回文と逆さ言葉バトル!@凡人のライバル
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「ああ、先輩。先輩じゃないですかー。」
駅前の本屋さんで僕はとある女性に話しかけられた。
「えっ、あ、お。後輩じゃないかー。」
「そうです先輩。お久しぶりです。」
彼女は僕と同じ高校の後輩である。
「あれ?先輩今日は彼女さんといっしょじゃないんですか?」
「ああ、あいつは今日風邪で学校休んでるんだよ。」
僕の彼女は今日風邪で学校を休んでいる。
まあ仮病か本当に病気かどちらかわからないのだが。仮病のほうが確率は高そうだ。
「へえ、そうなんですか。」
「だからちょっと本でも持ってお見舞いに行こうと思ってさ。」
「風邪でも本読めるとか、やっぱり先輩の彼女さんですね。」
彼女は笑いながら言う。
「ああ・・・・・・。そうだな。」
まあ、たぶん風邪などではないんだけどね。
「先輩の彼女さんかぁ、いいなぁ・・・・・・。」
と後輩はすぐ近くの僕にも聞こえないような小声でつぶやく。
「ん。なんかいったか?」
何か後輩が言ったような気がするので僕は聞いた。
「いえ、なんでもありませんよー。先輩―。」
手をブンブン振りながら後輩は答える。
「ああ、そうか。」
この後輩について説明すると、彼女は僕と同じ高校の生徒だ。だけど、僕とはちょっとレベルが違う。
成績優秀、容姿端麗、スポーツまでできるといった超人である。成績中ぐらい、容姿微妙、スポーツできない、の凡人の僕とは格が違う。
「先輩ってもう帰るんですか?」
「ああ、もう目的の本も買ったしな。」
そんな超人の後輩と凡人の僕がこうして話す仲なのには理由がある。
「じゃあ一緒に帰りませんか?私ももう本買いましたし。確か先輩の彼女さんの家って私の家の近くでしたよね。」
「うん、結構近かったな。じゃあ途中まで一緒に帰るか。」
「はい。」
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僕と後輩は本屋から出て歩き始めた。本屋から僕の彼女の家までは20分程度で着く予定だ。
「で、先輩。」
「ん、なんだ後輩?」
「先輩は回文って知ってますか?」
「もちろんそれくらい知ってるよ。そのまま読んでも逆さに読んでも同じ文のことだろ。たとえば【留守に何する】とか【竹藪焼けた】とかな。」
【留守に何する(るすになにする)】は逆から読んでも【るすになにする】である。
そのように逆から読んでも同じ分を回文という。
ついでに言うと、回文と似たものに、逆さ言葉というのがある。こちらのほうがメジャーかもしれない。
逆さ言葉も回文と同じように逆から読んでも同じなのだ。たとえば【トマト】とか【しんぶんし】とか。
逆さ言葉と回文の違いは、回文が【文】であるのに対し、逆さ言葉は【言葉】である点である。
【言葉】は【文】とは違い名詞1つである。つまり動詞(~する)などが付かないのだ。
「さすが先輩ですね。じゃあ先輩、私とどちらが多く回文を言えるか勝負しませんか?」
やっぱりね。後輩が僕と仲がいいのは僕と後輩がライバルだからである。
僕らは同じ部活に入っていたのだが、その時しょうもない言葉バトルをずっとしていたのだ。
「もちろん受けて立とう。だけど、一つ提案がある。」
「なんですか?先輩。」
「ああ。今からあいつの家にいくのに20分ぐらいかかるわけだが、回文だけじゃすぐに終わってしまうだろ。だから、逆さ言葉もありにしないか?」
回文など持っていて一人10数個ぐらいだしね。5分も持たないだろう。
「うーん。いいでしょう。では、回文&逆さ言葉勝負でOKですね。」
「ああいいぜ。」
僕は自信満々に答える。勝つ自信はある。
「じゃあ私が先行で行きます。いきますよ先輩。」
彼女は上段に構える。
「来い後輩。」
対して僕は中段に構える。
そして彼女の最初の一発が来る。
「【留守に何する(るすになにする)】!!」
さすが後輩だ。僕がさっき例に出した【留守に何する】を初手で繰り出してこようとは。普通にやっていては超人の後輩には凡人の僕では勝てない。やはり秘技を使うしかなさそうだな。
「こちらもいくぜ、【留守にする(るすにする)】。」
「【竹藪焼けた(たけやぶやけた)】」
「【竹焼けた(たけやけた)】」
「【イルカはいるか(いるかはいるか)】」
「【イルカがいるか(いるかがいるか)】」
「【鷹の肩[たかのかた]】」
「【鷹が過多[たかがかた]】」
「せ、せこいですよ、先輩。そんなのありですか。」
「甘いな後輩。勝負にせこいもへったくれもないんだよ。使える技はどんな技でも使う、それが真の強者というものさ。」
僕の秘技、返し技[カウンター]は、相手の使ってきた回文の真ん中あたり、折返し部分を少し変えて使う技だ。
カウンターの最大の利点は、僕の持ち札を使わなくてもいい点だ。相手の持ち札を使いこちらは使わない。これは、どちらが多く言えるかの勝負では大きな効果をもたらす。
だが、そのまま僕に流れを渡すほど超人後輩は甘くはなかった。
「ふふ。わかりましたよ先輩。ならこちらもそろそろ行きますか。」
「来い。」僕は答える。
「じゃあ、いきますよ。【トマト】!!!」
「くっ。」
何!ここで逆さ言葉だと!!!
