7
「醜いアヒルの子」という童話を知っているだろうか。
真っ白なアヒルの一家に、一羽だけ灰色の雛がいて…一羽だけ違う外見からいじめられていたが、大人になった時、誰よりも美しい白鳥になって、住処の湖から飛び立つ…そんな、夢のような話だ。
…俺は、この話が嫌いだ。
そもそも種族が違ったという理由から、立っている舞台が違うので何とも言えないが…一家でただ一人、俺はその「醜いアヒル」だった。
幼いころに亡くなった乳母に読んでもらったその物語のように、俺もいつか、美しい白鳥になって羽ばたけると思っていた。
……そんなことはなかった。
「秀才」の中に一人だけ生まれてしまった「不出来」なものが、羽ばたく力など手にできるはずがなかった。
「夜空様…こんな時間に、どこへ行かれるのです…?」
「……わからない」
捥がれてしまった翼と、潰れた喉しか残らなかったアヒルの子は…
「でも…一人で生きられる場所」
うすら笑いで強がって、しゃがれた声でそう鳴くしかなかった。
「夜空さん…本当に、やるんですか…?」
怪盗復帰戦から一夜明けた、次の日。ローテーブルに置かれた砂時計を突っつきながら、アザレアは眉を下げて問うてきた。
「やる。多分、何も起きない」
「何も起きないならいいじゃないですか...」
「やらなきゃわからない。もしかしたら何か起こるかもしれない…シュレディンガーの猫を覗くのが、俺の一番の仕事…なんだそうだ」
「…?猫ちゃんを、覗く…?」
「…知らないなら、アザレアは調べない方がいいと思う」
「今度調べてみます!」
「聞いてた?」
今回試すのはタイムトリップ。成功したとて13分間のみの短い旅のようだが、行った先で何が起きるかはわからない。とはいえ、向かう時間のことを考えると、そんなに準備が必要だとも思えないが…
「これ、壊すってことは叩きつけるんですよね?気を付けてくださいね、夜空さん…」
「叩きつけるっていったって、そんなに強くはしない。ちょっと抵抗もあるし…」
「ならいいですが…あの、やっぱり僕も……」
「それはダメ」
「うう…」
しょぼくれるアザレアの頭を撫で、巻き込まれないようにと距離を取ってもらう。壊した直後に倒れて、ケガなんてしようものなら後が面倒なので、敷いたままの布団に座り、時計を持ち上げる。
「行くぞ」
「は、はい…!」
キッチンの陰から、アザレアはおどおどと落ち着きなくこちらを見つめている。その様子が、少しばかり微笑ましくなってしまい、笑みが漏れる。
(戻る時間は…)
腕を振り上げ、念じる。
(ーーアザレアが…慈愛の王子が、生まれた瞬間)
振り下ろし、手中の時計も手放す。ほどなくして、時計が砕ける音がし……
ふと…視界に何かがよぎった。
「…?」
瞬きを、数回。自分が見たことのない床の上に立っていると気づいたのは、「それ」を視認したのとほぼ同時だった。
「……ッ!!」
視界をよぎっていたのは、人の足だった。擦り切れた皮のブーツに包まれたそれは、ゆらゆらと揺れている。見たくないと思いながらも、己の好奇心は、脳からの警鐘を無視して視界を上げさせる。
アンモニア臭のする体液に濡れたパンツ、滴る血交じりの唾液、赤黒く膨れ上がった頭部と…その、口から垂れ下がる、鬱血した舌…背格好から、男のものだと思われる…縊死体だった。
「ひッ……う、…っ…!」
悲鳴を飲み込み…だが、せりあがってくる胃の内容物は、止められなかった。遺体から目を背け、木製の床板を汚す。
あらかた吐き出し、暴れる心臓を抑え…改めて、現実を振り返る。
もしかしたら…自分が辿っていたかもしれない、ある男の末路を。
「…ネメ、シス…?」
彼の顔は見たことがない。後世に伝わっている彼の情報は…「絵本に呪いを込めて死んだ衰れな作家」というだけだった。
外からの生活振動で揺れ続ける振り子のような死体は、体内に残った液体を放出しながら、ただ、ただそこにあった。
「…生まれた瞬間…って、これが...?」
処理できなくて、情報を整理したくて、声を絞り出す。
「お、俺は…確かに…アザレアが…慈愛の王子が生まれた瞬間って…で、でもそれって、普通…キャラの構想が完成したときとか、は、話の構想が立ったときとか、そういうとき、なんじゃないの…?なんで…なんで、いきなりそんな、最期になんで…!」
だめだ…落ち着かない…とりあえず、遺体を下ろして…いや、それはしていいのか?どこまでしたら改変になる?そもそも触りたくない…違うそんなこと考えちゃだめだ…!
