表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の"エガオ"を奪うまで  作者: 夜の塩焼き
怪盗夜空は不思議がお好き
7/9

6

『今回盗んできてほしいものは、「遡行時計(そこうどけい)」って、アンティークの砂時計だよ。この砂時計は特殊でね。ものすごい自己修復能力があるんだ。それを応用して、割った本人も時間遡行ができるって代物さ』

「…あくまで、そういう話があるって、ことだな?」

『そうそう。今回の君の仕事は、まずはそれを手中に収めること。そして…その効果を確かめること、だ。使い方はいたって簡単。戻りたい時を強く思い、一思いに時計を割るだけ…時計が修復されるまでの13分間…君はその時へと(さかのぼ)ることができるんだ』


パトロンは、電話口で楽しそうに告げる。早速明日にでも現地に(おもむ)き、下見を済ませてきてほしい…とのこと。


「……明日は、ちょっとーー」

『これを使えば…バッドエンドになったアザレアの話も、結末を変えることができるかもしれないよ?」

「…え……?」

『でも…そうしたら、今君のそばにいるアザレアはどうなっちゃうだろうね?』

「……やれ、って…?」


恐る恐る、聞き返す。


『そう』


返ってきた返事に、思わず閉口する。


『まあ、冗談だよ。君の好きにするといい』

「………心臓に悪い」

『あはは、そこまでその子のこと、大事にしてあげてるんだねぇ……感心感心…ただねえ、夜空』


パトロンは、一つ呼吸を置いて


『彼の為を思うなら…アザレアの本当の幸せを考えたうえで、行動するんだよ。いいね?』

「……わかった」

『うん、よろしい…ああ、そうそう。展示場所、新番(につがい)博物館なんだけど…骨董展のほかに、今鉱石展とかやってるらしいから…アザレア誘って、ついでに二人で遊んで来たら?チケット二枚送っとく』

「はぁ…?遊び行くんじゃないんだから…」

『でも、下見くらい君なら1時間もあれば十分だろ?』

「まあ、そうだけど…」

『ちょっとは肩の力抜いていきなね〜。久しぶりの仕事なんだし…それじゃあ、予告状出してよくなったら、また連絡して〜』


間延びしたそんな声を最後に通話が途切れ、部屋には静寂(せいじゃく)が…いや、アザレアの寝息だけが残される。

…再度、眠る彼の顔を覗き見れば…(いささ)かすっきりしたような、穏やかな顔をしていた。


「…ごめん、アザレア…話はまた今度な」


そのまま頭を撫で、俺も床に就く…時間を遡れる時計…か………それが本当なら、俺も…


「っ………」


脳裏に浮かんだおぞましい記憶を振り払い、目を閉じる。

大丈夫。俺にはちゃんと味方がいる…もう、大丈夫だ。

せわしなく動き始めた心臓に言い聞かせ、その日は眠りについた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「夜空さん」


