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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第二章 〜理から外れし者〜
29/64

実験と魔力の「保持」

「がッ!?」


 次の瞬間、眼前の敵にのみ集中していたレインハイトへ死角から風魔法が放たれ、うなじの辺りに直撃した。魔力の流れが乱れたことにより『斬』が解除され、体勢を崩しつつ、ユリウスには力なく木剣が叩きつけられる。


「何が……」


 とユリウスが現状を把握できず呆然と立ち尽くすが、彼の理解が追いつくのを待たず、状況は速やかに変化していった。


「――『空槌(エア・ハンマー)』!」


 フードを目深に被った男子生徒が突如として広場に現れ、膝を付いたレインハイトに回避の隙を与えず風属性の魔法を放つ。


「がはッ!」


 強靭な魔物にさえ通用するほどの破壊力を持つ風の槌が、レインハイトの右半身に打ち付けられる。空中を一メイルほど浮遊し、レインハイトは為す術もなく地面を転がっていった。手放された木剣がユリウスの足元に落ち、カランと乾いた音を立てる。


「……ハッ!」


 唐突に起きた現実感のない圧倒的な暴力にユリウスはしばらく思考停止に陥っていたが、木剣が立てた音で我に返ると、校舎の方へと転がっていったレインハイトに向かって駆けた。


「無事か! レインハイトくん!」


「ガハッ! ゴホッ! ……そんなに大声で呼ばなくてもちゃんと聞こえてますよ……ああクソ、痛ってえ……」


 激しく咳き込んだ後、力なくユリウスにそう応えると、仰向けになっていたレインハイトは上体を起こし、自身の体に何が起こったのかを調べた。

 魔法を受けた右脇腹の痛みに、勢い良く地面を転がった際に負った無数の挫傷(ざしょう)、おまけにユリウスから受けた左腕の傷。左腕は恐らく骨が折れているかヒビが入っている。


 しかし、決闘事件の際に受けたクリードの『空槌(エア・ハンマー)』よりは威力が低かったのか、防御を行う暇もなく直撃を受けたにもかかわらず、身動きがとれないほどの重症というわけではなかった。


「君は意外と丈夫なんだな……それにしても、いったいなにが起こっているのだ……?」


「それはこっちが聞きたいですよ……」


 レインハイトはユリウスの手を借りよろよろと立ち上がると、恐らくこの現状を最もよく知っているであろう人物、にやついた笑みを浮かべるコルローネを睨み据えた。


「ユリウスくん、今すぐその薄汚い使用人から離れたまえ。早くしなければ君も巻き込まれてしまうぞ?」


 そう言ったコルローネの周囲には、いつの間にか目深にフードを被り、学院指定の制服に身を包んだ少年たちが集結していた。コルローネを合わせ、合計で十人である。

 レインハイトやユリウスは知らないことだが、このフードを被った集団は、コルローネが会長を務める『ヴァルキュリア親衛隊』の会員達だ。


 彼等の中には既に詠唱を終え、二人に杖を向け魔法の発射態勢に入っている者もいる。どうやら脅しではなく本気らしい。


「チッ……やっぱりそういうことかよ……」


 レインハイトは顔を顰め更に眼光を鋭くさせた。血液を行き渡らせるように魔力を全身に循環させ、戦闘準備を始める。

 まさか集団で不意打ちしてくるとは思わなかったが、コルローネが何か企んでいるのではないかという予想は的中していたようだ。


「コルローネ殿! 話が違う! 決闘は僕とレインハイトくんの一騎打ちという決まりだったはずだ!」


「ははは! こいつは傑作だ、まさか本当に僕が手を出さないと信じていたとはね! 何もする気がなかったら、そもそも立会人なんて面倒な仕事を引き受けるわけがないじゃないか!」


「なっ……」


 愉快そうに笑い声を上げるコルローネを見つめ、呆然としたユリウスは言葉を詰まらせる。

 それに気分を良くしたのか、コルローネは続けて話し出した。


「……どんなからくりなのかは知らないが、その使用人が魔法の兆候を察知して目に見えない風魔法を回避できることは調査済みだったからね。いやー、ユリウスくんがそいつの動きを止めてくれて本当に助かったよ。ありがとう」


