10 気になる幼女は転校生
「ん……?」
予想以上に事情聴取に時間をとってしまったので、遅刻しないため、足早に学校まで駆けていくと、門の前に人だかりができているのに気がついた。
時計を見ると、もう予鈴五分前のチャイムまであと少ししかない。ピンチにやってくる超男も三分の体力が切れかかってくる時間だ。
それにもかかわらず、大勢の生徒たちは校門付近で揃って足を止めているのだ。
「どうしたんでしょうかね。皆さん、中に入ろうとしないで……昇降口に何かあるんでしょうか?」
「つまりはペンギンさんのことだね?」
「ええと……どういう意味か説明してもらっていいですか?」
「いぃよぉ!」
身振り手振り大げさな僕の反応にエルは顔をひきつらせながら、口元をひくひくとさせた。
やれやれ、そんなことも知らないとは。無知とは時として罪なのだよ、と有名なあのお方もおっしゃっていたのに。
「つまりね? 寒いところに在住のペンギンさんは、氷の上から海に飛び込む時、一瞬ためらうんだよ。ぬくぬくとしたところに在住のニートさんは就職をためらうんだよということだね」
「言ってることの主要部分はわかりましたけど、最後の意味わかりませんっ!」
エルは報われないニートたちのために叫んだ、かもしれない。熟練したニートたちと面接官の熱い戦いが容易に予想できる。結果はもちろん、ニートの惨敗だ。主に社会的な面で。
ここで一句。
冬寒い(ふゆさむい)
人は冷たい(ひとはつめたい)
社会です(しゃかいです)
ニートになれば(にぃとになれば)
夢のようです(ゆめのようです) 字余り。
「なぜそんなに清々しい顔をしているんですか……?」
冷めた目でこちらを怪訝そうに見てくるエル。
彼らの気持ちをわかってくれ……わかってくれよ、エル。
「エル……社会って厳しいよね。今じゃ政治はガタガタだし、就活なんか、渡る世間もなんとやらの時代だよ」
「? まあ確かに最近はそうですけど……でもそれがどうかしたんですか?」
「いや、ニートたちの責任転嫁も一理あると思ってね。俺たちが働かないのは国が悪いからだ、も正論かと思っ――」
「絶対、無責任ですよね!?」
「まあつまるところ、ニートとオタクを一緒にするなってことだね」
「もっと意味がわからなくなりました!」
最近は働かずに稼ぐ、ニートなのにニートでない、NEOニートがいるらしい。新人類だ。オタクがNEOオタクになる日はいったいいつになるのやら……乞うご期待!
「どうでもいいけどさ、とりあえず校舎のほうにいこうよ。ここにいても遅刻するだけだしさ」
「……そうですね。ホント、そうですよね」「(こくり)」
ガンガンいこうぜという僕の指示に、二人は応じた。片方はがっくりとしてうなだれているのだが。
校門のところまで行くと、集まっている生徒の人だかりがより大きく感じた――のも一瞬のことだった。
『お、お、おはようございます、リアさま! き、今日もいい天気ですね!』
「……おはよう」
合唱のような声とともにまたしても半分くらいの生徒が土下座した。Mクラスメイトだけじゃなかったのか、この学校。
リアは小さく挨拶を呟き、表情のない顔を持続させている。
それにしても朝から土下座とは……シュールな。シュール大賞があったら、ノミネートしたい。
魔族とは、いつもこんななの? とエルに目をやり、問うてみると、
「そうですね……私も詳しいことは知らないんですが、魔族は徹底した階級制度によって成り立っているので、リアさんのような姫や、王といった階級の人たちは崇めるべき存在、ということでしょうか」
「つまり、歪んだSMだね?」
「歪んでいるのは涼くんの心ですっ!」
失礼な、僕ほど心がまっすぐなやつはいないよ。まっすぐすぎてガードレールにぶつかるくらいだよ。心のJ○Fがいるぐらいだよ。
「――お前たち。どうして進まない」
前方で土下座継続中の生徒たちを見てリアは眉をひそめる。
あまり変化はないのだが、不満をのぞかせたリアの表情を察してか、生徒の一人は戦々恐々としながらも口を開いた。
「そ、それは昇降口のところに……」
恐る恐るそれだけ呟くと、土下座生徒たちは校舎の――昇降口の――あるほうへと揃って視線を向けた。
首を傾げる思いで、僕らもそれに倣うようにそちらを向くと――
「あっ、ウロちゃんだ! おーい、ウーローちゃーん!」
「ウロちゃん、ですか? それって誰のことかって前も聞い――あ、あれはっ!」
「……ウロボロス。なぜ」
順に僕、エル、リアはそれぞれ各々の反応を口にしていた。
飛び込んできたのは目を惹く炎色の髪に、深い紅色の瞳の少女の姿。
そして、どこからどうみても幼女にしか見えない、本人いわく、二千歳強の合法ロリ。
僕のゲーム友達である、ウロちゃんがそこにはいた。
