ほしいもの
◇
「まずはじめに……今まで身分を隠していてごめんなさい。改めて名乗らせていただきます。アスガルド王国王女、アトレイシア・エレアノール・ミラ・アイリス・フォン・アスガルドと申します」
厳かな雰囲気を纏い自己紹介を済ませたアトレイシアは、その空気に呑まれたレインハイトとシエルを慮ってか、少しの間を置くと、続けて口を開いた。
「レイン、シエルさん。先日は本当にありがとうございました。あなた達が助けに入ってくれねば、きっと私はあの場で死んでいたでしょう」
その後、再び「本当にありがとう」と言いつつ、アトレイシアは深く頭を下げた。
「そ、そんな……頭を上げてください、アト……王女様。私はレインのおまけみたいな感じでほとんど活躍してないですし、むしろ王女様に治癒魔法までかけてもらっちゃって逆に迷惑を……」
あわわわ、と両手を胸の前でせわしなく振るシエル。客室に連れてくる途中でアトレイシアが王女であることはレインハイトが伝えたため、相当に恐縮しているのだ。
「そんなことはない。シエルがいなかったら、あそこで全員死んでたと思うぞ」
しかし、王女の前で必死に謙遜するシエルの心情を一滴も汲み取ること無く、レインハイトは真剣な面持ちで口を挟んだ。
「ちょっとレイン! 今はフォローしなくていいから!」
「え? なんでだよ」
「いいからレインは黙ってて」
「はあ? どうしたんだよ急に」
その時、数日前にも馬車の中で見た二人の痴話喧嘩(?)をどこか楽しそうに見つめていたアトレイシアは、これ以上放置しては口論に発展するだろうというギリギリのタイミングですかさず援護に入る。
「シエルさん、レインの言う通りですよ。シエルさんが居てくれたからこそ、あの襲撃者たちを撃退することができたのです。私は本当に本心から、レインと同じくらいあなたに感謝しているのですよ?」
「え……? ……う……あ、ありがとうございます……」
アトレイシアの言葉によってヒートアップしつつあった感情を急激に冷やされたことにより、自分が王女の前でみっともない姿を見せてしまった事に気づいたシエルは、羞恥によって顔を赤くしつつも、何とか小さく返答することに成功した。
「ま、あれが俺と同じくらいの働きだと思われるのは少し癪だけどな」
と、アトレイシアの援護によって弛緩しかけた空気をぶち壊すように混ぜっ返すレインハイト。冗談めかしてはいるが、恐らく先程の腹いせだろう。凄まじく大人げない行為である。もっとも、彼は実際に子供なわけだが。
「こらレイン。そういう意地悪を言う子には褒美をあげませんよ」
「ご、ごめんなさい……」
どうしても褒美がほしいというわけではなかったが、先程までは温厚であったアトレイシアから少し真剣に咎めるような口調で叱られたため、レインハイトは素直に謝った。
女性を怒らせると後々面倒である。レインハイトは既にシエルやエリナという身近な存在によって、それを身を持って体験しているのだ。
「えーと……それで、その褒美の件なのですが……」
少し言いづらそうに話すアトレイシアはそこで一度言葉を区切り、少々恥ずかしそうに苦笑を浮かべながら続けた。
「あれからお二人に何を贈ればよいのか真剣に悩んだのですが……恥ずかしながら、適切な褒美が思いつかなくて……ですから、今日はこうして直接お礼をするついでに、お二人がどんな褒美を求めているのかを聞きに参ったのです」
心底申し訳無さそうに顔を伏せたアトレイシアからは、無念さがひしひしと漂ってくる。
「ほしいもの……ですか」
褒美の品を自ら指定するというのは少々おかなしな行為のような気もするが、お礼をする側であるアトレイシア自身がそう言っているのだがら仕方あるまい。レインハイトは顎先をさすり、しばし黙考した。
自分の欲しているものならすぐに見つかるだろうと高をくくっていたレインハイトだが、しかし案外、何か欲しいものはないかと唐突に問われると、答えを導くのは難しかった。