名前を呼ばれた気がして、目を開ける。するとそこには…愛しい人の顔があった。


「…アザレア…?」


俺が名前を呼ぶと、彼は「わっ」と声を上げ、そのまま後ろに飛び退いた。ぼうっとする頭でゆっくり起きあがり、思い切り伸びをすれば、思わず俺も気の抜けた声が出た。


「…夜空さん、猫さんみたいです」

「…?……おはよ、アザレア」

「おはようございます、夜空さん!」

「で...何してたの?」

「な…何、とは…?」

「俺の顔、覗いてたでしょ?」

「へっ…!?」


アザレアは少ししどろもどろになるが、観念したようにおずおずと


「夜空さんの寝顔、とても愛らしくて…その…ずっと、見てられるな、って…」


その答えを聞いて…思わず俺自身が顔を伏せてしまう。


「愛らしいってのは…アザレアみたいなのを、言うんだろ……」

「何言ってるんですか?夜空さんも愛らしいところありますよ〜!」

「あぁ…わかった、いい。いい!」


昨日の今日で、こんなに「好き」を前面に出してこられるとは思っていなかった。くしゃりと頭を掻き、アザレアに目をやる。

昨日…いや、ここ最近では一番の笑顔で、彼は俺の手を引き


「朝ごはん、出来てますよ!今日はとっても上手にできたんです!」


と、食卓に俺をいざなう。

…喉から手が出るほど望んでいた、「普通」の日常風景がそこにあった。


「今日は、夜空さんからの反応がいい気がする和食テイストですよ〜。昨日鮭が安かったので、そちらを塩焼きにしました!」

「…朝から大変だったんじゃない?味噌汁まであるし…」

「でしたが…大好きな夜空さんの為ですから!」

「....ん、そう…」

「それです!それですよ夜空さんの可愛さ、変らしさと言ったら…!」

「いい。その話はいいから…!」


上機嫌に舌が回るアザレアを制止し、向かい合わせで食卓に着く。


「いただきます」


そう言って箸を持てば、彼はじっとこちらの機子を伺ってくる。


「…食べないの?」

「いえ、その…食べますけど…」

「けど?」

「……美味しいかなって…気になってしまって…」

「…そんなに心配しなくても、いい匂いするし、美味しいと思うけど…」


切り身をほぐし、そのかけらを口に入れる。

油が体温で溶かされ、それがほろほろの身と絡むことで、ふわふわとした食感に変わる。ひと歯みすることに旨味が広がり、いい塩梅で振られた塩が、まだおぼろげな脳を覚醒に導く…要するに、美味しい。


「…うん、美味しい」

「本当ですか!よかったぁ…」


アザレアは朗らかに微笑むと、自身も鮭を頬張る。

最近の彼の成長は著しい。偏食ではないのだが、胃の弱い俺の為に、いろいろと考えてくれているのだろうと思う。

…役に立っていないなんて、俺からしたらとんでもない勘違いだ。俺ももう少し、こういうところを評価してやった方がいいのだろうか。

実際、食事を二食とれるようになったのも…彼の努力の賜物(たまもの)だ。

それを享受(きょうじゅ)しているだけというのも、なんだか悪い…だからこそ、今日は彼の疑問や不安を払拭(ふっしょく)できるように話をしたかったのだが...


