晒した――かに思えたが、フードの下から現れたのは、顔面全てを覆い隠す白黒の仮面であった。

 奥に存在するであろう両目が覗くはずの眼窩には底が見えない闇が広がっており、口元は道化の浮かべる笑みの如く不気味に裂けている。


 このような特徴的な意匠の仮面を付けた王女派関係者など、一人しか居まい。フードの男の正体は、アトレイシアの騎士の一人、黒衣の魔道師ジョーカーだったというわけである。


「はい、先日の会合の欠席者のうち、我々がまだ訪問していないのは、ブルック伯爵とプロイト子爵の二名であります」


「ようやくあと二人か、流石にもう裏切り者はいないと思いたいが……」


 うんざりと呟くジョーカーは、対面に座りながら消沈した面持ちで目を伏せるアトレイシアに視線を向けた。

 今回の内通者一斉摘発計画は、アトレイシアとジョーカーの二人が連携することによって初めて成立する作戦であった。アトレイシアが矢面に立ち、ジョーカーが後方で支援することでスムーズに内通者の排除を行うことができるのである。


 無論、ただ裏切り者の嘘を見抜くだけであれば、ジョーカーの『解析方陣(アナライザー)』だけで事足りるだろう。しかし、確かな証拠もなしに、魔法による計測結果のみで貴族である彼等を王女派から追放するには、ジョーカーの言葉だけでは力不足なのだ。それは、先程のベルードとの一件でも証明されていることだった。


 そこで、ジョーカーは正体を隠し、話し合いにも参加せず、外部から『解析方陣(アナライザー)』によって裏切り者の嘘をアトレイシアに伝えるという今回の作戦を提案したわけである。


 王女派の中で最も強い決定権を持っているのは、当然のごとく王女アトレイシアだ。彼女の存在無くして王女派は存続できない。そして、その王女直々の判決ならば、いくら王女派を支援する貴族であれど従う他ないのだ。裏切り者である証拠があろうがなかろうが、それは関係のないことである。


 作戦の流れは至極単純だ。アトレイシアが容疑者に『貴方は王子派の内通者なのですか』と訪ね、その際のバイタルデータを部屋の外で待機しているジョーカーが読み取り解析、その結果を光る指輪を使用して密かにアトレイシアに報告し、黒であれば王女派からの追放を宣言するというものだ。


 これが、ジョーカーの言っていた他者に魔法を悟られることなくアトレイシアに協力できる方法というわけである。

 因みに、指輪の光は対象の回答が真実であれば二回、嘘であれば三回光るようになっていた。


「あちこち連れ回して悪いな。明日は休みにしようか?」


「お気遣い、感謝いたしますわ。……ですが、これも我々にとって必要なこと。ジョーカーもお疲れでしょうが、明日もまたお付き合い願います」


 俯いていた顔を上げ、アトレイシアは凛とした表情でそう言い切った。信じてきた支援者たちに裏切られたことによる心労は相当なものだろうが、落ち込んでばかりもいられないといった様子である。


「それは構わないが……あまり無理をするなよ?」


「ふふ……そんなに優しくなさらないでください、甘えたくなってしまいますわ」


 あくまで心配する姿勢を通すジョーカーに対し、アトレイシアは人差し指を唇に当て、いたずらっぽく笑みを浮かべた。本人に自覚があるのかは不明だが、その表情は見た者の目をくらくらさせるような妖艶さを放っている。


「はわわ……」


 アトレイシアの色香で危うくジョーカーとしての演技が剥がれかけたレインハイトだったが、隣りに座るニナが顔を真赤に染めながら上げた声が耳に入ったことで何とか堪えることに成功した。どうやら、アトレイシアの魅力は同性にも有効らしい。


「あら、どうかしたの? ニナ」


「え……ええっと、その……」


 言い辛いことなのか、ニナは躊躇うように言葉を詰まらせた。緊張しているためか、頭の犬耳はぺたんと垂れている。

 だが、そうして黙っていたのも数秒だった。好奇心に負けたのか、ニナは意を決した様子でアトレイシアに問いかけた。


「あ、アトレイシア様とお師匠は……ど、どういったご関係なのでありますか……?」


「おいニナ、何度も言っているが、俺はお前の師匠になった覚えはないぞ」


 質問を無視し、ニナからお師匠と呼ばれたことに反駁するジョーカー。そう呼称されるたびにやめろと注意しているのだが、『犬獣人の自分にとって、自分より強い者を尊敬するのは当然のことなのであります!』などとわけのわからないことをのたまい、一向に聞き入れる気配はなかった。