強いて言えばお金が欲しかったが、単純に現金が欲しいというのも失礼な気がしたため、レインハイトはそれについては口に出さず、自分の横で同じように悩んでいるシエルに問うた。
「シエルはなにか欲しい物ってあるのか?」
「え……? うーんと、杖が……ほしい……かな……?」
アトレイシアとレインハイトへ交互に視線を向けた後、シエルは言いづらそうに訥々とそう告げた。
「杖というのは、魔法の補助をする杖のことですか?」
「は、はいっ、そうです!」
「ということは金属製のものがよろしいのですよね? ……そうだわ、これなんかどうかしら?」
そう言うと、アトレイシアはおもむろに懐から銀色に輝く金属製の杖を取り出した。至る所に微細な模様が刻まれており、見るからに高級そうだ。やはり王族が使用する杖ともなると、見てくれの面にも気を使わねばならないのだろう。
「そっ、そんな高そうなのはもらえないです!」
まさかいきなりそんな見事な杖が出てくるとは思っておらず、シエルは少し顔を青くしながらぶんぶんと首を振った。
実のところ、彼女はただ自分の周りの生徒(特にソフィーナ)が杖を持っていて、自分だけが持っていないという状況が何となく恥ずかしかったためそう言っただけなのだ。いわば格好つけのようなものであった。ところが、それを口に出した途端、なんと王女の私物と思われるいかにも超一級品のオーラを纏った杖が出てきたではないか。そんなものを見せられれば、彼女が慌ててしまうのも無理の無いことである。
「城にもうひとつスペアがありますので、遠慮はしなくてもよろしいのですよ? あまり使用していないとはいえ中古品なのは申し訳ないのだけど、受け取ってもらえないかしら」
そうは言われても、流石にはいそうですかと受け取る気にはなれなかった。王女様とお揃いの杖だなんて自分には不相応過ぎる、と無言のまま小刻みに震えるシエル。
「王女様、それ、もしかして灰輝鉱製ですか?」
「さすがエリナさん。よくご存知ですね」
「やっぱりそうだったんですね! ……これが、本物のミスリル……」
感嘆の息を漏らしながら銀色の杖を超至近距離で凝視するエリナに、アトレイシアは苦笑を浮かべた。
「れ、レイン……みすりる? ってなに?」
「魔力の伝導率や増幅率が高い『魔鉱石』と呼ばれる特殊な鉱石の一種だ。……まあ、あの杖はめちゃくちゃ高級な素材でできた杖ってことだな」
前半の説明だけではよくわかっていなさそうな顔をしていたため、レインハイトはシエルに大雑把だがわかりやすい解説を聞かせた。
「め、めちゃくちゃ……高級……」
どうやらレインハイトの解説は正しく伝わったらしく、シエルはアトレイシアの持つ杖を、まるで魔物にでも出くわしたかのような震えた目で見つめていた。
「はい、シエルさん、受け取ってください」
しかし、アトレイシアはそんなシエルに有無を言わさず、魔鉱石「灰輝鉱」で作られた超高価な杖を差し出した。
「え、あ、う……あ、ありがとうございます……」
強引に手に握らされる形で杖を掴まされたシエル。
一度受け取ってしまった手前返却するわけにも行かず、申し訳無さそうな表情を浮かべ、シエルは杖を頂戴した。
「どういたしまして。その杖がシエルさんのお役に立てることを願っています」
どこか満足気なアトレイシアは、レインハイトの方に体を回転させ、微笑を浮かべた。
「さて、次はレインの番です。なにか欲しいものは思い付きましたか?」
「うーん、そうですね……。アイシャさん、ひとつお伺いしてもいいですか?」
「どうぞ、仰ってみてください」
「頂くお礼の品を、物品ではなく行為に代替してもらうことは可能ですか?」
「それは……私に何かして欲しいことがあるということですか?」
レインハイトの言を受け、少々訝しげな雰囲気を放出するが、笑顔を崩さず対応するアトレイシア。
「はい、そうです」