「…アザレア」

「はい、なんでしょうか!」

「……その…俺の、病気について、なんだけど...」

「あ…えっと、大丈夫です!!それについては、夜空さんのペースで話してくだされば…!無理しないでください!」

「いや、無理はしてない。…本当は、今日…知りたいことがあれば話したかったんだけど…仕事入っちゃって…」

「夜空さん…」


一瞬惚けたような顔をする…しかし彼は、すぐに破顔(はがん)し屈託のない笑顔を向けてきた。


「僕、そこまで夜空さんに信頼してもらえるの、とっても嬉しいです!カフェのお仕事なら、僕もいつか手伝えたりするかもしれないので、その時は一緒に…」

「いや、違くて…怪盗の…」

「……怪盗の…?」


すぐに顔が曇る…まあ、そうなるだろうな…。


「夜空さん…もしかしてまた、何か危険なことに…」

「毎回そんな危険なわけじゃない。今回も、死めようなものじゃないから…」

「本当ですか…?でも、今回も不思議や呪い絡みのものなのでしょう…?僕にも数えてください。なにか、できることがないか…」

「……できること…」


(ひと)()ち、考える……そういえば、チケット…


「…下見、ついてくる?」

「下見…?」

「潜入先の博物館…今日、経路と展示室の位置とか…確認して来いって」

「博物館…ですか…」

「博物館」

「…………」


彼はしばし考えこむ…と、彼はこくりとうなずいた。


「行きます。夜空さんが安全に入って、出てこられるような場所を、探せばいいんですよね?」

「そうだな…あとは…」


やる気になって、少し力が入っているアザレアの頭に、ぽんと手を置く。


「興味ない?そういうの…鉱物とか、昔の調度品とかも、展示されてるみたいで…」


キョトンとした顔。虚を突かれたような彼の顔は、みるみる緩んでいく。


「?」

「あの、夜空さん…それは…その…」

「…その?」

「…デート、のお誘い……でしょうか…?」


一瞬思考が停止し、脳が再起動する。知ってたのか、デートという言葉は…いや、そうだ。そうじゃない。その前に……


「………!」


思わず口元に手を当て、顔をそらす…そうか。そういうことに、なるのか…?これは…確かに…そうなる…いやでも、俺は仕事をしに行くのであって、別に遊びに行くわけじゃ…!


「ごー緒させてください…夜空さん」


そう、嬉しそうに返すアザレアの顔が…まともに見れなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





新番博物館は、最寄り駅から電車で1時間ほどの場所にある大きめの博物館だ。

三階建ての建物で、敷地面積も広い…が、盗むものは一つだけ。場所さえわかれば、後は外へのアクセスをつなげるだけ…最初は変なルート構築をして、危うく捕まりかけたりすることもあったが…最近はそいうことも減った。

帰らなきゃならない理由もできた。だから、これからはもっと、下準備に時間を割かなくてはならない。


「大きい、ですね…」


博物館を見上げてそう零すアザレアは、俺の手をぎゅっと握り、早くというように引っ張った。


「行きましょう、夜空さん!僕、この世界の鉱石もちゃんと勉強したので、ちょっと解説できますよ!」

「ん、楽しみにしてる」

「…あっ」


俺が返すと、彼ははっとした顔になり、耳元に顔を寄せる。


「お仕事の方も、僕ちゃんと頑張りますね!」


そう囁き、いたずらに笑った。


「…そっちは…うん……まあ…頼んだ」


答えれば、彼は嬉しそうに微笑む…あまりこっちには関わらせたくはないんだけど、そんなこと言っても彼は引かないのだろう。

とはいえ…まだ彼も、パトロンたちほどではないにしろ、好奇心の塊だ。展示に夢中になり、こちらのことなんて忘れてくれれば僥倖(ぎょうこう)なのだが……。


「わぁ…!すごいです、夜空さん!本で見たものがこんなにたくさん……!」


杞憂(きゆう)だったようだ。

館内を見て回り、ちょうど1階にあった鉱物展に差し掛かったところで、彼の興味は一気にそちらへ傾いたようだった。


「わ!見てください夜空さん!雲母(うんも)ですよ…!直に見てみたかったんですよこれ…!本当に板みたいな感じなんですね…ガラス石と似たようなものかと思っていましたが、こうして見ると結構違うかもしれません……黒いバラの花みたいですねぇ…あっ、え…なんですこれ…?待ってください、当てますね…これも何かで見たような気が…えっと、なんでしたっけ…!」


