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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自慢の姉

自慢の姉は変態です

※ 息抜き短編につき、他の連載作品の更新が遅れていることに対しての苦情、誹謗中傷は受け付けませんのであしからず。

 朝比奈(あさひな)夏生(なつき)には目に入れても痛くないほど可愛い妹がいる。

 いや、実際に入れても痛くないだろう自信もある。

 妹の名前は朝比奈(あさひな)小春(こはる)


 顔立ちもきつめで黒髪の直毛である夏生と違い、ふわふわのやや淡い色の髪に優しげな目元が特徴のお姫様みたいに可愛らしい女の子だ。

 さらには小柄で守ってやりたいと思えるような容姿は実に庇護欲をそそる。

 レースとオーガニックとパステルカラーがよく似合う。

 そのくせ、脱げばなかなかにグラマーで、どこかぼんやりとした甘い顔とのギャップがたまらない。世界一大切な夏生の妹だ。


 とはいえ、夏希も小春を生まれた当初から可愛く思っていたわけではない。

 なにせ小春は夏希と七歳も離れている。

 彼女が生まれた際に嬉しかったが、既に小学校に上がり、友達も大勢いた夏生は幼い妹にさほど関心があったわけではない。


 しかし、妹が出来て二年ほどして、父親が病に倒れた。

 母はその看病と生活費を稼ぐための仕事に追われ、必然的に小春の世話が夏生に回ってきた。

 当初は小春の世話など嫌で仕方がなかった。

 最初小春は母ばかりを追い求め、全然夏生になつかなかった。

 いつも泣いてばかりの妹は全く可愛く思えず、さらにはその世話で友達と遊べなくなり、それでふてくされていた。


 そんな風に始めた小春の世話だが、およそ一月ほどたったある日だった。

 小春が昼寝をしている間に宿題をしていた夏生に、目覚めた小春がよたよたと近づいてきた。

 この頃になると夏生が小春の世話を始めてしばらく経っていたので、小春も夏生になつき始めていた。それでもまだ夏生には小春がさほど可愛いとは思っていなかった。


「ねーた。めぇ、かいかい」


 目をこすりながら近づき片言で小春は訴える。

 小春の言葉と様子にどうやら目が痒いようだとわかる。

 宿題があと少しで終わるというところだったが、仕方なく、夏生は勉強を中断して、床に座り「おいで」と小春を招き入れる。

 その頃小春は目の病気にかかりかけており、子供用の目薬を定期的に刺さなければならなかった。

 母から預かっていた子供用の目薬を取り出ししきりに目をこする小春を、自身のあぐらをかいた足の上に座らせる。

 夏生の膝におむつで膨れたお尻がほんわり乗っかる。


「こら、小春?手どけて。掻いちゃダメって言われてるでしょ?」


 二歳児に言っても無駄だとわかっている。案の定痛そうに目を瞑ったままこする手をどけない小春は言い訳する。


「だっちぇ、いちゃあ、の」


 涙を流す小春に様子が少しだけ可愛く感じ、夏生は優しく微笑み、その手をどけて目薬をさしてやった。

 実は小春は目薬が苦手だ。痛いのが治るのは分かっているようだが、挿すときにぎゅっと目を瞑ってしまうため、うまくできないことがあった。

 この時も挿したとたん目を閉じてしまった、小春に目から溢れる余分な目薬を拭ってやりながら、夏生は目薬を「小春?パチパチ」と言った。

 もちろん、これは目を、という意味だ。

 だがうまく目が開けられないのか小春は「パチパチ?」というだけだ。

 再度夏生が「パチパチだよ」と言えば、小春は手をパチパチと叩き出した。

 もちろん目は閉じたままだ。どうやら目ができない代わりに手をパチパチと叩いたらしい。

 その様子を見た夏生は得も知れぬ衝撃を受けた。

 体中になにか熱くたぎるものが駆け抜け、顔に熱が集中し、じっと小春を見る。

 ……なに、この可愛い生き物!?

