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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第二章 〜理から外れし者〜
31/64

生徒会長の尋問

    ◇


「説明して」


 現場に到着するなり、開口一番にエリナが発した言葉がこれである。


「……ですってよ、コルローネ先輩」


「あなたに聞いてるのよ! レインハイトくん!」


「わかってますよ……冗談です、冗談」


 なぜ自分が怒鳴られなければならんのだ、とは思ったものの、言ったところで更に大きな怒鳴り声が返ってくるだけであろうと判断し、レインハイトは漏れ出そうになる文句をぐっと我慢した。


「今回の件に関しては僕は完全に被害者です。見ての通り過剰防衛などもしていませんよ」


「いや……全然見ての通りじゃないと思うんだけど……。えーと、このあたりに倒れてる生徒たちは全部レインハイトくんが?」


 エリナは周囲に倒れる親衛隊の面々を見渡しながら、呆れの混じった声音で尋ねた。


「ええ、まあ。ですが、ちょっと気絶しているだけで外傷などはないはずです」


 レインハイトが彼等に行った攻撃は、殺傷能力の低い下級の雷魔法と『吸魔(ドレイン)』だけである。むしろ、『空槌(エア・ハンマー)』を二度も喰らった彼やユリウスの方が身体的な被害は大きかった。


「あ、そうだ。向こうにあなたの付き人が転がっていますから、事情ならあちらから聞いたほうがいいのでは?」


 そこまで考えたところでようやくユリウスの存在を思い出したレインハイトは、少し離れた位置に転がるユリウスを指差し、エリナにそう告げた。


「ユリウス……今日は珍しく食堂にいないと思ったら……」


 頭痛を感じているのか、前髪の分かれた額を右手の指で抑えたエリナは、未だ地に伏せているユリウスを眺め、小さくため息をついた。


「安心してください、彼も俺と同じ被害者ですよ。……因みに、主犯はさっきからエリナさんの脚をチラ見しているそこのコルローネ先輩です」


「なっ……!」


 その言を受けたエリナがスカートを押さえつけながら足元を見ると、レインハイトの言った通り、憔悴しきって立ち上がれないというふりをしつつ、学院指定の短いスカートと長いソックスからはみ出たみずみずしい太ももが織りなすチラリズムを鼻の下を伸ばしながら楽しむコルローネの姿があった。


 この男、全く反省していないのではないだろうか。レインハイトは胡乱げな目でコルローネを睨みつける。


「み、見てない見てない! だいたい、僕はオーレリア様一筋だ。誰が好き好んでこんな小娘の――」


「ウィン・ソーン・ユル・アンスール――『空撃(エア・ショット)』!」


「ぶべっ!」


 コルローネは慌てて弁解するが、羞恥で頬を赤らめたエリナが素早く構築した魔法が頭部に直撃し、全てを言い終える前に強制的に抗弁を終了させられてしまった。


「誰が小娘よ! 人のことえっちな目で見ておいて、失礼ね!」


「……もう聞こえてないと思いますけど」


 エリナの足元で仰向けに倒れるコルローネは、彼女の一撃がよほど効いたのか、白目を剥き、口からよだれを垂らして気絶していた。見る者に哀愁を誘う姿だが、数分前まで彼に苦しめられていたレインハイトとしては実にいい気味である。

 雷魔法を耐え切ったコルローネを下級の下位魔法一撃で沈めるとは、さすがは『八脚(はっきゃく)』第三位といったところか。


「それにしても、憔悴しきった無抵抗な生徒に魔法を喰らわせるとは……恐ろしい生徒会長もいたものですね」


「か、軽いお仕置きのつもりだったのよ! ……全く、この程度の魔法で気絶しちゃうなんて、ちょっと鍛え方が足らないんじゃないの?」


 レインハイトが向ける白い目から視線を逸らし、エリナは気絶したコルローネに文句を言い始めた。『決闘事件』の時もそうだったが、この少女は少し手が出るのが早いのかもしれない。自分も誂う時は気をつけようと、レインハイトは密かに己の心に刻んだ。


「あっ、そうだったわ」


 未だ自分に胡乱げな目を向けてくるレインハイトから逃れるように、エリナはわざとらしく両の手を合わせると、十メイルほど離れた位置で気絶しているユリウスの元へと駆けていった。恐らく、重要参考人として彼もこちらに引っ張ってくるのだろう。


