表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第二章 〜理から外れし者〜
28/64

異端者襲撃計画

   ◇ ◇ ◇


 学院内に響く昼休みを告げる鐘の音を聞きつけ、禁書庫で研究をしていたレインハイトは読んでいた本から顔を上げた。それとほぼ同時に、外側から入り口扉が開けられる。


「レインハイトくん、昼食の時間ですよ」


 ドアから顔を覗かせてそう声をかけてきた知的なメガネ美人は、学院の教師であるアリアだ。


「はーい」


 レインハイトは適当に返答を返し簡単に片付けを済ませると、図書館へと続く階段を登り、アリアが待つ扉の外へ出た。本日の午前中のレインハイト監視役はアリアだったようだ。

 何故彼女は書庫の中に居なかったのかと疑問に思うかもしれないが、それは仕方のない事である。例えレインハイトの監視を任されている学院の教師であっても、学院長に許可されていない人間は禁書庫に入ることを禁止されているのだ。


 そもそも禁書庫の監視とは言っても、常に監視対象の側に付いているという類のものではなく、主に禁書庫への出入りを重点的に見張る門番のような形式に近いものなのだ。重要な機密である『魔本』を持ち出すようなことがないか調べることが主な役割であるため、監視役の教師達は、実はレインハイトが禁書庫内で何をやっているのか詳しく知らないのである。


「毎日毎日熱心ね。それで、今日は一体どんな調べ物をしてたの?」


 しかし、その監視役の教師の中でも彼女だけは、こうして機密に触れない範囲で毎回レインハイトが何を調べているのか聞いてくるのだった。恐らく、単純な好奇心だろう。

 部屋を出入りする度に行われるボディチェックを、レインハイトはどぎまぎしながら何とかやり過ごす。毎回のことなのだが、やはり何度繰り返した所でアリアのような美人に体を触られるというのは恥ずかしいものだ。


「今日は主に空間魔術についての研究ですね。最近はそれと平行して観測魔法や解析魔法辺りも勉強中です」


 照れ隠しのつもりなのか、極力平常心を意識してそう返すレインハイト。

 今彼が挙げたのは全て、発動の際に属性(エレメント)の付与が必要無い『無属性魔法』である。属性を利用する『自然魔法』についてはそれなりに調べ終えたため、自然魔法の次に一般的な無属性魔法を研究しているというわけだ。


 因みに、よほど適性が無いのか、レインハイトは「自然」だけではなく、この「無属性」という系統の魔法も使用することはできなかった。

 故にこれは、単純にレインハイトの興味本位の調べ物である。


「空間魔術ですか……前から思っていたのですが、どうしてレインハイトくんは通常の魔法ではなく、『魔法化(まほうか)』の済んでいない魔術の方を勉強しているのですか?」


 レインハイトに付けられていた『干渉鉱石(アンチマジック・ナイト)』製の腕輪(これも禁書庫に入室するための条件の一つである)を解錠しつつ、アリアは訝しげにそう尋ねた。


 『魔法化』とは、古から伝わる強力な神秘、『魔術』を簡略化し、より高速で扱いやすい『魔法』へと形を変化させる作業のことである。魔道師の間では、『魔術の魔法化』と呼称されたり、アリアのように単に『魔法化』と略して言われたりする単語だ。


 故に、それは魔法に携わる人間であれば誰しもが知っている有名な言葉である。魔道師ではないにしろ、ここ最近ほとんどの自由時間を魔法の研究に費やしてきたレインハイトもその括りの中に入れる程度の知識は既に持っており、当然、『魔法化』のことも理解していた。


「魔術を調べていたのは、単純に興味を惹かれたからですよ。魔法で空間を作り出しちゃうなんて、もし実現できたらすごく便利そうじゃないですか」


 そうして地道に勉強を続けてきた成果か、レインハイトはいちいち専門用語に疑問を挟むことも無く、極々自然に返答を返すことに成功した。

 レインハイトは少しの間を開け、更に続ける。


「もっとも、安定起動に成功していないというだけで、一応、空間魔術は『魔法化』自体はされてはいるんですけどね。禁書庫に保管されている魔本にも詳細な情報が記載されていますよ」


 魔法の基礎すら知らなかった以前の惨状を鑑みてみれば、こうして魔法のプロフェッショナルであるアリアと普通に会話できている今のこの状態は、驚くべき成長と言えるだろう。


