影のない死者 承
村の失踪事件では、三人が失踪しており、今朝消えた川崎をあわせると計四人になる。
西内に連れられて、崇典は関係者の四人に会いにいった。
一人目は荻野晋平という男で、彼は失踪した三人と酒の席で口論になり、そのまま殴り合いの喧嘩になったという。
そのとき、荻野は大声で怒鳴っていて、怒鳴っていた言葉の中には殺意を読み取れるような言葉もあったという。
荻野の家の前に着くと西内は戸を叩いて荻野を呼んだ。すると、戸が開き中から荻野が出てきた。
「荻野晋平さんですね?僕は西内さんから依頼を受けた、探偵の新名と申します。」
崇典がそう言うと、荻野は驚いてきょとんとした表情になった。
「西内さんが依頼ってことは今朝、西内さんが川崎さんの死体が消えるのを見たってやつの調査か?」
「そうですが……」
「新名さんでしたっけ?アンタ本当にそんなことがあると思ってんのかい?」
荻野は少し前のめりになって聞いてきた。
「ええ、まあ……」と崇典は適当に返答し、本題を切り出した。
「僕が今日窺ったのは、失踪事件のことについてなんです。失踪事件の書類の中に荻野さんの名前があったので、お話を伺おうと思いまして。」
「ああ、あれか。確かにあいつらともめたけど、酒が入ってたからなあ。しかも次の日にはみんな機嫌も直ってたし、その日も一緒に飲みに行ったから、その日には仲直りしたよ。」
荻野の腕には傷の跡があった。きっと喧嘩の時に出来たものだろう。けっこう大きな傷なので出来た時にはかなり痛かったことだろう。
「そうでしたか、ありがとうございます。」
崇典はそう言って、荻野の家をあとにした。
二人目は富田里加という女で失踪人の一人に捨てられたという。およそ一年間二股をかけられており、相手から別れを告げられた日の夜、近所中に響き渡るほどの大きな音と声を上げて喧嘩していたらしい。
新名が話を聞いた途端、富田は捨てられたことを思い出したのだろう、鬼のような形相になって怒鳴るように返答してきた。
「出来ることなら殺してやりたいわよ!あの男、私を一年も騙してたのよ!許せない!」
「でも、失踪させてはてはいないんですよね?」
あまりの迫力に崇典は苦笑いしながら訊いた。すると富田はもっと声を荒げた。
「そんなことするわけないでしょ!第一、他の二人にはなんの恨みもないんだから!」
「西内さんが今朝見た出来事については?」
「信じるわけないでしょ!死体が消えるなんて!」
富田の怒りのボルテージがどんどん上がっていく。これ以上ここにいてはまずいと崇典は西内に眼で伝え、そそくさと富田の家をあとにした。
三人目は北坂浩一という男で、村の中で一番儲けている農業エリートだという。もともと村にいたわけではなく一流大学を卒業後、農業で稼ぐために笠丘村に引っ越してきたらしい。失踪人達とはよそ者ということで元々馬が合わず、最近では村から出て行けと言われていたらしい。
北坂の家までいくと、北坂は玄関を掃除していた。見ると玄関には畑の土が散乱している。
「すみません、西内さんから依頼を受けてきた探偵の新名と申します。」
北坂は顔を上げ、口を開いた。
「西内さんから?ああ、今朝の件ですか。びっくりしましたよ、人が突然燃えて消えるなんて。」
「北坂さんは西内さんの話、信じてるんですか?」
「まあ、見たのは本当だろうけど、幻覚かなにかじゃないですか?西内さん最近忙しくて休んでないようだったから。」
崇典の後ろで西内が苦笑いを浮かべている。
「突然なんですけど、失踪事件についてお話伺ってもいいですか?」
「ええ、何でも訊いて下さい。」
「坂北さんは失踪した三人のことを恨んでいましたか?」
「まあ、確かに彼らの行動は迷惑でしたけど無視していたので、恨むというような感情はありませんでした。」
話を聞いている途中、崇典は北坂を観察した。持っている箒のブラシ部分は新しい訳ではないが真っ直ぐになっており、戸の前には泥落とし用のマットが敷かれていて、それもきれいに洗われていた。北坂は几帳面な性格なのだろう。
家の隣には大きな倉庫があった。
「あの倉庫の中見させてもらってもいいですかね?」
「いいですよ。でも中の道具には触らないでくださいね、危ないので。」
「分かりました。」
崇典は倉庫へ向かった。西内は北坂と何やら話している。
西内が居なくなった隙を見つけた瞬間、化がバッグから顔を出した。
「何カ解ッタカイ?」
「今、考えているとこだよ。」
「早メニ頼ムヨ、ソロソロ、オ腹ガ空イテキタ。」
そう崇典に催促すると、化はまたバッグに中に入ってしまった。
倉庫の中の道具はすべてきれいに手入れされていて、汚れているものは一つもなかった。やはり北坂は几帳面な性格なのだろう。
「ありがとうございました。」
崇典は倉庫を見せてくれた北坂に礼を言い、坂北の家をあとにした。
最後は田浦和幸という男で、失踪人の三人とは麻雀仲間であり、四人でよく賭け麻雀をしていたという。
しかし田浦以外の三人は勝負を仕込んで、いつも田浦が負けるようにしていたのである。田浦がいままで騙されてとられた金額は計九十万円以上らしい。
崇典が確かめると田浦は少し不満そうな顔をして答えた。
「ああ、俺は九十万くらいあいつらに騙しとられたよ。あの三人を嫌ってた人、結構多かったから、居なくなって清々したよ。でも、どうせ居なくなるんなら金を返してから居なくなれってんだ。」
田浦の靴はボロボロになっていた、九十万円以上の金をとられたので金銭的な余裕がなく、新しい靴を買っていないのだろう。
北坂が儲けている今、ただでさえ収入が少なくなっているのに、九十万円がなくなれば死活問題になるかもしれない。
「警察に行こうにも、賭博自体が犯罪だからね、言えないんだよ。恨んでるかって訊かれたら、まあ恨んでるね。」
崇典は田浦から大体の話を聞いて、田浦の家をあとにした。
これで、この日の調査は終了した。崇典は西内の家に泊まることにした。
「新名さん、何か解りましたか?」
西内は少し不安そうに訊いてきた。
「明日までには答えは出るはずです。」
崇典の頭の中では、今日見たこと、聞いたことがぐるぐると回転していた。すると突然、推理の螺旋掻き分けるように声が聞こえた。
「謎ヲ解ク準備ハ、デキタカイ?」
次回はいよいよ推理編です。