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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第三章 〜仮面を被りし者〜
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偽りのアトレイシア 後編


「……ところで、一応は作戦成功となったわけだが、あの襲撃者達の処遇はどうなるんだ?」


「そうですね、尋問して情報を引き出した後、何らかの処罰が下されるのではないでしょうか。未遂とは言え王女様の暗殺を目論んだわけですから、極刑も適応され得ると考えられます」


 ジョーカーの問いに答えたフロードは、縄によって後ろ手に縛られた状態の襲撃者、カル・レナートら三名を目に映した。


「……尋問に俺が参加することはできるか?」


「ジョーカー殿がですか? ……いえ、それは難しいでしょう。恐らく尋問は王女派の兵士が担当することになるでしょうが、失礼ながらジョーカー殿はまだ新顔であるが故に彼等から信用を得ることができていない状態です。私から推薦するという方法もありますが、それを加味しても確実とは言えません」


「やはりそうか。ならば、奴等が城に連れ帰られてしまう前に少し話を聞いておこう」


 カル達がどのような尋問にかけられるのかは不明だが、尋問を担当する人間が本当に信用できる情報を引き出せるのかと疑問を感じたジョーカーは、自身の手が届かなくなってしまう前に少々質問を投げかけようと考えた。

 当然ながら、ジョーカーには尋問の経験はなく、話運びの手順などには皆目検討もつかない。まごうことなき素人である。しかし、それを補って余りある、決定的な切り札があった。すなわち、他者の魔力の機微を読み取り、その真意を看破する魔法――『解析方陣(アナライザー)』の存在だ。

 ジョーカーは左腕の《黄金の円環(ドラウプニル)》に魔力を流し込み、『解析方陣(アナライザー)』の情報表示ウィンドウを呼び出しながら拘束されているカル達の元へと進む。淡く光る長方形の画面がジョーカーの目の前に浮かび上がり、情報が出力された。


「ほう……では、私も立ち会って勉強させてもらいましょうか」


 空中で佇む『解析方陣(アナライザー)』のディスプレイを物珍しそうに眺めつつ、興味津々といった様子のフロードがジョーカーの後ろに続く。


「……俺の魔法のことなら何も教えんぞ」


「これは手厳しい。ならば、せいぜい見て盗ませていただきますよ」


 それもできれば遠慮してほしいんだが、とジョーカーは心中でひとりごちたが、それを口には出さずに無言で歩き続けた。


「お、おい待てジョーカー。一体何をするつもりだ? 勝手な行動をするんじゃない」


 と、その後を追い委員長気質のオーレリアが続く。

 先程よりは減ったが、未だ少なくはない数の野次馬たちの視線がある中、アトレイシアの変装をしたまま一人で待っているのが不安だったのかもしれない。

 自身の扱う特殊な魔法を秘匿したいジョーカーにとっては非常に面倒な展開だが、今は時間が惜しいと割り切り、呆然とこちらを見つめているカルを見下ろした。


「これから幾つか質問をさせてもらう。正直に答えろ」


「……はあ? そういうのは城に移送された後にするんじゃないのか?」


 怪訝そうに返すカルは、ちらと両隣にいるダリルとグレイへと視線を向けた。先の戦闘のダメージが残っているのか、二人は未だ意識を失ったままである。


「ああ……軽い事前調査ってところだ。ただ待ってるだけでは時間の無駄だからな、少し付き合ってもらおう」


「取って付けたような言い草だな。まあいいさ、どの道拒否権はないんだろう?」


「よくわかっているじゃないか。……先に言っておくが、俺に嘘は通用しないからな。気を付けて返答しろよ?」


 平坦な口調でそう言ったジョーカーは、両手を縛られた状態で座り込むカルの背後へと周り、金色の腕輪から出力されているディスプレイを確認した。後に続いていたフロードとオーレリアも一緒になって回り込み、同じく『解析方陣(アナライザー)』の出力画面に目を向ける。

 背後から無遠慮な視線を向けてくるフロードとオーレリアを睨みつけたジョーカーは、気を取り直してカルの方へ向き直り、告げた。


「では、まず一つ目の質問だ。お前達に王女暗殺の指示を出した人物についてだが……王子派の貴族で間違いないな?」


 カルを含めた六名の襲撃者と、彼等とは別行動を取っていた七人目と八人目の刺客であるヴィンセントとティツィー、その両サイドに指示を出した黒幕は恐らく同一の人物であろう。