…想像以上に楽しんでくれているみたいだ。よかった。


「こっちの鉱物って、そんなに珍しいの?」

「ええ!新発見の連続です…ネメシスには鉱物の知識がなかったので、僕の国で掘れた鉱物は金だけだったんです」

「……なるほど」

「それからそれから…これは鉱物っていうより宝石ですが…石言葉なんてものがあるのも、僕こちらに来て初めて知りましたよ」

「へぇ…花言葉みたいなもの?」

「そうです!例えばルビーは情熱、アメジストは誠実、ダイヤモンドは永遠…とか。結婚指輪にダイヤモンドが使われるのも、ここから来ているんですよ!」

「…なるほど」


結婚指輪、か。サムシングフォーの文化を踏襲(とうしゅう)するなら、サファイアのほうがそれらしいんじゃないかと思ったりもしたが、石言葉の説明を聞いて合点がいった。

…いつか、役に立つ時が来たら、この話を思い出そう。


「でも僕は…夜空さんに送るなら、サファイアの指輪を贈りたいですね」

「えっ」


考えていることがほぼ同じで、思わず顔に熱が集中する。アザレアはそれを別の意味で捉えたようで、慌てた顔で手をぶんぶんと振った。


「違いますよ!!夜空さんと永遠を過ごしたくないわけじゃないんです!!…その、サファイアの石言葉が…僕は、そちらの方を、夜空さんに贈りたくって…」

「いや、違うけど…そう、か…」

「は、はい!そうなんです…あの……いや、何でもないです」

「教えてくれないの?」

「渡すときに、その言葉と一緒に贈ります」


サラッと言ってのける彼に、また少しだけ胸が高鳴ってしまう。愛らしい容姿をしていても、彼はどこまでも「王子様」のようだ。


「なので...それまで、楽しみにしていてください」


この笑顔が、俺だけに向けられているということに、少しだけ優越感を抱いてしまう。そんなことの為に、彼を恋人にしたいと思ったわけではないが…


「夜空さん、次はあっち見に行きたいです!ボーリングの展示もあるみたいなんですよ!」


手を引き楽しそうに先導する彼についていくだけで、1日が終わりそうだ。でも、それもいい。

度々本来の目的を忘れそうになりながら、じっくり展示を見ていく。

実際に触れられる展示品を俺にも勧めるアザレア、

自国での出来事について話すアザレア、

調度品を見て、これは自国にもあったと嬉しそうにするアザレア

…気づけば、彼のことばかりを目で追っていた。


「あ…夜空さん、これ……」


アザレアの声に、ふと展示品に目をやる。そこには、今回のターゲット「遡行時計」があった。

プリキの翼があしらわれたそれは、パーツの赤錆を勲章(くんしょう)のようにまとい、他の展示品と変わりなくそこに鎮座(ちんさ)していた。目立つわけでもなく、存在感があるわけでもない。

しかし…それが纏う『不思議』の気配は、他の展示品とは一線を画していた。


「...調度品…にしては、確かに地味かもね」

「ですよね…でも確かに…なんというか…それっぽい感じはします」

「アザレア自身が不思議だからね。もしかしたら、俺よりそういうのはわかるかも」

「そうでしょうか…?ふふふ、なら僕、いつかこちらでもお役に立てる日が来るかもしれないですね!」

「...それは遠慮したいかな」

「どうしてですか…?」


不服そうにむくれるアザレアを制し、あたりを見渡す。

……警備、ケース、天井には、火災報知器と、明り取りの天窓……


「その話は、帰ってから」

「!」


はッとして口をふさぐ姿も可愛らしい。


「…行こうか」

「え…あの…もういいんですか?」

「ここまで歩いてきて、大体順路はわかった。後はこの先と…外」

「…わかりました」


アザレアは、歩き出した俺の手をぎゅっと握る。


「それでは…続きも楽しみましょう、夜空さん!」


屈託のない笑みを向けたアザレアに、思わず俺も口元が緩む。

今までだったら、ここから先なんて……この前だって、順路と構造しか見なかった。

やっぱり…今日はもう少し、時間がかかりそうだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「楽しかったですねぇ、夜空さん!」


