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好きな女子の本命チョコを潰した俺の末路

作者: 神経水弱



「……今年も、ゼロ確定だな」


 登校時、期待はしないと言い聞かせながらも、自分の意思とは関係なく胸を高鳴らせていた。鼓動が早くなるのを感じながら下駄箱を開けると、案の定、校内で履くためのスリッパしか入ってなかった。


 俺、本明ほんみょう) まつは、今年のバレンタインデーもチョコをもらえないことを悟り、朝からため息をついていた。まぁ、わかっていたことだが。


 そんな俺と同じ思いを味わっている男子どもは女子たちが小さな袋や箱を持って続々と登校してきたのを見て、希望を見出し教室でざわついている。


 じっとできない何人かの男子はすでに動き出し、早速「義理でもいいから!」と必死に頭を下げている。既に諦めムードの俺は自分の席から必死な彼らを浅ましく思いながら眺めていると、ふと横から馴染み深い声が聞こえた。


「あ、やっぱりチョコもらえてないんだね。可哀想に」


 隣のクラスで幼馴染の末好すえよし鹿子かのこがニヤニヤしながら俺を揶揄いにやってきた。


「何しに来た?」


「何しにって、どんな顔してるのか見に来てあげたんだよ。幼馴染として、松のお母さんに報告してあげようと思ってね!」


「余計なことするな!」


 彼女の本気とも冗談とも取れる発言にため息をついていると、彼女は「あ、そうだ。」と言って、スカートのポケットから袋の上からでもわかるくらい溶けて形が変わっている10円チョコを取り出した。


「はい、これ義理チョコ」


「……義理ですらないだろ、これ」


「は?ありがたく受け取りなさいよ。おかげでこれで今年もチョコゼロ回避ってことでしょ?」


 鹿子は笑いながら、俺の机にチョコを置く。その軽いノリに、俺は思わず肩を落とした。


「こんなのもらってもなぁ……」


「じゃあ返して?」


「か、返すとは言ってない...。ま、まぁ?幼馴染がせっかくくれたチョコだし?ありがたくもらってはやらんこともないが...って、やっぱ溶けてるじゃん...」


「はぁ?素直に喜んでありがたく受け取りなさいよ!」


 鹿子がチョコを取り戻そうと手を伸ばそうとするのを阻止する俺に、周りの男子たちがざわざわと反応する。


「おいおい、本明だけずるくね?」


「末好さん、俺にもチョコを!」


「あー、ごめん。これが最後の一つなんだよねぇ。」


 明るく笑顔を振り撒き鹿子が宥めるも、男子たちは絶えず羨ましそうな視線を俺に向けてくる。

 羨ましいというよりは『なんでお前みたいなやつが』という黒い怨念のような感じだろうか。

 まぁそう思われても仕方ない。現に鹿子は学年でもかなり人気のある女子だ。

 目はぱっちりと大きく、性格も天真爛漫を絵に書いたような感じだから、そういうところが多くの男子をドキッとさせるらしい。

 おまけに最近はイメチェンと言って、髪の毛も肩にかかるミディアムヘアにして男子受けがさらによくなったと豪語していた。

 まぁ、確かに俺も以前、不覚にも見慣れたはずの幼馴染の彼女に心を奪われかけてしまったことがある。

その時はなんとか幼馴染フィルターが発動したおかげで我を取り戻したが。


 とにかく今はこの状況をなんとかしないとだ。後々、面倒になるのは目に見えている。


 ここで俺は、仕方なくじゃんけんで勝ち残った者への賞品という形で大切な俺のバレンタインデーのチョコを差し出すことにした。


「……羨ましいなら....あげるぞ?まぁ、君らの中でじゃんけんして、勝ち残ったやつにだが...」


 そんな俺の無情な発言に鹿子は意外にもすぐさま反応した。俺をキッと睨み、不満そうに口を尖らせた。


「ダメ!これは溶けてるから松専用!」


「なんでそんな無駄なこだわりが……」


 結局、クラスの数名の女子が数名分の男子への義理チョコを用意してくれていたおかげで無駄な争いが起きずに済んだ。

 俺も幼馴染からの義理とはいえ、大切なチョコが守られてほっと一息ついた。


ーーその瞬間だった。


 真後ろの席から背中に明らかに男子どもとは異質の重く、鋭い視線を感じた。振り向くと、クラスのマドンナにして俺の本命、わたり) 千夜ちよがじっとこちらを見ている。いや、睨んでいるようにも見える。


(まさか渡さんも...俺が義理でもチョコをもらうことを悪だと思っているのか?!)