「卑怯だぞ貴様! 学院の魔道師として恥ずかしくないのか!」


「僕は君みたいな貴族の出身じゃないからさ、魔道師の誇りとか纏魔術師の騎士道とか、そういうのはよくわからないんだよねー」


 ユリウスが声を荒らげて非難するが、コルローネはどこ吹く風と全く気にする素振りはない。


「……で、誇り高いユリウスくんはどうするつもりだい? 逃げるの? 逃げないの?」


「逃げるわけがないだろう! 僕は貴様等のような輩には屈しないぞ!」


 激昂するユリウスは、木剣の切っ先をコルローネに向け、高らかに宣言した。


「そうかい。それじゃあこちらも遠慮なくやらせてもらうが……後で親に泣きついたりしないでくれよ? まあ、気高き剣士であるユリウスくんが、そんな恥知らずな真似をするとは思わないがね」


「そんなことはしない! これは僕個人の問題だ、親は関係ない!」


 馬鹿にするように鼻で笑うコルローネに誘導されるように、ユリウスはそう言い切ってしまった。これでコルローネ側には不安材料が完全になくなったことになる。


「それは良かった。流石に僕も貴族に楯突くのは怖いからね。その言葉、忘れるなよ」


 さして興味もなさそうにユリウスを一瞥すると、コルローネは懐から金属製の杖を取り出し、レインハイトとユリウスに向けた。そして、



「やれ」



 罪人に死刑宣告を告げるかのように、無慈悲に命令を下した。


「「「――『空槌(エア・ハンマー)』!」」」


 次の瞬間、コルローネの周囲で待機していたフードを被った集団が、一斉に風属性の魔法を放った。恐らく会話の最中に詠唱を終えていたのだろう。

 合計で九にもなる魔力の情報体は、即座に自分たちの役割である事象の改変を開始した。周囲の空気を圧縮し、対象を破壊するに足る強度を得ようとする。


「くッ……!」


 その寸前、レインハイトは咄嗟に放纏式体術『魔衝波(ましょうは)』を放った。いくつかの情報体に魔力の波動をぶつけることにより、魔法の核たる魔力を強引に撒き散らし、無効化する。しかし、


(数が多すぎる……!)


 こう同時に乱発されては、とても魔衝波(ましょうは)だけでは対処しきれそうにない。

 直後、歯噛みするレインハイトを嘲笑うかのように、放たれた魔力はその姿を空気の槌へと変え、術者の『制御』により、レインハイトとユリウスへと一斉に殺到した。


「来るぞ! レインハイトくん!」


 レインハイトのように魔力を察知できないのか、ユリウスはせわしなく首を左右に回し、僅かな兆候すら見逃すまいと必死に目を瞠っていた。

 数が多すぎたため、いくつかの魔法は互いに干渉し合い、勝手に霧散したが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、集結した空気の槌は重なり合い、空気の壁となってレインハイトとユリウスに迫る。

 レインハイトは己の能力を使って逃げ場を探したが、こうも隙間なく魔法を敷き詰められては、とても回避行動を取ることはできそうになかった。


「躱すのは無理だ! 防御しろ!」


 魔力を察知する力を持ってしても回避不能な一撃。なるほど、これは『最強』だ。

 ユリウスに防御を指示しながら、レインハイトは静かに納得した。魔道師よりも纏魔術師の方が厄介だなどというのは、どうも的はずれな勘違いだったらしい。


 その直後、ゴッ! という風を押しのける音を引き連れ、魔法の壁がレインハイトとユリウスに到達した。全身に激しい衝撃が伝わり、声も出せぬままに空中に体を放り出される。


 油断すれば意識を刈り取られかねないほどの激痛を感じつつ、レインハイトは、以前読んだ本の一文を思い出していた。

『魔道師は連携し合うことにより、その力を何倍にも跳ね上げることが可能である』

 確かに、こんな風に攻撃をされれば、近距離戦闘が主な纏魔術師はひとたまりもない。かつて纏魔術を圧倒し人魔大戦を制した魔法に対し、性懲りもなく纏魔術のみで挑んだのは無謀過ぎる行いだったのかもしれない。