 今回の襲撃の計画性からみてそう判断したジョーカーは、まずはヴィンセントから聞き出した情報との照らし合わせを行うことから開始した。


「いいや、違う。今回の事件は俺たち三人が勝手に起こしたことだ。第三者の指示など受けてはいない」


 しかし、まるで予め用意していたかのようにカルの口から放たれた流暢な返答は、ジョーカーの予想を否定するものであった。背後のジョーカーを睨むその横顔は全くの無表情であり、一見しただけでは真偽を測ることは難しい。

 だが、ジョーカーはカルの態度からそれを推し量ることはしなかった。そんなことをせずとも、わかりやすい”答え”が既に表示されているからである。

 カルを対象としてリアルタイムでその身体情報を計測し続けている『解析方陣(アナライザー)』。そのディスプレイに出力されているカルの精神状態は僅かに乱れ、動揺を示していた。その情報から『解析方陣(アナライザー)』が導き出した答えは『虚偽』。すなわち、カルは嘘をついたということになる。


「……そうか」


 ジョーカーは少々残念そうに呟くと、ゆっくりとその場にしゃがみこんだ。光るディスプレイに注目していたフロードとオーレリアの二人は追うように視線を下げる。


「おい……何を――」


 その時、縛られたカルが声を上げようとしたが、それを遮るように何かが破裂したような音が辺りに小さく響いた。直後、


「――ガァアアアアアアアアアッ!?」


 カルの口から大きな悲鳴が放たれた。何事かとフロードとオーレリアが身構えるが、その一方でジョーカーは至って冷静であった。


「俺に嘘は通用しないと言っただろう? ……しかしうるさいな、もう少し静かに叫べないのか?」


「お、おいジョーカー……貴様一体何を――」


 問いかけつつ、オーレリアはジョーカーの手元を覗き込み、そして絶句した。縛られたカルの右手の人差指が、本来曲がってはならない方向へ強引にへし折られていたからである。


「ああ、こいつが嘘をついたから仕置きをしただけだが? ……さて、では次の質問に移るぞ」


「ま、待てジョーカー! 貴様、何故この者が嘘をついたのだと判断できるのだ!? 憶測で物を判断し、ましてや危害を加えるなど、この後の尋問にも悪影響を与えるかもしれないではないか!」


「チッ……お前は俺の邪魔をすることしかできないのか? 俺には他者の言葉の真偽を見抜く手段がある。黙って見ていろ」


「なに? そんなことが信じられるわけ――」


「しかし、以前俺を殺そうとまでしたお前がこの程度の拷問で狼狽えるとは意外だな。無抵抗の相手に暴力を振るうのは良心が咎めるか? フン……別に無理をしてまで見る必要はないだろう、少し離れて休憩でもしていたらどうだ? 俺もそのほうが助かる」


 詰問の邪魔をされ苛立つジョーカーは、『解析方陣(アナライザー)』を使用しオーレリアの心理状況を確認しつつそう告げた。己の能力の証明とともに、腑抜けた考えを持つオーレリアを嘲笑する。


「なっ……!? 何を言うか! 私は狼狽えてなどいない! 私はただ――」


「――とにかく、お前は少し黙れ。今はアトレイシアの命にも関係する重要な場面なんだ。……それでもまだ騒ぐようなら、今度は物理的にその口を塞ぐぞ」


 なおも食い下がろうとするオーレリアに、ジョーカーはついに殺気を交えて声を発した。威圧的な魔力を発することでここが分水嶺であると明確に示し、それでも踏み込んでくる覚悟があるのであれば実力行使も厭わないと通告する。


「オーレリア殿、ジョーカー殿に他人の心を見通す何らかの手段があるのは事実です。先程私はそれを目の当たりにしました。確かにジョーカー殿の詰問は多少強引な手法ではありますが、もう少し様子を見てはいかがでしょうか? 第一、ここであなた方が争っても何の利益にもなりません」


