奪われた「力」
その場に取り残され、あまりの出来事に思考が停止していたソフィーナは、ようやく追い付いてきた頭を動かし、呆然と口を開いた。
「……レインハイトさんは、あんなに凶暴な性格でしたの……?」
その問いはシエルに向けたものであったが、特に返答を期待して発したものではなかった。周囲の空気の緩和と同時に収縮した緊張の糸につられるように、固まっていた彼女の口から自然と漏れ出たものである。
ソフィーナの視線は、膝を抱えるように蹲り、三年の女子生徒に治癒魔法をかけられている小太りの少年に向けられていた。
少年の表情は苦悶に満ちており、数分前までの笑顔は見る影もない。治癒魔法で治せないほどの重症というわけではなさそうだが、レインハイトは恐らく、かなりの痛みを感じるような壊し方をしたのだろう。治療を受ける少年の額には脂汗が浮かび、踏み潰された右足は通常の一回り以上は大きくなっていた。
治癒魔法も万能ではない。骨や内蔵という人体の内部にあるようなものを治すには、それに見合った知識と技量と時間が必要なのだ。中級の治癒魔法でも使えればその限りではないのだが、生憎、そんな難度の高い魔法を使える生徒はここにはいないようだ。
ソフィーナはその光景から視線を外し、興味本位で決闘を見るためにぞろぞろと食堂を後にする生徒達を眺めた。
全体の二割程度は居るだろうか。確かに、傍観している分には楽しいイベントのようなものかもしれない。
ソフィーナは少々気が滅入るような気持ちで、暫くその様を視界に映し続けた。彼女も決闘が気にならないわけではないが、先程から一言も言葉を発していないシエルをこの場に置いていく気分にはなれなかったのだ。
「……レインはね、怒るとすごく攻撃的な性格になるの……」
ようやく口を開いたシエルの表情は、僅かに憂いを含んでいるように見えた。
「以前もこんなことがあったんですの……?」
「うん……初めてレインに会った日に二回、さっきみたいに怒るのを見た。……でも、レインはいつも自分じゃない誰かのために怒ってた……もしかしたら、今回も私とソフィーちゃんが困ってたから怒ったのかもしれない……どうしよう……私のせいで……」
シエルは俯き、僅かに震えていた。
普段の温厚なレインハイトしか知らないソフィーナにはとても想像できないような話だったが、彼が怒りで攻撃的になる様は先程実際に目の当たりにしたばかりである。
「そうだったんですの……でも、心配ですわね。仮にも決闘を挑んできたのは三年生ですから……レインハイトさんの実力は知りませんが、魔法が使えるわけではないのでしょう?」
攻撃する際に躊躇がなかったことから見て相当な場数を踏んでいるとは思われるのだが、いかんせん相手は魔道師である。遠距離から放たれる必殺の魔法の前では、武道など塵も同然なのだ。
ソフィーナが食堂を出て行ったレインハイトの身を案じていると、シエルが何かを決意したかのような強い眼差しでソフィーナを見つめた。
「……私、見に行ってくる」
「はぁ……そう言うと思いましたわ。シエルさん一人では心配ですので、私もお伴しますわ」
「ありがとう、ソフィーちゃん」
シエルはソフィーナに笑顔を向けると、食事の半分以上をそこに残したまま、席を立った。
「もう決闘が始まっているかもしれませんわ。急ぎましょう」
恐らく決闘の場所は校舎の脇にある広場だろう。あれほどのギャラリーが押し寄せても余裕なスペースがあり、比較的寮から近い場所といえばそこしか無い。シエルも同じことを考えていたようで、二人は頷き合うと、広場に向かって駈け出した。
◇
「勝敗の条件は単純だ。相手を戦闘不能にするか、参ったと言わせた方が勝ちだ」
決闘の場所はソフィーナとシエルが予想した通り、校舎の脇にある広場であった。中心にはレインハイトとチャラ男が対峙し、中心点から二十メイルほどの距離を空け、両者を取り囲むように見物をしにきた生徒達が集っている。
普段は魔法の練習をする熱心な生徒や、カップルの憩いの場となっている場所なのだが、現在は見る影もなく、辺りには少しの緊張と、ギャラリーから発せられる興奮の香りが渦巻いていた。
「それでいいですよ。では、はじめましょうか」
「お前……杖は使わないのか?」
チャラ男は懐から直径三十センチほどの銀色の杖を取り出しながら言った。レインハイトが魔法を使えると勘違いしているのかもしれない。