 早くこの場から逃げ出したいのはやまやまだが、勝手に立ち去れば後々面倒なことになるのは明白なので、レインハイトは仕方なく黙って彼女に付いていくことにした。


「ユリウス……起きなさい」


 倒れるユリウスの横にしゃがみこんだエリナは、彼の頬を軽く叩きながらそう呼びかけた。


「……エリナ……さま……?」


 程なくして目を覚ましたユリウスは、自身の顔を覗き込むエリナを見つめ、呆けた声を上げた。まだ意識がはっきりしていないのだろう。


「怪我はない? 立てる?」


「は、はい。ありがとうございます」


 眼前に差し出されたエリナの手を借り、ユリウスはよろよろと立ち上がった。

 手を取る際に視線が落ち、不可抗力ではあるがエリナの白い太ももが危うい位置まで見えてしまったため、ユリウスは落ち着かない様子で目を泳がせている。


「良かった、大丈夫そうね」


 ユリウスの体躯を軽く見回して大きな怪我がないのを確認したエリナは、安心からか、ほっと息をつき、


「……それにしてもこの制服、どうにかならないのかしら。可愛いのはいいんだけど、スカートが短すぎて屈んだりしゃがんだりする時に困るのよね」


 と困った風に軽く肩を落とした。どうやらエリナは自身の脚に注がれたユリウスの視線に気付いていたらしい。

 コルローネに引き続きユリウスにも視線を向けられたのだ、彼女がそう嘆くのも仕方がないことだろう。


「も、申し訳ありません!」


 エリナの言を遠回しな糾弾と取ったのか、顔を赤くしたユリウスは慌てて頭を下げた。


「ああ、別にあなたを責めているわけではないのよ? どちらかと言うとこの制服の考案者に向けての文句だから」


 誤解だ、という風にユリウスに向けて両の手のひらを振ったエリナは、誰にも聞き取れないような小声で「全くあのエロオヤジは……」とここにはいない誰かに向かって悪態をついた。


「じゃあ後はユリウスさんに色々と聞いてください。それじゃあ――」


 エリナがユリウスと会話しているうちに退散してしまおうと、レインハイトはぼそりとそれだけを告げ、そそくさと食堂に向かって歩き出そうとした。しかし、


「待ちなさい」


「ぐえっ」


 耳ざとくそのつぶやきを聞いていたエリナに襟首を掴まれ、強引に動きを止められる。計画は失敗に終わった。


「何でですか! 俺は被害者だといったでしょう。……ああ、早く行かないとシエルの機嫌が……」


「私はまだレインハイトくんが被害者だってことを完全には信じてないの。……で、ユリウス、起こして早々悪いけど、どうなの?」


 顔を青くするレインハイトに構うことなく、エリナは若干顔色の悪いユリウスに問うた。


「レインハイトくんが被害者というのは本当です。……と言うかむしろ、今回の件では私のほうが知らぬうちに加害者側に加担してしまっていたらしく……面目次第もございません」


「……? どういうこと?」


「順を追って説明いたしましょう。事の発端は一週間前、食堂にてコルローネ殿が私に接触を図ってきたところから――」


 疑問符を浮かべるエリナに対し、ユリウスは今回の事件の始まりまで遡り、簡単に説明を行った。

 ユリウスの説明はこうだ。一週間前、食堂でエリナと一緒に昼食を終え、次の授業の準備のため彼女と別れ外に出ようとした時、唐突にコルローネがこう話しかけてきたのだそうだ。


『ユリウス・フォン・フォーブレイくん。八脚の付き人ともあろう君が、あのいけ好かない使用人に負けっぱなしでもいいのかい? 彼との雪辱戦がお望みなら、この僕が力を貸そうじゃないか』


 明らかに何かを企んでいそうな台詞だが、なんとユリウスはこのコルローネの言葉にあまり疑念を抱かず、二つ返事で乗ってしまったらしい。彼はもう少し他人を疑うということを覚えたほうが良さそうだ。

 ユリウスは、それから数日間は雪辱戦に備え纏魔術の修行に励みながら普通に過ごしていたらしいが、今日から二日前になったところで唐突にコルローネから連絡があり、模擬戦の日時や場所などを一方的に伝えられたそうだ。


 恐らく、作戦前の数日間の空白期間は、日中のレインハイトの行動調査に費やされたのだろう。実に計画的な犯行である。

 そして本日、ユリウスは指定された時間にこの広場で待機し、レインハイトを待ち。姿が見えたところで模擬戦を挑んだ。

 レインハイトに話が通っていないということは事前に聞いていたため、ユリウスはその場で模擬戦の交渉に入った。そして、一言で拒絶されるのではないかというユリウスの予想に反し、レインハイトはあっさりと諾意を示したのである。