 その時、一触即発の事態を見かねたフロードが横から口を挟んだ。あと一つでもオーレリアに難癖をつけられた場合自制できる自信がなかったため、ジョーカーは密かに胸をなでおろす。


「むう……確かに、身内同士で諍いを起こすのは益のないことだな。……それに、今日は《ラディウス》を置いてきてしまっている。仮に戦闘となれば素手の私のほうが不利だろう。仕方ない……フロード卿に免じて、今回は私が引き下がろう」


 己が丸腰であることを今更思い出したのか、あくまで強情な態度を貫くオーレリアは自身の背中を確認するような仕草を取った。

 オーレリアが騎士として任務を行う際、その背には必ず《ラディウス》と言う大剣が存在しており、それは彼女の強さを示すシンボルとしての役割も持っているのだ。


「……そりゃあどーも」


 上から目線のオーレリアの態度は実に腹立たしいが、ここで余計な一言を付け加えてまた口論になっては面倒である。ジョーカーは喉から出かかった悪態を何とか飲み込み、それで手打ちとした。


「では再開させてもらうぞ。待たせて悪かったな、カル・レナート」


「ぐっ……うう……」


 折られた指の痛みが引かないのだろう、カルは背を丸めて静かに嗚咽を漏らしていた。その背中を感情の読めない仮面で見下ろすジョーカーは、カルに休む暇を与える事なく畳み掛ける。


「今回の襲撃をお前達に指示した者の名を教えろ」


「…………」


 声を発すれば心を見抜かれると思ったのだろう、カルは沈黙した。『解析方陣(アナライザー)』が可能とするのは『対象の感情をおおよそ把握できる』という程度のものであるため、是か非かという二択の問いかけであれば相手が沈黙しようと真偽を判定できるという反則的な効果をもたらすのだが、今回のように対象から新たな情報を引き出したい場合、黙秘されては答えを知ることはできない。

 故に、カルの取った応答拒否は、結果的に『解析方陣(アナライザー)』の対策としては非常に有用な手であった。しかし、この状況においてのその選択は、完全な悪手だったと言わざるをえない。


「……そうか」


「やっ、やめ――ギァァアアアアァアアアアアッ!?」


 カルの沈黙が五秒間ほど続いた後、ジョーカーは容赦なくカルの背に手を伸ばし、二本目の指をへし折った。カルの右手の中指が、まるで粘土細工であるかのように容易く反対方向に折れ曲がる。痛々しい絶叫を上げるカルの姿が正視に耐えなかったのか、後ろに控えるオーレリアは目を背けた。


「はっ……はっ……な……なぜだ……? ……お、俺は嘘をついていないぞ……!」


「確かに嘘はついていないが、黙秘を許した覚えはない。……全く、お前はまだ自分が置かれた立場を理解していないようだな? 目覚ましが必要なら両手の爪でも剥がしてやろうか?」


「わ、わかった! 答える! 答えればいいんだろう!?」


「できれば最初からそうしてもらえると助かったんだがな。俺だって暴力を振るうのは心苦しいんだ」


 全く感情のこもっていない声でそう言い放ったジョーカーに、どの口が言うかと反射的に食いかかろうとしたカルだったが、折られた右手の指に走る激痛に助けられる形で口を噤んだ。実行に移していれば、今頃は右手の痛みがもう一つか二つ増えていただろう。


「ようやく状況が理解できてきたようだな」


 満足そうに頷き、ジョーカーは続けた。


「よし、ならば質問を再開しよう。聞きたい内容は先程と同じだ。……カル・レナート、お前達に今回の襲撃を指示した人物の名を教えろ」


「……そのような人物に心当たりはない。暗殺は俺たち三人が計画して実行したことだ。王子派は一切関係ない」


 僅かな間を置いてカルの口から告げられた答えは、またも虚偽の内容であった。『解析方陣(アナライザー)』の出力画面を確認したジョーカーは、ここまで肉体的、精神的に追い込んでいるというのに真実を話そうとしないカルに怪訝そうな声で尋ねた。