レインハイトは両手を肩のあたりまで上げ、嘆息した。
「僕は自然魔法を使えないんでね。まあ何にせよお気遣いは無用ですよ」
「ふん、纏魔術師か……なら、お前から仕掛けてきていいぜ」
チャラ男は杖を構え、集中を始めた。レインハイトが動き出し次第、即座に詠唱を始めるのだろう。
男との距離は目測十数メイル。脚力強化術である『疾風』で一気に距離を詰めるという手もあるが、不意を突かれたなどと言い訳をされるのも面倒だ。一度魔法を避け、しっかりと実力を示してから一気に決着をつけよう。脳内でシミュレートを終えたレインハイトは、男に向かってゆっくりと歩き出した。
「我が契約に従い、暴風の精霊よ――」
チャラ男が詠唱を始めた。レインハイトは魔力の流れを見逃さないよう意識しつつ、歩みを進める。
レインハイトは右手に意識を集中し、武器の生成を試みた。
「……なに……?」
しかし、いくら待てども体から武器を形作る霧が出てこない。突如として起こった不測の事態にレインハイトは動揺し、ほんの一瞬、警戒を緩めてしまった。
「――彼の者を打ち砕く鉄槌を放ち給え――『空槌』!」
その一瞬が致命的な気の緩みであることは、誰の目にも明らかであった。
ゴッ! と周囲のギャラリーにも聞こえるような鈍い音とともに、魔法により圧縮された空気の大槌が、凄まじい勢いでレインハイトに打ち付けられた。
「くっ!」
直撃の寸前、レインハイトは辛うじて攻撃の方向を察知し防御の構えを取ったが、衝撃を緩和する事を目的とした練纏式体術である『甲』を使い全力で防御したにも関わらず、魔法が直撃した右半身がめきめきと嫌な音を立て、あまりの威力に悲鳴を上げる。
強烈な空気に横殴りされたレインハイトは、壊れた人形のように無抵抗のまま地面を転がっていった。
「よっしゃあ! ……ってか、直撃してたが大丈夫か……? 死んでないよな……?」
あのダメージではもう気を失っているだろう。勝利を確信したチャラ男は、初期位置から十メイル以上離れた場所まで吹き飛んだレインハイトの身を案じた。
「おい……ものすごい勢いで転がっていったぞ……」
周囲の生徒達がざわめく中、チャラ男が魔法を放った直後に広場に辿り着いたソフィーナとシエルは、自分達の足元に吹き飛んだレインハイトが転がってきたことに驚愕した。
「レイン!」
焦燥した様子のシエルが必死に呼びかけるが、しかし、返事はない。
ソフィーナは目の前のぼろ雑巾のような状態のレインハイトを視界に映し、絶句した。背中を向けられているため表情は見えないが、とても無事だとは思えなかった。
魔法を詠唱しているところは確認していないが、見えない衝撃により吹き飛んだように見えたところを察するに、恐らくあの三年の生徒は風属性の魔法を使用したのだろう。ソフィーナはそう推測し、ぴくりとも動かないレインハイトを心配そうに見つめた。
結論から言えば、彼は気を失ってはいなかった。魔法が直撃した右腕は動かすことができないが、意識ははっきりしている。
レインハイトは体の具合を確かめ、腕を走る鋭い痛みに顔を顰めた。少しでも腕を動かそうとすると痛みを感じるため、もしかしたら骨が折れているのかも知れない。
服には至るところに傷ができ、せっかくのロイのお下がりが台無しだった。自称殺し屋に腹部を破られてしまったものも合わせて、これで二着を無駄にしてしまった事になる。
逸れかけた思考の進路を変更し、自分の身に何が起こったのか、レインハイトは整理した。
あのチャラ男が放った魔法が、愚かにも動揺で動きを止めた自分に直撃したのだろうということは辛うじて推測できた。しかし、なぜ唐突に武器の生成ができなくなってしまったのか、なぜ赤黒い霧が出なくなってしまったのか、それが全くわからなかった。
何か原因があるはずだ。最後に武器の生成に成功したのはいつだっただろうか。レインハイトは予想外の魔法の直撃により一旦冷静になった頭を使い、現在に至るまでの記憶を辿る。
やがて到達したその記憶と共に、忌々しい赤髪の男の顔がレインハイトの脳裏にちらついた。