 これはレインハイトの勝手な予想だが、恐らくコルローネは自分が簡単に模擬戦を承諾するだろうということも計算していたのだろう。

 それというのも、一度目のコルローネ単独の襲撃の際、レインハイトは彼の目の前で自身が学院で目立っているという現状を嫌がる素振りを見せている。コルローネはその点を加味し、人気のない場所での一対一の模擬戦という、レインハイトが気楽に承諾できるような環境を作り出したのだ。こうして考えてみると、やはりこのコルローネという少年は、レインハイトにとって天敵とも言える相手なのかもしれない。


 話はユリウスの説明に戻る。ユリウスがレインハイトから模擬戦の許可を得ることができた直後、やはりこれも予定通りコルローネが物陰から登場し、模擬戦の条件などを決めていった。

 ユリウスはコルローネとこの条件の取り決めに関して事前に打ち合わせていたため、特に異を唱えることはせず、コルローネの示す条件に対して、ただ縦に首を振り続ける人形のようにひたすら頷いていたのである。


 その後、レインハイトが一つ質問を挟んだものの、模擬戦は問題なく開始された。あとは全力で戦い、自分に汚名をかぶせた使用人、レインハイトに勝利するだけだ。

 だがその時点から、ユリウスの予定にないイレギュラーが次々と発生したのだった。

 そして、ここからはレインハイトも知っている通りの展開である。


 木剣を使用した模擬戦の終盤、レインハイトに押され、ユリウスは自身の敗北を直感した。しかしその時、唐突にレインハイトの体制が崩れ、必殺の一撃が霧散したのだ。

 その原因は、コルローネの指示によって事前に物陰に潜んでいた親衛隊の会員が放った風魔法であった。困惑するユリウスを放置し、レインハイトには更に強力な風魔法で追い打ちがかけられた。


 吹き飛んだレインハイトにユリウスが慌てて駆け寄り、助け起こしたタイミングで、仲間である親衛隊の面々と一緒に黒幕であるコルローネが登場。ユリウスはようやくここで自身が利用されていたことに気づいたらしい。

 その後コルローネとの僅かな問答の末、ユリウスは卑怯な手を使ったコルローネを糾弾し、抗戦することを表明するも、十人規模の風魔法の前にあえなく敗れ、そこで意識を手放したそうだ。



「――と言うわけです。……レインハイトくんには迷惑をかけたな。すまない」


 丁寧に説明を終えたユリウスは、レインハイトに目を合わせ真摯に頭を下げた。コルローネ達が放った魔法がよほど堪えたのか、以前より態度がかなり軟化している。


「い、いえ……ユリウスさんも巻き込まれただけでしょうし、気にしてませんよ」


 しかし、取り付く島もなかった初対面の印象が強いレインハイトにとって、このユリウスの丁寧な態度は、感心するよりも先にいささか不気味さを感じさせる光景であった。返答の声が若干震えてしまったのは、そのせいである。


「本当に巻き込まれただけだったのね……」


「だから最初からそう言ってるだろうが!」


 そんな微妙な空気を読まず、信じられない、と言外に告げるような目を向けてくるエリナに対し、レインハイトは声を荒らげて突っ込んだ。


「それにしても……この状況はいったいどういうことなのですか? もしや、地面に倒れている者達は全員エリナ様が?」


 以前ならすぐさまエリナに乱暴な態度を取ったレインハイトに突っかかっただろうが、ユリウスは特に何を言うでもなく、広場に倒れたコルローネ達を指差し尋ねた。


「私が来た時はもうこの有り様だったわ。……これは全部、自称使用人のレインハイトくんがやったらしいわよ」


「自称ではなく普通の使用人です。……ちゃんと主人も居ますし」


 疑いの目を向けるエリナから目を逸らし、レインハイトは若干言い訳がましく訂正した。


「……あの巨大な風魔法を耐え切ったのか……すごいな」


「全く、ただの使用人相手にこれだけの人数で挑んで負けるとはね……さすがにここまでされると、この学院の生徒会長として情けなくなってくるわ……っていうか、あなた、本当にただの使用人なの?」


「はは……まあ、今回はかなり追い詰められましたけどね……」


 二人のお褒めの言葉(?)を受けたレインハイトは、嬉しがるでもなく、困ったように苦笑を浮かべた。

 それもそのはず、魔法学院の頂点を目指す彼にとっては、この程度の相手に手こずるなど言語道断である。今回は運良く勝利できたとはいえ、敗北寸前まで追い詰められたというだけに、素直に喜ぶわけにも行かないだろう。