 このニナという少女は、今回の作戦を円滑に行うためにジョーカーがスカウトした纏魔術師であった。本来の所属はオーレリア率いる女纏魔術師部隊『ヴァルキュリア』である。


 アトレイシアが貴族と接触する際、ジョーカーは部屋の外に出て『解析方陣(アナライザー)』を作動させなければならなかったため、容疑者に不信感を与えないためにはどうしてももう一人護衛が必要だったのだ。


 何名かの候補者の中から、真面目だが気が弱いというニナの性質を見抜き、それを『扱い易し』と睨んだジョーカーは、本人には多少の罪悪感を感じつつも、忠実に任務を遂行する都合のいい駒として彼女を選んだのである。


 ただ一つ盲点だったのは、彼女の真面目さがジョーカーが想定していた以上のものだったという点だろう。そしてそれは、ジョーカーがニナから『お師匠』と呼称されている原因でもあった。


 ニナを連れて初めての作戦を行った日の帰り道。ちょうど今のようにアトレイシアとジョーカーとニナの三人で馬車に揺られながら王城へと帰っていたときのことである。ニナという第三者の存在によりレインハイトとしてアトレイシアに接することはできないため、先程のようにジョーカーを演じながら会話を行っていたところ、ニナが突然『い、いくらジョーカー殿と言えど、王女様に向かってそのような言葉遣いをするのは失礼だと思うのであります!』と言い出したのだ。彼女の真面目な部分が、王女に対する態度とは到底思えない振る舞いをするジョーカーを許せなかったのだろう。


 だが、そこまではジョーカーの想定内の事態であった。根が真面目なニナの前でそんな態度を続けていれば、遅かれ早かれそういう状況になるのではないかと予測していたのだ。


 王城に着くやいなや、ニナは気が弱いにも関わらずジョーカーに手合わせを挑んできた。これはあとで判明した事実だが、どうやら彼女の育った環境では、揉め事は全て戦闘で解決することになっていたらしい。


 一度叩き潰せばもう舐めた口を聞いてくることはなくなるだろうと考えたジョーカーは、ニナのその申し出を快諾し、手合わせに応じることとなった。この選択がまずかったのだが、今になって後悔したところで後の祭りである。

 手合わせの内容は、いつかのオーレリアとの手合わせの時と同じく、王城にある練兵場にて模擬剣による試合という形になった。獣由来の運動能力を纏魔術によって更に跳ね上げ、とても新兵とは思えないほどの動きを見せるニナだったが、『観測方陣(オブザーバー)』によるバックアップ全開で大人気なく立ち回るジョーカーに終始圧倒され、そのままあっさりと敗北した。


 そして、ニナはジョーカーの思った通りに――いや、思っていた以上の反応を見せることとなる。

 勝敗が決するやいなやその場にへたり込んだニナを、ジョーカーはてっきりショックを受けて落ち込んでいるものだと判断したが、それは見当違いであった。暫くして顔を上げた彼女は、まるで憧れの人物に出会ったかのような羨望に満ちた表情をしていた。そして、犬耳をピンと立て、尻尾をブンブン左右に振り回しながら『こんなに強い人に出会ったのは初めてであります! で、弟子にしてください! お師匠!』などとふざけたことを言い出したのである。


 弟子は取らない、オーレリアの方が纏魔術師としての腕は上、実はズルをして魔法を使っていた、などとジョーカーは様々な言い訳を繰り広げたのだが、『あ、あれほどの実力がありながらご謙遜とは……流石であります! お師匠!』とニナは全く聞く耳を持たなかった。興奮していたせいか、普段の気弱さからは考えられない押しの強さである。これも忠誠心の強い犬の因子を持った獣人だからなのだろうか。