自分の体内に手を突き入れ、《血の十字架》という魔道具を取り出して行ったあの男は、確か『そいつを使って虚空から武器を生成してたのか?』などというようなことを言っていた気がする。奴の言っていたことが正解だったとすれば、武器の生成はあの十字架型の魔道具がなければ使用することができないということではないだろうか。
レインハイトは自分のその予想はほぼ間違いないだろうと直感した。ヴィンセントに魔道具を奪われた現在では調べることはできないが、原因はそれと見て間違いない。
なんという間抜けな話だろう。今の今まで力を奪われたことに気付かず、学院最強を目指すなどと宣った己の滑稽さに陰鬱な気分になったレインハイトは、自嘲気な笑みを浮かべつつ、痛む体に鞭を打ち、無理やり立ち上がった。
「……フフッ……はは……ははは、ハハハハハハハハッ!」
「なっ……あいつ、立ち上がりやがった……衝撃が強すぎてイカれたのか?」
決闘相手のチャラ男は戦慄し、狂ったように笑い出したレインハイトを眺め、呆然と立ち尽くした。
「マジかよ……」
「『空槌』が直撃だぜ……? なのにあいつ、笑ってやがるぞ……」
そのチャラ男の反応は、周囲のギャラリーへと急速に伝播していった。
騒然とする傍観者達は、哄笑を上げながら平然と立ち上がったレインハイトに驚愕し、その得体の知れなさに慄いた。
十メイル近く吹き飛んだレインハイトを見ればわかるように、『空槌』の衝撃は凄まじいものである。
ヴィンセントの使用した火属性下級魔法『炎槍』と同位置に存在するこの魔法は、ティツィーの使用した『空撃』のような生易しいものとは違い、魔物との戦闘にも有効なほど威力のある魔法である。当たりどころが悪ければ、背骨が折れるほどの衝撃が対象を襲うのだ。
その破壊力は、友人の仇を討つにしても少々やり過ぎだといえるだろう。それがこの場にいる大多数の人間の共通認識であった。
「――はは、ハハハハハハハッ!」
しかし、そんな周囲の空気などお構いなしに、レインハイトは笑う。狂ったように哄笑を上げ、力を失くした己の愚かさを嘲る。
やがて、自らに向けていた怒りの矛先は、自身から力を奪った忌々しい赤髪の男へと向けられていった。
「はは、ははは…………やってくれたなぁ……ヴィンセントォオオオオオオオ!!」
赫怒の咆哮を上げたレインハイトは、爛々と輝く赤眼を対峙するチャラ男へ向け、睥睨した。ヴィンセントへの怒りを殺意へと変換し、止めどなく周囲に撒き散らす。
その行為は、癇癪を起こした子供が周囲の物や人に八つ当たりをするのと何ら変わりないものである。しかし、怒りに飲まれたレインハイトは、頭の片隅ではそれを理解していても、己の感情を押さえつけることができなくなっていた。
「ヴィンセント? ……俺の名前はクリードだぞ……? 何なんだ……クソ……!」
無論、奪われた力のことなど知らないクリードという名の男は、首を傾げ、己に向けられるレインハイトの殺気に眉を顰めることしかできない。
「レイン……」
その場に立ち尽くすシエルは、殺意を振り撒くレインハイトを瞳に映し、呟いた。
レインハイトの怒りの理由を理解できたのは、実際に彼が力を奪われた現場に居合わせたシエルのみであろう。
シエルは暴走したレインハイトを止めるべきかと僅かに逡巡した。ここで止めなければ、恐らくレインハイトはまたあの男子生徒から魔法を受けてしまうだろうと思ったからである。
シエルはこれまで自分の目で観察してきたレインハイトの戦闘センスと、己の魔道師としての経験を元に考える。
相手の放つ魔法が風属性でなければ、纏魔術を使用したレインハイトの超人的な反応速度を持ってすれば、魔法を避けることは可能かもしれない。しかし、風の魔法は目に捉えることのできない、不可視の衝撃である。空気を使って攻撃をするのだから当然なのだが、空を切り裂く音が鼓膜に届いた次の瞬間には、己の体に衝撃が伝わっているのだ。
そんなものを避けることは、預言者でもなければ事実上不可能に近い。風魔法が戦闘に好まれて使われるのは、そういった理由があるためだった。
基本的に魔法を受ける側は、魔道師に的を絞らせないために場を素早く動きまわるか、衝撃に備えて防御魔法を使用するかのどちらかの行動を取るのが定石なのだが、レインハイトはそれを知らなかったのか、ただゆっくりと相手に向かって歩くだけであった。あれでは「狙ってください」と両手を上げて立っているのと同じようなものである。
