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のりおのゆめ

作者: madoneyuki

時間がちょろっと出来たので練習に短編を一本。

人によっては不愉快になられるかもしれません。

後味は良い方ではないかと思われます。

以上のことを踏まえてオッケーならお読みになって下さい。

ご意見・ご感想いただけたら嬉しいです。


あーあ、やになっちゃうよ。


のりおは受話器を置いて以来、ひどくふさぎこんでいた。

のりおというのは俺の弟で、小学3年生のションベンタレなガキである。のりおはさっきから子どもに似つかわしくないくらいため息をついていた。このままでは将来のりおが享受する予定だった幸せまで逃げてしまうのではないかと兄として危惧せざるを得なくなった俺は、相談に乗ってやることにした。


「のりお、なにか学校であったのか。いじめられてるのか」

「そんなんじゃないやい。しづかくんちに行けなくなったんだ」

「誰だ、しずかくんって」

「おぼえていないの。ほら、北の方にべっそうをもっている、お金持ちの・・・」


俺はそこで思い出した。そうだ、以前にも聞いたことがあったっけ。なぜ庶民が通うような家の弟と同じ小学校に通っているのか、わからないようなお金持ちの子どもが弟と同じクラスにいて、弟とは仲がいいグループらしいのだ。彼の名前をシヅカくんといい、新しいおもちゃはなんでも持っているし、うちは別荘を何軒も持っているらしかった。しずかのくせにスネオみたいなやつだな、なんてくだらないことを言ってのりおを怒らせたのだった。


「ほら、しずかのくせにスネオみたいなやつだ、とか言って笑ってたじゃない」

「そんなくだらないこと覚えてなくていいんだよ」

「それでね、夏休みにしづかくんの別荘にご招待されてたんだよ」

「へえ、そうだったのか。よかったじゃないか」

「うん。ぼくたちはめんみつに計画をねったんだ。みんなの家族旅行の予定とか、学校の宿題の進度のお互いのマネジメント計画も練ってね」


最近の小学生は恐ろしいな。なんだ。宿題のマネジメントって。


「この3日間しかない、っていうエアポケット的な3日間を発見したんだ。どうしてもぜんいんが行ける、3日間さ。その調停にどれほど苦労したことか。web上でスケジュールマネジメントを行い、メーリングリストで情報伝達のマネジメントを行い・・・」

「マネジメントの意味知ってんのか」

「ぼくは舞い上がったね。こんなクソ熱い都会から一瞬でも北の避暑地へ逃れられるんだ。しかも費用は全部むこう持ちときたもんだ。行かないほうがどうかしているよ」

「我が弟ながら、したたかに育ってくれて兄は嬉しいよ」

「きわめつけは湖のほとりにはプライベートビーチがついてるってことだな。トラコちゃんのプライベートな水着姿が見られるのはこんな機会しかない」


とらこ...虎子ちゃんとはのりおが想いを寄せる(片思いだと俺は思っている)のりおのクラスの女子の一人であった。俺には見た感じさっぱりわからんが、のりおいわく人生で出会った中で最も美しい女性らしい。まあ、それはともかく、好きな女の子と泳ぎに行けるとは、男としてはなかなか魅力的な旅行だと思う。


「それで固まった・・・固まったと思ったんだ。でも、そうじゃなかった」

「そうじゃなかった、とは」

「別荘の使える次期が、1日ズレたんだ」


その別荘はシヅカくんの一族・・・言うなれば、富豪の分家というのが、この夏、兼用で使う予定になっているらしかった。シヅカくんご一行が使う前日まで、分家の人たちが使っていて、ギリギリ使える予定だった・・・。でも、そうではなかった。分家の方から今日、使用する期日を誤って伝達していた、ということが伝えられたのだ。一日遅く滞在する。結果、のりおたちが泊まる日もまだ、分家の人たちはいることになる。別荘は全員は入りきらない。だからのりおたちは一日後の日程で別荘を使うことになった。