「……何故そうも頑なに偽り続けるんだ? 王子派に何か弱みでも握られているのか?」


「だから、俺は本当に何も知らな――ッガアアアアアアアアアアアアアア!?」


 何かを言いかけたカルの声は、その最中に右手の薬指を折られたことにより絶叫へと変化した。三度目の悲痛な叫びが、静けさを取り戻しつつある街に虚しく響いていく。


「……いい加減このパターンにも飽きてきたな。次は他の関節にするか」


「お、おいジョーカー……いくらなんでもやり過ぎだろう。ここまでやっても口を割らないのだから、何か別の切り口を考えたほうが賢明だ。それに、あまり痛めつけすぎては尋問官に引き渡す際に面倒なことになるのではないか?」


 と、そこで傍観していたオーレリアから二度目の割り込みが行われた。流石に学習したのか、今回のオーレリアの提案は一応理に適っているように思える。

 これが先程と同じような感情的な発言であれば今度こそ実力行使も辞さない構えのジョーカーだったが、ひとまずは溜飲を下げ、しかし不機嫌そうな態度は隠すことなく返答した。


「黙っていろと言ったはずだが。……しかし、今回ばかりはお前の言うことも一理あるな。確かに、王女派内部での揉め事はできるだけ避けたいところなのは事実だ」


「そうか、ではもうこのような拷問はやめにして――」


 その時、オーレリアの助言によりひとまず尋問が収束しそうな流れを感じ取ったカルが、思わず安堵という感情を漏らしてしまったのをジョーカーは見逃さなかった。そして、オーレリアの発言を遮り、カルを絶望の淵へと追い込む言葉を放つ。


「……ならば、折った骨は治癒魔法で修復してから引き渡すことにしよう。それならば尋問官とやらに文句を言われることはあるまい。それに、仮にこのままこいつが黙秘と嘘を繰り返し、体中の骨を全部折ってしまったとしてもまた治癒してやり直すことができる。……いやはや、我ながら名案だな」


 ジョーカーの目論見通り、その効果は絶大であった。目前の希望を無慈悲に断ち切られたカルの表情はみるみるうちに蒼白となり、今にも泣き出してしまいそうである。

 しかしその直後、ジョーカーにとって些か想定外の事態が巻き起こった。ジョーカーの悪辣とも言えるその発言を後ろで聞いていたオーレリアとフロードの反駁である。


「なっ!? 何故そのような結論になるのだ! それでは肉体は修復できたとしても心が壊れてしまうではないか!」


「オーレリア殿の慈悲深いお言葉を耳にしたと言うのに、よくもまあそのような恐ろしい返答を平然と口にできたものですね。……ジョーカー殿は人の皮を被った悪魔なのではないですか?」


 初対面の時からジョーカーに対して常に反抗的なスタンスを貫くオーレリアはともかく、先程までは無害極まりなかったフロードまでもが一緒になって反発してきたことには流石にジョーカーも僅かながらに動揺せざるを得なかった。

 が、しかし、ジョーカーはその後すぐに冷静さを取り戻すと、アトレイシアの命が狙われたと言うのに何を呑気なことを言っているんだこいつらは、という怒りが心の内にふつふつと湧き上がり、苛立ちをぶつけようと口を開きかける。

 だがその間際、乾いた笑声がジョーカーの耳に届いた。


「――フフフフ……ハハ、ハハハハハハッ! ……はは……何だよそれ……あんた、人を痛めつけるのがそんなに楽しいのかよ……? チクショウ……狂ってやがる……」


 少しばかり邪魔が入ったものの、どうやら事は思惑通りに進んだようだ。仮面に隠された口端を釣り上げ、ジョーカーは人知れず笑みを浮かべた。


「心外だな、俺は人を傷つけて喜ぶような奇特な趣味は持っていない。お前が真実を語らないからそうしているだけだ」


「わかった……もういい。……俺が知っていることはすべて話す」


 ジョーカーの悪魔的発言が決定打となったのか、力なく項垂れたカルは服従の態度を示した。『解析方陣(アナライザー)』を確認したところ、どうやらその言葉に嘘はないようだ。


「よし、ならば迅速に答えろ、時間が惜しい」


 カルを落とすのに思いのほか時間がかかってしまったため、残された時間はあと僅かである。数秒たりとも無駄にはできないと意気込み、尋問を再開するジョーカーであった。

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