 そう、ヴィンセントに『力』を奪われたにも関わらず、彼はまだ『最強』への道を諦めてはいなかったのだ。


(……ま、代わりと言っちゃなんだけど、俺には『吸魔(ドレイン)』がある……うまく使えるようになれば、《血の十字架(ブラッド・クロス)》よりも強力な“武器”になるはずだ)


 レインハイトは自身の右手を見つめ、己の心中でそう呟いた。


「……さて、じゃあ俺が被害者だってことはこれではっきりしたんだし、もう帰ってもいいですか? あんまりここに長居すると目立つから嫌なんですよ」


「悪いけど、まだ帰すわけにはいかないわね。肝心の主犯から犯行の動機を聞いてないもの」


 レインハイトの申し出を一言で切って捨てたエリナは、肩をすくめながら少し離れた位置で未だ気絶しているコルローネに視線を向けた。


「……その肝心の主犯は他ならないあなたが気絶させたわけですが」


「……お、乙女の下着を覗き込むような真似をしたコルローネくんが悪いのよ」


 バツが悪そうに目を逸らすエリナを半眼で眺め、レインハイトはため息をついた。


「動機なら俺がさっき吐かせましたけど、どうせ本人の口から聞き出すまで信じないんでしょう?」


「あら、よくわかってるじゃない。……別にレインハイトくんを信用していないわけじゃないのよ? ただ、事が事なだけに、そう簡単に処理していい問題じゃないと思うの。……そうだ、あとで姉さんにも報告しておかないと」


「ならせめて場所を変えませんか? ……つーか、ここまで譲歩してもダメなら俺は無理やりにでも逃げるぞ」


 後半は聞き取られないように小さく呟き、レインハイトは事情聴取の場所変更を申し出た。


「私もレインハイトくんの提案に賛成です。ここは少し人目を集め過ぎます」


 すると、意外にもユリウスがレインハイトに同調し、こちらを窺う生徒たちを目線で指し示しながらエリナにそう告げた。

 まだ数分が経過しただけなのだが、言われてみれば確かに先程よりも明らかに見物をする生徒の人数が増大している。


「それもそうね……じゃあ、とりあえず主犯のコルローネくんだけ連れて姉さんのところに行きましょうか」


 そう言って頷いたエリナは、「っと、その前に」と言葉を継ぎ、


「あとで言い逃れとかされると面倒だし、今のうちにコルローネくんに協力した生徒たちの学生証を回収しておきましょう」


 とレインハイトとユリウスに指示を出した。




「ほらよ、これで全部だろ」


 石運びの時もそうだったけど、この生徒会長人使い荒すぎだろ、などと文句を言いつつ親衛隊の面々から金属製の学生証を回収し終えたレインハイトは、自分で言い出しておきながら「男子生徒の体をまさぐるのなんて嫌よ」などとほざき一貫して作業を手伝おうとしなかったエリナに片方の手だけでぶっきらぼうに学生証を手渡した。


「はい、ごくろーさま。よくできました」


「気安く触んな!」


 レインハイトは、自分を見下ろしながら笑顔で頭を撫でてくるエリナの手を即座に振り払った。己の低身長を気にしている彼にとって、自分とあまり年の変わらない少女から頭を撫でられるのはかなりの屈辱なのだ。自然、目付きが鋭くなり、エリナを睨む形となる。


 その視線を受けて何かを察したエリナは、にたりと意地の悪い笑みを浮かべ、


「そんなに気にしなくても、すぐに成長期が来るわよ」


 とレインハイトに励ましの言葉をかけた。


「余計なお世話だよ!」


 レインハイトもそうだとは信じているが、他人からそれを言われても苛立つだけである。早く身長を伸ばしてエリナを見下ろしてやりたいなどと思いつつ、レインハイトはフンと鼻を鳴らした。その様子を眺めていたエリナは、微笑ましさのあまり堪え切れずにくすくすと笑う。


「……随分と仲がよろしいのですね」


「どこがですか……」


 目を瞠ってそう言ったユリウスに、レインハイトは疲れからか肩を落としながら力なくそう返した。


 しかし、ユリウスはその返答を受けても真面目くさった表情を崩すことなく、レインハイトとエリナを交互に見つめている。どうやら冗談ではなく、本気で二人の仲がいいと思っているらしい。