僕のカウンターは相手が回文のときしか使用できない。それを看破した後輩は技を、逆さ言葉に変更してきた。
逆さ言葉はオンリーワンのため、折返し地点を少し変更するカウンターは使用できないのだ。
しょうがない、僕もこちらも逆さ言葉で応戦するしかない。
「【新聞紙[しんぶんし]】」
「【サルサ】」
「【意外[いがい]】」
「【アクア】」
「【田畑[たばた]】」
僕と後輩の逆さ言葉の小技勝負が続く。後輩は外来語をうまく使用してくる。このまま後輩にリズムをつかませたら不利になる。流れを変えるか。
そして僕は流れを再び変える一閃を繰り出す。
「キリギリスの磨り切り器[きりぎりすのすりぎりき]!!!」
●10分後
「はぁ、はぁ、ぜぇ、はぁ」「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
僕らは両方消耗しきっていた。お互いに残る武器は1つずつ(お互いに相手の残数は正確にはわかってないが両方ほぼないことは分かっている)。
だが、その時僕のほうが有利な状態となっていた。なぜなら今は後輩のターンなのである。
「うーーーん。」
両手を頭の上に載せながら、後輩は新しい武器を得ようと必死に考える。後輩が残している最後の一つは切り札なのである。
ここで切り札を切ってしまうと、返す刀で僕にやられてしまうのだ。
そこで僕は言う。
「ちょっと考えすぎじゃないのか。あと10数えて言えなかったらアウトな。」
わざわざ新しいのを思いつくの待つ気は僕には全くなかった。
「ちょっ、待ってくださいよ先輩。」
「残念ながらそれはできないよ後輩。勝負とは非常なものなのさ。」
「そんなー。」と後輩はいいつも、今も懸命に考えている。
「10―――、9―――、8―――、7―――。」
僕はカウントを始める。
「6―――、5―――、4―――、3―――」
カウントを止めるつもりはない。いくら非情だと言われたとしてもしかたない。この勝負は絶対に負けたくないライバル同士の戦いなのだから。
「2―――、1―――。」
終わりだな。今回は僕の勝ちかなと思った。
しかしぎりぎりで後輩は答えた。
「【実は辻[じつはつじ]!!!!!】」
一瞬彼女の勢いで僕は負けたかと思った。しかし、すぐにおかしいことに気付く。
「【辻】って誰のことだよ。【実は辻】って文章になってなくないか。うーん。僕は【実は辻】を回文と認めるわけにはいかないなぁ。」
回文に人の名前を入れることは基本的になしである。
後輩は絶望的な顔をするなと僕はおもったが、そんなことはなかった。
彼女はニヤリと笑って言う。
「先輩、大丈夫ですよ。私の手にかかれば、後たった数分でこの【実は辻】を覚醒させ、回文にすることができますから。」
「な、なんだってーーー。」
僕は三流芸人のように驚く。
「先輩に見せてあげます。この私の圧倒的戦闘能力を。」
「やってみろよ、後輩。」
◆20××年、某県、某市、横川球団ビル◆
俺の名前は、辻 良太という。俺は一応プロ野球選手だ。所属球団はセリーグの横河バードマンズだ。年は24。まだ若手と呼ばれる年齢だ。
プロ野球の選手と言われて俺のことを、すごいなぁ、と思う人もいるだろう。
だが、それは間違いだ。それは先ほども言った、一応プロ選手ということからわかるかもしれないが俺は2軍の選手なのだ。まだ一度も1軍に入ったこともない。
甲子園でそこそこ活躍した俺は横川バードマンズにドラフト6位指名された。
横川というチームは全プロ球団内でもはっきりいって最弱と呼ばれるところだ。この俺が横川を変えてやる、などと儚い夢を18歳、6年前の俺は思っていた。
だが、そう上手くいくはずもなく、6年間俺は2軍から全く抜け出すことすらできなかった。
高校のとき打撃力はかなりあると自称していた俺だったがプロの世界は甘くなく、俺のかなりあるは、プロでは普通より少し上のレベルだったのだ。
球団は俺の伸びを期待したらしいが全くと言っていいほど俺の能力は成長することなく今も2軍にいるわけだ。
今日は球団の年俸発表の日だ。それで俺は普段来ない横川球団ビルに来たのだ。今はビルの3階にある発表のある部屋の前で待っている状態だ。