「じゃあ、スケジュール管理が...」

「いや、実は一日ずれても全員いけることがわかったんだ。条件付きだけどね」

「なんだ、よかったじゃないか。・・・で、その条件とはなんだ」

「......『ぼくを除いたならば』全員行ける、ってことさ」

「......」



嗚呼我が弟よ聞いた俺が馬鹿だったのかもしれない。だからそんな恨めしそうな顔でこちらをみないでおくれ。


「え、えーと、お前が行けない理由ってなんだ?」

「塾だよ。休んだらいい話なのかもしれないけど、ぼくが行かせて欲しいって言って、おかね払ってもらってるんだからね、それはそれ、かんたんに休むわけにはいかないよ」


妙なところで律儀なやつだ。そういうところがおぼっちゃんの高貴なお眼鏡にかなったのかもしれないけれど。


「まあ、でも、思ったより、平気そうじゃないか。いやになるって言ってたわりには」


俺がそう言うと、のりおはまた暗い顔をして言った。


「うん、行けないことに関しては、しかたのない事だからね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


2週間ほどのち。

夏休みも半ばを過ぎ、俺は熱さで溶けかけながら読書感想文の課題本の文字列を眼で追っていた。

...ダメだ。活字の上を視線が上滑りするばかりで、何も頭に入ってこない。

空は生憎の曇り模様で、外に遊びに行こうにもいまにも雨が振りそうなので行きたくない。

俺は喉の渇きを癒すため冷蔵庫の前へと立った。ふとカレンダーを見ると、そういえば今日はのりおが楽しみにしていた旅行の日だったのではないか、と思い返された。思い返しながら麦茶を胃袋に流し込んでいると、ずいぶん寝坊なのりおが寝室から出てきた。


「珍しく遅いじゃないか。もう昼前だぞ」

「うん...夢見が最悪でさ...」

「どうした、顔色悪いぞ、大丈夫か」

「大丈夫だよ、肉体的に元気さ」


何を生意気なことを、と思ったが、少しばかりぐったりしている様子だったので俺はそっとしておくことにした。


「昼飯、そうめんでいいか」

「またか。まあいいよ」


文句を言いつつも頷くパジャマ姿ののりお。

気がつくと、ぽつり、ぽつりと、雨が降っていた。


昼飯を食べながら俺たちはすることもないのでテレビを見ていた。雨は少し前から大雨になっており、近年話題のゲリラ豪雨を体感していた。のりおは食欲が無いようで、さっきからハシが止まっている。ガタガタガタ、風で雨戸が揺れた。俺はその音に、ビクッとする。テレビの上部に、注意を引き付ける音とともにこの地区一帯に警報が出たことを知らせるテロップが流れた。

ふとのりおを見る。テレビ画面に釘付けになっていた。


「大丈夫だって、のりお。この家は警報ぐらいじゃびくともしないから」

「...うん」


夕方になっても、雨は勢いを止めることなく続いた。ゲリラ豪雨ではなかったのだろうか。のりおの塾も休みになったことだし、俺達はヒマを持て余してトランプに興じていたが、さすがに気になってテレビをつけた。警報の域が広がっていた。


「あ、ここって、お前が言ってた、シヅカくんの別荘があるところじゃないか」


のりおがびくっと体を震わせた。

そうだ、たしかに、その地域も大雨が降っているらしかった。


「かわいそうにな、せっかく楽しみに行ってたっていうのに」

「そうだね。まるで台風みたいだからね」


のりおがゆっくりと頷いた。その時。


ピピピピ、ピピピピピ!


テレビから臨時ニュースを知らせる警戒音が鳴り響いた。

また警報の地域拡大か、と思ったが、そうではなかった。


『◯✕山道にて土砂崩れが発生、一台の大型車両が巻き込まれ1人が重体、4人死亡』


俺の背中をつっと冷たいものが流れた。◯✕山道といえば、シヅカくんの別荘の近くではなかったか・・・?

次のテロップが流れるまでに、何分も経った気がした.