 その時始めて夏生は小春が猛烈に可愛いと感じた瞬間だった。


 それからの夏生は小春の可愛い仕草がもっと見たくて積極的に構いまくった。


 小春は小春で母親がいない状況がやはり寂しかったようで、構う夏生にいつもにこっと笑いかけてくる。


 幼い小春はちょっとおバカなところが有り、それがまた夏生にとってはたまらない。

 あるとき夏生が「小春は将来なにになりたい?」と聞けば、キラキラした目で「信号機!」と答えた。その様子を観察してニヤニヤしてしまった。

 何色になる気だ。愛いやつめ。

 それがまた可愛く、夏生は萌えて身悶える。


 さらにあるとき、保育園に迎えに言ったら眠っているらしく、起こしてくると保育士さんに待たされていると、他の園児に声をかけられ、話を適当にしていれば、突然背後から、小春に飛びかかられた。

 驚いていると、「ウキワしちゃいやあ!」と泣きべそをかかれる。

 どうやら浮気と間違えているらしい。どこでそんな言葉を覚えたやらと思ったが、あまりの可愛さに「するわけないじゃない」とばかりに小春をぎゅうと抱きしめてやったら、小春もえへ、と満面の笑みで抱きつき返してくる。

 そんな姉妹の様子を他の園児がおかしなものを見るかのように引いていることすら忘れて、夏生はだらしなく頬を緩めた。

 可愛い、可愛すぎる!


 そんなこんなで、おバカで可愛い小春に夏生は夢中になった。


 完全なシスコンだった。しかも七歳も離れた妹に夏生はいつもべったりだった。

 たまに帰ってきた母親が疑惑の視線を向けるほど、家でも夏生は小春を手放さない。小春もそんな夏生にべったりとなついた。

 夏生にとって小春はあまりにも可愛くて可愛くて、もう食べてしまいたいくらいだった。

 実際小春はその当時、ちょっとだけぽっちゃりとして、色白で全体的にマシュマロみたいに柔らかかった。その様子に、なんだか美味しそうと思っていた。

 もちろんそんなのは本来言葉の揶揄だ。小春に対しそんな言葉を言う人は身内以外でも保育園の先生などにもいた。

 夏生だってわかっていた。理性では。

 だが日に日に可愛く感じる小春にその欲求がどこか不自然に高まっていくのを感じていた。最初は気のせいだと思っていた。

 しかし、何かがおかしかった。自分の中の自分でない何かが暴れるような感覚。

 小春を見るたびに、唾液の分泌量が高まる危機感。そして異様な飢餓感。

 愛らしい小春を見て感じるにはあまりに異様な感覚に、夏生はだんだん自分が怖くなってきた。しかし小春を見れば可愛がりたいという欲求を抑えきれなかった。

 だから必死で自分の中の得体の知れない何かを夏生は抑えようとした。抑えて、小春を構いまくった。しかしそれはやはりただの現実逃避。徐々に夏生の闇は膨れ上がり、ある日爆発した。


 とある休日の昼だった。

 ふっと意識が浮上し、目を開いた。呆とする頭で周りを見れば、おもちゃの散らかった自宅の部屋が見えて、その中に小春がうつ伏せで寝ているのが見えた。

 その状況に、どうやら夏生は小春を昼寝させようと、一緒に寝転んでいたら、そのまま眠ってしまっていたことを思い出す。

 働かない頭で、周囲を見れば、ふと小春の小さな耳が目に入る。

 まだ寝ぼけていた、夏生は思わず、目の前に会ったマシュマロみたいな、その耳に唇を寄せ、パクリと食んだ。それはとても柔らかくてどこか甘美な味がした、気がした。

「ふ、にゃあ…?」

 だが、違和感に気づいたのか小春が少し顔をしかめ、声を上げた。いやいやと顔を動かす。

 その振動で、夏生は我に返った。慌てて、小春から離れ、そして呆然とする。

 一体自分は今何をしていた?