そして、俺の番がきたようだ。「辻さん入ってください。」と言われたので、俺はドアを数度ノックし、「失礼します。」と言って中に入る。
この後起こることは想像できるかもしれない。俺も半ば覚悟していたことだ。
球団の人は少し辛そうな目で俺を見て、「これが辻君。キミの来年度の年俸だ。」と言って一枚の紙を渡す。
そこに書かれていた数字は、
「0」 だった。
そこで球団の人の隣にいた監督は言う。
「【実は辻】、お前は横川にとって戦力にはならないと判断されたんだ。」
俺はどうしたらいいのわからずにただ無言で立ち尽くしていた。俺はすべてを失った。
◆現在に戻る◆
「辻ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
僕は無意識に叫んでいた。
僕の心の叫びを聞き、後輩はフフフと笑い。
「どうですか、先輩。【実は辻[じつはつじ]】って回文だとは思いませんか?」
「ああ、わかった。特例として認めよう!!」僕は答えた。
「えつ、本当に認めてくれるんですか?」
ここで後輩は言う。彼女も通るとは思っていなかったようだ。
「ああ、武士に二言はないからな。」
「でも先輩、私はフェアなので言いますが、私にはまだ切り札が残されているんですよ。それなのに認めてしまっていいんですか?」
後輩は不思議という感じで僕に聞く。
「うん。大丈夫だ。」
彼女に切り札があるように僕にも切り札があるのだ。
「わかりました。ならいいです。」彼女も納得した様子。
現在僕のターンだ。残る武器は双方とも切り札1つずつ。ふつうなら僕の負けだろう。
でも、僕の切り札はただの切り札ではない。
「次で決める。いくぞこれで最後だ、後輩。」
俺は最後の切り札を切る。後輩の方へ刀の切っ先を向けながら彼女へ襲い掛かる。
「それはどうですかね。先輩。」後輩は僕の特攻に対し、安定の中段の構えで迎え撃つ。
「うおぉおおーーーーー」
「はぁあああああーーーーー」
双方の雄叫びがこだまする。
「【イタリアでもホモでありたい!!!】」
「ぐぅあああああああーーーーーーーーーーー」
そして勝負は決した。
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今回の真剣勝負を制したのは僕だった。なぜ勝てたのかそれは簡単だ。
僕の切り札と彼女の切り札が同じだったためだ。つまり彼女の切り札も【イタリアでもホモでありたい】だったのだ。
でも、もしかしたら疑問に思う人もいるかもしれない。
「なぜ、僕が彼女の切り札を予想できたのか」ということだ。
それは――彼女の特性を僕が事前に知っていたからである。
実は彼女は自身がレズでありBL好きでもある、同性愛好きなのである。
だから僕は最初に回文勝負を挑んできた時から、「イタリアでもホモでありたい」という回文が切り札であることを予想できたのだ。
そんなこんなでもう僕の彼女の家の前までついてしまった。20分とは早いものだ。
「まけました。私の完敗ですね。」後輩は言う。
「いや、いや、先に君に切り札を切られていたら僕の負けだったさ。超人の圧倒的戦闘能力があだになったな。」
「そうですね。でも勝負は楽しかったです。」彼女は笑いながら答える。
「俺もだよ。」僕も笑いながら答えた。二人の笑い声は辺りに聞こえる。
「じゃあ、サヨナラですね先輩。また勝負しましょうね。次は私が勝ちますから。」
そういいながら彼女は行く。
「おお。だがやはり勝つのは僕だよ。じゃあな。」僕は彼女に手を振った。
後輩は帰って行ったが、途中で踵を返し戻ってきた。
「あ、先輩言い忘れたことがありました。」
「ん。なんだ。」
後輩は僕の後方を指さして言う。
「先輩の彼女さん見てますよー。」
「えっ。」
僕が後ろ上方を見ると、彼女が窓から覗いているのが見えた。僕に見つかった彼女はすぐにカーテンの内側へ隠れる。
「あああーー。どうしよーー。怒られるなこれは。」
「先輩っ、頑張ってくださいね。」
後輩は笑いながら再び帰って行った。
「まあ、正直に話すしかないよな。」
僕はそうつぶやきつつも、なんかうまい言い訳はないか考えつつ、彼女の家のインターホンを鳴らした。
数分後、周辺に僕の絶叫が聞こえたのは言うまでもない。
(つづく?)