帰り際、博物館に併設されたカフェに入り、少し早めの夕食をとることになった。

アザレアは、上機嫌にココアフロートのアイスを頬張りながら、お土産に買った白い謎の生き物のストラップを愛でている。


「お土産、本当にそれでよかったの?」

「はい!オコジョさん、とっても可愛らしいです〜!」

「…どこでも売ってるやつなのに」

「ほかにもいろんなお色がありましたから!いつかお友達も沢山揃えるんです!」

「…そう。ならいい」

「はい!…あ、そうだ…」


アザレアは少し声を潜めると、


「遡行時計って、結局何なんですが…?パトロンさんたちは、いったい夜空さんに何をやらせる気なんですか…?」


そう問うてきた。

完成したメールを送信し、コーヒーを啜る…このくらいなら、外で話しても問題ないか…


「遡行時計は、壊すことで望んだ時間に遡行…つまり、タイムトリップができるっていう噂がある。それをどうにか解明しろってことだな」

「それ、戻って来れるんですか…?」

「タイムトリップできる時間は、時計が測れる時間と同じ13分だそうだ……つまり、大丈夫なはず」

「はず……」

「はず」


あからさまに苦い顔…ああ、次に何言うか、読めたぞ。


「夜空さん、それ僕も…」

「だめだ」

「何でですか…!」

「お前は不思議だ。それに不思議をぶつけたとき、何が起きるかは俺も…下手したらパトロンだってわからない。力が弱まって何も起こらないならいいが…そうじゃなかったら?」

「…逆に…戻ってこれなくなるって、ことですか...?」

「可能性はある」

「うぅ…………それは…嫌です………」


しょんぼりしながらも納得してくれたようで、彼はちびちびとココアを吸う。


「……ちゃんと、帰ってきてくださいね…夜空さん」

「ああ。そこは大丈夫」

「どうしてです?」

「経験者が帰ってこなきゃ、この噂は広まらない。不思議にもならないだろ?」

「ああ……確かに……」

「……まあ、そこから作り話の可能性は否めないが……噂が偽物だったとしても、よほど外れたことが起きたことは無い……だから、大丈夫」


そう言って頭を撫でてやれば、まだ不満そうにしながらも、根負けしたようにへにゃりと笑う。

本当に今日は…1日、彼に情緒を振り回されっぱなしだ。上手く言えないが……可愛い。


「ところで…夜空さん、時間はいつに戻るつもりなんですか?」

「え………」

「……もしかして、決めてないんですか…?」

「いや………決めてるけど…」


………言えない。素直に言って、変に邪推(じゃすい)されても困る……


「……適当に、10年くらい前に戻って…観光して帰ってこよう、かと…」

「10年前、ですか……夜空さんおいくつですか、その時って?」

「………高校生くらい?」

「高校生の夜空さん…!いいなぁ……ますます一緒に行きたかったです……」

「なんで…?」

「だって、制服姿の夜空さんが見れるんですよ?最高じゃないですか!きっと、凛々しくて知的て、さぞ格好いいんだろうなぁって……」

「今の俺見て、何でそのイメージが出てくるのが俺は不思議だよ」

「なんでって…」


アザレアはキョトンとした顔をこちらに向けると、目を細め、じっと俺を見つめて言った。


「僕の夜空さんですから」


天然物の王子は、これだから………


「………そう」


それだけ答えて…少し遅れてやってきた夕食に、俺はそのまま逃げたのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





下見から2日後…深夜0時より少し前。

俺は、警備員として新番博物館を再度訪れていた。


『いやぁ、今日も繁盛(はんじょう)してるね夜空〜。見た?外の野次馬の数!もうそっちにてんてこ舞いで、警備も上手く回ってないのなんのって!』


耳元のインカムから、そう楽しそうに話しているのはパトロンだ。

こちらが返事を返せないのをいいことに、マシンガンのようにこちらへ愉悦(ゆえつ)の言葉を投げている。


「お疲れ様です。こちら、異常は見られませんでした。引き続き、警備を続けます」


時たますれ違う巡回警備と、そんな言葉を交わしながら…遡行時計がある展示スペースを目指す。


『しかし…今回は予告状からミスリードさせるなんてねぇ…君もますます、怪盗らしくなってきたんじゃない?』


情報屋から入手した音声データによれば……今日、遡行時計の警備に回っているのは12人。そこそこ広い展示室ではあるが、それだけの人数ともなれば、かいくぐるのも一苦労だ。警備員になりすましたからと言って、そこから人を一斉に追い出すのも難しい……となれば…


(………確かそろそろ…)


天井に目線を移す……想定通り、そこには火災報知器。今回は、件の展示室より少し手前の部屋………そこの報知器を頼ることにした。


『怪盗夜空として、手塩(てしお)にかけて育てたかいがあったってもんだよね〜!自分からそう言う、楽しくて面白そうなこと、ちゃんと思いつくようになったんだからさ!僕、あのセンス結構すきだよ?』