「ちく……しょう……」


 自分はまたしても敗北するのか。レインハイトは悔しさのあまり歯を食いしばった。全身が軋み、もう楽になりたいと悲鳴を上げるが、そうは行くかと身体中の力を振り絞り、必死で立ち上がろうと試みる。

 ふらふらとよろめきつつも、レインハイトは何とか二本の足で立つことに成功した。

 その様子を眺めていたフードの集団とコルローネは戦慄し、静かに息を呑む。


「……あ、あれを食らってまだ立ち上がるのか……? クリードの魔法を物ともしなかったという噂は、どうやら本当だったらしいな……」


 コルローネは精一杯気丈に振舞っているつもりなのだろうが、しかし、動揺からかその表情は引きつり、声も若干震えていた。

 レインハイトはコルローネ等を警戒しつつ、慎重に周囲を見回す。すると、約二メイルほど離れた位置に、地面に倒れ気絶しているユリウスの姿を発見した。


 ユリウスは防御の指示をきちんと実行したらしく、意識を手放してはいるものの、幸い五体満足で命に別状はなさそうだ。まあ、元々コルローネたちにも殺意はなかっただろうが、万が一ということもあり得る。魔法と纏魔術を使用している以上、これは普通の喧嘩などではないのだ。

 反撃を開始するならば、彼等が動揺している今がチャンスである。だがその前に、レインハイトには一つ、解消しておきたい疑問があった。


「一つ聞きたいことがあります……何故関係のないあの人まで巻き込んだんですか?」


 レインハイトは倒れ伏すユリウスを指差し、コルローネに尋ねた。


「そんなこと聞いてどうするんだ?」


 コルローネは訝しげにレインハイトに尋ねたが、彼の有無を言わせぬ雰囲気に折れたのか、「ま、まあいいだろう……」と静かに呟くと、続けて口を開いた。


「そう言えば、僕とクリード以外にもお前に恥をかかされた人間がいたな、と思ってね。それで利用させてもらったってだけさ。他に理由はない」


 コルローネはそう答え、「そして僕の計算通り、こうして実によく役に立ってくれたわけだ」と得意気に付け足した。

 それを聞いていた周囲のフードを被った会員達が(目元が隠れているため実際はどうかわからないが)、彼に向けて一斉に尊敬の眼差しを向ける。


 レインハイトはその時、コルローネの言葉を彼等とは全く別方向に解釈し、静かに危機感を募らせていた。


(こいつは……危険だ)


 周りの視線に照れ笑いを浮かべるコルローネを正面に捉え、レインハイトは彼を強く睨んだ。その心奥では怒りが燻り、今にも発火しそうになる。

 レインハイトは、コルローネがユリウスを巻き込んだことに対して危機感を抱いているわけではない。何故なら、彼等が手を組もうが利用し合おうがそれは彼等の勝手であり、そんなことはレインハイトの知ったことではないからだ。


 では、いったい何に対しての焦燥なのか。

 その原因は、ひとえにコルローネの「人格」にあった。

 彼は、ただ自分の役に立つのではないかという安易な理由だけで、自分の復讐にユリウスを巻き込んだ。

 それは、コルローネの復讐に対する強い思いからくるものだと解釈することもできるが、しかし、レインハイトには、それがひどく危ういもののようにも感じられたのだ。


 自分の目的を達成するために他者に助力を請うというだけであれば、そこまで過敏に感じ取る必要はない。実際、レインハイト自身も、アトレイシアを利用するような形で禁書庫への入室権を得ている。

 その証拠に、今回コルローネがフードを被った集団を利用している点については、レインハイトは何ら問題はないと感じていた。何故なら、彼等の間からは、傍目から見ても信頼関係のようなものが感じ取れたからだ。フードの集団がコルローネの指示に従って連携したことなどからも見て取れるように、彼等が強い絆で結ばれているということは想像に難くない。