幸いなことに、当たりどころが良かったのか、レインハイトは今のところ平気そうに見える。しかし、次に攻撃を受けたらどうなるかはわからない。受けた傷は治癒魔法で治せるだろうが、シエルはレインハイトが苦しむ姿を見たくはなかった。
シエルはアトレイシアがレインハイトを治療していた際に気を失っていたため、彼に治癒魔法が効きにくいことを知らない。だからこそのこの楽観であるのだが、それでも、できることなら戦闘を止めたいという気持ちは強かった。
しかし、自分が出て行ったところで、果たしてレインハイトが止まってくれるかどうか。一度は彼の怒りを静めた経験のあるシエルだが、今回に関しては全く自信がなかった。
現在のレインハイトの怒りの根源は、彼から力を奪った殺し屋である赤髪の男、ヴィンセントであろう。実際にその光景を見ていたシエルは、すぐにその核心へと至った。
焦りと動揺で上手く回らない己の頭に憤りを感じつつ、シエルは更に思案する。
既にレインハイトの怒りは、自分やソフィーナを困らせたあの男子生徒から来ているものではないと結論付けていいだろう。それはすなわち、現在のシエルには、レインハイトの怒りに影響を与える要素が皆無であることを意味する。
要するに、現在のレインハイトの怒りの原因には、シエルは全くの無関係なのだ。彼がシエルに対するエミールの所業に怒りを露わにしていたあの時とは、根本的に事情が違うのである。
狂ったように笑い声を上げる眼前のレインハイトは、誰かの怒りを代弁しているわけではなく、自分自身の怒りを発露しているだけにすぎない。そんな彼に対して、どのように声をかけたらよいのだろうか。どうすれば止められるのだろうか。いくら頭を捻って考えても、シエルは答えを出すことができなかった。
このような状態で止めに入ったところで、邪魔だと思われるだけに違いない。
それに、先日のヴィンセントという男との戦闘のあとから、どうもレインハイトの様子がおかしいのだ。
長耳族の村での生活を通して、ようやくあの出会った当初の張り詰めたような雰囲気が薄くなってきたというのに、先日の一件のせいか、以前にも増して彼の殺気は鋭くなっているのだ。こんな様子ではとても前回のように話を聞いてくれるとは思えない。
そうだ、どうせ聞き入れてもらえないのなら、ここで声をかける必要はないだろう。
(……違う……)
と、シエルは自分で自分の思考を否定した。
そう、これはただ、自分に対して聞こえの良い言い訳をしているだけにすぎないのだ。
現在彼女の心の奥底で蠢いている感情は、レインハイトに拒絶されるかも知れないということに対する純粋な恐怖のみであった。
シエルにとって、レインハイトは何者にも代えがたい存在である。今現在自分が生きていられることも、魔法学院に入学できたのも、ソフィーナという友達ができたのも、全て彼のお陰なのだ。
本来であれば、大人たちに黙って一人で狩りに出向いた愚かな自分は、あの森でダークガルムの主に出会い、抵抗虚しく無残に食い殺されてしまっていたことだろう。あの時にレインハイトがいたからこそ、自分はこうして生きていられるのだ、とシエルはレインハイトに出会ってから現在に至るまで、彼に対して感謝の念を深く心に刻み込んできたのである。
まだ出会ってから一年ほどしか経っていないが、彼女にとってレインハイトは、命の恩人というのはもちろん。家族と同じか、それ以上に大切なかけがえのない存在になっていた。
そんな彼に拒絶されるのは、彼が魔法で傷つくことより何倍も辛いことであった。レインハイトの側に居られなくなるくらいならば、シエルは喜んで傍観を選ぶだろう。
それは歪んだ依存心とも言える感情なのだが、幼いシエルにその自覚はなかった。
「ははは、ハハハハハハハッ!」
結局、決断が遅れたシエルは、レインハイトを止めることはできなかった。
哄笑を上げながら歩き出したレインハイトの無事を願いつつ、シエルは両手を組み、神に祈った。
もしもここでシエルがレインハイトを止めることができていたら、また別の未来があったのかもしれない。しかし、シエルは傍観を選び、怒りに飲まれたレインハイトを放置する形となった。
きっと彼女は次の魔法で決着がつくと思っているのだろう。もちろん、それはレインハイトの敗北という形で。
「――彼の者を打ち砕く鉄槌を放ち給え――『空槌』!」