 幸い小春は起きなかったが、自分の唾液でベトベトになっている小春の横顔に夏生は危機感を覚えた。

 頬にキスは何度となくやっていた。小春も嫌がらずにいてくれた。

 しかし耳?しかもふにゃふにゃと柔らかいそれは口の中でまるで甘味のように甘く、夏生の中の何かを刺激する。僅かな飢餓感を含むその感情。

 本気で食べそうになってた?夏生は顔を青ざめさせた。


(そ、それはやっぱりダメだろ?)


 その頃の夏生は小学校六年の多感な時期だった。

 それなりに大人なことに興味もあり、今時の子供として漫画などでそれなり仕入れた知識で耳年増だった。その知識と思考で夏生は思った。


(同性愛者で飽き足らず、近親相姦とか。有り得ない。)


 夏生は小春の姉だ。両親とも同じまごうことなき実妹だ。

 だが明らかに夏生はまだ幼い小春に対し性欲に近い欲情を感じていた。

 そのことに絶望する。

 まだ無垢で綺麗なばかりの小春にこんな邪な思いを抱くなんて。

 そんな美味し……いやいや!ダメだろ!

 そんなことを考えていたせいだろうか。

 パタパタと赤いものが小春の頬を染めた。


「あ」


 気がついたら、鼻血が出ていた。

 やばい。本気で危機感を覚え、夏生は小春が起きないうちにティッシュでその頬を清め、未だ安らかに眠る無垢な妹のそばから逃げ出した。


 それからというもの、小春を見るたびに夏生は動悸息切れ着付けに襲われるようになった。

 自分の気持ちに気づいてしまったがゆえの、自覚症状か。


 これが恋というものかしら?


 というか、そんな「うふふ」な妄想で終わればいいのだが現実はそうはならない。

 小春を見るたびにひどい内心で荒れ狂う感情を抑えるのに必死な夏生はもう、彼女を見ながらではまともに会話ができなくなっていた。

 少し見ても、その可愛らしさに唾液が止まらず飲み込むのに必死で口は真一文字になり、激しい動悸に眉間に皺がよる。

 いつ、小春に襲いかかるかすらわからない我が身の不安に、夏生は小春を避け始める。

 しかし、夏生が大好きな小春は夏希を見つけると笑顔で「ねーたーん」と飛びついてくる。


 その度に逃げ出すものの、小春はその小さな足を必死に動かし追って来る。

 それはそうだろう。幼い小春には夏生の状態などわかるはずもない。小春を甘やかしてきた夏生にここでツケが回ってきているのだ。

 夏生になでてもらおうと小春という名前の萌殺人鬼に追いかけられ、夏生は幸福と絶望を同時に味わう。

 そんな夏生の態度の変化に、もちろん小春は敏感に悟っていた。


 しかし、ややおバカな小春は今まで優しかった姉を知っているだけに、どうして避けられるのか分からないようで必死で追いかけ抱きついてくる。


「ねーたん、遊んでー」


 おねだりの甘い声にクラクラした。

 しかし遊びを要求する小春に夏生は応えられない。

 その柔らかくて可愛らしいミルクの臭いのする体温を感じるたびに、吹き出す鼻血が小春にかからないようにするので夏生は顔そらすだけで精一杯だった。

 やばい萌え死ぬ。出血多量で死にかけた。

 さらに本当に貧血で学校で倒れた。それで三日間ほど本当に入院した。


 それから入院の間、悩みに悩んだ。

 この症状を止める手立てがないものか、と思って手がかりになりそうなものを図書館で借りてきてもらい読み漁り、さらには参考になりそうな近親相姦ものや妹萌の同人誌などを友達に頼み借りまくったりした。

 しかし、全く症状に該当するものはなく、むしろ同人誌を見て、自分を正当化しかけ、思考を封印する。絶対に十八禁ものは見ないよう心に誓う。多分箍が外れる。

 さらに本を呼んで愕然とする。大抵の近親相姦物は全年齢では結局血が繋がっていなかったり、妹萌えの作品も兄と妹という異性間のものだと知った。同性であり実妹に異常な萌を感じている自分の異常性を寧ろ思い知る結果になっただけだった。