「ーー返して」
ふと、聞きなれた…それよりも幾分か、凪いだ声がした。視線を上げる。そこには…
「...アザレア…?」
ぼろぼろの囚人服を着たアザレア…慈愛の王子が、ネメシスの遺体のそばに立っていた。
「...なんで」
ぽつりと
「なんで、こんなこと…こんな、酷いことができるの…?」
だんだんと、それは慟哭に変わる
「一度与えたものを…一度与えた希望を…どうしてそんな簡単に奪うなんてことができるの!?」
遺体に縋りつく
「返して…返してよ!!返せよ!!僕らの未来を!!僕らの物語を!!僕らの幸せを!!」
哭く
「僕らの…僕の、家族を…!」
遺体は答えない
「…返してよ…」
…答えは、返ってこない。
そのまま頽れ、首を垂れる。泣き叫ぶ。今の姿からは考えられないほど...その姿は頼りなく、小さく見えた。
……あっていた。ここは確かに、アザレアが…『不思議』である、慈愛の王子が生まれた場所だった。
これから先…アザレアは100年間、繰り返し続ける。俺がもう一度、本を開くその時まで…ずっと、繰り返すことになる。
国も、友人も、家臣も、民も、親も、自分も…全て奪われて、全て焼かれることになる。
……何か…今の俺に、何かできることは…?何か…彼の救いに…一縷の希望になれるようなことは…そんな、何か……
ふと…砂が落ちる音が聞こえる。本能的に、タイムトリップの終わりが近いのだと、悟った。
「…アザレア!!」
いてもたってもいられず、頽れた彼の身体を、背後から抱きしめる。
「…100年後…いや、ちょっと誤差あるかもしれない…だけど…絶対に迎えに行く。絶対、俺がもう一度、お前を目覚めさせるから!!だから…!!」
……ああ、そうか。
「夜空だ。俺は、夜空…!辛くて消えたくなったら、思い出してくれ。俺が今言ったこと、約束したこと…それを糧にして、もう少し頑張ってくれ!必ず…絶対に…!」
「ーー俺が、失った以上に幸せにする!!」
ふるりと、肩が震える。
それが、俺の声に反応してのことだったのか、そうじゃないのかはわからない。でも…今の俺には、これしかできない。
腕の中から温もりが消える…それを認知したはときにはもう、俺は元のワンルームに戻っていた。
「……夜空さん…?」
惚けたような、アザレアの声がする…ああ、帰って来たのだ。
「…ただいま、アザレーー」
「夜空さん!!」
間髪入れず、アザレアに抱きしめられる。そんなに、心配させてしまっただろうか…
「アザレア…ごめん、心配かけたな…」
「夜空さん…夜空さん…!」
頭を撫でる…その身体は、少しだけ震えていた…いや、泣いてる…?もしかして、目の前から消えたりしてしまったのだらろうか。それだったら本当に申し訳ない。そこまでは俺も、考えが及んでいなかった。
「ごめんなさい、夜空さん…ごめんなさい...!僕、何もできなくて…!」
「いや…俺も、もう少し可能性の話をしておくべきだった。ごめん」
「違います!」
「?」
アザレアは、しゃくりあげながら…嗚咽を抑えながら、一生命言葉を紡いだ。
「僕…僕……さっきまで、過去の…過去の、夜空さんを…目の前で…!」
「……………は…?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
過去の俺…それが意味するものは、この場において明確だった。
落ち着きを取り戻したアザレアいわく…彼は、俺のタイムトリップに巻き込まれ、俺の過去を見てきた…ということだった。
ぼんやりと、昨日話した高校時代の俺に会ってみたい…などと夢想していたら、いつの間にか自分も飛んでいたのだという…よりによって、高校時代に、だ。
よりによって、俺の人生で、一番地獄のような時期だったその瞬間に…トリップしてしまったようだった。
……いずれ、近いうちに話そうと思っていたことだったが、こんな形で伝わるのは予想外だったし…何より、申し訳なかった。
「…夜空さん」
はちみつ入りのホットミルクを啜りながら、アザレアはぴったりと俺にくっついていた。
「…話そうと思ってた。ってだけ、先に言っておく。隠す気はなかった。だから、悪かったなんて、思わなくていい」
「むしろ…僕はもっと、早く教えてほしかったです…」
「……ごめん」
「……どうして…あんなこと、されていたんですか、夜空さんは…あの人たちは…お友達では、なかったのですか...?」
見てきたものは、さっき…ちゃんと、あらましを聞いた。心当たりのあることだった。