腰のポーチから、ロウソクに似た形をした……発煙筒を取り出す。それに火をつけ、外から投げ込む……報知器が鳴らない少しの時間……その間に部屋へと突入する………


『ーー「時を遡る時計」、なんてさ?』


ーーこの言葉と共に。


「お前!!そんなところで何してる!!!」


展示室近くで響いたその声に、まだ反応は少ない……が、確実に釣られた者が、ひとり、2人………それだけ、ここに来てくれれば十分だ。


「どうした!?……!クソ、どこだ!!」


ーー報知器が、けたたましく警報を鳴らす。人1人の声よりも大きなそれは、俺があげた声よりも、より多くの人に届き………最初に発した声に、さらなる信憑性(しんぴょうせい)を持たせる。

煙だらけになった展示室から駆け出し、遡行時計の展示室へ駆け込む。咳き込みながら、残っていた残りの警備を……外へと追い出してしまおう。


「奴が…!怪盗が出ました!!あいつの狙いはその時計じゃない…隣にあった大時計です!!」


すぐ隣の展示室にあった大時計……発煙筒で姿をくらませたそれを探すには、少しばかり時間を要するだろう。

なにせ、警備たちが探さなくてはならないのは……「もうそこには無いもの」ではなく「ものを持ち去った怪盗」なのだから。


血相(けっそう)を変えた警備達が、次々とその場を離れていく。警報も鳴ったことで、よそからの警備も中に入りこみ…今頃誰が何を掴んでいるのかもわからない状態だろう。

とはいえ、発煙筒も無限では無い。犯行は、手早く、確実に…


警備が誰もいなくなったショーケースに、所持していた警棒の先端を押し付ける。そこから発された熱でケースが熔け、やがてそこにはサッカーボールほどの穴が空いた。


『さて夜空、怪盗の極意は?』

「……………はぁ………」


ケースの中に手を入れ、難なく時計を取り出し、ポーチにしまう。


「……犯行は、手早く確実に……」

『最後は?』

「………………」

『最後は?』

「…………大胆に……」

『よく出来ました。それじゃあ………最後に魅せてよ、怪盗夜空?…ほら!ファンサファンサ!!』


ポーチにしまいかけた時計を、再度取り出す。

着ていた警備服を脱ぎさり、いつもの…黒ずくめの衣装と、ハットに身を包む。

この早着替えも、最初は随分手間取ったものだった。

口元を隠す仮面をつけ、隣の展示室へ……わざわざ足を運ぶ。そしてーー


「…………相変わらず、君たちは馬鹿だねぇ………どこに目つけてんの?」


だいぶ薄くなった煙の向こうから、視線がこちらに集まるのがわかる。

………この瞬間、とても苦手だ。


「わざわざ分かり易く、「時を遡る時計」だって書いてやったのに、なんでそっち行くわけ?……ああ、もしかして……付いてないのは目じゃなくて脳みそだったりする?」


ざわつき、足音が…怒声が近づいてくる。そろそろ煽ってるだけでは危険だ。


「……ははっ、口や身体だけじゃなくて、頭も働かせなよ!」


時計をしまう…代わりに、手のひらサイズの閃光弾を取り出し…


「今からそれ……役に立たなくなるからさ!」


ピンを抜き、煙が薄く立ちのぼる展示室に放り込む……すると光の粒子は、煙を通じて直接目に働き掛ける、凶器になる…!


