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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第三章 〜仮面を被りし者〜
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それぞれの顛末

 その後、背後で不服そうな雰囲気を放つオーレリアとフロードを無視し、カルから襲撃を指示した貴族についての情報をいくつか聞き出したところで先程手配した襲撃者達を移送する馬車が到着した。残念ながら、時間切れである。


 若干の心残りはあったものの、主に聞き出したかった内容は手に入れられたため、ジョーカーは素直にカルを含めた襲撃者六名を馬車とともに現れた兵士へと引き渡した。


「さて……と、これで一応俺の仕事は終了だな。……オーレリア、アトレイシアのところへ案内しろ」


「……私に命令するな」


「お前がアトレイシアを何処かに閉じ込めてきたんだろう? 今回の件についての報告と、得た情報を踏まえて今後の作戦会議をする必要がある。案内するのが嫌だと言うのなら強制はしない。場所さえ教えてもらえればそれでいい」


「フン……まあいいだろう、案内してやる」


「ほう、意外だな。お前がすんなり了承するとは」


 オーレリアに気取られないよう会話を誘導し、『解析方陣(アナライザー)』を使用してアトレイシアの居場所を割り出す算段であったジョーカーは、予想に反して諾意を返したオーレリアに拍子抜けした。


「勘違いするな。少々強引に拘束してきた故、貴様が姿を見せねばアトレイシア様も機嫌を直してくれないだろうという目算あっての判断だ。無論私としては貴様の命令に従わねばならないのは業腹だが、今回に限っては仕方あるまい」


「そうか。……まあ、アトレイシアの居場所を伝えてくれさえすれば、お前が俺をどう思っていようが構わんさ」


 せっかく本人が案内をすると言っているんだ、いつものように煽り文句を返してへそを曲げられるというようなつまらない展開は避けたほうが賢明だろう。ジョーカーはなるべくオーレリアを刺激せず、且つ不審に思われない程度に言葉を選んで返答を返すと、若干所在なさげな空気を纏うフロードへと目を向けた。


「――そういう訳なんだが……フロード、あんたはどうする?」


「私も同行させていただきます……と言いたいところですが、今回の私は王子派の回し者をむざむざと護衛に紛れ込ませるという失態を犯した身、とてもではないですが王女様に顔をお見せする事はできません」


「そうか、では俺とオーレリアだけで向かうとしよう。……先程の戦闘の疲れもあるだろう、今日はゆっくり休むといい」


 仕方がなかったとは言え、フロードを間者なのではないかと疑ってかかっていたことに若干の申し訳無さを感じていたジョーカーは、仮面を被った状態の彼にしては珍しく、他者を慮った声をかけた。


「お心遣い、感謝します」


 先程の言葉は本心からのものだったのだろう、目に見えて消沈した様子のフロードは、ぺこりとジョーカーとオーレリアに向かって頭を下げると、どこか哀愁漂う背中を見せながら立ち去っていった。


「よくわからない奴だが……まあ、悪い人間ではないんだろうな」


「王都でも指折りの魔道師に対してよくわからないやつとは……相変わらずその生意気な態度は変わらないのだな」


 やれやれ、と実に腹立たしい態度でため息をつくオーレリア。


「お前は相変わらずわかりやすい奴で助かるよ」


「それは一体どういう意味だ?」


「さて、ではアトレイシアに会いに行こうか」


「……おい、話はまだ終わっていないぞ! 待たないか! ジョーカー!」


 未だ細いヒールに慣れないのか、声を荒らげながらも早歩き程度の速度についてこられないオーレリアを無視し、ジョーカーは広場に運び込まれた新しい馬車に乗り込んだ。




    ◇




 規則的な振動を感じながら、青みがかった銀髪の少女、ティツィーは目を覚ました。数秒経ってから、自分が背負われていることに気付く。


「いったい何が……?」


 ゆらゆらと、ティツィーの澄んだ青髪が振動に合わせて左右に揺れる。それを正面から見たものには、まるで彼女を背負う者の肩から一対の羽が生えているかのように錯覚させるだろう。


「……目ェ覚めたか」


 ティツィーが小さく漏らした声に気がついたのか、彼女を背負う赤髪の吸血鬼、ヴィンセントが声をかける。


「これはどういう状況なのですか」


「……お前、どこまで覚えてる?」


「確か……仮面の男に術を躱された後、背中を触られて……そこからの記憶がありません」


 あのような衝撃的な出来事をそう安々と忘れられるはずもない。完璧な奇襲であったはずの全方位魔法を容易く無効化し、瞬く間に接近してきた小柄な仮面の男の姿が鮮明にティツィーの脳裏に焼き付いていた。


 魔法の腕には少なからず自負のあったティツィーだったが、あのような圧倒的優位な状況で敗北を喫したのは初めての経験である。


「どうやら頭の方は問題ねェようだな。体はどうだ? 痛むところはないか?」


「……? 特に問題ありません、少し気だるい程度です」


「そうか。ならいい」


「一人で勝手に納得しないでください。一体何があったのです。私が無事ということは、あの仮面の男はヴィンセント一人で退けたのですか?」


「いや……あの後タイミング良くもう片方の連中が派手にかましてくれたんでな、奴は慌てて商会の方へ戻って行ったぜ」


「そうですか……しかしあの仮面の男、私達が見てきた魔術師の中でも群を抜いた化物ですね。少し遠かったのでよく確認できませんでしたが、吸魔(ドレイン)を使っていたようにも見えました。……村の生き残りでしょうか?」


 ティツィー自身にも吸魔(ドレイン)を使われていたのだが、魔力喪失により気を失ってしまったせいか覚えていないようだ。


「ああ……ぶッ倒れちまってたからお前は奴の正体を知らないんだったな。なら信じられねえかもしれねえが、あの仮面野郎の中身はレインハイトだ。……チッ、あのクソガキめ。思い出すと胃がムカムカしてきやがる」