「……出自から話すことになる。そのうえ、気分のいい物じゃない。長くなるけど…いい?」
「いいです…全て、聞かせてください」
「……わかった」
せわしなく動き始めた心臓を律する。俺が、決めたんだ。大丈夫。アザレアは、受け止めてくれる。大丈夫…
「俺は…一族で唯一の落ちこぼれ…汚点だった」
枢宮家…俺が生まれたこの家は、代々血を大切にしてきた…少し古い考えを持った家なんだ。
おまけに、代々研究者や政治家、経営者もろもろ…優秀な人材を次々輩出した名家で、その本家大本に生まれた俺たち兄弟は、いずれ、二人で枢宮の血と家督を継ぐものとして期待されていた。
小学生くらいまでは、俺にも夕飛にも突出した才はなくて…どちらも平等に、厳しく育てられてきた。
俺も夕飛も、それに対して不満はなかったし、枢宮の人間なら、これが普通なんだと思ってた。
…今でも、当時の教育についてはとやかく思ってはない。むしろ、かなりいい教育を躾けてもらったと思ってる。
……そこまでは、よかった。
中学に入ってから、俺と夕飛の能力差が、顕著になった。
一番になるのは夕飛で、2番手になるのが俺。
最優秀賞を取るのが夕飛で、優秀賞を取るのが俺。
先頭に立つのが夕飛で、それに付き従うのが俺…こんな具合で。
…誇張でもなんでもなく、夕飛は天才だった…これに関しては、今も、だな。
次第にその差はどんどん広がって、持ち前の性格差も相まって…夕飛は日向に、俺は日陰に…高校生になる頃には、完全に分かれた。
…多分、逆ならまだよかったんだと思う。弟に負ける兄という構図が…許されなかったんだと思う…多分。
最初の一年は、普通に過ごせた。もう期待されてないのはわかってたし、俺も、夕飛が座ることになっている椅子に興味なんかなかった。
…楽しかったよ。この時は。多分、一番穏やかだった。夕飛は、忙しくはあったけど、まだ、話したり、冗談言いあったりはできたし…友達も、普通に居た。
言い方悪いけど、俺と同じ、日陰者タイプの…物静かな、男だった。読んでる本の傾向が似通ってて、放課後一緒に図書館に行ったり、勉強したり…本当に、普通の学生として過ごしてた。
……でも
………………
……何を思ったのか、今も分からない、けど…いや、多分…脅されてたんだと、思う…そう、思いたい…
………………
…ある日、大切にしていた本を、そいつに…破かれた。目の前で、読めないくらい…ズタズタに…
何が起こったのかわからなくて…受け入れたくなくて…感情の整理がつかなくて…当時は、大丈夫だとか、戻せるからとか言って…そのまま、笑って受け入れた。それしか、できなかった。
…それ以来、そいつとは話してない。
...それから少しして…夕飛が通ってた、特進クラスと校舎が分かれて以来…いじめが始まった。
今思えば…夕飛が守ってくれてたんだなって…俺のこと…だから、一年は普通に過ごせてたのかもなって、今は思う。
この時までは、まだ耐えられた。物を壊されたり、殴られたり、暴言吐かれたり…その程度だったから。
…まだ、学校のほうが…マシだとさえ、思ってた。
そのあたりで………アザレア、接待って、わかる?…仕事とか、目上の人やお得意様をもてなして、今後も円滑な取引やお付き合いをお願いするっていう…そういう文化なんだけど…普通なら、食事とか、スポーツとか…そういうのなんだ。でも中には…身体を売るってのも、あって……そう。要するに…抱かれるってこと。取引先の相手に。
そういうのを、枕接待っていうんだけど…それを、俺……知らないうちに、やらされることになってて……
社交場には、何回か出たことがあって…枢宮の長男として、出ざるを得なかったって言うのが、正しいんだけど…そこで、俺をいたく気に入ったっていう、変人がいて…
それが…うちの…父の会社の、古い取引相手、だったみたいで…
……………………
大きな契約を、結ぶために…俺を、差し出したんだ。父は…
…ありえない。ありえないよ。普通じゃない。アザレアの言うとおりだ。あいつは普通じゃなかった…でも俺は…怖くて、逆らえなかった。
……それも、時間がたつごとに増えてった。頻度も、人数も……夕飛には、言えなかった…未だに言えてない。助けなんか、求められるわけなかった…
ほとんど毎日のように、いいようにされて…でも、まだ学校には逃げ場があった。人権があった。だから、やってこれた……でも……
…ばれたんだ。枕やってること…接待相手の息子、クラスメイトだったんだよ…笑えるだろ?