「だからその名で呼ぶなと言っておるのじゃ!」
憤る叫び声とともにウロちゃんはこちらに振り返った。おお、気づいてくれた。
幼女特有のソプラノボイス。
人目もはばからない響き渡る声のツッコミ。
これぞ、ウロちゃんの真骨頂「ロリツッコミ」
「どういうことですか、涼くん!? どうして、あの竜王の姫君とお知合いなんですか!?」
「涼、説明して」
どういうことだ、と言わんばかりに――というかすでに言ってるけど、エルとリアの二人は僕に詰め寄ってくる。
話題の本人であるウロちゃんも、僕のところへとトタトタと駆けてくる。
『ぎゃあぁぁぁぁ、竜王がきたあぁぁぁぁ!』
土下座生徒たちは即座に身をひるがえし、悲鳴とともに去っていった。校舎とは逆のほうに。
集団で授業をバッシングとは……やるな、若人たちよ。お主らも所詮、ゆとりというわけか……
そんなことを想っていると、ウロちゃんがもう目の前にいた。速い。
「お主っ、何度言ったらわかるのじゃ! 妾の名は、ウロボロスじゃ、ウ・ロ・ボ・ロ・ス!」
「おはよ、ウロちゃん。今日はどうしてこんなとこ――」
「聞けえぇぇぇぇぇ!」
ウロちゃんは奇声を上げた。個人的には「キエェェ!」と言ってほしかった。ゲーム仲間のウロちゃんになら通じると思ったのに……
「で、ウロちゃん。今日はなんで外でてるの? ウロちゃんはひきこもりのはずでしょ?」
「はぁ……お主は本当に……」
突然がっくりとして、深々とため息をつくウロちゃん。
うーむ、僕、何かしたかな? それともウロちゃんの調子が悪いのかな。
「それで、涼くん。結局、この方とはどういう関係なんですか?」
「(こくり)」
「あ、うん。この子は僕の友達のウロちゃん。エルには前に話したことあったよね? ほら、昨日の昼休みに」
「えぇまあ……でも、ウロちゃんさんが竜王の姫だなんて、聞いてないです!」
「え? 『竜王の姫』って、何?」
「知らないで友達になってたんですか!?」
「うん」
僕は迷わずその問いに答えた。なぜかエルは驚愕しているが。
当然だ。ウロちゃんと僕は友達なのだから。
旧校舎に初めて入ったあの時も――
「わっ、何やつじゃ! ここには誰も入れんように結界がはっておるのに!」
「君は……幼女だね?」
「し、初対面から失礼なやつじゃなっ!」
「お化けの正体は、ロリっ子か……せっかく捕まえようと思ってたのに。モン○ターボールで」
「ゲーム感覚を実行に移すとは、猟奇的なやつじゃな!」
「えっ、君、ゲームやるの? じゃ、じゃあ、ドロクエ知ってる?」
「う、うむ。少しならば――」
「やったあ! エルはゲーム出来ないし、対戦はあきらめてたけど……これでようやくできるよ!」
「お、お主。妾のこと、こわく――」
「僕は、笹木涼。君は?」
「妾の名はウ、ウロボロスじゃ」
「そっか、じゃあ、ウロちゃんだね。これからよろしくね、ウロちゃん」
「ま、待て。その名はちょ――」
僕自信としては探検のつもりだったんだけど、結果としてウロちゃんと出会うことができた。
それからというもの、時間ができてはちょくちょくとウロちゃんのところ(旧校舎)に遊びに行ったりしている。ゲームしたり、いろいろ話したり。
とにかく、ウロちゃんは僕の大事な友達だ。
「うん。間違いなくウロちゃんは、僕の友達だよ」
「お主……恥ずかしいことを何度も言うな」
そう反論するも、ウロちゃんは頬を赤く染めて照れている様子だった。ウロちゃん、かわいい。
眺めていると、ウロちゃんは「ゴホン」とわざとらしく咳をついた。
そして――エルとリアを鋭くにらみつけた。
「それでお主らは何者じゃ? 妾の呼び名を知っておるからには人間というわけではあるまい?」
「申し遅れました。私の名は、ラファエル。天界において主神を守護していた天使長です」
「魔王の娘、ベリアル。よろしく」
ウロちゃんの問いに、二人はすかさず答えた。
何やら、三人の間でバチバチと火花が散っているようにも見えるのだが、気のせいだと思いたい。
「あっ、僕の名前は笹木涼で――」
「知ってますっ」「知ってる」「知っとるわ!」
総合評価で僕の知名度ポイントが3上がった。
●○●○●○●○●○●○
なぜか、既視感を覚える今日この頃――
「ウロボロスじゃ。皆の者、これよりよろしく頼む」
朝のHR。
あの後、何とか遅刻を免れた僕だったが、今は目の前の事態に唖然としている。
教壇に立つのは、見覚えのある炎色の髪をした少女。背丈に合わない制服で身を包んだその生徒は、先ほど校門で遭遇した――ウロちゃんだった。
皆は口々に「おい、あれって……」「竜王だ……」「旧校舎に封印されてたんじゃ……」などと呟いている。
――ウ、ウロちゃんが転校してきた!?