「あら、私はレインハイトくんの事好きよ? だって、からかいがいがあって可愛らしいんだもの」


「全然嬉しくねえ……」


 前かがみになって顔を覗きこんでくるエリナのいたずらっぽい笑みをしらけた目で睨み返しつつ、レインハイトは肩を落とした。


「…………」


 そんな風に軽口を交わす二人を、ユリウスはぽかんと口を開けて見ていた。彼はてっきり、『決闘事件』で恥をかかされたエリナは、レインハイトの事を良く思っていないのではと予想していたのだ。


「素直に喜びなさいよー。こう見えても私、この学院じゃ結構人気があるらしいわよ?」


「いや、流石に自分で自分のことを人気者だなんて自慢してしまうような痛い人に褒められても嬉しくないです」


「ちょ、そんな急に冷静になって引かないでよ! 私はただ噂で聞いたってだけなのに!」


 レインハイトが反撃に出たことにより形勢逆転。焦った様子のエリナは一瞬で頬を赤くし、必死に抗議する。


「フッ……」


 そんな二人の様子を静かに見守っていたユリウスは、『決闘事件』のことをいつまでも根に持っている自分が急にバカらしくなり、力が抜けたような笑みを浮かべた。


 自分は少しこの少年を誤解していたのだろう。ユリウスは、エリナに頬を突かれ面倒臭そうに顔をしかめるレインハイトを眺め、一人静かに肩の力を抜いた。


 実際に剣を突き合わせたことにより、彼が邪悪な性根の持ち主などではないということは既にわかっていたことである。後は、事件の時から張り続けている自身の薄っぺらい意地を剥ぎ捨て、あの時の非礼を素直に詫びればいい。そうすれば、きっと自分もエリナのように彼と接することができるだろう。


「――レインハイトくん」


「……はい? 何でしょうか?」


「この前はすまなかった。この通りだ、許してくれ」


 訝しげに首を傾げたレインハイトに対し、ユリウスは深々と頭を下げた。


「えっ? いきなりどうしたんですか? ……頭でも打ちました?」


「初めて君に会った時、いきなり剣を向けて怒らせてしまっただろう? あの時の謝罪だ」


「ああ、あのことですか。……それを言うなら、俺も調子に乗って殴っちゃって、すみませんでした」


「……二人とも律儀な性格してるのね」


 お互いに頭を下げ合うユリウスとレインハイトを見つめ、エリナは感心とも呆れとも取れぬ微妙な声を上げた。


「では、これでお互い様ということで構わないか?」


「ええ、ユリウスさんが良ければそれでいいですよ」


「そうか……君は意外と話せば分かる人間だったんだな」


「今まで一体どんな人間だと思ってたんですか……」


 染み染みとそんなことを言うユリウスに若干ショックを受け、レインハイトは吐息した。


「そうだ、禍根(かこん)を断ったついでと言ってはなんだが……レインハイトくん、一つ頼まれてはくれないか?」


「内容によりますね」


 その即答にユリウスは苦笑し、自身の望みを告げた。


「そんなに身構えるような頼み事じゃないさ。……実は、この学院には纏魔術師が少なくてね……これは自慢というわけではないんだが、僕と対等に渡り合えるような生徒がなかなか見つからないんだよ。だから、君の気が向いたらで構わないのだが、先程のように、時たま僕と手合わせをしてくれないだろうか?」


 魔法学院という名の通り、この学院は、基本的に魔法が得意な魔道師である生徒が多くを占めている。

 その逆に、ユリウスのように纏魔術(てんまじゅつ)を主体として戦う纏魔術師の比率は、生徒全体の約一割程度という極少ない割合なのだ。堅く実直な性格ゆえに頼れる知り合いや親しい友人などもいないユリウスには、そんな数少ない生徒を探し出すことは不可能であった。


 しかし、だからといって、この学院に所属する纏魔術師に活動をする場がないというわけではない。そんな希少な纏魔術使いの生徒達が集結し、纏魔術を互いに高め合う事を目的として作り上げた『纏魔術部(てんまじゅつぶ)』という部活動も存在するのだ。


 だが、非常に残念なことに、多忙な生徒会長の付き人であるユリウスには、纏魔術部に所属し部活動に勤しむ暇などはなかったのである。ゆくゆくは王立騎士団に所属したいと考えている彼にとっては、個人鍛錬ばかりで模擬戦のできなかったこれまでの日々はかなりの苦境であった。


