11 姉萌え爆弾
実に珍妙というか、ある意味革新的というか。
円卓会議――とはよく言ったもので、現在の僕の状況を表すことのできる唯一の言葉であると断じてもいいだろう。
まあ、本来囲まれるのは卓上のほうなのだが。
「うーん、今日はえらく変わった食事スタイルだね? この並び方は欧米の様式なのかな、それとも西洋式かな?」
「たぶん誰が見ても四面楚歌のこの状況で、そんなことを考えるのは涼くんしかいないですね……」
「うむぅ……こやつの思考回路はまるで難解迷宮のような仕組みをしておるのぅ」
「(こくり)」
教室の見たままを述べた僕の感想にエル、ウロちゃん、リアの三人は一様に、しかしそれぞれに小難しい態度をとっている。
現在、お昼時。
僕らはいつも通りのメンツにウロちゃんを加えた四人で机を合わせ、普段通りに食事をとっているのだが……なぜかクラスメイトたちは教室を縁取るようにそれぞれが壁に背をつけている。まるで僕たちから少しでも距離を取ろうとしているかのように、だ。
それに見た感じ、あまり昼食は進んでいないようだ。一挙一動、僕らのほうを気にしているようでまったくと言っていいほど、箸が進んでいないし、口も動いていない。
そのため、不可思議なまでに教室は閑散としているのだ。
「えー、でもこんな感じじゃなかったっけ? ほら、朝尾さんちの食卓とかいうやつでさ」
「……もしかしてとは思いますが、アーサー王の円卓のことですか?」
「うん、そうそう。朝尾さんち、朝尾さんち」
寝耳に水な僕の反応を聞いて、エルは大きなため息をついた。
「朝尾さん、ですか。伝説の『騎士王』も涼くんの前では、庶民的になるということですね……」
「うむぅ……お主も大変そうじゃのぅ、苦労が滲み出ておるぞ?」
「大変」
なぜか、がっくりとするエルを、労わるようにウロちゃんやリアは優しい目で見つめている。
今にも肩に手を置きそうなその様子は、まるで背負う苦労を共感している仲間のようだ。
よし、ここは僕も一つ、エルを励ましてあげよう!
「まあまあ、元気だしなよ。知ってる? ため息をつくと幸せが――」
じろり、と御三方の冷たい視線が僕を貫く。
人を殺せるとさえ思える、そんな道端に落ちるごみを見るような目で見られた僕は、三人から目を反らし、慌てて言葉を誤魔化した。
いや、この時僕はまだ知らなかったのだが……後々考えてみると――誤魔化して、しまった。が正しいのだろう。
「――《エクスプロージョン》だよ?」
僕が言葉を発した瞬間――視線の先にあった教室の壁が、爆発した。
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時と場所変わって、放課後の神魔高校生徒会室。
昼休みの壁爆発事件の容疑者として、なぜか僕に呼び出しがかかったのだ。
「二組の廊下側の壁、および廊下を挟んだその先の壁も破損。幸い怪我人はなし、っと――で? これはいったいどういうことなんだ、笹木涼」
静かな二人きりの教室。
深く椅子に腰かけ、乱雑に目を通し終えた書類を机に置き、彼女は僕にたずねてきた。
「たぶんというか、きっと壁さんも辛かったんです。皆の道をふさいでいるのが。だから壁さんは自ら崩れて……」
「ほぅ、つまり壁は勝手に崩れたわけだと?」
「ええ、悲しいことですが……きっと壁くんも安らかに成仏、ったい、痛い! 痛いよっ、烈姉ちゃん!」
「烈、姉ちゃん?」
「も、申し訳ございませんでしたっ、笹木生徒会長さま!!」
「ちっ、わかりゃいいんだよ。わかったら二度とすんじゃねぇぞ――涼」
「うぅ……痛い。何も本気でつねることないじゃないか……」
憮然とする烈姉ちゃんを恨みがましく睨みつけ、僕は真っ赤になるまでつねられた頬をさする。
まったく、僕のほっぺたは餅じゃないんだよ、このヤンキー女! とは言えないので黙っておく。
「何だ、まだ仕置きが足りなかったのか?」
ぎろり、とまるで飢えた猛獣のような鋭い眼光が僕に向けられた。
な、何で、ばれたの!?