「それはそうですが……そんなのは屁理屈ではないですか? 『魔法化』によって簡略化が済んでいるとはいっても、実用に耐えられないのならば机上の空論と何ら変わらないでしょう」


 言いつつ、アリアは右手でくいとメガネの位置を直す。その瞳は真剣そのものだ。

 彼女の言う通り、空間魔術の魔法化は、巨大な物質を運ぶ際などに利用できないかと一時期研究されていたが、莫大な消費魔力の割には効果が一瞬しか持たず、すぐに消滅してしまうという実にお粗末なものであった。


「まあそうなんですよね……とても強力な魔術ですし、何とか実用段階にまで持っていけまいかと四苦八苦しているんですが、やはり一筋縄ではいかなさそうです。もし完全な『魔法化』に成功すれば、自然魔法にも劣らないすごい魔法になるんじゃないか、とは思うんですが」


「……まさか、レインハイトくんは『魔法化』を自らの手で行おうとしているのですか? 一応忠告しておきますが、あれは君が考えているよりもずっと高度な技術だと思いますよ?」


 悔しげに言うレインハイトに対し、アリアは驚愕の表情を浮かべる。

『魔術の魔法化』を行うためには、まずはじめに、莫大な手間と魔力を必要とする「魔術」を、たったひとつの魔法陣という限られたスケールに収まり切るまで縮小しなければならない。無論、例外はあり、複数の魔法陣を使用する魔法もないわけではないが、一流と言われるような魔道師でも、同時に展開できるのはせいぜい二つや三つが限度である。そんな小さな規模にまで魔術を圧縮させるには、当然ながら、魔法や魔術を隅々まで理解している必要があるのだ。


 つまり要約すると、アリアは「レインハイトくんにはまだ素人に毛が生えた程度の知識しかないというのに、それはちょっと無謀過ぎやしませんか」とでも言いたいのだろう。


「ええ、さすがにそこまで身の程知らずではありませんよ。……実を言うと一回は自分で『魔法化』を行ってみようかとも考えたんですけど、力不足だと思ったので早々に諦めました」


 ははは、と乾いた笑いを漏らし、右手で後頭部を掻くレインハイト。自分では時期尚早であったと理解はしていても、こうして他人に直接指摘されるのは恥ずかしいものである。


「……まあ、とは言ってもやりようがないわけでもないんですけどね」


「え?」


 ボソリと漏らしたレインハイトの呟きを聞き取れなかったのか、アリアは聞き返した。


「いえ、何でもないです」


 やりようがないわけでもない、というのは見栄を張ってついた嘘ではない。しかし、それは確実性のない仮説であり、アリアの言葉を借りるのならば、まだ机上の空論の粋を出ていない方法である。そのため、レインハイトはあえて言い直すことはしなかった。


「……おっと、そろそろ食堂に向かわないとまずそうなんで、お先に失礼しますね。あ、もちろん午後にもまた来ますけど」


「わかりました。では、午後も職員室で待っていますので、来たら声をかけてください」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 そう言ってアリアにお辞儀をしたレインハイトは、くるりと踵を返し、食堂に向かって小走りで駆けていった。


「本当に勉強熱心な子ですね……生徒たちにも見習ってもらいたいくらいです」


 そんなアリアの切実な呟きは、誰の耳にも届くことなく、昼休みを迎え静寂に包まれた図書館内に虚しく反響した。



    ◇



 それから三分と待たないうちに、食堂へと急いでいるにも関わらず、レインハイトは足を止めなければならない事態に遭遇していた。


「生徒に紛れて食堂に入っていったのを見逃してしまったのかと思ったが、幸い、まだ学院内に残っていたようだな」


 そう言い放ち、何故か眼前で仁王立ちを決め込んでいるユリウス・フォン・フォーブレイをしらけた目で眺めつつ、レインハイトは自分が厄介なイベントに巻き込まれたことを察した。

 あまり遅れるとシエルの機嫌が悪くなってしまうのだが、ユリウスにはこちらの事情を斟酌してくれる気はなさそうだ。


 現在二人がいる場所は、ちょうど人通りの少ない校舎脇の広場だ。『決闘事件』の際にも舞台となった、レインハイトとユリウスには因縁浅からぬ場でもある。

 そして、レインハイトがわざわざ外から食堂に向かうということを知っている時点で、これは十中八九待ち伏せであったと判断していいだろう。


 なぜなら、学院の裏口と食堂は繋がっているため、本来ならばこうしてレインハイトのように一度校舎の外へ出る必要は無いのだ。そんなことをせずとも、校内から直接食堂へ向かえばいいのだから、当然のことである。