レインハイトが動き出した時から、動揺しつつも抜かりなく詠唱を始めていたクリードは、シエルの予想した通り、先程使用した不可視の風魔法を放った。
魔法陣が構築され、大気の情報に干渉し、世界の改変を行う。
完全に展開され、ゆっくりと回転する魔法陣は、必要な魔力を術者から吸い上げたのち、凄まじい早さで魔法を構築していった。
これで終わりだ。と、この場にいる誰もがそう思っただろう。ただ一人、虚ろな笑みを浮かべたレインハイトを除いて。
レインハイトは、まるで予めそこに魔法が出現することがわかっていたかのように、自らの正面に突如発生した圧縮された空気の塊を、真横に飛び退るという最小限の動作で難なく回避した。
「なっ……!?」
その声は魔法を放ったクリードのものだったのか、はたまた周囲のギャラリーから発せられたものだったのか。レインハイトはその無意味な思考を即座に切り捨て、クリードに向かって全速力で駆けた。
練纏式体術『疾風』で強化された脚力を持ってすれば、二十数メイル程度の距離を即座に詰めることなど容易いことである。結果、クリードが対抗策を思考する隙もないまま、レインハイトはその懐に飛び込むことに成功した。
「クソッ! 来るなッ!」
焦ったクリードは、咄嗟に右手に握っていた杖を眼前に迫るレインハイトに付き出した。
一見、ただの悪あがきのように見える行為だが、銀製の杖は人間の皮膚を突き破る程度の貫通力は充分に備えているため、それ単体でも純粋な凶器になり得るのである。
よってその行為は、クリードが現在講じることのできる手段の中では最善手であったといえるだろう。動揺で硬直した体では回避行動を取ることはできず、今更魔法の詠唱を始めたところで到底間に合うはずがないからだ。
だが、クリードが持てる限りの最高速度かつ、相手の意表を突く完璧なタイミングというこれ以上ない絶妙な形で突き出されたその一撃を持ってしても、レインハイトの皮膚を貫くには至らなかった。
レインハイトはその凄まじい突きを完全に目に捉え、僅かに外側へと体をずらした。たったそれだけの動作により、クリードの渾身の一撃は空を切ることとなる。
「……化け物め……!」
杖による攻撃を避けられ、愕然とした表情を浮かべるクリードの口から、忌々しげな声が漏れ出た。
点の攻撃である突きは、その回避のし易さが弱点である。レインハイトはそれを即座に判断し、少ない動作で躱したのだ。長耳族の村でロイやエリドと行ってきた模擬戦の経験が、ここにきてついに実を結んだのである。
レインハイトは、突きを放った格好のまま硬直し、驚愕の表情を浮かべたクリードの腕を流麗な動作で掴んだ。
そして、己の使える唯一の魔法を構築する。
「『吸魔』」
「ぐっ……!? ……何を……」
等速で回転しながら無詠唱で起動した紫の魔法陣は、一瞬にしてクリードの魔力を吸い尽くし、枯渇させた。
あまり魔力を吸った感覚が得られないということは、ヴィンセントには及ぶべくもない魔力総量だったということか。レインハイトは冷静に分析し、膝を付くクリードの右腕を放した。
そして、既に何の抵抗もできないほど衰弱しているクリードに対し、無傷の左手を大きく引き、攻撃の構えを取る。
自分はこの男から一撃貰ったのだから、それを返すのは当然だろう。痛みは引いてきたとはいえ、未だ動かすことはかなわない右腕の借りを返すべく、レインハイトは静かに左腕に魔力を込めた。
現在のクリードはまだ意識があり、降参も告げていない。決着の条件がクリアされていない以上、決闘は続行である。
もちろん、レインハイトは全力で殴るようなことはしない。そんなことをすれば死んでしまうかもしれないからだ。命を懸けた戦い以外で相手の命を奪うことは、レインハイトの嫌う理不尽な行為であり、最も忌むべき所業であった。
しかし、かと言って中途半端な力で殴れば、この男は気を失わないかもしれない。決着の条件は、降参を告げるか、相手を戦闘不能にするかである。よって、レインハイトは絶妙に力のコントロールをし、相手の意識を刈り取らねばならないのだ。
既にクリードは魔力枯渇により戦闘不能と言えなくもない状態なのだが、レインハイトは魔法を受けたことにより、少々意地になっているようだ。
長くなりすぎたので話を二つに分け(以下略