 結局本に手がかりを求めるのは諦め、退院した夏生は他の手立てを探して何でも試した。

 精神安定に良いというヨガや運動、食事に手を出してもダメだった。

 しかもヨガを始める夏生に小春が一緒になって、ヨガを始めてしまい、幼児特有の短い手足で、一生懸命な姿を見て興奮し、鼻血で再び入院しそうになった。


 あまりの苦悩にお寺に頼み込み、坐禅や写経などで煩悩を捨て去る修行もしてみた。

 小学生なのに熱心だと住職に褒められ、それにおごることなく、静まり返る心にその場では煩悩を断ち切ったと思っても帰っても、小春を見れば、ぶり返す動悸息切れにまるで効果はない。


 一向に改善しない症状に夏生は焦った。

 そんな中、取れる最善の手立ては小春と距離を取ることだけだった。

 近寄らず、姿を視界に入れない、会話しない。

 突然よそよそしくなった姉に悲しそうな顔をする小春には悪いとは思ったが、小春の貞操と自分の命には代えられない。

 彼女と距離を置きながら壁に隠れるあいだでも、そのションボリとした姿がたまらない、と鼻息が荒くなるあたり末期だと感じる。

 それでもまだ幼い彼女には自分はまだ必要だと言い聞かせ、増血作用のあるレバーを食べながら頑張った。


 しかし神はそんな夏生の努力などあざ笑うかのようなひどい試練を与えた。

 それは運命の日だった。


 あの小春を食べそうになった日から、夏生は母に保育園への小春の送り迎えを頼んでいた。しかしその日に限って、どうしても母の都合がつかなかった。

 迎えに行けるのが夏生しかおらず、恐る恐る保育園に小春を迎えに行った。

 先生に挨拶し、小春を伴って帰宅の途につく。

 その帰り道はもちろん一定の距離を持って小春に近づかない。

 とはいえ、外では危ないので、家や他の場所ほど離れるわけにもいかない。ギリギリ手が届く程度の距離を保ち小春の隣を歩く。

 以前であれば手を繋いでいたが、とてもではないが無理だ。

 夏生の様子に小春はしょんぼりしているが、その表情も「ごちそうさまです!」とか思っている時点で夏生は本気の変態だと思う。

 そんな夏生の邪な思いに小春はもちろん気づかない。いや気づいてもらったら困る、というか理解されたらやばい。

 まだ小春は五歳児だ。小春には清いままでいてほしい!