俺はその間テレビの画面から目を話すことが出来なかった。下でやっている番組の内容など、入って来なかった。


『身元がわかっているのは、△◇県の 宮本竹子さん、小林上男くん・・・ 』


俺は祈った。しかし、その祈りは届かなかった。


『・・・高橋虎子さん、宮本志津香くん・・・』


雷に打たれたようなショックだった。

俺はのりおの方を振り仰いだ。

のりおは、おそろしいものを見るような目で、画面を凝視していた。


「......のり、お?」

「...ちがう」

「え?」

「ちがうちがう、こんなことあるはずない...何かの間違いだよ」

「の、のりお...?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


重体なのはシヅカくんの母親の竹子さんで、さっき名前の挙がった3人と、もうひとり、中村秀作くんの、のりおのクラスメートが、亡くなったと報じられていた。土砂に巻き込まれ、車ごとぺしゃんこになっていた、らしかった。翌日、竹子さんも、病院で息を引き取った。

数日後に行われた葬儀に参列したが、シヅカくんたちの遺体を直接見ることは叶わなかった。きっと、見ることはできても、見るに耐えない状態だったのだろう。


家に帰ると、俺はのりおの部屋のドアをノックした


「のりお、入るぞ」


のりおは葬儀の服のままで俺に背を向けて部屋の真ん中に鎮座していた。


「いいか、のりお。事故のあった日、お前はおかしかったな。いや、あの日から、お前はなんだかおかしい。友達があんなことになってしまってショックなのはわかるが...。俺の記憶では、お前はその前から少しおかしかった」


俺はのりおの兄だ。親はともかくとして、弟を世界一理解している立場にあるといっていい。様子がおかしかったことなんて、火事に気づくよりも簡単なことだ。だから問いただす必要がある。弟が何か飼いきれないものを隠しているならば、そいつを引きずり出してやつのが兄の役目ってものだ。

だから俺はのりおに決然として聞く義務があるのだ。


「お前は、何を知っていたんだ?」


有無を言わさぬ語気。自分でも、そう思える口調だった。

のりおがゆっくりと振り向いた。涙をその目いっぱいに貯めこみながら。


「ぼく、やんなっちゃったんだ。そう言ってたの、覚えてる?」

「あの、お前が旅行に行けなくなったって、愚痴をこぼしていた日か?」


たしかに、そう言っていた。はっきりと覚えている。それが旅行の計画のズレを聞くきっかけになたんだから。


「あの日、ぼくがうんざりしていたのはね、旅行に行けなくなったからじゃないんだ。ぼくはぼく自身にいやけがさしていたんだ」

「いやけ? 必死に予定を立てたのに行けなくなったから、うんざりしていたんじゃないのか?」

「うん、さすがに、ちょっとは残念だったけど、誰も悪いことじゃないからね。恨み言はいつまで言っていても仕方ないよ」


我が弟ながら、ストイックなやつだ。


「問題はそのあとなんだ。誰も悪くないんだ。誰も悪くないのにね、ぼくは、考えてしまったんだよ」

「考えてしまった...何を」

「ぼくを置いて楽しい楽しい旅行に行っちゃう彼らが、ああ、こんなことなら行かなきゃよかった、って思うような、ひどい目に合わないかなあ、ってさ」


のりおは...俺の弟は、そう言って、笑った。笑っていた...。やつと俺の目は完全に合っていた。俺は思わずのりおの曇のない瞳の中に吸い込まれそうになっていった。


「おかしな話だよね? 誰も悪くない、そんなことはわかってるんだ。でも、ぼくは妄想せずにはいられなかった。罪のない自分の友達がさ、自分のいないところで後悔と苦しみに悶える姿を」


俺は言葉が出なかった。


「それでぼく、自分がいやになっちゃったんだ。まさかぼくがそこま自己本位な人間だったなんて信じたくなかったんだ。自分がそんなにも醜い感情を持っていたなんて信じたくなくってさ!だからなるべくそのことは考えずにあの日までいたんだ...あの日まで...」

「あの日...」

「そう、あの日の前日、ぼくは見てしまったんだ。雨の中山道を慎重に運転する車が、突如として轟音とともに土石流に飲み込まれていく夢を! その夢のなかではぼくも車に乗っていたんだ。ぼくは虎子ちゃんの手を握って、必死に、大丈夫、大丈夫だって、ささやいてあげた。ぼくと虎子ちゃんは助かったけれど、他の人は死んでしまった。残された僕たちは共通のトラウマを抱えながら生きていかざるを得なかった。そんな夢をさ」

