ルド・フーヴァーの善性
引越と転職が思った以上に大変でした。1ヵ月はまだ忙しそう‥‥来月の中盤なら落ち着いてますかねえ…
ルドは幼少期の記憶が著しく曖昧だった。
いつからか母親の顔がぼやけて見えるようになっていた。
今も子供だが、泣く行為は身を死に近づけると脳が判断したせいか泣くことをやめてから母親の機嫌はよくなっていった。
そしてある日に転機が起きた。
母であった女は再婚した。
女はその家に行く前にルドに「お前が何かを言ったり助けを求めたら、お前が仲良くしていた人間から動物すべてに痛い目を見させるからね」と脅迫した。
その女の剣幕はさながら化け物のように見え、それ以降ルドはその女を心から母と呼ぶことを辞めた。
ルドは女の血を引いており、再婚した家の跡取りにされた。あの女は喜んでおり、永遠に飼い繫いでやるからなと妖艶な笑みを浮かべていた。ルドは女と同じく大変美しかった。
光と表現したくなるようなプラチナのブロンドに大きなアメジストの瞳だった。
義理の姉もルドをかわいがった。
ルドは義理の姉「エレナ」と一緒にいれることが何よりの幸せな時間であった。
「エレナ‥‥ねえさま…?」
この間の酷い折檻の時、本当にエレナは死にそうだった。
ルドは必死に叫んだ。相も変わらず助けてくれる使用人も父もいない。
ふとエレナには婚約者がいたことを思い出した。
すぐに家令に指示をして彼の家にエレナを送るように早急に手配したのだ。
ルドはその時がエレナと当面の別れになるとは思ってはいなかった。
ー ー ー ー ー ー
フーヴァー家に届いた書簡は三つ。
一つはルドが王立貴族学院の入学許可証。
もう一つは、エレナ・フーヴァーの離縁状かつノーストラ家に養子となる同意書。
そして、フーヴァー家が裏で染めていた家業についての言及だった。
ノーストラ家からの書面でいい意味がある訳がなかった。これは最終警告であり、次にまたミスや敵と認定されるようなことをしたら息の根を止めてやるという暗黙の了解となる。
これを読んだフーヴァー家当主ルーズ・フーヴァーは肩を震わせながら、あの女の顔を複数回自身の持つ魔鉱石で作られたステッキで殴った。
いきなり殴られたあの女は泣きわめきながら、叩かないよう懇願し、男の足元で土下座していた。
男は女を愛してないようだった。
「ルド」
「はい」
久しぶりに呼ばれた名前に少し反応が遅れた。
声がこんなにも渋い人物だったなんて、と久方ぶりに見る義理の父の姿にルドは緊張する。
「お前はすぐに荷物をまとめろ。王立貴族学園は全寮制だ。もうすでに複数の子供らは入寮している。お前にとってもそれがいいだろう」
「は、はいっ。あ、あの、エレナ姉様は…」
「エレナはもはやフーヴァー家の者ではない。姉と呼ぶな」
ルドは足元の地面がなくなった気がした。
一緒にいたくて助けたのに一緒にいることができなくなってしまった。
そんな…と細い声が零れたが当主は気づかず女を地下牢に入れておけと実の母が牢に入れられるよりルドはエレナとの急な別れに感情が追い付いていかなかった。
煩く喚いていた女が部屋からいなくなり、ルドは退室することもなくそのままぼうっとしていた。
父であるルーズはルドを視界に入れた。
「あいつはノーストラ家の娘となり、ノーストラ家次男ジョバンニと婚約した」
「エレナがノーストラ家にいる間は我々には直接的な被害はない。安心して学業に専念しろ。私もここには長いができないだろうからな。母親と縁を切りたいのならこの家を任せられるぐらいの力量を得ておけ」
あまりにも冷たい言い分だった。
しかし、エレナが我が家を救ったということは理解できた。
父ルーズもエレナを憎みたいがどのみち自身の家業が漏れた際確実に死ぬのは理解していた。が、家業が判明されても殺されてないといいうことはエレナがいわば人質としてノーストラ家にいるのだろう。
ルドはその時ルーズの言葉は父親らしい温かいもののように聞こえた。
しかし、顔を上げ男との表情を見る。
――――怪物、だ。怪物しか、いない。
荒れ狂う母の姿をもはや見慣れた光景であったが、目の前の男はあまりにも「父」というには汚い笑みを浮かべていた。
エレナは以前読み聞かせで「娘を道具にしか思わない人間もいる」と言っていた。
彼がその人間だった。
ルドはこの屋敷にまともな大人はいないと絶望した。
はやく、はやくここから離れよう、と足早に部屋から出ていきその日中に荷物をまとめてフーヴァー家を出た。
誰も見送りに来ない静かな出発だったと後に退職する家令はそう言っていた。
ご拝読、ありがとうございました。