 そんなことを考えていたら、小さな何かが手に触れてきた。

 よく知る感触に夏生は硬直した。小春の手だ。小春がその小さな手をのばしぎゅっと手を握ってきたのだ。

 瞬間、その仕草の可愛らしさに動悸息切れが止まらない。

 ともすれ気をつけなければ、洪水のようにあふれる唾液を飲み込むのに必死になった。

 すぐにでも小春から離れたかったが、道が悪かった。

 歩道のない車道でまだ五歳児の小春を振り払うことはできなかった。

 垂れそうになるよだれも押さえ込み、夏生は必死で口を真一文字にする。

 そんな夏生の我慢など知らない無垢な小春は、振り払われなかったことがよほど嬉しいのか。

 破壊力抜群の笑顔を夏生に向け将来の夢の話をし始めた。


「こはりゅ、まえに信号機になりたいって言ったけど」


 そう前置きをして少し恥ずかしそうにもじもじする小春の可愛さは文字通り食べてしまいたいほど可愛い。

 必死に自分の情動に耐える夏生に小春は言ってはいけない言葉を口にした。


「やっぱりねーたんのお嫁しゃんになる!」


 地球が崩壊した。地は割れ、溶岩が吹き出し、海という海が蒸発し、消える。それほどの衝撃か。

 その破壊力たるや、ビックバンを起こす勢いか、ラグナロクの始まりか。

 兎に角、例えにするのも最低でも宇宙規模でなくてはならないほどの破壊力に夏生は吹き出す鼻血を必死に手で抑え、可愛い小春が血に染まらないように顔を背けた。


「ねーたん?」


 そんな夏生の反応が気になるのだろう小春がおずおずとこちらを覗き込んでくる。しかし、夏生は小春の顔を見れなかった。

 今見たら、おそらく幼い妹に心的外傷を与えてしまうほどの、血液を彼女に吹きかけてしまいかねない。

 それだけは避けたかった。

 天使とは名ばかりの夏生限定の萌殺人鬼が迫る。

 幸いその場はほとんど家に近く、ほとんど家の門はすぐそばで、夏生は家に向かって逃げ出した。

 幼い小春を置き去りにして、家に帰りつき、部屋へ一目散に逃げた。

 部屋に入れば、最近では常備してあるティッシュをまとめて鼻に突っ込み、布団をかぶった。


 怖い怖い怖い。


 あまりの恐怖に夏生は震えが止まらない。

 このままでは本気で死にかねない。死因が『妹に萌出血死』とかない。

 そんなあまりな危機感に夏生は諤諤と震えた。

 流石に夏生はこのままではいけないことを感じた。


 このままでは命の危険どころか、真面目に小春を食いかねない自分に愕然とする。

 頭に血が上っているせいか、先ほどの光景を思い出すだけで、興奮し再び鼻血が止まらなくなる。とてもティッシュでは追い付かず、バスタオルで鼻を覆う。

 いくら血の気が多いとは言え、これはない。ありえない。

 このままでは出血多量で小春に萌え死ぬか、いずれ小春に致命的な心的外傷を与えかねない。

 小春には純粋なままでいてほしいのだ。決して妹萌とかの姉の毒牙にかかってもらって欲しくない。

 百合的、十八禁的展開は不要だ。……美味しい気はするが、我慢だ!