 とまあそのような経緯があり、ジョーカーは利用するだけのつもりだったニナに何故か懐かれてしまったというわけである。


「せっかく慕ってくれているのですから、そう無碍にしなくてもよろしいではありませんか」


 ジョーカーに拒絶され、しゅんと耳を垂らして目を伏せるニナの姿を見かねたのか、アトレイシアはやんわりと取り成しの言葉をかけ、続けた。


「ええと、質問は私とジョーカーの関係について、でしたね? ……改めて考えてみると、難しい質問ですね……ジョーカー、私は貴方の何なのでしょうか?」


 ジョーカーとは違い、ニナの質問に答えようとするアトレイシアだったが、複雑にして浅からぬジョーカーとの関係性を思い返し、どう言い表すべきか悩んだ結果、ジョーカーに丸投げした。


「俺はアトレイシアに仕える騎士だ。関係性で言えば、主従関係ということになる。以前にもそう説明したはずだが?」


 アトレイシアからバトンを渡されたジョーカーは、あらかじめ用意してあった常套句を告げた。ニナには今回の作戦以降も動いてもらおうと考えているため、いずれはただの傭兵であることを告白しようとは思っているのだが、それにはまだ時期尚早と判断したためである。


「いえ、その……主従の関係にしては、お師匠はアトレイシア様に対して敬意がなさすぎるというか……」


「ジョーカーの態度に関しては、私がそうするように頼んだのですよ。私の騎士としてそばに仕えてもらうのですから、変に気を遣わせて距離を置かれるのは寂しいと思いましたので。

 そう言えば、オーレリアにも以前同じようなことを言ったことがありましたが、結局態度を変えることはありませんでしたね。……まあ、あのオーレリアが私に砕けた口調で接するところは想像できませんが」


 その当時を思い出したのか、ふふ、と控えめな笑みを浮かべるアトレイシア。


「それに、ニナは敬意がないと言いましたが、一人の人間として、ジョーカーは充分私のことを慮ってくれていますよ?」


「な、なるほど……お師匠がアトレイシア様にそれほどの信頼を置かれていたとは……ますます怪しい関係に見えてきたであります……」


 アトレイシアの言を受け、ますます野次馬根性を強めている様子のニナ。放っておけばアトレイシアから全てを聞き出すまで止まることはないのではないかという勢いだ。


 流石に辟易としてきたジョーカーは、練り上げた魔力を数瞬だけ放出しピリピリとした空気を演出したあと、冷徹さを含む声音でビクリと肩を揺らしたニナに語りかけた。


「ニナ、お前に一つ忠告をしてやろう。……疑り深いのは悪いことではないが、あまり詮索が過ぎると場合によっては己の身を滅ぼすことになるぞ。好奇心猫を……いや、犬を殺す、ってな」


「ひっ……き、肝に銘じておくであります!」


 若干凄みを利かせたジョーカーの忠告に、ニナは小さく悲鳴を上げながら頷いた。

 ちょうど切りも良いのでジョーカーとしてはこれでこの話は終了としたかったのだが、そんなに虐めるなとでも言いたいのか、向かいに座るアトレイシアから咎めるような視線を向けられたため、ジョーカーは一度溜息をつき、悄然とするニナに声をかけた。


「……まあ、お前がいずれ信用に足る人物だと判断できたときには、本当のことを話してやる」


「……! はいお師匠! お師匠に認めてもらえるように頑張るであります!」


「その意気ですよ、ニナ。私も陰ながら応援しています」


 ジョーカーの言葉にキラキラと目を輝かせるニナを微笑ましそうに見つめながら、アトレイシアは励ましの言葉をかけた。その効果は絶大である。


「ありがとうございます! アトレイシア様のご期待にも必ず応えてみせるであります! ……ふおお……! 今ならすぐにでもお師匠に認めてもらえるような気がするであります!」


「まあ、そうやってすぐ調子に乗っているようでは当分無理だな」


「お師匠はムチが多過ぎるであります! アメを! もう少しアメの増量を要求するであります!」


 若干涙目のニナから繰り出された割と本気目の訴えを無視したジョーカーは、話はこれで終わりだと言うように首を反対に向けると、窓から流れる王都の景色を眺めだした。


 道を行き交う数台の馬車の中の一つに、この国の王女一行が乗車していることなど知る由もない町民たちで賑わう商店街は、往生際悪く隣で騒がしく抗議してくるニナの声に負けないほどの喧騒に包まれていた。

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