アトレイシアとシエルが話している間に、レインハイトは一つ“自分がほしいもの”を見つけていた。自分ではどうにもならない問題であったのだが、王女である彼女にならばあるいは……と考えたのである。
「それはかまいませんが……えっちなのはだめですよ?」
しかし、何を邪推したのか、唐突にアトレイシアが爆弾を投下した。
「「「ぶっ」」」
次の瞬間、許可を得られたことによりニヤリと笑みを浮かべたレインハイトと、アトレイシアの後ろで話を聞きながら自分で淹れた紅茶を一人静かに飲んでいたオーレリアと、ことの成り行きを静かに眺めていたエリナがほぼ同時に吹き出した。
因みに、シエルは先程アトレイシアからありがたく頂戴した杖を眺め続けており、どこか心が別世界に旅立ってしまったかのような状態であったため、幸いというべきか、アトレイシアの爆弾発言は聞こえていなかったようである。
「あ、アトレイシア様! 一体何を……」
「でもまあ……ほっぺにチューくらいなら、別にしてあげてもいいですよ」
「なに? ……それは魅力的な提案ですね」
「……レイン?」
ようやく現実に帰還してきたのか、胡乱げな瞳で顔を覗きこんでくるシエルから、レインハイトはそっと視線をそらし、アトレイシアの方に向けた。
因みに、言うまでもないことだが、直前の台詞は、オーレリア、アトレイシア、レインハイト、シエルの順である。
「……どこを見ているのですか? おさわりはさせませんよ」
言いつつ、豊かな胸を両腕で抱くように隠すアトレイシア。実にノリノリである。
「ハハハ、嫌だなあ。そんなことは頼みませんよ」
乾いた笑いを漏らし視線を右上に逸らしたレインハイトは、そういうつもりがなくても勝手に視線がそこへ向かってしまうのです。男はみんなそういう運命を背負って生まれてきたのです。と、誰に向けるでもなく胸中で言い訳を展開した。
「ふふ、オーレリアが殺気立っていますし、冗談はこのくらいにしておきましょうか」
その時、ふと微弱な魔力を感じ、前方を見やったレインハイトは、直後、驚愕により目を見開いた。気付けば、アトレイシアの後ろで控えていたはずのオーレリアが剣を抜き、彼女の隣まで移動しているではないか。
「オーレリア、剣をしまいなさい。危ないでしょう」
「は、申し訳ございません」
オーレリアが背中に大剣を戻すのを見届けつつ、一体いつの間に……とレインハイトは遅れながらも戦慄する。
気付けば、オーレリアによって瞬時に生じた緊張感が、場の雰囲気を張り詰めたものへと変質させていた。
一瞬の内に移動したことも驚異的ではあるが、何より驚くべきことは、レインハイトやシエルに一切気取られること無く背中の大剣を抜き放ったことである。和やかな談笑により少々気が緩んでいたとはいえ、レインハイトは直径一五〇センチメイルにまで及ぶであろうあの巨大な得物の動きを見逃すほど油断していたわけではないのだ。
しかし実際には、このオーレリアという女性はいとも簡単にレインハイトの視線を掻い潜り、誰にも知覚させること無く抜刀し、臨戦態勢を取ってみせた。もはや初めからそこに立っていたのではないかと感じさせるほど見事なその移動技術は、筆舌に尽くし難い芸術的な領域にまで達していると言えるだろう。仮に今レインハイトが彼女に勝負を挑めば、読んで字の如く、瞬く間に瞬殺されるに違いない。
身の丈ほどもあろうかという大剣を軽々と扱ってみせた女騎士を見つめ、レインハイトはごくりと音を立て、生つばを飲み込んだ。纏魔術師の力量に体格はほとんど関係がないことは重々承知の上だが、自分の存在など棚に上げ、無意識の内に、あんな細身の体の一体どこからそんな力が生まれてくるのだろうかという驚きの視線を向けてしまっていた。
「何だその目は。私が女だからといって侮っていたのか? ……ふん、伊達にアトレイシア様の護衛を任されている訳ではないのでな」
驚愕の視線を向けられていることに気付き、オーレリアは鬱陶しそうに鼻を鳴らした。恐らくだが、こういった視線を向けられるのは一度や二度ではないのだろう。