んで、それがさ…さらに父親にばれたとき……どうなったと思う…?
……「親子でどうぞ」ってさ。ほんと、狂ってるだろ…って…
学校でのことに関しては、夕飛が気づいてくれて、一時期少なくなったことがあったんだ...でもそれ…あいつ、変なところで勇気あってさ…親にも食ってかかったんだって。
…したら、案の定激化して…俺何か、悪いことしたのかなって…
…もう、大学なんか行ける状態じゃなくて…
ここにいたら、本当に…本当の意味で飼い殺されると思って…逃げた。
死ぬなら、自分のまま死にたいって、思って…
それからしばらく…スリで生計立てて、何とか暮らして……そこで、パトロンに会った……。
「……それからは、話した通り。な、面白いことなんか、何も無かっただろ?」
へらりと笑う。反し…アザレアは、泣いていた。
「…………酷いです……」
ポロポロと、次々溢れる涙を拭い、抱き寄せる。
「もういいなんて、割り切れるような事じゃない。事実、俺は今の今まで、このトラウマを引きずって生きてる……でも、全部終わったことだ。いつかは乗り越えなきゃいけないことだ」
「……ごめんなさい」
「謝るなよ…」
「だって…こんなこと……思い出したくも、なかったでしょうに……」
「……うん。思い出したくなかった」
「でしょう?…それを、僕…」
「さっきも言ったろ…乗り越えなきゃ行けないことだって。だから、いずれは向き合わなきゃ行けない時が来るんだ。そのはじめの一歩が、今日だったってだけ」
「……僕が早めた……」
「辛いことは早く終わらせたい性分なんだ。でも、その勇気が湧かなかった。きっかけもなかった……それになってくれたのは、お前だよ」
「……………」
「……むしろさ。背負わせてごめん」
「僕は何も…」
「聞いてもらった。そのための覚悟もしてもらった…それで、泣いてもらった…1人で立ち向かうのは、怖かったから…アザレアなら、受け止めてくれるって…逃げずに一緒にいてくれるって…そう信じて話した」
「……当たり前、じゃないですか…」
「………それに甘えたんだよ。俺は」
「そのくらい…甘えでも、なんでもないです…恋人なんですよ、僕……」
背に、腕が回る。
「………一緒に背負います。夜空さんの苦しみを…直接理解することは、出来ないですが…でも、その苦しみを和らげる事くらいは…できます…」
「……うん」
「……2人で、乗り越えていきましょうね。何があっても、ずっと一緒に居ますから」
「……………うん」
肩に、顔を埋める。あんなことを言ったけど…受け止めて貰えると信じて疑ってなかったけれど……
(………よかった……)
長年抱えてきた荷物を、やっと下ろせた気分だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーはい、これで手続き全部おしまいね」
遡行時計の一件から1ヶ月。俺とアザレアは、夕飛に連れられて市役所へやって来ていた。
「これが保険証の控え、こっちがマイナンバーカード、これが年金とか徴税関係の書類で……ねえ大丈夫?ちゃんと頭入ってる?」
「は、はい!入ってます!!えっと……これが保険証…?」
「違う、それはマイナンバー!身分証にもなるんだから、ちゃんと財布入れて持ち歩いてて!……まったく……兄ちゃん、ちゃんと管理徹底させてよね?発行するの大変だったんだから……」
「わかった…俺のと同じところ入れておく」
「それがいいかもね。兄ちゃんに限ってそんな事しないと思うけど…混ぜないでね?」
「分かってる」
以前…夕飛が家に再訪した際の本題……アザレアの戸籍について。それについて、ようやく全て片付きそうとの事だったので、今日こうして、3人で役所に赴いたのである。