「それは、なんというか」

「最悪の夢さ。だからあの日、ぼくは不機嫌きわまりなかっただろ?おまけに、その後の土砂降りで正夢になってしまったんだ。こんなに気分の悪いこと、この世に他にあると思うかい」


そういうことだったのか。あの日、のりおがいやになるといいつつも旅行に行けないことに関してはそこまで気にしていないように見えた理由も、事故の前から様子がおかしかったのも、そのせいだったのか。

のりおは自分の心情を吐露するに従い、興奮してきているようだった。


「ぼくはシヅカくんたちが事故にあったと聞いた時に、夢が正夢になった、と思って、最初は驚いた。そしてすごい罪悪感がぼくにのしかかってきた!」

「のりお」

「ぼくが彼らの不幸を望みさえしなければこんなことにはならなかったんじゃないか・・・ぼくがあんな夢見さえしなければ、彼らは死なずに死んだんじゃないかってさ・・・!」

「のりお、落ち着け!」

「自分の無意識を疑ったよ・・・。こんな夢を見るなんて、本当に、ぼくは人道から外れた畜生野郎なんじゃないかってね・・・。でもね兄さん、ぼくが絶望したのは、ソンナコトに対してではないんだよ、兄さん」

「のりお...そんなこと...って...」

「ぼくは臨時ニュースを見た瞬間に、ああ、夢が現実になってしまったって、そう確信したんだ。それでね、すごく不愉快な気分になったんだ。『嗚呼、もし、この死亡のニュースが誤りで、シヅカくんか誰かがトラコちゃんと生き残って、くっついたりしたら嫌だな』...ってその妄想の不快感のほうが、罪悪感よりも大きかったんだよ!彼らには何の罪も無いっていうのに、実際に人が...クラスメートが...好きな子が死んでいるっていうのに、ぼくにはそんなことしか思えなかったんだ!!」


のりおは言葉の途中から大粒の涙を流していた。

自責の念だろうか、自己嫌悪だろうか、俺にはわからない。しかし、この小さな子供の小さな体には余るほどの巨大な負の感情が、うずまき蝕んでいるであろうというのは間違いようがなかった。


「馬鹿野郎!!」


俺は叫んだ。

叫んで、走って、のりおの出来上がっていない体を抱きすくめた。


「人間、そんなもんなんだよ、馬鹿野郎!! 人間なんてのはなあ、後ろ暗くてなんぼなんだよ! 汚くってなんぼなんだよ! 綺麗な人間なんかなあ、赤ん坊くらいしか見たことねんだよ! だいたいハナから好きな子の水着目当てだったくせに、クリーンぶるなってんだよ、ガキが!」


俺はこうするしかない、と、わかっていた。


「あの事故を、後ろめたく思うだけお前なんかマシな方だ馬鹿野郎、俺なんか、ああよかった、なんて、安心しちまってるんだ!『ああ、うちの弟だけは無事でよかった』ってな! 正直、他所の子が事故で死のうがどうしようが、悲しくともなんとも、ぜんぜんねえ!日にちがズレてお前が無事でよかった!ラッキーだった!そう思ってる!最高にハッピーだ!ハハ、どーだ!葬式から帰ってきた男の台詞じゃねえだろ!ハハハハ、ワーハハハハ、人間なんてな、こんなもんでいいんだよ!ワーハハハハ!!笑え!ほら、笑え!!命が助かってよかったって、笑え!アハハハハハハ!!もうかったもうかった!人間、綺麗であろうなんて思うんじゃねえ!!お前みたいので十分正常なんだよ!アーハハハ!!ウワハハハハッハハハハ!!!」


俺はのりおの頭をくしゃくしゃと撫でた。

罪の意識は取り除く事はできない。だったら、それを肩代わりするしかない。そして、しれが出来るのは、きっと、俺だけだ。


ウワハハハハッ、ワーハハハハ


のりおが、笑った。

俺も笑った。

5人が死んだ葬式のあとで、俺達は笑った。


ワハハハ、よかったよかった、サイコーにハッピーだ!


まあ、人間、そんなもんなのかも、しれない。


<了>

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

まだまだ拙い文章ですが、これからも精進していくつもりですので、もしご縁があればまた新作を読んでやってください。

次はなんとかハッピーエンドに・・・!

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