6
『今回盗んできてほしいものは、「遡行時計」って、アンティークの砂時計だよ。この砂時計は特殊でね。ものすごい自己修復能力があるんだ。それを応用して、割った本人も時間遡行ができるって代物さ』
「…あくまで、そういう話があるって、ことだな?」
『そうそう。今回の君の仕事は、まずはそれを手中に収めること。そして…その効果を確かめること、だ。使い方はいたって簡単。戻りたい時を強く思い、一思いに時計を割るだけ…時計が修復されるまでの13分間…君はその時へと遡ることができるんだ』
パトロンは、電話口で楽しそうに告げる。早速明日にでも現地に赴き、下見を済ませてきてほしい…とのこと。
「……明日は、ちょっとーー」
『これを使えば…バッドエンドになったアザレアの話も、結末を変えることができるかもしれないよ?」
「…え……?」
『でも…そうしたら、今君のそばにいるアザレアはどうなっちゃうだろうね?』
「……やれ、って…?」
恐る恐る、聞き返す。
『そう』
返ってきた返事に、思わず閉口する。
『まあ、冗談だよ。君の好きにするといい』
「………心臓に悪い」
『あはは、そこまでその子のこと、大事にしてあげてるんだねぇ……感心感心…ただねえ、夜空』
パトロンは、一つ呼吸を置いて
『彼の為を思うなら…アザレアの本当の幸せを考えたうえで、行動するんだよ。いいね?』
「……わかった」
『うん、よろしい…ああ、そうそう。展示場所、新番博物館なんだけど…骨董展のほかに、今鉱石展とかやってるらしいから…アザレア誘って、ついでに二人で遊んで来たら?チケット二枚送っとく』
「はぁ…?遊び行くんじゃないんだから…」
『でも、下見くらい君なら1時間もあれば十分だろ?』
「まあ、そうだけど…」
『ちょっとは肩の力抜いていきなね〜。久しぶりの仕事なんだし…それじゃあ、予告状出してよくなったら、また連絡して〜』
間延びしたそんな声を最後に通話が途切れ、部屋には静寂が…いや、アザレアの寝息だけが残される。
…再度、眠る彼の顔を覗き見れば…些かすっきりしたような、穏やかな顔をしていた。
「…ごめん、アザレア…話はまた今度な」
そのまま頭を撫で、俺も床に就く…時間を遡れる時計…か………それが本当なら、俺も…
「っ………」
脳裏に浮かんだおぞましい記憶を振り払い、目を閉じる。
大丈夫。俺にはちゃんと味方がいる…もう、大丈夫だ。
せわしなく動き始めた心臓に言い聞かせ、その日は眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「夜空さん」
名前を呼ばれた気がして、目を開ける。するとそこには…愛しい人の顔があった。
「…アザレア…?」
俺が名前を呼ぶと、彼は「わっ」と声を上げ、そのまま後ろに飛び退いた。ぼうっとする頭でゆっくり起きあがり、思い切り伸びをすれば、思わず俺も気の抜けた声が出た。
「…夜空さん、猫さんみたいです」
「…?……おはよ、アザレア」
「おはようございます、夜空さん!」
「で...何してたの?」
「な…何、とは…?」
「俺の顔、覗いてたでしょ?」
「へっ…!?」
アザレアは少ししどろもどろになるが、観念したようにおずおずと
「夜空さんの寝顔、とても愛らしくて…その…ずっと、見てられるな、って…」
その答えを聞いて…思わず俺自身が顔を伏せてしまう。
「愛らしいってのは…アザレアみたいなのを、言うんだろ……」
「何言ってるんですか?夜空さんも愛らしいところありますよ〜!」
「あぁ…わかった、いい。いい!」
昨日の今日で、こんなに「好き」を前面に出してこられるとは思っていなかった。くしゃりと頭を掻き、アザレアに目をやる。
昨日…いや、ここ最近では一番の笑顔で、彼は俺の手を引き
「朝ごはん、出来てますよ!今日はとっても上手にできたんです!」
と、食卓に俺をいざなう。
…喉から手が出るほど望んでいた、「普通」の日常風景がそこにあった。