 そして、仮にコルローネの友人であるクリードがこの場にいて彼に助力していたとしても、レインハイトは呆れこそすれ、さして危機感を抱くことはなかっただろう。自分が問題を抱えていた際、友人に助けを求めるというのは人間として極自然な行為であるからだ。


 全ては、コルローネが自身にとって赤の他人であるユリウスを利用したことに帰結する。


 コルローネとユリウスは、三年生と二年生という学年の違いもあり、恐らく接点など今まで全くなかっただろう。彼等のぎこちないやりとりを見れば、それが容易に推察できる。しかし、にも関わらず、先ほど語っていたように、今回コルローネはユリウスに自らコンタクトを取り、こうして利用してみせた。


 自らの目的を達成するために、あらゆるものをあらゆる手段で利用しようとする。コルローネのこの特性が、魔法の技術に優れるクリードや、強力な纏魔術の使い手であるユリウスとは違う、全く異質の不安感をレインハイトに与えていた。

 仮に自分が彼等と再び何かで争った際、相手がクリードやユリウスならば、そんな真似はしないだろう。それは実際に戦闘を通して彼等のことを知り、わかったことだ。しかし、相手がこのコルローネだった場合、



 その魔手が、シエルやソフィーナといった、自分にとって大切な人間にまで及びかねない。



 レインハイトは、その可能性が僅かでも存在することが、決して許せなかった。

 今回ここで自分が敗北したことでコルローネが増長すれば、その可能性を引き上げることとなるだろう。そんなことは、断じてあってはならない。


「そうですか……わかりました」


 故に、レインハイトに敗北は許されない。

 悟ったように呟いた直後、レインハイトは、全身から恐ろしい量の魔力を練り上げ、自身の脚部に集中させた。彼が得意とする纏魔術のひとつ、脚力を増大させる錬纏式体術(れんてんしきたいじゅつ)、『疾風(しっぷう)』である。


「な、なんだ……!?」


 レインハイトから吐き出されたのがあまりに濃い魔力だったからか、コルローネは彼の異変に気づき、困惑した表情を浮かべた。周囲の会員達もつられて動揺した気配を発する。


「あなたを許す訳にはいかなくなった。……だから、俺を怒らせるとどうなるのか、一度思い知ってもらう」


 “動機”を得たことにより爆発的に燃え上がった怒りは、周囲に殺意を振りまくと同時に、レインハイトの感情を支配した。

 自身の感情が自分の手から離れ制御不能となりつつあるのを察したが、レインハイトはそれをなんとか理性で繋ぎ止め、あくまで冷静な戦術を取ろうと試みた。

 怒りに任せ突進するだけでは、彼らのコンビネーションには勝てないと考えたためである。


「なんだか分からないが様子がおかしい! 全員詠唱を開始しろ! 早く気絶させ……」


 コルローネは急いで指示を飛ばすが、もう遅い。

 その時には既に、レインハイトは最も近くにいた男子生徒の一人に肉薄していた。

 そして、フードの上から右手で生徒の頭に触れるのと同時に、レインハイトは自分が使用できる唯一の魔法を起動する。


「『吸魔(ドレイン)』」


「あぁ……あ……」


 急激に魔力を吸い上げられたことにより、レインハイトに顔を掴まれた男子生徒は力なく膝から崩れ落ちた。

 男子生徒に目もくれず、レインハイトは紫色の魔法陣が輝く自身の右手に意識を集中する。


(やはり相手の数が多い分こっちが不利だ。……“アレ”を試すしか無い)


 冷静にそう判断したレインハイトは、自身が展開する『吸魔』の基本構造にアクセスし、その効果の一つである、他者から奪った魔力を自身の魔力へと変換する機能を停止させようと働きかけた。

 その直後、回転を続けていた『吸魔』の魔法陣は術者であるレインハイトの停止命令に従ったのか、光を発しながらもゆっくりと減速していき、等速回転を止めた。


「……よし」


 これでこの魔方陣には先程吸収した男子生徒の“魔力がそのまま”「保持」されていることとなっただろう。レインハイトは実験の第一段階の成功を確信し、その場で一人呟いた。