戸籍を得たからと言って、彼との関係は特に変わりはしないが……ともかく、これで何か、身分を証明できるようなものを求められた時、慌てなくても済むということだ。
「よろしい……ともかく。アザレアさん、これであんたは……ひとまず、夜空の………………………………パートナーってことに、なったから………絶対!!兄ちゃんに迷惑かけるようなことするなよ!!いいな!?」
…訂正。ひとつ、アザレアとの関係が変わった…ということで、特筆しなければならないことがあった。
……この度、パートナー同士となったのだ。
アザレアの身分を確定させる上で、誰かの養子にする必要があったのだが…さすがに、ここへ喫茶の老夫婦を巻き込む訳にも行かなかったし、枢宮の戸籍をいじろうとすると、両親にも話がいってしまう……そこで考えたのが、最近導入された、パートナー制度だった。
元は同性愛者のふうふ関係を認めるために設けた折衷案のような制度だったが…今回、俺たちはこれを利用することにしたのだった。
訳あって、俺は…姓こそ枢宮だが、本籍は別になっている。かと言って、俺にアザレアを養子として受け入れるだけの財力があるかと問われれば…まさか、怪盗として稼いだ資金を提出する訳にも行かず…そんなものはなかった。
そんな俺が、唯一彼を肉親として受け入れる方法が…それだった。
………つまり、プロポーズもロマンも、欠片もなかった。それだけは、少し心残りだ。
「はい!!絶対しません!!」
「俺の養子にするのが1番楽だったのに、それだとあいつらの方に伝達行くからって!!その応急処置のための!!婚姻なんだからな!!調子乗るなよ!!俺はお前のこと兄なんて絶対呼ばないからな!!」
「分かってます!!でも後見人になっていただいて、ありがとうございます!!」
「………くっそ腹立つ……この案出したのが兄ちゃんなのがもっと腹立つ……」
「ゴタゴタ色々付き合わせて悪かったな…仕事もあったのに…今日はゆっくり休んでくれ」
「休ませて頂きますとも!…って言いたいところだけど、これから会議だから帰る」
「……本当にごめん」
「いーよ。乗ったのは俺だし……」
そう言ってから…彼はアザレアに何か呟き、乗ってきたバンに向かって歩き始める。
「家まで送るよ。乗って」
「会議間に合う…?」
「大丈夫。次のはリモートだから」
「そう?…なら…」
「あ、あの…」
お言葉に甘えようと思った矢先、アザレアがおずおずと切り出す。
「僕、借りていた本を返したくて…図書館に寄ってから帰ろうと思って…それで、その……」
ちらと、目線をこちらに向ける……ああ、気を遣ってくれているのだろうか。
「あー……そう。なら、兄ちゃんとお散歩デートでもして帰んな」
「!…ありがとうございます!」
「え…俺もいいの?」
「なんで?俺と帰りたいなら、一緒に帰るけど」
「…………それうちにだよね?」
「ああ、それ以外どこに帰るつもり?」
「……………俺の家だよな?」
「兄ちゃんの家だよ」
「………アザレアと帰る」
「あは、素直にそう言いなって…それじゃあね。また何かあったら連絡して」
ヒラヒラと手を振り、桜瀬に促され車に乗り込む。
その間際見えた表情が、少しだけ寂しそうだった気がするのは…彼のためにも、気づかなかったことにした。
「夜空さん」
愛しい声が、背中越しにかかる。
まだ熱気を孕んだ、少し湿った夏風が、絹糸のような金髪をふわりと揺らす……俺が幸せにしなくてはならない人が、そこにいた。
「行きましょう!」
伸ばされた手を握る。それから、手を繋いで歩くことになる…ということに気づき、少し恥ずかしくなったりもしたが…でも今は…
パートナーとなった彼の熱を、感じていたかった。




