表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

血の掟

だから明日、引越なんですよね()

マルツィア・ノーストラ、彼女の存在はこの国に収まる話ではなかった。

彼女はもとは隣国の公爵家の娘なのだが、この王国の公爵家の息子が一目ぼれしてダイレクトアタックをし続けた結果ようやく落ちた正真正銘の高嶺の花であった。


顔立ちは北ヨーロッパ出身の白くも見える色素の薄いブロンドに目が柘榴の色のように真っ赤で大変印象強い。さらには凛とした姿でやや猫目ぽいのだが口元のほくろが大変殿方がそそられる要因のひとつでもあるぐらい色気が天井となっていた。

そんな彼女は大変厳しい性格だが愛情強いと評判が高く、王家ですら彼女のオーラに圧倒され尻込みすることもあるらしい。

マルツィア・ノーストラ夫人は旦那様をなくされ5年ほど経ったが、いまだその美貌は衰えることを覚えておらず結婚当時よりもさらに儚さが生まれ大変お美しい。

旦那を新しく作らないのだろうかと世の男どもが鼻の下を伸ばしながら見ているのだが、彼女の回りには2人の息子がいるため手出しなどする隙もない。


兄ヴォルテールと弟ジョバンニが存在する。ヴォルテールがノーストラ家を継ぐと聞いているが実際に会ってみたら「モンテカルロ」のオーナーをしているそうだ。もしかしたら、表向きと裏向きで主を変えるのか?とエレナは推察する。



―――まあ、何が言いたいのかというと。

――――マルツィア・ノーストラは、ノーストラ家の心臓部であるということである。



ヴォルテールが母が来ると言い残し退室したあと20分後あたりに、件の要人であるご婦人が入室された。エレナはカーテシーをし、表をあげよといわれ顔を上げた。

あれ、1人多いのでは。



「父様、ロレンツィオ・ノーストラも一緒におりますがかまいませんね?」

「…ええ、もちろんです」


にこり、とするが口元がピリリとひきつっている。

視線をノーストラ家の長である「ロレンツィオ」に向けると、いかにもマフィアのボスという風格を持った人物であった。喰えない男なんだろう。顔からして逆らってはいけないと本能が訴えている。

震える手をなんとか誤魔化さないといけなくなってしまう。

ソファに腰を掛けた両名を見送り、「楽になさい」と声をかけられてからソファに座る。


「では、要件を」


面接か。と言わんばかりの適格さ。あまり無駄な時間を過ごしたくないタイプなのだろう。

エレナが簡潔に自身の境遇に関して俯瞰した視点で説明した。ここで感情を押し出しても無意味だと判断したのだ。

話をしていくとどんどんロレンツィオの表情が強張っていくのを見ながら、必死に終わらせようと簡潔に淡々と話した。すべてを出し終えると、差し出された紅茶を一口飲む。口内の傷にしみてしまい、少し目が潤んでしまった。


「…状況は理解しました。苦労されたようですね。折檻を受けているのはなぜです?あなたほどの地頭ならば回避するのを予見できますでしょうに」

「…以前逃げようとした結果、義理の弟ルドが火傷を負いました」

「なんと!」


あれは痛ましいを超えて腸が煮えくり返そうなほど怒りに満ちたものだった。

苦痛を浮かべるとロレンツィオが声を荒げた。

冷静にマルツィアは「…それ以降は」と聞いてきた。


「やはり、ルドがフーヴァー家を継ぐと認識はあるそうで医者を呼んでおりました。ルドには口外したら片目を焼くと脅していたので口外はできませんでした。それ以降、折檻はわたしで終わらせています」


あの時のルドは震えていた。

もちろん、片目を焼くという行為自体にだが、あの女は「ルドの片目」とは言っていないのだ。

エレナでもない。おそらく、その場にいた「不幸せな人物」が片目を焼かれるのだろうと気が付いたのだ。

あの女の残虐性は一体どこからきているんだと疑いたくなるほどであるが、基本的に宝石とドレスを与えていれば大人しい女であった。故に、父も野放しにしてしまっていた。


ロレンツィオは顔に一切の遠慮がなくなったのか、天秤屋の表情が零れている。自身の右手にある大きな純金をつかったイニシャルのついている指輪を眺めていた。エレナはそれが天秤屋の象徴であることをようく知っていた。彼らは血の掟に承諾したあと、忠誠をその指輪にキスをして誓うのだ。