「くそっ! 一人やられた!」


 仲間が無力化されたことに焦ったのか、フードを被った男子生徒の一人が悲鳴に近い声を上げる。


「慌てるな! 奴は一人だ! もう一度全員で魔法をぶつけるぞ! 僕も援護する!」


 コルローネはすかさず全員に声をかけ、会員達に動揺が伝播するのを阻止した。この行為は、彼等を束ねるリーダーとして優れた判断だったといえよう。


「か、会長……! わかりました!」


 コルローネの頼もしい声により会員達は落ち着きを取り戻し、詠唱を再開する。


「…………」


 彼等が詠唱をしている隙にもう二人ほど無力化することができそうだったが、レインハイトはあえてそれをせず、またしても右手の魔法陣に意識を向けた。

 仮に詠唱中に数人を撃破したとしても、その後に五、六人が一斉に放ってくる魔法をなんとかできなければ、そこでレインハイトの詰みである。


 先程のように連続で魔法を放たれれば、敵を各個撃破しながらの回避は難しく、逃げだけに徹すれば、いずれこちらのジリ貧となってしまうだろう。彼ら一人一人の魔法力は大したことはないが、その欠点を補って余りあるほどに、彼等の連携は予想外に強力で厄介だ。


 何より、仮にそんな地味な立ち回りの末に勝利した所で、コルローネに与える精神的ダメージは低いだろう。そのためにも、レインハイトは「圧倒的な力」を持って勝利しなければならない。

 そして、その事態を全て解決することができる可能性のある手立てが、この右手の魔法陣に存在するのだ。今まで試したことは一度もないが、自身の理論が正しければ、成功率は八割以上である。決して非現実的な手段ではない。


(今はこれに賭けるしか無い……!)


 自らを落ち着かせるため静かに瞑目したレインハイトは、その可能性に自身の命運を託し、懸命に精神を研ぎ澄ましていった。


 それから数秒後、コルローネたちが詠唱を終えるのと、レインハイトが目を見開いたのは、ほぼ同時だった。



「「「――『空槌(エア・ハンマー)』!」」」



 周囲の空気を押しのけ、自身を押しつぶさんと迫り来る巨大な空気の壁に対し、



「『空槌(エア・ハンマー)』!」



 レインハイトは、彼等と“全く同じ魔法”を放つことでそれに対抗した。



 その直後、ゴオッ! という音を発しながら高密度かつ大質量の魔法がぶつかり合い、広場の空気をこれでもかとかき回した。木々はざわめき、地面に落ちていた木の葉は砂とともに舞い上げられ、小規模な竜巻を発生させる。


 数瞬後、ややレインハイトの側が押し負けたものの、二つの魔法は互いに打ち消し合い、ほぼ同時に消滅した。


「……“実験”は成功だ……!」


 レインハイトは歓喜を抑え切れず、誰に向けるでもなく喜びの声を上げた。

 にわかには信じ難いものを見たコルローネと会員達は、全員が同じように目を見開き、声を発するわけでもなく口を開いていた。


 普通であれば、コルローネを含めた『ヴァルキュリア親衛隊』の会員九人がかりで編み上げた魔法の規模に、レインハイトがたった一人で構築した魔法で相対することは不可能だ。単純な足し算だとしても、一対九。仮に数人の魔法が互いに干渉し合って消滅してしまっていたとしても、その差は歴然である。

 しかし、今現実に起こった事象は、その常識を覆していた。レインハイトが放った風魔法は、コルローネ達が全員で生み出した風の壁と衝突し、見事に相殺したのだ。


 むしろ、魔法の規模だけで言えば、“レインハイトの放った『空槌』の方が大きかったくらいだった”。彼の放った『空槌』には『制御』によって慣性が上乗せされていなかったため、その結果、コルローネ達の構築した魔法に押し負けてしまったのである。

 すなわち、レインハイトの魔法力は、彼等九人が力を合わせたものよりも大きい、圧倒的なものということになる。



 いや、そもそもにおいて、それ以前に注目すべきおかしな点が一つあった。



 さも当然のことのように振舞っているが、あれほど魔法の才に恵まれず、『吸魔』以外の魔法を何一つとして使用することのできなかったレインハイトが、“あっさりと風属性の自然魔法を使用できている"のだ。この事態を異常と言わず、なんと言おうか。