 しかし、レインハイトは基本的に魔法学院に関係のない部外者であるため、あまり堂々と学院内を歩き回る訳にはいかないという事情があるのだ。それ故に、あえて一度表口から校舎を出て、毎回のごとく軽く迂回しながら食堂へと向かっているのだった。


 アリアにはそんなことを気にする必要はないと言われているが、レインハイトとしては、自分が余計な事件に巻き込まれないようにするという自衛としての意味も兼ねているため、そう言われてからも継続してこのルートを使用しているのである。


「……何か用でしょうか?」


 待ち伏せまでして何の用もないはずはないが、と胸中で皮肉げに付け足し、レインハイトはユリウスに尋ねた。

 よく見れば、ユリウスは訓練用の木剣を二本持っていた。またこのパターンか、とレインハイトは辟易とした気分で肩を落とす。


「この前の仕返し、というわけではないが、もう一度僕と正式に戦ってもらえないだろうか? エリナ様の『付き人』である僕としては、あのような敗北を認めるわけにはいかないんだ」


 やはりレインハイトの予想した通り、ユリウスは木剣を使用した勝負をご所望のようだった。『決闘事件』の時のように真剣で勝負を挑んでこないだけ幾分か増しだろうか。


「……わかりました」


「……? そうか、恩に着る」


 ユリウスはあまりに簡単に諾意を示したレインハイトに拍子抜けしたが、レインハイトからすれば、「いい加減この世界の武人の強引さには慣れてきた」というところだろう。

 どうせここで断った所でしつこく付きまとわれるのだろうし、後回しにしたことで話が大きくなってしまうのも避けたい。結局、最終的に戦うのであれば、いっそさっさと済ませてしまったほうが、結果的には楽なのだ。


「…………」


 ユリウスから手渡された訓練用の木剣を握り、軽く振り回すレインハイト。

 その多少はやる気の有りそうな素振りを眺め、ユリウスはひとまず胸を撫で下ろした。


「立ち会いはこの僕、不肖コルローネが努めさせてもらうよ」


 その時、タイミングを見計らっていたのか、コルローネが唐突に校舎の影から現れた。


「ああ、ではよろしくお願いする、コルローネ殿」


 予め取り決めでもあったのだろう。特に逡巡もなくユリウスはコルローネに軽く頭を下げ、彼に審判を頼んだ。

 胡散臭い笑みを湛えるコルローネを胡乱げな目で睨みつけるも、レインハイトは口を開くことはしなかった。最悪、彼等が結託して二対一となってもどうとでもなると思ったのだ。


 この慢心が後に彼を窮地へと陥らせることになるのだが、この時のレインハイトには知る由もなかった。


「武器は訓練用の木剣のみ、頭部と急所への攻撃は禁止、纏魔術と魔法は使用可能、有効打を一本与えた方が勝者とする。二人とも、このルールに依存はないね?」


 模擬戦の細かなルールを声に出して確認し、コルローネは模擬戦を行う両者にそれぞれ目配せした。


「その有効打っていうのは、誰が判断するんです?」


 コルローネの視線に対し、ユリウスは無言で頷き、レインハイトは質問を投げかけた。


「無論、判断するのは立会人であるこの僕だ」


 そう言ったコルローネに追従するように、うんうんと頷くユリウス。

 明らかに違和感を感じるそのユリウスの仕草に、レインハイトはやはり何かを企んでいるのではないだろうかと疑ったが、コルローネはともかく、ユリウスはそういった卑怯な行為を好むような性格をしているとは思えなかった。

 その根拠は、ただなんとなく実直そうな人格の人物に見える、という不確かなものだけではもちろんない。


 なにせ、ユリウスは魔法学院のエリートたる『八脚(はっきゃく)』であり、生徒会長でもあるエリナ・フォン・アルハートの付き人として選ばれた優秀な生徒なのだ。そんな生徒が、たった一度苦汁をなめさせられた程度のことで、他の生徒と手を組み、ただの使用人に対し仕返しをするような思慮の浅い人間であるはずがない。彼がそんな性悪な人間であれば、そもそもエリナが自分の付き人に選ぶはずがないのだ。