「今日は、夜空さんからの反応がいい気がする和食テイストですよ〜。昨日鮭が安かったので、そちらを塩焼きにしました!」
「…朝から大変だったんじゃない?味噌汁まであるし…」
「でしたが…大好きな夜空さんの為ですから!」
「....ん、そう…」
「それです!それですよ夜空さんの可愛さ、変らしさと言ったら…!」
「いい。その話はいいから…!」
上機嫌に舌が回るアザレアを制止し、向かい合わせで食卓に着く。
「いただきます」
そう言って箸を持てば、彼はじっとこちらの機子を伺ってくる。
「…食べないの?」
「いえ、その…食べますけど…」
「けど?」
「……美味しいかなって…気になってしまって…」
「…そんなに心配しなくても、いい匂いするし、美味しいと思うけど…」
切り身をほぐし、そのかけらを口に入れる。
油が体温で溶かされ、それがほろほろの身と絡むことで、ふわふわとした食感に変わる。ひと歯みすることに旨味が広がり、いい塩梅で振られた塩が、まだおぼろげな脳を覚醒に導く…要するに、美味しい。
「…うん、美味しい」
「本当ですか!よかったぁ…」
アザレアは朗らかに微笑むと、自身も鮭を頬張る。
最近の彼の成長は著しい。偏食ではないのだが、胃の弱い俺の為に、いろいろと考えてくれているのだろうと思う。
…役に立っていないなんて、俺からしたらとんでもない勘違いだ。俺ももう少し、こういうところを評価してやった方がいいのだろうか。
実際、食事を二食とれるようになったのも…彼の努力の賜物だ。
それを享受しているだけというのも、なんだか悪い…だからこそ、今日は彼の疑問や不安を払拭できるように話をしたかったのだが...
「…アザレア」
「はい、なんでしょうか!」
「……その…俺の、病気について、なんだけど...」
「あ…えっと、大丈夫です!!それについては、夜空さんのペースで話してくだされば…!無理しないでください!」
「いや、無理はしてない。…本当は、今日…知りたいことがあれば話したかったんだけど…仕事入っちゃって…」
「夜空さん…」
一瞬惚けたような顔をする…しかし彼は、すぐに破顔し屈託のない笑顔を向けてきた。
「僕、そこまで夜空さんに信頼してもらえるの、とっても嬉しいです!カフェのお仕事なら、僕もいつか手伝えたりするかもしれないので、その時は一緒に…」
「いや、違くて…怪盗の…」
「……怪盗の…?」
すぐに顔が曇る…まあ、そうなるだろうな…。
「夜空さん…もしかしてまた、何か危険なことに…」
「毎回そんな危険なわけじゃない。今回も、死めようなものじゃないから…」
「本当ですか…?でも、今回も不思議や呪い絡みのものなのでしょう…?僕にも数えてください。なにか、できることがないか…」
「……できること…」
独り言ち、考える……そういえば、チケット…
「…下見、ついてくる?」
「下見…?」
「潜入先の博物館…今日、経路と展示室の位置とか…確認して来いって」
「博物館…ですか…」
「博物館」
「…………」
彼はしばし考えこむ…と、彼はこくりとうなずいた。
「行きます。夜空さんが安全に入って、出てこられるような場所を、探せばいいんですよね?」
「そうだな…あとは…」
やる気になって、少し力が入っているアザレアの頭に、ぽんと手を置く。
「興味ない?そういうの…鉱物とか、昔の調度品とかも、展示されてるみたいで…」
キョトンとした顔。虚を突かれたような彼の顔は、みるみる緩んでいく。
「?」
「あの、夜空さん…それは…その…」
「…その?」
「…デート、のお誘い……でしょうか…?」
一瞬思考が停止し、脳が再起動する。知ってたのか、デートという言葉は…いや、そうだ。そうじゃない。その前に……
「………!」
思わず口元に手を当て、顔をそらす…そうか。そういうことに、なるのか…?これは…確かに…そうなる…いやでも、俺は仕事をしに行くのであって、別に遊びに行くわけじゃ…!