 そんな悩めるユリウスの前に彗星のごとく現れたのが、この謎の使用人レインハイトである。彼はユリウスが今まで手合わせをしてきた纏魔術師の中でも最高クラスの実力を持っていることに加え、学院に所属する生徒ではないため、多忙なユリウスに予定を合わせやすいというかなりの好条件を持つ人物なのだ。現在の魔法学院には、修行の相手として彼以上の適任者は居ないに違いない。先ほどの彼の発言は、そんな思惑があった末の申し出である。


「そういうことでしたら、別に構いませんよ。僕もここに来てからあまり纏魔術の鍛錬ができてなかったので、むしろ大歓迎です」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 レインハイトの承諾を得て安心したユリウスは、ぎこちない笑みを浮かべて頷いた。なんだか自分に都合よく利用しているようで気が引けたのだ。


「ちょっとちょっとあなた達、男同士で友情感じ合ってるのはいいんだけど、肝心な目的忘れてない?」


「すみません、エリナ様」


 冷静なエリナの突っ込みにハッと顔を上げたユリウスは、レインハイトにした時と同じように彼女に向かって深々と頭を垂れた。


「えーと……コルローネ先輩を叩き起こせばいいんでしたっけ?」


「それだとちょっと言い方悪いけど……彼は気絶しちゃってるし、そういうことになるわね」


「では、どうぞ私にお任せを」


 そんな会話を交わしつつ、レインハイトとエリナとユリウスの三人は、少し離れた位置で倒れているコルローネの元へ向かって歩いていった。


「……コルローネ殿、起きてください」


 コルローネの元にたどり着くなり、先程自分に任せろと言い出したユリウスが彼に声をかける。しかし、何度か声をかけてもコルローネは起きる気配がなく、ユリウスはエリナの方に視線をやり、眉根を下げて困ったような表情を浮かべた。どうやらお手上げらしい。


「俺がやりますよ」


 お行儀良くコルローネを揺り起こそうとするユリウスに焦れったさを感じたレインハイトは、数歩前に歩み出てそう進言した。


 少々のんびりしすぎたせいか、周囲のギャラリーが先程よりもかなり増えてきたため、そんな生易しい起こし方でいつまでも時間を食うわけには行かなくなったのだ。


「……起きろ」


 レインハイトは規則的に寝息を立てるコルローネを見下ろし、先ほど散々傷めつけた彼の右手を、再びグリグリと体重をかけて踏みつけた。


「いっ!? いだいいだいいだいいだいっ!!」


 その効果は実にてきめんであった。レインハイトの足が右手に触れてから僅か数秒後、寝起きの絶叫とともに、コルローネは目尻に涙を浮かべながら大慌てで飛び起きた。




「うう……これもう右手の感覚ほとんど無いんだけど大丈夫だよね? で、できれば治癒魔法とかかけてくれると嬉しいなあ」


「ごちゃごちゃ言っていないで、早くこの場にいるあなたの手下全員の名前を教えなさい。……言っておくけど、既に彼等の学生証は没収してあるから、嘘の名前教えて庇っても無駄だからね」


 そんなコルローネの泣き言は意に介さず、エリナは事務的に言葉を告げる。


 生徒会長であるエリナとしては、先ほどのレインハイトのやり方は少々強引かつ暴力的であり、決して手放しで賛同できるような行為ではなかったのだが、現在彼女にはスカートを覗かれたことによりコルローネに対する憎悪値(ヘイト)が少なからず溜まっていたため、結果的にはこうして黙認するような態度を取っていた。


「わ、わかったよ……」


 エリナのそんな態度から取り付く島もないことを察したのか、コルローネはしぶしぶ『ヴァルキュリア親衛隊』の会員達の名前を正直に告げた。


「……それじゃあ三人とも、付いてらっしゃい」


 コルローネが吐いた会員達の名前を素早く手帳にメモし終わった後、倒れたままの生徒達を医務室に運ぶよう野次馬の男子生徒数人に指示を出して簡単に事態を収集させたエリナは、レインハイトとユリウスとコルローネの三人にそれだけを告げると、即座に背を向け、校舎に向かって一人で歩いていった。


「……エリナさんって、本当に生徒会長だったんですね」


「無論だ。むしろエリナ様以外の生徒会長などあり得ん」


「手が痛えよぉ……」


 三者三様に一言ずつ発言し、被害者(レインハイト)重要参考人(ユリウス)容疑者(コルローネ)の三人は、先行するエリナの背中を追って歩き出した。


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