「……と、とんでもねぇ魔法力だ……っていうか、あいつ……今、詠唱してたか……?」


「……いや、していなかった……それに、『空槌(エア・ハンマー)』だけじゃなく、さっき副会長を一瞬で倒した時のおかしな魔法も無詠唱で発動していたぞ!」


「……間違いない、あいつは無詠唱魔法(サイレント・スペル)を使えるんだ!」


 だが、当然ながらコルローネを含め彼等『ヴァルキュリア親衛隊』の面々はレインハイトのそういった事情を知らなかったため、彼が自然魔法を使用した点ではなく、無詠唱で魔法を放ったことに対して、次々に驚愕の声を上げた。


 無詠唱魔法(サイレント・スペル)とは、魔法の発動を補助する役割を持つ「詠唱」という行為を省略し、より高速で魔法を発動させることを可能とする技術のことである。言うだけであれば簡単だが、しかし、この技術を習得するためには並々ならぬ努力が必要である。


 まず、「詠唱」とは、魔道師が魔法を構築する際に読み上げる文言のことだが、これには儀式的な意味合いだけでなく、先程記述した通り、魔法の構築を補助するという非情に大きな効果があるのだ。それを利用せず自らの力のみで魔法を構築しようと言うのだから、やはりそれ相応の技術と努力が求められるのは必然であると言えよう。


 具体的には、無詠唱で発動したい魔法を何百、何千と繰り返し詠唱することによって己の体に魔法の感覚を刻みつけ、完全に記憶することにより、「詠唱」の補助なしでも魔法が発動できるようになるとされている。


 そしてこの技術は、魔道師の世界において、一種の登竜門のような扱われ方をする技術である。たった一種類の魔法であっても、それを無詠唱で使えるようになった人間は、その時点で一人前の魔道師として認められるくらいの高等技術なのだ。魔法学院に通う生徒たちの中にも、卒業までに一種類の無詠唱魔法を修得することを目標としている者も少なくはない。


 それ程の技術を、魔法学院にすら入学していない使用人の少年がいとも容易く実現させてみせたのだから、一応は魔道師の端くれであるコルローネ達がああして驚きの声を上げてしまったのも無理は無いことだった。


「……これがそんなに難しいものだとは思えないんだよな……俺にとっちゃ『制御』の方がよっぽど難しい技術だぜ」


 コルローネ達『ヴァルキュリア親衛隊』の会員達が騒ぎ立てる傍ら、レインハイトは己が無詠唱で構築した『吸魔』の魔法陣を無感動に眺め、静かに息を吐いた。

 無論、レインハイトは無詠唱魔法(サイレント・スペル)の概要は知っていたが、恐ろしく精密な魔力操作技術を持つ彼にとっては、それなりに集中力は必要とするものの、無詠唱魔法はそこまで実現の難しい技術ではなかった。


 そんなことよりも、“実験”の成功によって自分にも自然魔法が使えるということが判明したことの方が、よほど感動的な出来事である。

 しかし、今は無邪気に浮かれている場合ではないだろう。喜ぶのは後だ、とレインハイトは気分を切り替えると、魔力を滾らせ、再び戦闘態勢に移行した。


 かなり強引に魔法を構築してしまったのか、先程『空槌(エア・ハンマー)』を放った際、『吸魔(ドレイン)』に「保持」しておいた魔力をほぼ使い切ってしまっていた。初めて使用した自然魔法であったため加減がわからなかったという言い訳は立つが、一度魔法を撃つ度にいちいち魔道師一人分の“魔力の補給”が必要というのは効率が悪すぎる。