「ごー緒させてください…夜空さん」
そう、嬉しそうに返すアザレアの顔が…まともに見れなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新番博物館は、最寄り駅から電車で1時間ほどの場所にある大きめの博物館だ。
三階建ての建物で、敷地面積も広い…が、盗むものは一つだけ。場所さえわかれば、後は外へのアクセスをつなげるだけ…最初は変なルート構築をして、危うく捕まりかけたりすることもあったが…最近はそいうことも減った。
帰らなきゃならない理由もできた。だから、これからはもっと、下準備に時間を割かなくてはならない。
「大きい、ですね…」
博物館を見上げてそう零すアザレアは、俺の手をぎゅっと握り、早くというように引っ張った。
「行きましょう、夜空さん!僕、この世界の鉱石もちゃんと勉強したので、ちょっと解説できますよ!」
「ん、楽しみにしてる」
「…あっ」
俺が返すと、彼ははっとした顔になり、耳元に顔を寄せる。
「お仕事の方も、僕ちゃんと頑張りますね!」
そう囁き、いたずらに笑った。
「…そっちは…うん……まあ…頼んだ」
答えれば、彼は嬉しそうに微笑む…あまりこっちには関わらせたくはないんだけど、そんなこと言っても彼は引かないのだろう。
とはいえ…まだ彼も、パトロンたちほどではないにしろ、好奇心の塊だ。展示に夢中になり、こちらのことなんて忘れてくれれば僥倖なのだが……。
「わぁ…!すごいです、夜空さん!本で見たものがこんなにたくさん……!」
…杞憂だったようだ。
館内を見て回り、ちょうど1階にあった鉱物展に差し掛かったところで、彼の興味は一気にそちらへ傾いたようだった。
「わ!見てください夜空さん!雲母ですよ…!直に見てみたかったんですよこれ…!本当に板みたいな感じなんですね…ガラス石と似たようなものかと思っていましたが、こうして見ると結構違うかもしれません……黒いバラの花みたいですねぇ…あっ、え…なんですこれ…?待ってください、当てますね…これも何かで見たような気が…えっと、なんでしたっけ…!」
…想像以上に楽しんでくれているみたいだ。よかった。
「こっちの鉱物って、そんなに珍しいの?」
「ええ!新発見の連続です…ネメシスには鉱物の知識がなかったので、僕の国で掘れた鉱物は金だけだったんです」
「……なるほど」
「それからそれから…これは鉱物っていうより宝石ですが…石言葉なんてものがあるのも、僕こちらに来て初めて知りましたよ」
「へぇ…花言葉みたいなもの?」
「そうです!例えばルビーは情熱、アメジストは誠実、ダイヤモンドは永遠…とか。結婚指輪にダイヤモンドが使われるのも、ここから来ているんですよ!」
「…なるほど」
結婚指輪、か。サムシングフォーの文化を踏襲するなら、サファイアのほうがそれらしいんじゃないかと思ったりもしたが、石言葉の説明を聞いて合点がいった。
…いつか、役に立つ時が来たら、この話を思い出そう。
「でも僕は…夜空さんに送るなら、サファイアの指輪を贈りたいですね」
「えっ」
考えていることがほぼ同じで、思わず顔に熱が集中する。アザレアはそれを別の意味で捉えたようで、慌てた顔で手をぶんぶんと振った。
「違いますよ!!夜空さんと永遠を過ごしたくないわけじゃないんです!!…その、サファイアの石言葉が…僕は、そちらの方を、夜空さんに贈りたくって…」
「いや、違うけど…そう、か…」
「は、はい!そうなんです…あの……いや、何でもないです」
「教えてくれないの?」
「渡すときに、その言葉と一緒に贈ります」
サラッと言ってのける彼に、また少しだけ胸が高鳴ってしまう。愛らしい容姿をしていても、彼はどこまでも「王子様」のようだ。
「なので...それまで、楽しみにしていてください」
この笑顔が、俺だけに向けられているということに、少しだけ優越感を抱いてしまう。そんなことの為に、彼を恋人にしたいと思ったわけではないが…
