死体が人を殺した 承
翌日、崇典は村井葬儀社に向かった。
入り口には、菊河がいて死体を安置している部屋まで崇典を案内した。そして、死体の説明を始めた。
「被害者は三人おられます。一人目は茂沢大地さん。最初にお亡くなりになられました。」
棺桶のなかには、胸部に包帯を巻かれた男の死体があった。鉈で胸を刺され死んだという。
「二人目は拝木和歌さん。二番目にお亡くなりになられました。」
若い女だった。こちらは左肩から右の脇腹までを斜めに切り裂かれて死んだようだ。
「三人目は伊野利信さん。最後の被害者です。」
首に包帯を巻かれた男だった。犯人は最後にこの男の首をはねた。
「次は容疑者の依田紗香さん。今回の事件でさっきの三人を殺した犯人です。」
近くの一流大学に通っていて、普段の様子からは通り魔などするような人には見えなかったと知り合いは口をそろえて言ったのだという。
「あのー、この人の死因は?」
崇典は菊河に訊ねた。
「薬による中毒死だそうです。」菊河は答えた。
依田の右手首に何かの痕があった。
「これって何の痕ですか?」
「時計か何かでしょう。死後硬直で痕が残ったのだと思います。」
依田は右手に時計をつけていた。つまり、左利き。
通常、左利きの人間が刃物を振り下ろして相手を切り裂き、殺めたのなら傷は右肩から左の脇腹への斜線になるだろう。しかし、拝木の傷はそうではなかった。つまり……
「依田は犯人じゃない。」
崇典はつぶやいた。
「え?」
菊河は聞き返そうとしたが、崇典のもう一つの質問で打ち消されてしまった。
「死亡指定時刻が変だったのは、依田さんだけですよね。」
「あ、はい。他の三人は事件の時間と一致していたようです。」
きっと、依田に死亡推定時刻の偽装をしなかったのは、『死人憑き』の存在を知る者への目くらましだろう。
だとしたら、きっと犯人は残りの三人の内の誰かだろう。被害者という立場ほどこの事件での安全な隠れ場所は他にないからだ。
「何故、伊野さんだけ首をはねられているんですか?」崇典はまた質問をした。
「スマートフォンで動画を撮りながら逃げていたらしいのです。足元が見えずに転んで、運悪く犯人の目の前に倒れ込んだそうです。」
「なるほど、それで首を……。撮っていた動画というのは事件のものですか?」
「はい、警察の方々が動画を見るためにスマートフォンのパスワードを解読するのに苦労したそうですよ。」
そういうと菊河は腕時計を見て、そろそろ持ち場に戻ると言って部屋を出て行った。
「コノ事件ノ犯人ハ、カナリ有能ナ『死人憑き』ミタイダネ。」
菊河が出て行った途端、化はバッグから顔を出して話しだした。
「どうしてそう思う?」
「一度ニ複数ノ死体ヲ操ルノハ、能力ガ高クナイトデキナイ。」
犯人が事件の時に憑いた死体は依田のものと、自分のものの二つだ。
死体に動く気配はなかった。『死人憑き』について知識のある者に居られては都合が悪いのだろう。そう考えれば、犯人は『死人憑き』について熟知している者ということになる。
それにしても、何故他の三人は全員、死亡推定時刻が不自然ではないのだろうか、犯人がいれば一人だけ死亡推定時刻が早い者が居るはずだが。
崇典は推理していく。すると推理の螺旋を掻き分けるように声が聞こえた。
「謎ヲ解ク準備ハ、デキタカイ?」