 もっとも、今の今までユリウスがその悪辣な内面をひた隠し、誰にも悟られないようにしてきたという可能性もないわけではないが、しかし、それならば尚更、このようなくだらない復讐のために、今まで必死に韜晦(とうかい)してきたそれを周囲に知らしめるような真似はしないだろう。


「そうですか……くれぐれも公正なジャッジをお願いしますよ」


 やはり杞憂だろう、とレインハイトは考えつつ、一応コルローネには釘を刺しておいた。


「もちろんさ。……では二人とも、準備はいいかい?」


「うむ」


 ユリウスは胡散臭い笑みを浮かべるコルローネを疑うこと無く、素直に肯定を返す。

 レインハイトはそのやり取りを半眼で眺めつつ、ユリウスに追随するように無言で頷いた。


「よろしい。では、両者距離を取って……」


 コルローネの指示によってレインハイトとユリウスの二人は三メイル程の距離を開け、静かに向かい合う。そして、


「――始め!」


 気合の篭ったコルローネの掛け声により、ユリウス対レインハイトの模擬戦、もといユリウスの雪辱戦の火蓋が切られた。


「はぁっ!」


 ユリウスが声を上げた刹那、唐突に発生した魔力の脈動により、場の空気が揺らいだ。レインハイトとユリウスがほぼ同時に魔力を滾らせ、全身からその余波が放出されたのだ。


「…………」


 レインハイトは静かに木剣を構え、自身の体の調子を確認する。日頃からそれなりに鍛錬はしているが、最近は禁書庫での研究に夢中になっていたせいか、若干魔力の巡りが悪い。こんなことでは、長耳族の村に帰った際にエリドやロイに叱られそうだ。


 先程レインハイトとユリウスの両者が行った体から魔力を練り上げる行為は、一見、威嚇程度の効果しか無いようにも見える。しかしあの動作には、四肢の隅々まで強力な魔力を行き渡らせることにより全身を戦闘に適した状態へと変化させ、纏魔(てんま)を行いやすくするというれっきとした意味があるのだ。

 そのため、纏魔術師同士の戦闘では、開始とともにこうして互いに魔力を放出するのが一般的なのだ。戦いに万全を期すための準備運動のようなものである。


「……木剣で戦うという時点で大体予想はしてましたが、ユリウスさんも纏魔術師だったんですね」


 そう、ユリウスがレインハイトと同じタイミングで魔力を放出した以上、彼は纏魔術師の常識を知っていたということになる。以前会った時は帯剣をしていたという事実もあるため、ユリウスは十中八九纏魔術師だと見てもいいだろう。


「ああ。……君は纏魔術のみで戦うのだろう? ならば僕も小細工はしまい。魔法は使用せず、剣のみで決着をつけようじゃないか」


 この国の魔道師は、敵である魔族たちが使用していたとされる纏魔術を嫌い、習得をしない者の割合が高い。が、しかし、強力な身体強化術である纏魔術を合理的に取り入れている魔道師も居ないわけではないのだ。

 ユリウスの出身であるフォーブレイ家は、そのような少数派の貴族なのだろう。レインハイトとしては、纏魔術を野蛮な術として揶揄(やゆ)するような輩よりかはいくらか好感が持てる貴族であった。しかし、


「……手加減のつもりですか? 別に魔法ならいくらでも使ってくれて構いませんよ」


 だからといって目の前でハンデをやろうとばかりにこんなことを言われては、さすがに黙ってはいられなかった。レインハイトは険のある目でユリウスを睨む。


「済まない、そういうつもりじゃなかったんだ」


 ユリウスは謝罪の言葉を口にし、そのまま続けた。


「少し格好つけが過ぎたな、正直に言おう。……恥ずかしながら、僕は元来魔法の適正があまり高くなくてね、元々纏魔術主体で戦うタイプなんだ。だから、これが手加減などというつもりは毛頭ない。正真正銘の真剣勝負だ。君も気にせず全力を尽くしてくれ」


