『婚約破棄されたので腹いせに国を支配します!3』
【第3話 峡谷の雷ショー】
リーヴ通貨が市場で流通し始めて五日目。
王都からの使者が馬を駆ってイズラへ到着した。
紅い外套、銀の徽章、動きが怖ろしく端整な貴族だ。
「陛下の勅令。非合法通貨の廃止と、公爵領への兵糧禁輸を命じる」
私は玉座の上(父が譲ってくれた場所)でお茶を飲んだ。
「王様がじきじきにご心配なさるなんて光栄ね。
でも無理。うちはリーヴで回ってる」
「陛下は激怒されております」
「激怒も結構。でも商人は感情では動きません」
使者は顔色を変えた。
「では武力で……」
「どうぞ。いつでも来なさい」
その日のうちに使者は王都へ戻った。
翌日、王国軍の動員令が出された。
ガウェインが地図を叩く。
「正規軍二万。アルヴァロ領へ至る唯一の地上ルートが峡谷。
ここを壊せば陸路は完全に封鎖される」
「でも海はある」
マリアンヌが指を差す。
「港町リーチェから船を出す。三日で到着する」
私は地図の峡谷を指でなぞる。
両側が千尺の絶壁に挟まれた細い通路。
幅は二十メートル。
最良の地形だ。
「囮作戦を取ります。
補給を進めるふりして馬車一台。敵がつかまえようと殺到するとき、足場を落とす」
「生き埋めか」
ガウェインが目を細める。
「敵はそれでいい。でも民間人の死は避けたい。
馬車には、昼間に逃げる時間を与えます」
計画は綿密に組み立てられた。
火薬の量、設置位置、引火のタイミング、生存者の脱出ルート。
私は三晩かけて全部書きあげ、地図に落とし込んだ。
十日後。
アルヴァロ領から南へ五里、峡谷が鳴き始めた。
王国軍は二万を三陣に分けて侵攻。
先陣が囮馬車に気づき、追撃する。
馬蹄音が岩を叩き、槍を構える兵が足を運ぶ。
午後三時。
峡谷の中央へ敵が殺到した瞬間、私は信号弾を撃った。
岩盤を支える十本の柱に仕込んだ爆薬が、一秒の間隔で起爆する。
最初のどん、という音が鳴った時点で、兵たちはまだ逃げられると思っている。
二発目。
足元が揺らぐ。
三発目。
上を見上げた時点で、空が落ちてくる。
だが私は魔法で待っていた。
落下する兵士を風の層で捕まえ、空中に拘束する。
千人が宙ぶらりんになった。
「雷弾、全門発射!」
砲撃陣地から放たれた魔導弾が一斉に飛ぶ。
天に浮かんだ敵兵は逃げ場がない。
稲妻が体を貫き、焦げた匂いと悲鳴が混ざり合う。
でも戦いはそれで終わらない。
地上へ降ろした追撃隊が、壊走する敵兵を前後から挟撃。
ガウェインは白馬で最前列へ踊り込み、剣で三人の盾を両断する。
返す刀で隊長の兜をかき落とし、あっという間に十人が倒れた。
私は上空から全域を見張り、敵の集結地点へ次々と砲撃を指示する。
「北東、敵騎兵隊。射撃角度五十度!」
「南西の谷底に篭城する槍兵。火榴弾、連射!」
煙と炎が峡谷を満たす。
敵は逃げ場もなく、叫び声だけが山に返ってくる。
数時間で、敵の先陣五千は完全に消滅した。
だが敵の総数は二万。
第二陣、第三陣が峡谷の南で集結を始めた。
ガウェインが報告に来る。
「敵、新しい戦術を取る。先制攻撃ではなく、包囲陣形。
補給を絶って兵糧攻めのつもりだ」
「なら私たちも戦法を変える」
私はマリアンヌへ符を送った。
港町リーチェから、三艘の大型船が同じ日に出航。
積み荷は食糧、火薬、新式銃。
王国軍に見張られない夜間に、内陸の川伝いに運ぶ計画だ。
敵は陸路を塞いだつもりでも、海はコントロールできない。
すぐに領内の物資は充足し、逆に敵陣は孤立し始める。
補給線が千里の彼方だから。
一週間後、敵の主力が動いた。
陸路を無視し、海岸へ迂回する大作戦だ。
だが、その時点で私たちはすでに三艘目の補給を完了していた。
二週間目の夜。
王都議会で"皇太子退位案"が浮上した。
つまり国王は打つ手なし。
戦力を失い、財政も失い、民の信頼も失った。
ガウェインが笑った。
「完全勝利だな」
「いいえ。これはプロローグ」
私は夜空の星を数える。
王都はこの失敗で、必ず全力での反撃に出る。
兵も金も尽き果てるまで。
だからこそ勝ったのだ。
敵に全力を使わせ、その隙に自分たちは鍛え直す。
峡谷は静寂に包まれていた。
万の屍が積もり、岩肌は血で黒く染まっていた。
私はその上に立ち、宣言をした。
「ひざまずきなさい──王冠ごと、私に服従を!
封鎖? いいえ、あなたたちの逃げ道を消すことよ!」
声は風に乗り、敵陣へ届いた。
それを聞いた兵たちは、何かが根本的に壊れたことを悟った。
彼らは王国の兵だった。
だが、もう王国は勝たない。
三日後。
王都の朝刊に号外が出た。
《皇太子、緊急退位。国王は軍の全面出動を宣言。
アルヴァロ領への全面戦争に突入》
私はその新聞を読み、静かに笑った。
すべてが計画通りだった。
敵を挑発し、金を使わせ、兵を失わせ、
最後に国王の判断を誤らせる。
棋盤の上で王将を追い詰めるより、
王将に無理な動きをさせる方がずっと効果的だ。
窓の外では、リーヴ札を握った市民たちが、
新しい武器を次々と鍛冶屋へ運んでいた。
銃、槍、盾。
そして何より強いのは、
"負けない"という確信。
私は杖をかついで、兵舎へ歩んだ。
次は正規軍との全面戦争だ。
峡谷は序章。
本当の舞台は、王都の門前。
まだ時間はある。
その時まで、私たちは何倍にも鍛え直される。
第3話 了