驚いているのは僕だけじゃないようで――エルも、リアも、クラスメイトたちも口をぽかんとさせている。わかる、わかるよ、その気持ち♪
何とも言えない空気の中、唯一この場においての例外は、先生だけだった。
「えー、じゃあ、ウロの席は……笹木の左隣りで」
「うむ、了解じゃ」
「ちょ、ちょっと待てよ、先生! その席には俺がいるでしょ、俺が!?」
先生は相変わらずの抑揚のない声でウロちゃんの席を僕の左に指定した。ちなみに先生はウロちゃんを「ウロ」と呼んでいる。
しかし、何やら負け犬が納得がいかないと遠吠えを上げている。
それを見て先生は頭を抱えるように片手を置いた。
「あー……」
「涼の隣は俺の席でしょ? だから、転校生は違う席に――」
「……オマエ、誰だっけ?」
「燐だよっ、紅蓮燐! 担任の教師が生徒の名前忘れるとかどんだけだよ!?」
「あー、とりあえず邪魔だから、席かわれ」
「ひ、ひでぇ! ――って、お前ら、何うんうんとうなづいてんだっ。そ、そんなに邪魔か? そんなに俺は邪魔なのか!?」
「燐……時として現実とは、残酷なものなんだよ」
「お前の悟ったような優しい顔が一番残酷じゃああぁぁぁぁぁ!!」
僕のなぐさめの効果もむなしく、燐は悲痛に叫んだ。燐の瞳から滝のように流れる涙は、おそらく心の汗だろう。本当に暑苦しいやつだ、青春しとる。
結局、燐は席を一つ後ろに下がることになり、結果、僕の左隣りにはウロちゃんが鎮座している。座る際、僕のほうを見て「ふん」と鼻を鳴らしていた。え、何その反応?
気にするそぶりもなく、腰を下ろすウロちゃん。
うーん、はっきり言って小学生が椅子に座ってるようにしか見えない。
真剣にHRに耳を傾けるウロちゃんに、僕は小さく話しかけてみた。
(ねぇねぇ、ウロちゃん)
(……なんじゃ?)
(ウロちゃんの趣味にとやかく言うつもりはないよ? ただ昨今、いろんな新ジャンルが開発されているけど――)
(??)
(僕としては、幼女高校生のコスプレもなかなか乙なものだと思うよ)
「コスプレ違うわあぁぁぁぁぁ!!」
「おい、ウロ、うるさい。まだHR終わってないぞ」
「す、すまぬ」
HR中の先生に不機嫌そうな顔で諌められて、反射的に謝るウロちゃん。
再び席に着き直すと、僕のほうをキッとにらんでくる。
(お主のせいで怒られたではないか!)
(ウロちゃん……それは悲しい誤解だよ)
(? 何が違うというのじゃ、弁明して見よ)
(そうだね、これはある意味地球温暖化より深刻な問題だよ――まあ具体的に言うと、すべてはウロちゃんの発展途上すぎる幼児体型のせいだね。非加盟国レベルだよ)
「辛口なうえに責任まで押し付けられたじゃとぉ!?」
「ウロー、静かにしろー」
「妾が悪いと言うのか? 妾が悪いのかっ!?」
(ウロちゃん、つらい現実から目を背けるのはよくないよ)
「お主が言うなあぁぁぁぁぁ!!」
分け目もふらず、ウロちゃんは一心不乱に叫んだ。
そんな様子を僕は、思春期の「ほとばしる熱いパトス」だと思い、優しい目でウロちゃんを見守る。
うん、大丈夫。僕は見捨てないよ、ウロちゃん……
『…………』
後日。僕とウロちゃんの様子をかわいそうな目で見るクラスメイトたちの談があったという。
「笹木涼にもてあそばれる、哀れな竜王がいた」と。