「す、すみません……でも、驚いたのはそれだけが理由ではないです。あまりにも見事な纏魔術だったので……」
「……ほう? 今のが見えていたのか? 良い目をしている」
「……ありがとうございます」
興味深そうに自分を見つめてくるオーレリアに対し、レインハイトは、正確には見たというより感じたという表現のほうが正しいが、と内心でひとり補足した。
実際には、レインハイトは彼女の動きを目で捉えていたわけではない。唐突に微弱な魔力を感じ、そちらに目を向けた結果、剣を抜き放ったオーレリアが居たというだけであり、その際に彼女が魔力を発生させていたという状況証拠から、オーレリアが纏魔を使い、一瞬の内に大剣を構えアトレイシアの隣に移動したのだという答えを導き出したに過ぎない。故に、厳密に言えば、オーレリアの「良い目をしている」という評価は間違いなのだ。
まあ、わざわざでしゃばってそれを訂正する必要もないだろう、とレインハイトが心奥で沈黙の算段を付けていると、両者の間にいたアトレイシアが軽く咳払いをした。
「では、改めてお聞きします。レイン、私にしてほしいこととは何なのですか?」
アトレイシアがそう切り出すと、待ってましたと言わんばかりに再び笑みを浮かべ、レインハイトは己の思惑を口に出した。
「はい、実は最近勉強のため毎日図書館で魔法に関する本を読んでいるんですが、そろそろ図書館内だけの本では物足りなくなってきまして……。ですので、アイシャさんには僕が学院の禁書庫に出入りできるよう、この学院の学院長に口を利いてもらいたいんです」
「それは関心ですね。ですが……一応念の為にお聞かせください。禁書庫を利用して悪巧みをするつもりではありませんよね?」
禁書庫に保管されている魔本は、数々の魔法についての情報が事細かに記された、いわば国の財産とも言える重要な機密である。故に、アトレイシアがこうして慎重になるのは無理も無いことなのだ。
「もちろんそんなことはしませんよ。今ここで、アイシャさんに迷惑がかかるようなことは決してしないと誓います」
貴重な魔本はそれそのものだけで価値がある。レインハイトが禁書庫からいくつかの本を盗み売りさばけば、一生遊んで暮らせるほどの大金を得ることも可能なのだ。レインハイトのような貧乏人からすれば、それはとてつもなく魅力的な話であろう。
無論、アスガルド王国の王女としては、そんな事態が起きることは到底看過できるはずがない。例え命の恩人の頼みとはいえ、二つ返事で安易に許可するわけには行かないのだ。
「アトレイシア様、魔本はこの国の……いえ、魔法を使用する国々全てにとっての重要機密です。冷静にご判断ください」
当然断るだろうと確信し、オーレリアはアトレイシアの宝石のような碧眼を見つめた。
魔本というものは、特別な身分を持たないレインハイトのような人間に見せていいような代物ではないのだ。
「分かりました。他ならないレインの頼み事ですし、私から学院長に掛け合ってみましょう」
しかし、オーレリアが予想していた拒否の言葉は、アトレイシアの口から放たれることはなかった。
「アトレイシア様!? 一体何を考えているのです!」
その暴挙とも言える事態に、オーレリアは目を白黒させ、アトレイシアに詰め寄った。
アトレイシアは聡明な人間であったはずだ。少なくとも、自分よりは物を深く考える力があるとオーレリアは信じていたのだが、しかし、彼女の口から発せられたのは、その期待を裏切るものに他ならなかった。
当惑するオーレリアは、以前からよく知る人物であるはずのアトレイシアの真意が理解できないでいた。そもそも、王ではなく王女である彼女に禁書庫への出入りを許可できるような権限があるのかも怪しいところなのだ。
あまり頭が切れないオーレリアにさえ、レインハイトに禁書庫への入室権を与えることの危険性は簡単に理解できた。いくら彼がアトレイシアの命の恩人とは言っても、これでは、「王女の命を救ってやったのだ。代わりに国の機密を開示せよ」と脅迫されているようではないか。