「い、いえいえ、滅相もないですっ。史上最高のお姉さまをもてて、笹木涼は本当に幸せ者だなぁと思っていただけです!」
「馬鹿が、小恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ。誰かに聞かれたらどうすんだ」
口ではそう言うものの、烈姉ちゃんの頬は朱に染まっていた。おそらく照れているに違いない。
ダイナマイトより危険な爆弾の二度目の火種を消火し、何とか緊急回避に成功した。スキャンダルされた政治家並みの僕の世渡り上手スキルに賞賛してほしい。
「ったく、お前は……本当に世話の焼ける弟だな」
僕のほうを見て愚痴る彼女の名は、笹木烈。
先ほどから僕が呼称しているように、僕の姉。加えて、この神魔高校の生徒会長でもある。特徴は母さん譲りのブローのかかったブラウンの髪と艶やかな美貌。何より男より男前すぎる発言や行動で主に同性中心で好かれまくっているという。燐から聞いた噂によれば、秘密のファンクラブまであるらしい。
自慢の姉といえば、確かに「自慢の」姉なのだが。
「今回のことは大目に見てやるが、これからは気をつけろよ? エルちゃんも心配するだろうからな」
深く釘をさすように烈姉ちゃんは注意を促す。
でも、僕は――
「でもさ、烈姉ちゃん。僕は本当に何もしてないんだよ? それなのにどうして僕が気をつけなきゃいけないのさ」
ずっと烈姉ちゃんの言うことには矛盾を感じていた。
あの時、僕は壁に触ってもいなければ、近づいてすらいない。
完璧すぎるアリバイゆえに、どうして僕が犯人扱いされているのかがわからなかった。
「あぁん? お前が『魔法』使ったからじゃねぇか。そのせいで壁がぶっ壊れ……」
「? どしたの、烈姉ちゃん」
なぜか、急に言葉を止め、眉をひそめた烈姉ちゃんに僕は声をかけた。
「涼……お前、『詠唱』はしたのか?」
「詠唱って、何? 僕は別に歌ってないけど?」
「いや、そうじゃなくてだな。魔法を発現するための呪文を詠唱したのか、って聞いてるんだ」
「魔法? やだなあ、烈姉ちゃん。ゲームや漫画と現実をごっちゃにしたら駄目だよ?」
「――ちっ、親父やお袋め、涼に何も教えてやがらねぇじゃねぇか……」
あっけらかんとした僕の答えに烈姉ちゃんは苛立ちを隠さず、舌打ちしていた。
えーと、お姉さまは何ゆえ、お怒りになっておられるのだろうか? それとも僕が気に障ること言ったのだろうか。とりあえず怖い、女暴走族の総長も真っ青なくらいに怖いので今すぐ逃げ出したい。
「――おい、涼」
「は、はいっ。何でございますですか、お姉さま!」
「噛み噛みになってんぞ……まあいいや。涼、お前が今日、教室で口にした言葉をこの紙にかけ。一字一句正格に、だ」
そう呟くと烈姉ちゃんは一枚の白い紙を取り出し、僕に手渡した。
何の変哲もない、真っ白な紙。
「え、えーと、この紙に何か意味があるんでしょうか……?」
「ねぇよ、そんなもん。とりあえずサッサと書け」
有無を言わさぬ物言いに、僕はしぶしぶとペンを取り出し、書き始めた。
幼いころも烈姉ちゃんの意見に対抗したり、反対した時は……二度とそんな気が起こらないまでに躾されたのを思い出す。
痛い、苦しい、ごめんなさいの連続。
詳しいことを語るなど、恐ろしくて震えが止まらなくなるぐらいだ。
基本的に父さんや母さんは怒るということをしないので、烈姉ちゃんに代わりに躾けられた――というイメージがある。だから正直言うと、親より怖い存在なのだ。
「おっ、書けたじゃねぇか。見せてみろ」
僕が書き終えた瞬間、ヒョイと烈姉ちゃんの手が紙をとっていった。
文句は言わないんじゃない、言えないんだ! などと、大捜査線もびっくりなことを考えていると――
「なるほどな……『エクスプロージョン』か。確かこいつは、空気を暴発させることしかできない魔法なんだがなぁ」
難しい顔で僕を見やる烈姉ちゃん。
何やら心配そうに僕を見た後、ふぅとため息をついていた。
「よし、まあ原因はわかった。とりあえず、涼。お前二度と『エクスプロージョン』という言葉は使うな。わかったな?」
「え、でも、烈姉ちゃん。何で、エクスプロ―ジ」
「――使うなつってんだよ、わかったな? わかったら、返事しろ」
「う、うん……わかったよ」
「よしよし、それでいい。それとな――」
いろいろと腑に落ちなかったけど、ここで反論してもあとが怖いだけ。
逃げるんじゃないっ、一歩引くだけだ! そう自らに言い聞かせ、戦略的撤退な考えをまとめていると、
「涼、お前――生徒会に入れ。姉命令だ」
さらに大きな爆弾が投下されるという、降伏宣言も無視した状況になったのだった。