バチリ、と目が合ってしまった。まずい。

視線を移動して、マルツィアに向ける。なんと彼女も自身の指輪を眺めていた。


「パージ、書類を」

「ハッ」


いつの間にか現れた執事にびくつくエレナ。

そして、急遽現れた「年代物のワイン」。それをあけ、3つのワイングラスに注ぎ始めた。


「我々、ノーストラ家の家業を知ったうえで助けを求める子なんてこの数十年いなかったのだよ」

「…エレナ、あなたノーストラ家の家訓をご存じ?」

「いえ…」


血の掟、だろうか。

知識としては前の世界では「イタリアのシチリアマフィアで交わされた約定」である。だいたい10項目あたりで基本的にルールとして礎となっている認知度の高い決まり事でもある。

おそらくこの世界のノーストラ家はそのイタリアンマフィアをモデルにしている節があるから、家訓が起きてなのだろう。

しかし、ここは無難に知らないと言っておこう。


「弱き者に情けを、子供には愛を。我々、ノーストラ家がこうして天秤事を行うには理由があるのだよ。君にわかるかな?」

「王家とのパワーバランスでしょうか」

「そう。往来王家の腐敗は胡坐をかくことから始まり、変わらない立場にいる人間は変ることを恐れ率先しなくなる。進化どころか退化までするような時代がありました。それらを律したのがノーストラ家よ」


なるほど、日本でいう参議院と衆議院のような立場なのだろうか。

2つの対となるものたちが牽制しながらも国を支えていくことが国のためでもあるのだろう。目に見える成長は心を動かすらしい。

マルツィアはふと懐かしそうな視線をエレナに向けた。


「…そうね、あなたは似てるわね」

「そうだね、彼女によおく似ているよ」


うんうん、とうなずく二人にエレナは首を傾げた。

聞いたところでおそらく自分が知る人物じゃないだろうし、教えてくれるとは限らない。

そもそも「質問をしてもよい」と許可は得ていないのだ。ただ聞く、今はそれだけだ。


「さあて、エレナ・フーヴァー嬢。君は初めてのモンテカルロで見事大金を得て私たちノーストラ家の当主らに会えた。君がそこまでした理由も、動機も、展望も理解したよ」


ワインを飲み干したロレンツィオは大変ご機嫌に笑みを浮かべた。


「我が天秤の一部となる者は基本として当主ロレンツィオの選定も通過手段となる。どのみち君は私と出会う運命であった訳だ。それが、早いか、遅いかの問題」


指輪を撫でるロレンツィオは歌うように言葉を紡いだ。


「我がノーストラ家には血の掟が存在する。その掟は君のためにあるようなものだ。そして君には“才”がある。こんなワクワク久しぶりだなあ、そうだろうマルツィアよ」

「はい父様。こんな子は久しぶりに見ましたわ。ヴォルテールが慌てるのもわかりましたわ」


ワインを飲むマルツィアも機嫌がいいのか笑みを浮かべている。

両名とも目つきが鋭い方なので、2人同時に笑みを浮かべられると身をすくめるような悪寒が走る。

まずは、私が、とでも言いたげな恍惚とした表情でマルツィアがエレナに指輪のついている手を差し出した。


―――これは、つまり。



食い入るように指輪を眺める。

ガーネットやルビーをまとった黄金の指輪は照明を落とした部屋でも眩い光を放つ。


「エレナ・フーヴァー、あなたをノーストラ家に迎い入れます。ここに、誓いを」


白く美しい手が自身の前まで伸びてきた。

視線をガチッと美女マルツィアと合わせる。ここで逃げてはだめだと、心を奮い立たせた。

もう戻れないところまできたと心の中で決意を決める。



「…わたくし、エレナ・フーヴァーは聖なる天秤と秤の護り手であるノーストラ家に血を誓います」



当主ロレンツィオ、マルツィアの両名の指輪にエレナは誓いのキスをした。

この指輪は特殊らしくキスから得た情報を記憶するらしい。そのキスをした者が血の掟を破った場合、破った者は血を吐くと説明があった。怖すぎるだろ、この指輪。

家宝である実際の「選定の秤」と呼ばれる天秤はそのものの人生を通算して「罪」の重さを測れるらしい。これは人智を超えた代物ということで固く封印しているそうだ。


エレナもワインを喉に通したのか、少し頭がぐらついていた。

最後にサインをしてほしいと言われたので眠ってしまいそうなまどろむ意識のなか、エレナは自身の名前を書面に記入した。

その書面が、「養子縁組」と「婚約者」と記載がされていたことに気が付かずに。



ご拝読、感謝申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