「夜空さん、次はあっち見に行きたいです!ボーリングの展示もあるみたいなんですよ!」
手を引き楽しそうに先導する彼についていくだけで、1日が終わりそうだ。でも、それもいい。
度々本来の目的を忘れそうになりながら、じっくり展示を見ていく。
実際に触れられる展示品を俺にも勧めるアザレア、
自国での出来事について話すアザレア、
調度品を見て、これは自国にもあったと嬉しそうにするアザレア
…気づけば、彼のことばかりを目で追っていた。
「あ…夜空さん、これ……」
アザレアの声に、ふと展示品に目をやる。そこには、今回のターゲット「遡行時計」があった。
プリキの翼があしらわれたそれは、パーツの赤錆を勲章のようにまとい、他の展示品と変わりなくそこに鎮座していた。目立つわけでもなく、存在感があるわけでもない。
しかし…それが纏う『不思議』の気配は、他の展示品とは一線を画していた。
「...調度品…にしては、確かに地味かもね」
「ですよね…でも確かに…なんというか…それっぽい感じはします」
「アザレア自身が不思議だからね。もしかしたら、俺よりそういうのはわかるかも」
「そうでしょうか…?ふふふ、なら僕、いつかこちらでもお役に立てる日が来るかもしれないですね!」
「...それは遠慮したいかな」
「どうしてですか…?」
不服そうにむくれるアザレアを制し、あたりを見渡す。
……警備、ケース、天井には、火災報知器と、明り取りの天窓……
「その話は、帰ってから」
「!」
はッとして口をふさぐ姿も可愛らしい。
「…行こうか」
「え…あの…もういいんですか?」
「ここまで歩いてきて、大体順路はわかった。後はこの先と…外」
「…わかりました」
アザレアは、歩き出した俺の手をぎゅっと握る。
「それでは…続きも楽しみましょう、夜空さん!」
屈託のない笑みを向けたアザレアに、思わず俺も口元が緩む。
今までだったら、ここから先なんて……この前だって、順路と構造しか見なかった。
やっぱり…今日はもう少し、時間がかかりそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「楽しかったですねぇ、夜空さん!」
帰り際、博物館に併設されたカフェに入り、少し早めの夕食をとることになった。
アザレアは、上機嫌にココアフロートのアイスを頬張りながら、お土産に買った白い謎の生き物のストラップを愛でている。
「お土産、本当にそれでよかったの?」
「はい!オコジョさん、とっても可愛らしいです〜!」
「…どこでも売ってるやつなのに」
「ほかにもいろんなお色がありましたから!いつかお友達も沢山揃えるんです!」
「…そう。ならいい」
「はい!…あ、そうだ…」
アザレアは少し声を潜めると、
「遡行時計って、結局何なんですが…?パトロンさんたちは、いったい夜空さんに何をやらせる気なんですか…?」
そう問うてきた。
完成したメールを送信し、コーヒーを啜る…このくらいなら、外で話しても問題ないか…
「遡行時計は、壊すことで望んだ時間に遡行…つまり、タイムトリップができるっていう噂がある。それをどうにか解明しろってことだな」
「それ、戻って来れるんですか…?」
「タイムトリップできる時間は、時計が測れる時間と同じ13分だそうだ……つまり、大丈夫なはず」
「はず……」
「はず」
あからさまに苦い顔…ああ、次に何言うか、読めたぞ。
「夜空さん、それ僕も…」
「だめだ」
「何でですか…!」
「お前は不思議だ。それに不思議をぶつけたとき、何が起きるかは俺も…下手したらパトロンだってわからない。力が弱まって何も起こらないならいいが…そうじゃなかったら?」
「…逆に…戻ってこれなくなるって、ことですか...?」
「可能性はある」
「うぅ…………それは…嫌です………」
しょんぼりしながらも納得してくれたようで、彼はちびちびとココアを吸う。
「……ちゃんと、帰ってきてくださいね…夜空さん」
「ああ。そこは大丈夫」
