死体が人を殺した 起
大きなスクランブル交差点の近くでそれは起こった。
一人の女が鉈を持って暴れているのだ。既に二人の死体が地面に転がっている。
近くにいた人々は悲鳴を上げて、我先にと逃げている。
もみ合いになって倒れた男の首を女は鉈で切り落とした。血しぶきが上がる。人々はそれを見て、更に恐怖を感じた。
女は逃げる人達を追いかけていたが、やがてヨロヨロとよろめき地面にバタリと倒れた。
人々は女が動かなくなりひどくほっとしたが、誰も近づかない。
しばらくして、誰かが呼んだ警察が到着し、倒れている女を調べた。既に脈はなく死亡しているようだった。
結局、この通り魔事件は犯人死亡で捜査を終了したが、一つの大きな謎が残った。それは、女の死亡推定時刻が犯行の四時間前ということである。
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「君の目的は何だ?」
崇典は机の上で寝転んでいる化に訊いた。
「目的?」
「魂を喰らう目的だよ。」
「魂ヲ完成サセルコトカナ。」
化は崇典の方に首をグリッと曲げて答えた。
「魂を完成?」
「事件ガ来ルヨ。」
もう一度、崇典が何かを言おうとすると、それを遮るように化が言った。
ドアが開き、事務所の中に喪服を着た四十代くらいの男が入ってきた。
「ここって探偵事務所ですよね?」
「はい、そうですけど……」
「ああ、申し遅れました。私、村井葬儀社の菊河と申します。」
菊河は崇典に名刺を差し出した。「僕は探偵の新名です。」と言うと、崇典は名刺をしまって、訊ねた。
「どういうご用件で?」
「ある事件の被害者と加害者の葬式に少し問題が発生しておりまして。」
「ある事件というのは?」
「この前起こった通り魔事件です。」
「ああ、新聞の一面で大きな記事になっていましたね。」
「ええ、その事件なんですが、事件自体にも少し不可解な点が……」
「不可解な点?」
「はい、三人の男女を鉈で斬り殺した犯人なんですが、三人目を殺した後すぐに突然死亡したんです。」
「記事に載っていましたね。」
「そうなんですが、実は犯人の死亡推定時刻は事件発生の四時間前なんですよ。」
普通に考えれば、犯行の四時間前に死亡していたのなら、犯行は不可能である。しかし、近くの監視カメラも犯人の女が鉈で人に斬り掛かっている様子を捉えているのだ。第一、何十人という目撃者がいる。
「それで、調査していたただきたいことはですね、加害者と被害者の遺体が動くのですよ。」
「どのようにですか?」
「生きている人間のようにです。動いても一分位なのですが、遺体が動いてしまうといつまで経っても葬式が執り行えないんです。だから原因を調べてほしいのですが。」
既に死んでいたはずの人間が人を殺し、そして、死体が動く、まさに奇々怪々な事件。妖怪が絡んでいると見てまず間違いはなさそうだ。
「分かりました、調査します。」
「ありがとうございます。では明日、村井葬儀社までお越しください。」
そう言うと菊河は帰っていった。
菊河が帰った後、化は口を開いてこう言った。
「死体ヲ自由ニ操ル者トイッタラ、『死人憑き(しびとつき)』カナ。」
「それは妖怪?」
「妖怪トイエバ妖怪ダケド、元々ハ人間サ。死ンデカラ霊ニナッテ、死体ニ取リ憑ク事ガデキル者ガ死人憑きト呼バレル。」
そういえば、と崇典は話を戻した。
「さっき言ってた、魂を完成させるってどういうこと?」
「イズレ解ルヨ。君ハ最大ノ事件ニタドリ着ク。」
化は相変わらずニタニタ笑いながら話している。
『最大の事件』、その言葉に崇典は首を傾げた。
mystery2開始です。