 心の声が聞こえたのか、渡さんはすぐに目をそらしてしまった。


 鹿子も渡さんの視線を感じ取っていたのか、俺の肩を叩き、渡さんには聞こえないくらいの小声で俺の耳元までほくそ笑みながら顔を近づけて囁いた。


「渡さん、めっちゃ松のこと気にしてるんじゃない?」


「いや、まさか。てかあれはどう考えても、チョコをもらった俺を軽蔑してる目だろ」


「そうかなぁ……」


「そうだろ?」


「嫌われちゃったのか。まぁまぁ、ドンマイ!」


「あーもう!うるさいな」


「大丈夫だって!骨は拾ってあげるからさ!」


 図星だった俺は鹿子の笑い声を背に、教室を飛び出して足早にトイレへ向かった。別に用を足したいわけではないが、少し落ちつきたかったので仕方なくだ。


 トイレに着くと俺は顔を洗い、鏡に映る自分を見つめる。


「はぁ……」


 目元にかかった前髪、地味な黒縁メガネ。これじゃあ、まるでどこにでもいるモブ男子だな。


 対して渡さんはセミロングのストレートヘアで、そのサラサラとした黒髪からは甘いシャンプーの匂いが漂う。そしてあの透明感のある色白な肌と大きなぱっちり二重瞼。

 そんな美貌を持つ彼女に好意を抱かない男子はいない。それくらいの大物美女である。


 そんな渡さんと釣り合うわけもないという現実と、渡さんから向けられたあの視線が、俺をじわじわと痛めつける。


「……渡さんのあの視線は紛れもなく『なんでこんなやつがチョコをもらって、偉そうにしてるんだろう』って視線だよなぁ。あー、マジ終わったわぁ...チョコをもらえた安心感から自惚れてたな...ってそもそもこんな顔じゃ、もらえるわけないか」


 自分に呆れながら、独り言をこぼし、なんとか自分を開き直らせて俺はトイレを出た。


ーーだが、運命はここで俺を待ち構えていた。


「っ!」


 廊下に出た瞬間、誰かとぶつかった。


「うわっ!」


「きゃっ……!」


 目の前で尻もちをつく渡さん。その拍子に床に手をついた時にチョコを下敷きにしてしまったらしく、綺麗にラッピングされたチョコは無残にも袋の中で潰れているのがわかった。


「ご、ごめん!」


 俺は慌てて声を上げた。渡さんは驚いた顔をしていたが、視線を落とすと潰れたチョコを見つめ、小さく「あ……」と声を漏らした。


「それ、チョコ……?」


 俺が恐る恐る尋ねると、渡さんは無言で頷いた。


「ごめん……本当にごめん!俺がちゃんと見てなかったから!」


 渡さんはチョコが入った袋を拾い上げた後、震える声でポツリと言った。


「……これじゃ、渡せない」


 そう言って、涙を浮かべながら教室の方向へ走り去っていった。


(うわぁ、マジでやったぞこれ!最悪だ...よりによって渡さんのチョコを潰すとか...。しかもあれめっちゃ綺麗にラッピングされてたし、たぶん本命だぞ?!やばい。とにかくこうなれば土下座だ。放課後までに最高級の土下座で謝ろう。これしかない...)


 そう決断した俺だが、その後結局、彼女に声をかけるタイミングが掴めず、気がつけば放課後になってしまった。


 あ、タイミングが掴めなかったのではない。勇気がなかった。


  俺は結局謝ることを諦めて、誰にも会わないように渡さんを含めたクラス全員が教室から出る時間になるまでまたもやトイレで時間を潰した。


(そもそも俺みたいなカースト下位の愚民が渡さんに声かけること自体無理だ...。とはいえ...謝れなかったことが悔やまれるな...。きっと渡さんに嫌われただろうなぁ。まぁ、これで諦めがつくし、ある意味良かったのかもしれないが......)


  そう自分に言い聞かせることしかできなかった。


  情けなく、申し訳なく思いながらも、自分を納得させ、息を潜ませ教室に戻ってきた。誰もいないであろう教室に、誰かまだ残っているのを確認した俺は凍りついた。

 いつもなら真っ先に帰っているはずの渡さんが予想外すぎることにまだ残っていた。

 クラスメイトもほとんど帰り、静まり返った空間に彼女の存在が妙に際立って見える。

 そんな彼女は物思いに耽るような表情で、背中には哀愁を漂わせながら窓際で外を眺めていた。


 俺は気づかれないように教室を出ようとしたが、謝ることを避けようとした因果応報か、床に転がっていたチョークを踏んでしまう。『バキッ』という一聞すると小さく聞こえる音も、渡さんと俺しかいないこの空間ではよく響いた。

  彼女はその音で驚いてるのがわかりやすいくらい、反射的にこちらへ振り向く。

  顔は頬が染まり、目頭も赤くなっている。


 そんな彼女は急いで頬に残っていた涙粒を袖で拭った。


 俺は自分が犯してしまったことの罪の重大さを一瞬で理解した。


「……渡さん!」


  俺は自分でも驚くくらい迷わず声をかけ、彼女の前に一目散に駆け寄り、床に膝をついて頭を下げる。


「さっきは本当にごめん!俺の不注意であのチョコを潰しちゃって……!あれ、本命だったんでしょ?」


 俺が必死で謝ると、渡さんは目を大きく見開き、少し困ったような表情を浮かべたが、それを誤魔化すように笑顔を向ける。


「……いいよ。たしかに本命だけど、あれじゃ渡すわけにはいかないし。」


「...そうだよな。本当にごめん」


「あ...いや、どのみち渡す自信なかったし。気にしないでよ」


「でも...俺が潰したのは事実だから!どう償えばいいのか...」


 そう言いながら、必死に謝る俺に、渡さんは困ったような顔をしながらも小声で言った。


「……じゃあ、このチョコ、食べてくれる?」


 彼女はカバンからさっきの事故で潰れたチョコが入った袋を取り出して、俺に差し出した。


「え?俺が?」


「うん」


 小さな声で頷く渡さんの顔はほんのり赤く染まっている。

 俺は完全に混乱しながらも、とりあえずチョコを受け取る。しかし頭の中ではloading中と言う文字がぐるぐると回っている。


(えっと、待てよ。本命ってことは、誰か大切な人のために作ったものだよな?それを、俺が食べる……?これってつまり……。もしかして……いや、でも……いやいやいや、そんなはずないだろ……)