 このままでは小春に致命的なことをしてしまいそうで、がたがたと震えた。

 ふと、気付けば結構な時間が経っているようで、わずかに窓の外が暗くなっていた。

 そのことにふと小春の気配が家にないことに気付く。

 顔から血の気が引き、慌てて階下を探しても、幼いその姿はない。

 いくら家が目の前と言っても五歳児を外に放置して帰ってきてしまった自分の失態に気付き、夏生は青ざめた。

 体がガタガタと震え最悪の未来が脳裏に浮かぶ。

 慌てて、外に飛び出し、周囲を見渡しても小春の姿はどこにもなかった。

 まだか、誘拐されて……。いや、小春はかわいいから絶対そうだ。

 誘拐後の最悪の考えが頭に過ぎ去り、慌てて外に飛び出し、小春を探す。


「小春うーーーー!」


 大声で呼んでもあの愛らしい返事はない。

 夏生は焦りに焦った。

 もはや小春を探しに夏生の足は走り出していた。

 ご近所中を探し歩き、それでも見つからない。

 道行く人に聞いても、一人で歩く五歳児など見ていないと足取りのつかめない。

 そうしてどれくらい探し回っただろう。もはや全身汗だくで足元もおぼつかなくなっていた。

 すでに日は暮れており、小春を最後に見た時間からの時間の経過に夏生は絶望し、思わずその場に膝をついてしまった時だった。


「……あんた、何してるの?」


 突然かけられた声は母親の声だった。

 驚いて、顔を上げれば母が地面に座り込んだ夏生を怪訝そうに見下ろしている。

 そして、その背には……。


「こ、小春ぅぅ!」


 慌てて母親に駆け寄れば、その背には夏生の声にも目を覚まさず、保育園の制服のまま、すやすや眠る小春の姿があった。


「ああ。あんた。小春、ちゃんと見といてって言ったのに」


 母親は夏生にぐちぐちと文句を言う。

 母親の言うことには、母親が用事から帰ってくると道端でしょんぼりしゃがみこんでいる小春を見つけた。

 母親の姿に泣きながらしがみ付いてくる小春を家に帰すのも面倒だと、そのまま買い物に連れて行ったのだという。


「もう、小春はなんか妙にさみしがって離れないし大変だったんだから。罰としてここからはあんたが負ぶって帰りなさい」


 そう言って、母親は小春を夏生に押し付けた。

 真から眠っているようで小春はまるで起きる気配はない。

 しかしその柔らかさと温かさに思わず夏生は涙ぐんだ。無事だったことが嬉しくて抱きかかえ、ぎゅっと抱きしめた。

 すると苦しいのか身じろぎする小春に、笑みがこぼれた。相変わらず幼児特有のミルク臭さに小春が無事であることを感じ安心する。

 そんな姉妹の様子に母親は、何も言わず、ただ「早く帰るよ」と先を促す。

 夏生は小春を大事に大事に抱え上げ、母親の後を追った。

 その時の夏生は小春を心配しすぎて、自分の中のたぎる萌が一時的に収まっているのに気付かなかった。


 しかしその後、落ち着いてその時のことを思い出し、夏生は自室のカーペットに血だまりを作り、母親にしこたま怒られたのだった。


 そんなことがあったため、夏生は家を出ることを決意した。

 幸いというべきか小春に対する我慢に自信はないが、学力には自信があった。

 以前からその学力を買われて中学は全寮制の私学に行かないかと誘われていた。

 もちろん奨学金付だ。その頃には病で父親を失っていた朝比奈家は母子家庭になっていた。普通であれば、私学などとても通えるものではない。

 その話が打診された当初は小春と離れるのが嫌で断っていたが、今となれば渡りに綱だった。

 小春はさみしがったが、お互いの身のためだ。

 萌失血死だけは避けたい。小春を萌殺人鬼にもしたくない。

 既に夏生の身はぼろぼろなのだ。普段あまり娘に体調に無頓着な母親に顔色が悪いと心配されるほどだ。

 これ以上は失血死を免れない。

 小春のかわいさに後ろ髪をひかれる思いだったが、夏生は家をでた。

 夏生には家を出るにあたってひとつ目標を掲げていた。

 それは小春萌を克服すること。

 このままでは、一生小春に触れられないどころか、将来小春が結婚式でウエディングドレス姿を見ただけで失血死か、嫉妬に狂って相手の男を惨殺か、はたまた両方かといった危機的状況を作り出しかねない。

 それでは小春が不幸になる。あんな可愛い子に不幸は似合わない。


 だから夏生は小春を克服すべく、あらゆることにチャレンジした。

 勉強で原因を探り解決策を模索し、運動で精神を鍛え、万が一の時の小春回避技をマスターした。

 社交術で小春の言動の次を予測し、心の準備を整え、必要とあれば、萌回避のために感情すらも誘導できるよう、心操術なども学んだ。あらゆる分野に心血を注いだ。

 その副産物として、夏生にはあらゆる賞賛が集まった。

 何にでも熱心な夏生は教師からも生徒たちからも憧れられ、頼られた。

 夏生はそれも修行だとどんな願いでも全力で取り組んだし、一定の成果も上げた。

 神童だの天才だのもてはやされたが、夏生は全くそんなものはどうでもよかった。

 それに結局努力は報われず、肝心の小春に対する耐性はほとんど付かなかった。

 それでも数分程度であれば、相対しても昔の表情を創りだすことができるようにはなった。

 だが、それだけで、未だ小春に対する動悸息切れ、めまい、さらには鼻血は収まらない。

 以前より鼻の内膜が強くなったかと感じる程度で、それでも限界を超えると相変わらず血は止まらなかった。


 ただ、わかったことはいくつかあった。

 どうやら夏生は小児性愛者(ペドフィル)ではないということだ。

 もしかしたら子供が好きなせいかと思い、幼稚園の教員試験をとるのを隠れ蓑にボランティアになりすまし、幼稚園で他の子供に構ってみれば、小春に感じるようなものはまるでなかった。

 考えてみれば、小春が通っていた保育園で他の子供を見ても全然可愛く感じなかったので、当たり前か。

 だが、その分事態は深刻になった。小春にのみ働く性癖のため、徐々に大きくなる小春に対しても萌えてしまうのだ。


 ある日、一時的に実家に帰ったときのことだ。

 一度うっかり帰った時に脱衣所で小春の着替えを間違えて覗いてしまい(本当にわざとではない)、その場は何気なくごまかしたが、部屋に返って致死量に近い血を吹き出し、死にかけた。