当のレインハイトは全くそんなことは考えておらず、むしろ「どうして本を読みたいだけなのにそんなに警戒されなければならないんだ?」と首を傾げている始末なのだが、当然ながらオーレリアにそんなことがわかるはずもなく、レインハイトの感情の窺い知れない無表情を眺め、僅かに警戒の色を強めた。
「オーレリア、私も魔本の重要性は理解しているつもりです。ですが、本当にそこまで警戒する必要があるのですか? レインは魔道師ではありませんし、まだ十五にも満たない少年なのですよ。それとも、私を救ってくれたレインが隣国のスパイだとでも言うつもりですか?」
「……その可能性もないとは言い切れないはずです」
何故か知らないうちにスパイ疑惑をかけられていることに戦慄しつつ、レインハイトは今更ながらに魔本の希少価値を認識していた。いかに魔術書や魔道書が貴重なものだとは言っても、王女の一声で簡単に閲覧できる程度のものとしか考えていなかったのである。
しかし、無情にもそんなレインハイトを置き去りにする形で、王女とその騎士の議論はヒートアップしていった。今更「やっぱりいいです」などと言い出せる雰囲気ではなくなってしまい、怖気づいたレインハイトは、仕方なく静観を続けることにした。
「そんなことを言い出したらきりがないでしょう。……あなたがなんと言おうと、私はレインを信じると決めたのです。今回ばかりは譲りませんよ」
強い光の宿った瞳にオーレリアを映し込み、アトレイシアはこの件について譲歩をする気がないことを強く訴えた。
「何を言っているのですか。今までに一度でも、アトレイシア様が私に何か譲ったことがありましたか? 意見が衝突すれば毎回私が折れているじゃないですか……」
こう見えて、アトレイシアは非常に我の強い女性である。これまでにオーレリアと衝突し合った機会は数知れず、昔の話とはいえ、軋轢が生じたことさえあったほどだ。
もっとも、そういった経緯があったのにも関わらず、今現在こうしてオーレリアがアトレイシアの騎士を務めている事実こそが、彼女等の信頼の深さを物語っているとも言えるのだが。
「そうだったかしら? ……ならいいわ、今回もあなたが折れて頂戴」
「……はぁ……」
アトレイシアの奔放ぶりに頭痛さえしてきたオーレリアは、こめかみの辺りを片手で抑え、長い溜息をついた。彼女はこれまでの経験により、アトレイシアが一度決めたら決して譲らない人間であると理解しているため、必然的にこうして自分が妥協することになるということを知っていたのだ。
ただ、今までとは違い、今回の場合はこのレインハイトという少年に執着しているようにも見えるところが気がかりではあった。これまでにアトレイシアが押し通してきた我儘の事例を挙げ始めれば枚挙に暇がないが、彼女が自分ではない他人にこうも執着したことはなかったような気がするのだ。
「少しお恥ずかしいところを見せてしまいましたね。……では、レインが禁書庫に出入りできるよう、私が責任をもって学院長に話をつけてきます。今日明日中には許可がもらえると思いますので、楽しみにしていてくださいね」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いいえ、レインのお役に立てて、私も嬉しいです」
屈託のない笑顔を向け合うアトレイシアとレインハイトを横から観察しながらも、未だ納得しきれない気持ちの渦巻く胸中で、オーレリアはアトレイシアの異変について考察していた。
よもや盲目になるほどにこの少年に恋焦がれているなどということではあるまい、とは思うのだが、しかし、オーレリアはその可能性を完全に否定する気にもなれなかった。
この少年はあらゆる意味で危険な人物なのかもしれない。オーレリアはレインハイトを睨み据え、この顔は忘れまいと自らの網膜と記憶に彼の姿を焼き付けた。