「レインハイト、ですか……? 確かに、彼は以前私達の前で吸魔(ドレイン)を使用したことがありますが……しかし、だからといってあれ程の戦闘能力を持った人物とは到底思えません。何かの間違いなのではないですか?」


 確かに、言われてみれば体格や髪の色などレインハイトと共通する点が多かったようにも思えるが、しかし、先程驚異的な力を見せたあの仮面の男が、以前命からがらヴィンセントを退けたレインハイトと同一人物であるなどと信じることはできなかった。


 と、ティツィーは正直にその旨をヴィンセントに告げたのだが、返ってきたのは軽く吹き出したような笑い声であった。


「クハハッ、予想通りの反応だな。……まあ、俺も直に見てなきゃ奴とレインハイトを結びつけることなんざできなかったろうさ」


 何故か愉快そうなヴィンセントは、少し間を置き、続けた。


「あいつは強くなった。底知れないほどにな」


「そうですね……正直、どんな手を使ったとしても勝てるイメージが湧きません」


「ああ、今回は俺達の完敗だった。気に食わねえが正直に認めるぜ。……だがな、このままあいつに負けっぱなしじゃ俺の気が収まらねえ」


 ギラリ、と眼光を鋭くさせるヴィンセントは、悔しさを噛みしめるように歯ぎしりした。


「今日から俺は暗殺業から暫く離れて修行に出る。そんで、あいつをぶッ倒せるくらい強くなる。……短い付き合いだったが、これでお前ともお別れだな、ティツィー」


「いきなり何を言い出すかと思えば、何を勝手に決めているんですか。……と言うか、なぜ私を置いていく前提で話を進めているんです? 別に貴方についていきたいというわけではないですが、私には貴方の他に身寄りがないので、一人にされるのは困ります」


 心なしか寂しそうに声を落とすティツィーに対し、ヴィンセントは予め用意してあった返答を告げる。


「……テメェはレインハイトのところに行け」


「ヴィンセント、貴方は馬鹿なのですか? 貴方の言葉が確かなのであれば、レインハイトは先程まで殺し合いをしていた相手なのですよ? それとも、遠回しに私に死ねと言っているのでしょうか」


「あいつはお前を殺さねえよ。そう約束したからな」


「約束? ……いったい何の話をしているのですか」


「詳細は言えねえ……が、あいつはお前の身の安全を保証すると言ったんだ。顔見せたからっていきなり殺されるようなことはねえよ」


 あれはあの場限りの条件だ、とレインハイトがこの場に居れば突っ込みを入れただろうが、幸か不幸か彼の存在は無く、ヴィンセントの都合の良い解釈は誰に咎められることもなくティツィーに伝えられた。


 もっとも、ヴィンセント自身もそれは少々曲解しすぎであると自覚した上で強引に話を進めているのかもしれないのだが。


「話についていけないのですが……そもそも、貴方はなぜ私を彼のもとへ送ろうとしているのですか。そうすることで貴方に何かメリットでもあるのですか? ……それとも、私が邪魔になりましたか?」


 悲しげに目を伏せるティツィーの姿は痛々しく、流石にヴィンセントと言えども良心が傷んだが、それでも彼に譲る気はなかった。それがティツィーにとって最善であると信じているからだ。


 ヴィンセントがティツィーとの別れを切り出したのは、何も自分の都合だけを優先した結果というわけではない。むしろ、ティツィーを想っての決断と言ってもいいだろう。


「あいつならお前を救えるかもしれねえ、そう思っただけだ。俺にお前は救えねえからな。……まあ、もしも門前払いされたら戻って来いよ。そんなに俺と一緒にいたいって言うんなら、そん時ァまた面倒見てやらァ」


「そういうことですか……全く、相変わらず貴方は説明が下手ですね」


「……俺ァ言葉より行動で示す男だからな」


 気まずそうに頬を掻くヴィンセントの姿にため息をつくと、ティツィーは観念したように頷いた。


「……わかりました。そこまで言うのなら、貴方の言う通り、一度レインハイトに接触することにします。もし追い払われたらきちんと責任を取ってもらいますからね」


「ま、あいつが引き受けてくれるかは正直五分五分だからな、そうなったらまた次の策を考えりゃ良い。……ああそうだ。忘れねェうちに伝えておくが、あいつはまだ昔の記憶が戻ってねェらしい。丁度いいから、こっちの情報を餌にしてうまく協力を取り付けろ。お前、そういうの得意だろ?」


「別に得意ではありませんが……まあ、交渉技術で言えば貴方よりはマシでしょうね」


「そうだな。俺ァ言葉より行動で示す男だからな」


「それは先程も聞きました。……と言うか、そろそろ降ろしてもらって大丈夫ですよ。もう歩けると思います」


 話に集中していたせいで失念していたが、ティツィーは未だにヴィンセントにおぶられたままであったことを思い出し、ヴィンセントにそう告げた。


 それならもっと早く言え、と悪態でもつかれながら降ろされるのだろうと思っていたティツィーだったが、首を回して後ろに目を向けたヴィンセントから放たれたのは、その予想とは全く違った言葉であった。


「いや……どうせあと少しで宿に着く。体調も万全とは言えねェんだから、大人しくおぶられとけ」


「そうですか……でしたら、お言葉に甘えて……」


 珍しく優しい声をかけてきたヴィンセントに、ティツィーはぎこちなく返答した。


 そのヴィンセントの態度から、もう自分が何を言おうと彼との決別は避けられぬのだろうと察したティツィーは、自身の今後に思いを巡らせ、その行き先に不安と憂鬱を感じるのであった。



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