 そのことは本気でやばいと思った。既に幼児とは言えない実妹の着替えを見て萌を感じて死にかけるって。真面目に変態だ、エロ痛い男子中学生か自分は。夏生はリアルにortの体勢でしばらく動けなかった。

 真紅の小物や家具に統一した落ち着かない部屋で考える。

 今や赤は夏生のテーマカラーと言えるほど、周りに溢れていた。


 自宅も学校の寮も一人暮らしの部屋も自室は全て真紅で染め上げている。

 理由は簡単だ。血のシミが目立たないからだ。

 鼻血色が自分のカラーとか嫌すぎるがどうしようもない。

 小春の写真を見ただけでも血を吹き出す夏生だけに、もはや血で汚れても問題ないものしか身の回りに置かないようにしていた。そのための赤いインテリアだ。

 あまりに徹底して赤く染め上げた自室だったため、どうやら小春は夏生は真紅が好きなのだと勘違いしている。

 彼女がいつも夏生の誕生日にくれる小物はいつだって真紅だ。

 本当はピンクが好きだ。小春によく似合いそうなパステルピンク。

 だが、大抵小春に手渡されたものは一度血に染まるので、真紅の方が都合よいので、誤解は解いていない。

 さらにはパステルピンクとて見ているだけで小春を思い出し、結局真紅に染まるので意味はない。

 増血作用のビタミンA入りドリンクをせっせと取りながら夏生は考え続ける。


 自分が生き残り、再び小春の隣に行くための方策を。

 ……本当はわかっているのだ。小春の幸せにためには自分のような変態は近くにいない方がいい。それでも夏生は小春のそばを本当の意味で離れられない。

 学校などでしばらく離れているだけというぶんにはいい。

 しかし、それでも休日等には会おうと思えば会える距離にいるということが夏生には重要だった。

 夏生には小春と完全に関係を絶つことなど考えられなかった。

 おそらくそうする時は自身が死ぬ時だと思った。


 小春を傷つけずに幸せにするためにはおそらく夏生が消えるのが一番なのは知っている。

 夏生では小春を守れない。大体実妹に実姉が抱く思いじゃない、これは。


 幸い素直で愚かな可愛い妹は未だに夏生のことを完璧で優しいだけの姉だと思っている。

 姉の想像の中で何度となくその身を蹂躙尽くされているとも知らずに。

 刹那にいっそ心の箍を外せたらと思うこともある。


 だがその先に何が待っていると言うのか。

 性別も血も超えた先に何があるというのか。

 これは物語ではない。現実だ。夏生は拳を握りしめて激情を抑える。

 だが、まだ大丈夫だ。まだ。


 この先どんどん綺麗になって、いずれ他の男のモノになるだろう小春。

 その時果たして自分は笑顔で彼女の幸福を祝ってやれるのだろうか?

 今想像するだけでもネットで「体に残らない」「毒薬」「完全犯罪」というキーワードを検索しそうになっている自分に。


 いずれ自分は小春を不幸にする。

 そんな不安はいつも夏生に付き纏い続ける。

 だからこそ夏生は努力し続けることをやめなかった。

 いつか小春が幸福になった時に笑顔の自分がそのそばにいられるように。

 妹にいつまでも「自慢の姉」と思ってもらえるように。

 これまでも、これからも夏希の努力は続く。

小日向はある種勇者だと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高です……読んでるこっちが鼻血出そうになりました。 読んでいて口角が上がりっぱなしでした。 [気になる点] "言葉の揶揄"という描写について少し気になりました。"言葉の綾"ではないでしょ…
[良い点] どろどろのぐっちょんぐっちょんな三角関係と思いきや、本当に(鼻血で)どろどろの(鼻血で)ぐっちょんぐっちょんな三角関係だった件。(笑)
[一言] 自慢の姉とのギャップにやられました。 鉄板ってそういうことか!と。 まだまだ気になるところが多いのでシリーズでやってほしいです。
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