「どうしてです?」
「経験者が帰ってこなきゃ、この噂は広まらない。不思議にもならないだろ?」
「ああ……確かに……」
「……まあ、そこから作り話の可能性は否めないが……噂が偽物だったとしても、よほど外れたことが起きたことは無い……だから、大丈夫」
そう言って頭を撫でてやれば、まだ不満そうにしながらも、根負けしたようにへにゃりと笑う。
本当に今日は…1日、彼に情緒を振り回されっぱなしだ。上手く言えないが……可愛い。
「ところで…夜空さん、時間はいつに戻るつもりなんですか?」
「え………」
「……もしかして、決めてないんですか…?」
「いや………決めてるけど…」
………言えない。素直に言って、変に邪推されても困る……
「……適当に、10年くらい前に戻って…観光して帰ってこよう、かと…」
「10年前、ですか……夜空さんおいくつですか、その時って?」
「………高校生くらい?」
「高校生の夜空さん…!いいなぁ……ますます一緒に行きたかったです……」
「なんで…?」
「だって、制服姿の夜空さんが見れるんですよ?最高じゃないですか!きっと、凛々しくて知的て、さぞ格好いいんだろうなぁって……」
「今の俺見て、何でそのイメージが出てくるのが俺は不思議だよ」
「なんでって…」
アザレアはキョトンとした顔をこちらに向けると、目を細め、じっと俺を見つめて言った。
「僕の夜空さんですから」
天然物の王子は、これだから………
「………そう」
それだけ答えて…少し遅れてやってきた夕食に、俺はそのまま逃げたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
下見から2日後…深夜0時より少し前。
俺は、警備員として新番博物館を再度訪れていた。
『いやぁ、今日も繁盛してるね夜空〜。見た?外の野次馬の数!もうそっちにてんてこ舞いで、警備も上手く回ってないのなんのって!』
耳元のインカムから、そう楽しそうに話しているのはパトロンだ。
こちらが返事を返せないのをいいことに、マシンガンのようにこちらへ愉悦の言葉を投げている。
「お疲れ様です。こちら、異常は見られませんでした。引き続き、警備を続けます」
時たますれ違う巡回警備と、そんな言葉を交わしながら…遡行時計がある展示スペースを目指す。
『しかし…今回は予告状からミスリードさせるなんてねぇ…君もますます、怪盗らしくなってきたんじゃない?』
情報屋から入手した音声データによれば……今日、遡行時計の警備に回っているのは12人。そこそこ広い展示室ではあるが、それだけの人数ともなれば、かいくぐるのも一苦労だ。警備員になりすましたからと言って、そこから人を一斉に追い出すのも難しい……となれば…
(………確かそろそろ…)
天井に目線を移す……想定通り、そこには火災報知器。今回は、件の展示室より少し手前の部屋………そこの報知器を頼ることにした。
『怪盗夜空として、手塩にかけて育てたかいがあったってもんだよね〜!自分からそう言う、楽しくて面白そうなこと、ちゃんと思いつくようになったんだからさ!僕、あのセンス結構すきだよ?』
腰のポーチから、ロウソクに似た形をした……発煙筒を取り出す。それに火をつけ、外から投げ込む……報知器が鳴らない少しの時間……その間に部屋へと突入する………
『ーー「時を遡る時計」、なんてさ?』
ーーこの言葉と共に。
「お前!!そんなところで何してる!!!」
展示室近くで響いたその声に、まだ反応は少ない……が、確実に釣られた者が、ひとり、2人………それだけ、ここに来てくれれば十分だ。
「どうした!?……!クソ、どこだ!!」
ーー報知器が、けたたましく警報を鳴らす。人1人の声よりも大きなそれは、俺があげた声よりも、より多くの人に届き………最初に発した声に、さらなる信憑性を持たせる。
煙だらけになった展示室から駆け出し、遡行時計の展示室へ駆け込む。咳き込みながら、残っていた残りの警備を……外へと追い出してしまおう。
