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異世界恋愛の短編集!

拝啓、お姉様方。私の理想の貴族生活は、この地にはございませんでした〜伯爵家三女のど田舎領地・都市化計画〜

作者: 葉月いつ日

【拝啓、お姉様方。私の理想の貴族生活は、この地にはございませんでした】


 これが、私がこの領地にやってきて、初めて書いた手紙だった。



 ◆〜第一章:厄介払いと、絶望の“ど田舎“〜◆



「フェリシア、お前にはほとほと愛想が尽きた。淑女教育を放り出して騎士の真似事など……我がグランバリア伯爵家の恥晒しだ」


 王都の豪華な応接室に、父の冷たい声が響く。

 隣では母が扇子で口元を隠し、溜息をついていた。


「本当ですわ。お姉様方は王家と騎士団に請われて嫁ぐというのに。あなたのような跳ねっ返りをもらってくださる方がいたことに感謝なさい。あ、そうだわ。あちらに行ったらたまには新鮮な野菜でも送ってちょうだい? ちょうどお肌のためにオーガニックな食材が欲しかったの」


 目の前に叩きつけられた縁談の書類。

 相手は王国最南端、シュリンガー公爵家の跡取り、レイス・シュリンガー。


【公爵家】という響きだけは立派だが、実態は王都から馬車で一ヶ月近くかかる“地の果て“だ。


 かつて“軍師公爵”として名を馳せた先代が隠居のために拝領したという、岩と湖しかない辺境。


「……承知いたしました。わたくし、行かせていただきますわ」


 フェリシアは深々と頭を下げた。

 拳を握りしめ、心の中で叫ぶ。


(見ていらっしゃい、お父様にお母様! 私を厄介払いしたことを、後で血の涙を流して後悔させてやりますわ。向こうで公爵夫人として、王都以上の贅沢を極めて見せますから!)


 唯一の救いは、仲の良かった二人の姉だ。


「フェリシア、体には気をつけて。困ったことがあったら、いつでも手紙を書いてね」

「私たちは、いつまでも貴女の味方ですわ」


 姉たちの優しい言葉を胸に、フェリシアはわずかな家財道具と共に、南への旅路についた。



 ◆〜第二章:衝撃の“泥だらけ公爵家“〜◆



 一ヶ月の長旅の末、視界に広がったのは、美しいが絶望的に何もない景色だった。


 そびえ立つ山々。

 鏡のように静かな巨大な湖。そして、点在する質素な石造りの家。


「……ここが、街? いえ、市場の屋台しかないじゃない!」


 目抜き通り──と呼べるのかも怪しい道──には、魚の干物がぶら下がり、泥のついた野菜が並んでいる。


 おしゃれなカフェも、最新のドレスを売るブティックも、香水屋の一軒もありはしない。


 たどり着いた公爵邸は、頑丈な砦のような建物だった。そこで彼女を待っていたのは──。


「おお、君がフェリシア君か! 遠いところをよく来てくれた!」


 麦わら帽子を被り、手には鍬を持った筋骨隆々の老紳士。

 それが現公爵、シュリンガー氏だった。


 彼の隣には、エプロン姿で籠いっぱいのトゥマトを持った優しげな婦人。

 そして、湖から上がってきたばかりという濡れ鼠の青年。


「初めまして、フェリシア。僕が婚約者のレイスだ。……ごめん、今、大物が網にかかってたから」


 屈託のない笑顔で笑うレイスは、確かにハンサムだった。

 しかし、彼の服はところどころ補強され、手にはタコができている。


「お父様もお母様も、レイス様も……なぜ、泥だらけなのですか?」

「ははは! 自分の食べるものを自分で作る、これがこの地の誇りだ!」


 フェリシアは愕然とした。


(贅沢三昧なんて、夢のまた夢じゃない……!)