 少しバツが悪そうに苦笑するユリウスからは嘘を言っているような気配は感じられない。恐らく真実なのだろう。

 彼が本当に纏魔術一本で魔法学院に入学し、たった一年で八脚の付き人にまでのし上がったのだとしたら、その実力はかなりのものなのではないだろうか。


「それならそうと最初から言ってくださいよ。……じゃあ、気を取り直して」


 そう告げると、レインハイトは更に大量の魔力を練り上げ、戦闘準備に入った。

 先ほどまではあまり気乗りしていなかったようだが、ユリウスが優れた纏魔術師なのかもしれないという可能性が浮上したことにより、少しやる気を出したようだ。


「――来いッ!」


 レインハイトに対向するように魔力を放出し、ユリウスは中段に木剣を構えた。



(……いいからさっさと始めてくれよ。こっちの“配置”はもう済んでるんだ)


 静かに傍観を決め込んでいたコルローネが、心中でそんな愚痴をこぼした直後、彼の視界に居たレインハイトとユリウスの姿がぶれ、次の瞬間には見失った。そして、


「ハァッ!」


「うおぉッ!」


 ガギィッ! という衝撃音がコルローネの鼓膜に届いた時には、既に両者は鍔迫り合いへと体勢を移行していた。二人の間に存在した間合いなど、まるで初めから無かったのかと感じさせるほどの一瞬の出来事である。


「す、すげえ……これが纏魔術師同士の戦いかよ……」


 自分でも知らぬ内に、コルローネはその場から数歩後退りしていた。

 ほぼ一撃必中で勝負が決まる“お行儀の良い”魔道師同士の戦闘とは違う、互いに触れ合わんばかりに近接して剣を打ち合う力と力のぶつかり合い。纏魔術とはこんなにも凄まじい術だったのかと、コルローネはショックを受けざるを得なかった。


 纏魔術師のみで構成された部隊である『ヴァルキュリア』のファンだとは言っても、彼は纏魔術師が本気で動くところを見るのは初めてだったのだ。これでは審判が務まるか怪しいところである。

 当然ながら、ユリウスとレインハイトはその間も休まず激しい打ち合いを繰り広げており、広場には何度も激しい衝撃音が鳴り響いていた。


 彼等が握る木剣には、とても木製では耐え切れないような負荷が加わっているはずだが、互いに練纏(れんてん)によって木剣自体を強化しているのだろう。木でできた剣は折れること無く、尚も自身を打ち据える強烈な衝撃に耐えている。


 纏魔術(てんまじゅつ)における練纏とは、自身の肉体に対して『情報強化』を行う技術である。体の内側から魔力を操作することによって肉体の「情報」を強化し、その存在をより強力なものへと変化させているという訳だ。

 それ故に、肉体の情報を強化して衝撃を緩和することも、武器を己の肉体の一部として強化することで本来ではありえない強度へと変化させることも可能なのだ。


 その時、もう何度目になるか分からない交錯の末、まるで示し合わせたかのように両者の動きが止まった。


「以前の身のこなしを見てからわかっていたことだが……やはりやるな」


「そっちこそ。この前は簡単に倒れてくれたのに、今日はなかなか手ごわいじゃないですか」


 獰猛な笑みを交わし、互いに讃え合う両者。ユリウスに比べレインハイトの方が若干意地悪な返答になっている辺りから、彼等の性格の違いがよく見て取れる。


「ふん、言ってくれる……なッ!」


 ユリウスは練纏式体術『(てん)』を発動し、強化された全身を使って前に踏み込む。それを合図に、戦況は静から動へと再び変化した。

 再開される激しい斬撃の応酬により衝撃が空気に伝播し、ビリビリと刺すような振動を生成する。それを受け異常を察知した野鳥の群れが、とまっていた木から一斉に飛び立った。


 ユリウスの戦闘スタイルは、纏魔術によって強化された肉体が生み出す凄まじい膂力を余すこと無く使用し、そのまま相手にぶつけるというレインハイトと似た直線的な攻撃型だ。

 剣術と向き合ってきた年月が長いためか、その動きはレインハイトよりもしなやかだが、基本的に防御の際は全ての剣撃を正面から受けるようにして応対している。


 レインハイトの師匠であるエリドのような「受け流し」に重点を置いた立ち回りをしていないため、当然、彼の持つ木剣はすべての衝撃を直に受ける形になっていた。

 今まではそれでも通用してきたのだろう。現に、エリドでは数度しか受けることのできなかったレインハイトの剣撃を、ユリウスは既に十回以上は受け切っている。貴族の出身であるというのも伊達ではないということか。


 しかし、今回の相手は、異常なほどの強烈な怪力を生み出す少年である。今までにユリウスが相手にしてきた者達とは、正に一線を画す強敵なのだ。


(……なんだ……?)