「奴が…!怪盗が出ました!!あいつの狙いはその時計じゃない…隣にあった大時計です!!」
すぐ隣の展示室にあった大時計……発煙筒で姿をくらませたそれを探すには、少しばかり時間を要するだろう。
なにせ、警備たちが探さなくてはならないのは……「もうそこには無いもの」ではなく「ものを持ち去った怪盗」なのだから。
血相を変えた警備達が、次々とその場を離れていく。警報も鳴ったことで、よそからの警備も中に入りこみ…今頃誰が何を掴んでいるのかもわからない状態だろう。
とはいえ、発煙筒も無限では無い。犯行は、手早く、確実に…
警備が誰もいなくなったショーケースに、所持していた警棒の先端を押し付ける。そこから発された熱でケースが熔け、やがてそこにはサッカーボールほどの穴が空いた。
『さて夜空、怪盗の極意は?』
「……………はぁ………」
ケースの中に手を入れ、難なく時計を取り出し、ポーチにしまう。
「……犯行は、手早く確実に……」
『最後は?』
「………………」
『最後は?』
「…………大胆に……」
『よく出来ました。それじゃあ………最後に魅せてよ、怪盗夜空?…ほら!ファンサファンサ!!』
ポーチにしまいかけた時計を、再度取り出す。
着ていた警備服を脱ぎさり、いつもの…黒ずくめの衣装と、ハットに身を包む。
この早着替えも、最初は随分手間取ったものだった。
口元を隠す仮面をつけ、隣の展示室へ……わざわざ足を運ぶ。そしてーー
「…………相変わらず、君たちは馬鹿だねぇ………どこに目つけてんの?」
だいぶ薄くなった煙の向こうから、視線がこちらに集まるのがわかる。
………この瞬間、とても苦手だ。
「わざわざ分かり易く、「時を遡る時計」だって書いてやったのに、なんでそっち行くわけ?……ああ、もしかして……付いてないのは目じゃなくて脳みそだったりする?」
ざわつき、足音が…怒声が近づいてくる。そろそろ煽ってるだけでは危険だ。
「……ははっ、口や身体だけじゃなくて、頭も働かせなよ!」
時計をしまう…代わりに、手のひらサイズの閃光弾を取り出し…
「今からそれ……役に立たなくなるからさ!」
ピンを抜き、煙が薄く立ちのぼる展示室に放り込む……すると光の粒子は、煙を通じて直接目に働き掛ける、凶器になる…!
「安心しな、失明まではしないから!」
こちらも潰されぬよう、直ぐに目を逸らし走り出す。
光をハットでさえぎり、元の展示室へ……閃光弾の餌食にならなかった警備員と、やっと追いついた外からの増援が先の道を塞ぐが……今回の逃げ道はそちらでは無い。
「止まれ!!」
「嫌だね!」
手首に装着した装置から、カギの着いたワイヤーを伸ばす。ゴム弾ほどの威力のそれを天窓のハンドルに向けて射出すれば…そこは容易に、外への連絡口となった。
しっかり引っかかったことを確認し、すかさずワイヤーを巻きとる。逃げ場のなかった体は吊られて宙を舞い、そのまま出口を捉えた。
「よっ……と」
カギを外し、そのまま外へと躍り出る……
「じゃーね!」
……挨拶も忘れずに
上空を飛んでいたヘリから、機動隊が降りてきている。あまりゆっくりしている時間は無い。
『夜空〜?ファンサ〜』
「無茶言うな」
『いつもより余裕ないね今日?小細工も色々入れたみたいだし…ああ、さては君、アザレアのところに帰りたくて必死だね今?』
「分かってるなら無駄なことをさせないでくれ」
『あは!やだ』
「………チッ…」
ひとまず追っ手から距離を取り、野次馬がとめられている入口……ああ、ちょうど、あのカフェの上あたりが良さそうだ。そこまで屋根を飛び移りながら移動する。
『そうそう。僕、君のそういうところ大好きだよ〜』
「今ここで時計を壊すパフォーマンスをしてもいいんだが?」
『それやって困るのは君だよ?13分間そこから動けなくなっちゃうんだから』
「クソ…」
向けられる期待と好奇心に満ちた視線を振り返る………苦手だ。すごく苦手だ……やっぱり苦手だ……!!
(ああ……クソ…!)