 俺は自問自答を繰り返していると、渡さんがじっとこちらを見てきた。


「本明くん...本当に鈍い」


「……え、だってこれ本命だろ?」


「そうだよ。本命だって、言ってるのに」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭が一気に真っ白になった。しばらく言葉が出ない。俺は一か八か烏滸がましさでしかないが訊いてみることにした。


「……もしかして渡そうとして相手って、俺?」


「うん」


 渡さんは小さく頷いた。顔を真っ赤にして俯く彼女を見て、ようやく事態を理解した。


「……本当に?」


「何度も言わせないでよ」


「……!」


 心臓がバクバクする。口の中がカラカラになって、何も言えなくなった。とにかく俺は彼女に促されるまま袋を開けてみるしかない。ラッピングを解くと、チョコではなく、潰れて形が崩れたガトーショコラが姿を現した。


「形崩れちゃったから...その...ごめんね」


「いやいやいや!え、めちゃくちゃ美味そうだよ!」


 そんな俺の動揺と童貞感混じりの大袈裟なリアクションに彼女はクスッと笑う。

 彼女を横目に、本当に俺のために作ってくれたのかと未だに実感がないまま恐る恐る一口かじる。


(なんだこれ...こんな美味いガトーショコラ始めてだぞ、おい!てか、え、これは渡さんが俺のために...ってマジかよ!うおぉぉぉぉ!)


「……う、うまい!これ、すっごい美味いよ!」


 俺は自分のテンションの高まりを抑えられず、感動の声を上げると、渡さんは満面の笑顔を見せてくれた。その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。



ーー帰り道。



 渡さんと並んで歩くのは…あれ…前にもあったような気がする。


 朧げながらも既視感のようなもの感じつつ、やはり緊張しすぎて何を話せばいいのか分からない。沈黙が続くのも気まずいので、思い切って声をかけた。


「……渡さん、俺のこと、本当に好きなの?」


「……そうだよ?だから頑張って作ったんだよ?」


 渡さんが照れながら小さく答える。その言葉に、俺も顔が熱くなる。


「でも、あの……俺、全然そんな、好きになられるようなやつじゃないし……」


 俺が俯きながら言うと、渡さんは急に立ち止まった。


「そんなことない」


 その言葉に、俺も足を止める。渡さんは真っ直ぐ俺を見つめて、少しだけ微笑んだ。


「私、本明くんのこと、入試の時からずっと好きだったの」


「入試の時?」


「道に迷って困ってた時、本明くんがわざわざ私を高校まで案内してくれたでしょ?」


「あ……あの時か」


 モヤがかかったような記憶が次第に鮮明になるのを感じる。

 そうだ。確かに高校の入試の日、道に迷って困っていた女の子――渡さんに俺は声を掛けた。

 声を掛けた時は、受験のことで頭の中がいっぱいだったため、下心なんてなくて、ただ"ついで"に助けただけだった。

 後々、俺にとってあの日の出来事は受験勉強を頑張ってきた俺への、天からの細やかな贈り物だと思っていたけれども。そんな形で自己満足で完結していたと思っていたのに、まさか渡さんもずっと覚えていてくれたとは。


 また胸が熱くなるじゃないか。


 そんなことを考えていると渡さんは俺に衝撃的な事実をカミングアウトした。


「今日、本明くんにチョコを渡せなかったら、もう諦めようと思ってたの」


「えっ……!」


「だって、本明くん、私のことなんて全然気にしてないみたいだったし……」


 その言葉を聞いて、俺は少し胸の奥がズキンと痛んだ。何てことだ。俺がもっとちゃんと自分に自信を持っていれば、こんなにも彼女を悩ませずに済んだのかもしれないのに……。


 でも、少しだけ肩の力を抜いた。内心でこう思わずにはいられなかった。


 可笑しな話だが、さっきまで取り返しをつかないことをしたと猛省していたあのトイレでの出来事が、功を奏したのだ。

 思わず、クスッと笑ってしまう俺を見て、渡さんが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない。」


 俺は苦笑いでごまかしながら、渡さんの隣に並び直した。


「でも、渡さんが俺を諦めなくて良かった。」


「……うん」


 お互い少し照れながらも、顔を見合わせて笑う。


 こうして、俺たちは恋人同士になった。




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― 新着の感想 ―
誰がどう読んでも幼馴染は主人公に気があるように書いているのに結局最後は出てこない事に違和感があります
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