 後で感覚を調整する必要がありそうだな、とレインハイトは頭の片隅で思考しつつ、次なる標的へと狙いを定め、練纏によって強化された脚力で一気に距離を詰めた。


「お、お前ら! ボーっとしてないで詠唱を始めろ! でないと奴にやられるぞ!」


 流石というべきか、戸惑う会員達の中で真っ先に我に返ったのはやはり会長であるコルローネであった。

 しかし、会長の一喝によって会員達がようやく正気を取り戻した時には、レインハイトは既に魔力の“補充”を済ませている。


「……ぁあ……ぁ……」


 他者から魔力を吸引するため再回転を始めた『吸魔(ドレイン)』の魔法陣から開放されると同時に、二人目の犠牲者が音を立てて地面に崩れ落ちた。

 自身の足元に倒れる会員には目もくれず、次なる獲物を品定めするかのように無言でコルローネ達を睨み据えるレインハイトの右手の魔法陣は、その時点で既に回転を止めている。どうやら魔力の「保持」は完璧にマスターできているらしい。


「ヒィッ!」


 そのおぞましい光景を目の当たりにした会員達は悲鳴を上げ、またしても我を忘れかけた。

 ただ右手で触れられたというだけで言葉すら満足に発することができずに気を失うのだ、『吸魔』のからくりが理解できない彼等にとっては心底恐ろしい光景であったに違いない。


 集中を欠いたことにより魔法の構築に手間取る親衛隊の会員達を尻目に、レインハイトは自身の右手に意識を向け、『吸魔』の魔法陣に「保持」した魔力を取り出す作業を進めていった。一度成功したということもあり、その進行速度は先程よりもスムーズだと言えよう。


 ただでさえ、魔法の行使に詠唱が必要な親衛隊の面々と無詠唱でも魔法を構築できるレインハイトではその「速さ」に圧倒的な差があるというのに、こんな調子ではその差が更に開く一方である。


(唯一の問題は、俺が『制御』を満足に使えないことだ……例え強力な魔法を生み出せた所で、それを操って対象に当てることができなければ意味が無い)


 レインハイトは集中を途切れさせずに思案する。そして、数秒と待たぬ内にある妙案が思い浮かんだ。我ながら今日は冴えているなと口端を吊り上げ、早速魔法の準備に取り掛かる。


『制御』が使えないのならば、制御をしなくとも勝手に対象に命中する魔法を使用すればいいのだ。自然魔法には、それを可能とする特性を持つ「属性」が一つだけ存在する。


 それから数秒後、親衛隊の会員達が連携もまともに取れずのろのろと詠唱をしている間に、レインハイトは無詠唱魔法(サイレント・スペル)により魔法の構築を終え、その魔法名を呟いた。



「『麻痺(パラライズ)』!」



 次の瞬間、術者の声に呼応し、紫色に輝く『吸魔(ドレイン)』の魔法陣から数センチの間隔を開け、黄緑色の光を放つ魔法陣が出現した。


 その魔法が司る属性は――「(かみなり)」。


 殺傷能力は低いが、対象に電気を浴びせることにより、その身動きを一時的に封じる効果を持つ魔法である。


「雷属性の魔法だと!? や、やばいッ! 来るぞッ!」


 いち早くレインハイトが構築し終えた魔法陣に気付いた会員が、あろうことか途中であった自身の詠唱を中断し、顔面を蒼白にさせながら叫んだ。

 電気を扱う雷魔法は、風属性の上位派生系である。他の属性とは違いイメージし辛いため発動させるには難易度が高く、扱える魔道師は限られているのだが、魔力の操作に長けるレインハイトには全く問題にならないようだ。


 制御の難しい雷属性の魔法には予め術者に危害が及ばないような仕組みが備わっているため、電撃の源である魔法陣に最も近い位置にいるレインハイトは感電を恐れる必要はない。自身が放った魔法を操作することができない彼には、正にうってつけの魔法である。


 バチバチと電流の余波を発生させる黄緑の魔法陣は、次の瞬間、ひときわ大きく輝くと、前方に向かって強烈な電撃を放出した。

 レインハイトが勝利を確信した笑みを浮かべるのと同時に、魔法陣から解き放たれた電撃は、術者に『制御』されることなく自らの思うままに流れ、広場を暴れ回った。



「「「ぎゃああぁああああああああ!!」」」



 その直後、魔法により発生した電撃が直撃し、親衛隊の会員達は断末魔の如き叫び声を上げた。



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