口角を無理矢理あげ、自身を…奮い立たせる。
「年中お暇な野次馬たち〜〜〜!!今日も来てくれてありがとう〜!!このとおり、時計はちゃんと盗んじゃったから、安心してね〜!君たちの明日の話題は、俺がちゃんと守ったよ〜!」
業を煮やした警察の怒号と、野次馬たちの歓声でえらいことになっている。ああ……早く辞めたい……
「本当はもう少し遊んであげたいんだけど、俺今日は急いでんだよねぇ。だから、今日はこれで終わり!またいつか、星降る夜に会おう!!」
ハットを脱ぎ、一礼する。割と大きめの喝采に、当初はちょっとばかり心を踊らせることもあった……あったが……今は………
「逃がすかぁ!!そこから動くなよ!!」
「ひぃこわ〜!!ばいばい!!」
アザレアの元に……帰らなきゃいけないんだ……いつも以上に、安全に、何事もなく!!!帰らねばならない!!!
『あっはっはっは!!!お疲れ夜空!最高だったよ!!つめつめのファンサ!!!』
「クッソ………クソ!!二度としないからな!!」
『嫌だよ!僕夜空のその、変に頭が回るがゆえのクソガキ煽り大好きなんだから!』
「やらない!!もうやらない!!!そもそもずっと聞きたかったんだけど、何あの『星降る夜に会おう』って!!決めゼリフのつもりか!?」
『ああ、いいだろう?君も気に入って使ってるみたいだし』
「気に入ってない!!言う度顔から火を吹きそうなんだ!!」
『えぇそうなの…?…あ、夜空、そこ今日は曲がって。包囲網予想より拡大してるみたい』
「っ………ぅ………おまえ……お前………!」
『最後まで気は抜くなよ〜』
こういうところ、ちゃんと有能なのが腹が立つ……
時折パトロンに野次を入れられつつ、指示を出されつつ……何とか警官隊を振り切り、家まで戻ってきた……疲れた…
時刻はもう、3時を刺そうとしている…アザレアにも、今日は先に寝るよう言ってあるから…起きてないだろう。
「……ただいま…」
気持ち小さめに言って、戸を開ける………と
「夜空さん!!」
突進のように、誰かが俺に抱きついてきた……彼以外ありえない…アザレアだ。
「あ、アザレア……起きてたの…?」
何とか受け止め、そのまま玄関扉を閉める。鍵をかけて、背に手を回せば……彼は、少し震えているようだった。
「……アザレア…?」
心配になり、声をかける。身体が冷えている訳では無い……一体何が…?
「………たです………」
「…?何?」
小さなつぶやきを聞き取ろうと、顔を少し寄せる……と……
「格好良かったです!!すっごく!!!」
顔をあげ…そんなことを言われた……は?
「………え、何が……?」
「夜空さんがです!!!怪盗夜空が!!」
「………いたの?あそこ……」
「いいえ!パトロンさんが教えてくれたんです!熱心なファンの方が、毎回はいしん?をしているから見てみたら〜って!」
「……何で?」
「すまほです!」
「いつ……?」
「3時間ほど前です!」
「………スマホは誰に…?」
「女の子の方のパトロンさんです!」
「あいつかぁ……!」
余計なことを……!道理で会話に出てこないと思ったら……!!
「夜空さん、毎回あんなことやってるんですね!屋根ぴょんぴょん飛んだり、警官さんの包囲網かいくぐったり…!あっ、でも、わざわざ逆上させるようなことを言うのはどうかと思います!そんなことしたら、より夜空さんの身が危険に晒されることになるんですよ?なので絶対だめです!もうやらないでください…もしかして、これもパトロンさんの指示……だったりするのですか…?もしそうなんだとしたら、僕も一緒に説得しますから!だからーー」
「アザレア」
「?はい」
熱心に褒めちぎるアザレアのことを……まともに見れず……見れるわけもなく………顔を逸らし、この情けない顔を、少しでも見せないよう、口元を手でおおって……何とか、俺は言葉を捻り出した。
「…………ここ数時間見た事は、全部忘れてくれ………黒歴史になる気しかしてないんだ………」