 その晩、公爵邸で出された夕食は、素材の味を活かしすぎた──つまり焼いただけの──魚と、蒸しただけの芋だった。


(美味しい……美味しいけど……)


「フェリシア、どうしたんだい? お口に合わないかな」


 レイスが心配そうに覗き込んでくる。


「レイス様。私、決めましたわ。この地を、王都を超える『魔都』に変えて見せます」

「……え?」


「野菜を育てるのはいいでしょう。ですが、それを王都の貴族が泣いて喜ぶ『ブランド』に仕立て上げます。湖の魚も、鮮度を保ったまま輸出します。そして、ここにお洒落なカフェと劇場の三つや四つ、建ててやりますわ!」


 フェリシアの瞳に、騎士の心得で培った闘志が宿る。

 レイスは驚いたように目を丸くしたが、やがて噴き出した。


「面白い。実は僕も、王都の賑やかさに憧れていたんだ。父上たちはこの静けさが好きみたいだけど……これからは僕たちの時代、やってみようか」



 ◆〜第三章:快進撃の都市化計画〜◆



 翌日から、フェリシアの”侵略”という名の開発が始まった。

 彼女はまず、騎士の心得を活かして領内の輸送路を徹底的に調査した。


 ◇


【鮮度の革命】


 彼女は領内に眠っていた古い”氷結の魔道具”を改良。

 魚を獲った瞬間に急速冷却し、魔法で温度を一定に保つ“保冷馬車”を開発させた。


 これにより、これまで地元でしか食べられなかった幻の湖魚が、王都の高級レストランへ“生“で届くようになった。


【ブランドの確立】


 “ただの野菜“を『南の公爵領の奇跡』と名付け、二人の姉のコネクションを使って王城の晩餐会で提供させた。

 王妃がその味を絶賛したことで、注文が殺到。


【 商社の誘致】


 増えた利益を元手に、街道を舗装。

 関税を一時的に撤廃することで、目ざとい王都の商社を次々と呼び込んだ。


 ◇


 結果、わずか二年で領地は変貌を遂げた。


 市場の屋台は立派な石造りの店舗になり、湖畔には優雅なテラス席を持つカフェが並んだ。


 レイスはフェリシアの背中を追いかけるように、物流の管理と警備体制を整え、立派な若き指導者へと成長していった。


「フェリシア、君は本当にすごいよ。この領地が、王国で一番活気がある場所になるなんて」

「ふふん、まだまだですわ。次は王都を抜く大劇場の建設です!」


 しかし、あまりの急成長は、隣国の”毒虫”を呼び寄せることになった。



 ◆〜第四章:ガラリアンの侵攻と、領民の真価〜◆



 平和な朝、城下に警鐘が鳴り響いた。

 強欲で知られる隣国ガラリアン王が、この地の富を奪おうと、五千の兵を率いて国境を越えたのだ。


 対してこちらの戦力は、脆弱と呼ぶには生温く、もはや貧弱としか言いようがなかった。


 領地の騎士団は存在するが、全員がすでに壮年期を越えており、その殆どは漁師を生業としている。


 それ以外の男たちも、皆、年を重ねた者ばかりだった。

 日頃は農作業をしており、とても剣を振るえるようには思えなかった。


 王都に援軍を求めても、馬車では何十日もかかり、間に合うはずもない。


 刻一刻と伝えられる敵軍侵攻の報告を聞きながら、フェリシアは絶望に息を呑んだ。


「……ここまでですの? 私が築き上げた、このお洒落な街が……」


 フェリシアは、震える手で剣を握りしめた。

 せめて自分だけでも、前に立とうと。


 だが、レイスは彼女の手を、そっと優しく包み込んだ。


「フェリシア、忘れないで。この領地の民を豊かにしてくれたのは君だ。彼らが、その恩を忘れると思うかい? ほら、見てごらん」

「……え?」


 フェリシアの視線のずっと先。

 前線に立っていたのは、隠居したはずのシュリンガー公爵だった。

 彼はかつての軍服を纏い、獅子のような咆哮を上げた。


「お前たち! フェリシアが作ってくれたこの街を、欲望に溺れた者に汚させてはならん! 行くぞ!」


 その瞬間、フェリシアは信じられない光景を目にした。