 試合の再開から五度目の打ち合いが行われた際、ユリウスはようやく異変を感じ始めた。


(馬鹿な……僕が押し負けている……?)


 そう違和感を感じた直後、ミシリ……と自身が握る木剣から嫌な感触が生じた。見なくともわかる。受けきれなかった衝撃が蓄積したことにより、木剣に限界が近づいているのだ。


「くッ……!」


 焦燥に駆られ冷や汗を垂らしたユリウスは、上段から繰り出されるレインハイトの斬撃に対し、右側に素早く身を移すことにより、今戦闘が始まってから初の回避を試みた。

 次の瞬間、耳元で恐ろしい風切り音が鳴ったかと思うと、体の横数センチの辺りに強烈な斬撃が通りすぎた。どうやら、間一髪のところでユリウスは木剣を躱すことに成功したようだ。


 全体的に大振りなレインハイトは、攻撃後の隙が大きいという弱点を持っている。

 自分と同じような戦闘スタイルなため、その弱点を把握するのは容易い。

 ユリウスはがら空きとなったレインハイトの左半身に向け、木剣と全身に魔力を流し込み、錬纏式剣術の基本技、『(ざん)』による横薙ぎを放った。


「チッ……!」


 レインハイトは咄嗟に左腕で防御姿勢を取るが、練纏(れんてん)によって腕を硬化したところで、生身の肉体では損傷を免れないだろう。

 その数瞬後、予想通り、ユリウスの右腕に木剣を通して鈍い感触が伝わった。眼前には苦悶の表情を浮かべるレインハイトの姿がある。

 これが有効打となるかは立ち会い人であるコルローネの判断次第だが、少なくとも今の衝撃でレインハイトの左手はもう使い物にならなくなったはずだ。これで状況は一気にこちらの有利となった。


「…………」


 結局、コルローネからは声が上がらなかった。ということは、試合はまだ続行ということだろう。ユリウスは更なる追撃に移るため、剣を引き、体の中心から四肢の末端へと魔力を循環させようとした。しかし、


「なっ……!?」


 剣を引くことができない。レインハイトが負傷したはずの左手で木剣を掴んでいたのだ。激痛を感じているのか表情は険しいが、しかし、それでも恐ろしい力で剣を握り、離そうとはしない。まるで大人と子供の力比べであるかのように、その膂力の差は歴然だった。


「次はこっちの番だ」


 にやり、と口端を吊り上げ、レインハイトは静かに呟いた。右手に持つ木剣に魔力を込め、反撃の一撃を放つための準備に入る。


「……ッ!」


 レインハイトに掴まれたびくともしない己の右腕を眺め、ユリウスは背筋を凍らせた。

 右手の剣を捨て回避に専念すれば、恐らくレインハイトの斬撃を躱すことは可能だろう。しかし、剣術使いの命である剣を捨てることは、勝負を捨てることと同義だ。故に、その方法は取ることができない。


 ――ならば、自分も先刻の彼のように耐えてみせよう。

 ユリウスは覚悟を決め、錬纏式体術『(こう)』によって己の左半身を重点的に強化した。


「怪我しても恨みっこなしですよ」


 右手一本で放たれるレインハイトの横薙ぎは、先ほど自分が使用した錬纏式剣術、『(ざん)』だ。例え綺麗に受けきった所で、直撃を受けることとなる左腕や、強度の弱い肋骨(あばらぼね)辺りは簡単に折られてしまうだろう。

 激痛で動きが止まってしまわないよう意識を集中し、ユリウスは反撃に備えて魔力を練り上げる。彼はまだ勝負を諦めてはいなかった。


 レインハイトが攻撃の動作に移行し、必死の形相で防御態勢に入ったユリウスの左脇腹へと木剣が吸い込まれていく。

 しかし、試合の勝敗を左右する決定的な瞬間が繰り広げられているにもかかわらず、立会人であるコルローネの目は“彼等の試合を捉えていなかった”。



『異端者襲撃計画』は、既に開始されていたのだ。



長いので二話に分けました。キリが悪いかもしれませんが以下略

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