 普段、腰を曲げて畑を耕していた農夫たちが、杖を掲げたのだ。

 杖を掲げた彼らの口から、次々と詠唱が迸った。


「《大炎嵐プロミネンス》!」

「《天雷落サンダーボルト》!」


 空が裂け、火柱が上がり、敵の先遣隊が一瞬で消し飛ぶ。

 彼らはかつて国を守り、平和を求めてこの地に隠居した──“伝説の魔道士“たちの、生き残りだったのだ。


 彼らを指揮するのは──義母だった。

 彼女はひと昔前、王国で“爆炎の魔女”と恐れられ、敵国を震え上がらせた大魔道士だった。


 さらに、湖から上がってきた漁師たちが、ボロボロの布を脱ぎ捨てると、そこには燦然と輝く騎士の鎧。


「敵兵十名につき、今夜の酒一樽だ! 行くぞ!」


 彼も現役時代は王都で最強と謳われた、公爵の元部下たち。

 一人で百人を相手にするような怪物たちが、網や釣具を剣に持ち替え、瞬く間にガラリアン軍を蹂躙していく。


「……私の、お義父様とお義母様……あんなにすごかったんですの?」

「言っただろう? この領地は『国防の要』なんだ」


 そう言ってレイスは、軽くウインクを飛ばす。

 その直後、彼は大地を蹴り、前線へと駆け出した。

 鋭い剣筋が閃き、敵の将軍はその場に崩れ落ちた。


 戦いが終わった後、さらなる奇跡が起きた。

 激しい魔法の衝突によって抉れた大地から、透き通るような紫色の結晶が顔を出したのだ。


 それは、世界でも稀少な”高純度魔法鉱石”の巨大な脈だった。



 ◆〜第五章:拝啓、お姉様方〜◆



 それから一年。

 シュリンガー公爵領は、もはや“辺境“とは呼ばれなかった。


 巨大な城壁に囲まれ、魔法鉱石の輸出で潤うその都市は、王都を凌駕する規模の【貿易都市シュリンガー】として地図に刻まれた。


 フェリシアは、完成したばかりの白亜の公爵邸で、最高級の紅茶を飲みながら手紙を書いていた。


 ◇


 拝啓、お姉様方。

 お元気ですか? 王都は相変わらず、窮屈な社交界で足の引っ張り合いをしておいででしょうか。


 私は今、とても忙しい毎日を過ごしております。

 今日は朝から、新種のトゥマトの収穫を確認し、午後は港で上がったマーグロの品評会。

 夜はレイス様と一緒に、領民たちが開く祭りで踊る予定です。


 お父様とお母様にはお伝えください。

『野菜を送れ』との仰せでしたが、当領地のブランド野菜は現在三年先まで予約で埋まっております。

 伯爵家の予算では、少々厳しいかもしれませんわね、と。


 わたくし、贅沢三昧な生活をするつもりでしたが、どうやら気が変わりました。

 自分で稼いだ金で、愛する領民と、愛する夫と、泥にまみれて笑う生活。

 これこそが、最高の贅沢だと気づいたのです。


 追伸:

 お姉様方、遊びにいらっしゃるならいつでも歓迎いたしますわ。

 ただし、ドレスではなく、汚れてもいい服でお越しくださいませ。

 ジャガイモの収穫は、なかなか楽しいものですわよ!


 ◇


 フェリシアは手紙を閉じると、窓の外に広がる活気ある街並みを見つめた。

 そこには、元気に走り回る子供たちと、平和を守り抜いた最強の老人たちが笑い合う、彼女が作った“理想の国“があった。


「フェリシア! 今日は大量だったよ! それに、巨大なマーグロも上がったみたいだ! これから選別を始める! 早くおいで!」


 階下から、泥と水に濡れたレイスが手を振っている。


「今行きますわ、レイス様! 今日こそは、その大物、わたくしが捌いて見せます!」


 フェリシアは豪華なドレスの裾をまくり上げ、騎士のような足取りで、愛する家族のもとへと駆け下りていった。



              〜〜〜おしまい〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

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