「安心しな、失明まではしないから!」


こちらも潰されぬよう、直ぐに目を逸らし走り出す。

光をハットでさえぎり、元の展示室へ……閃光弾の餌食にならなかった警備員と、やっと追いついた外からの増援が先の道を塞ぐが……今回の逃げ道はそちらでは無い。


「止まれ!!」

「嫌だね!」


手首に装着した装置から、カギの着いたワイヤーを伸ばす。ゴム弾ほどの威力のそれを天窓のハンドルに向けて射出すれば…そこは容易に、外への連絡口となった。

しっかり引っかかったことを確認し、すかさずワイヤーを巻きとる。逃げ場のなかった体は吊られて宙を舞い、そのまま出口を捉えた。


「よっ……と」


カギを外し、そのまま外へと躍り出る……


「じゃーね!」


……挨拶も忘れずに

上空を飛んでいたヘリから、機動隊が降りてきている。あまりゆっくりしている時間は無い。


『夜空〜?ファンサ〜』

「無茶言うな」

『いつもより余裕ないね今日?小細工も色々入れたみたいだし…ああ、さては君、アザレアのところに帰りたくて必死だね今?』

「分かってるなら無駄なことをさせないでくれ」

『あは!やだ』

「………チッ…」


ひとまず追っ手から距離を取り、野次馬がとめられている入口……ああ、ちょうど、あのカフェの上あたりが良さそうだ。そこまで屋根を飛び移りながら移動する。


『そうそう。僕、君のそういうところ大好きだよ〜』

「今ここで時計を壊すパフォーマンスをしてもいいんだが?」

『それやって困るのは君だよ?13分間そこから動けなくなっちゃうんだから』

「クソ…」


向けられる期待と好奇心に満ちた視線を振り返る………苦手だ。すごく苦手だ……やっぱり苦手だ……!!


(ああ……クソ…!)


口角を無理矢理あげ、自身を…奮い立たせる。


「年中お暇な野次馬たち〜〜〜!!今日も来てくれてありがとう〜!!このとおり、時計はちゃんと盗んじゃったから、安心してね〜!君たちの明日の話題は、俺がちゃんと守ったよ〜!」


業を煮やした警察の怒号と、野次馬たちの歓声でえらいことになっている。ああ……早く辞めたい……


「本当はもう少し遊んであげたいんだけど、俺今日は急いでんだよねぇ。だから、今日はこれで終わり!またいつか、星降る夜に会おう!!」


ハットを脱ぎ、一礼する。割と大きめの喝采(かっさい)に、当初はちょっとばかり心を踊らせることもあった……あったが……今は………


「逃がすかぁ!!そこから動くなよ!!」

「ひぃこわ〜!!ばいばい!!」


アザレアの元に……帰らなきゃいけないんだ……いつも以上に、安全に、何事もなく!!!帰らねばならない!!!


『あっはっはっは!!!お疲れ夜空!最高だったよ!!つめつめのファンサ!!!』

「クッソ………クソ!!二度としないからな!!」

『嫌だよ!僕夜空のその、変に頭が回るがゆえのクソガキ煽り大好きなんだから!』

「やらない!!もうやらない!!!そもそもずっと聞きたかったんだけど、何あの『星降る夜に会おう』って!!決めゼリフのつもりか!?」

『ああ、いいだろう?君も気に入って使ってるみたいだし』

「気に入ってない!!言う度顔から火を吹きそうなんだ!!」

『えぇそうなの…?…あ、夜空、そこ今日は曲がって。包囲網予想より拡大してるみたい』

「っ………ぅ………おまえ……お前………!」

『最後まで気は抜くなよ〜』


こういうところ、ちゃんと有能なのが腹が立つ……

時折パトロンに野次を入れられつつ、指示を出されつつ……何とか警官隊を振り切り、家まで戻ってきた……疲れた…

時刻はもう、3時を刺そうとしている…アザレアにも、今日は先に寝るよう言ってあるから…起きてないだろう。


「……ただいま…」


気持ち小さめに言って、戸を開ける………と


「夜空さん!!」


突進のように、誰かが俺に抱きついてきた……彼以外ありえない…アザレアだ。


「あ、アザレア……起きてたの…?」


何とか受け止め、そのまま玄関扉を閉める。鍵をかけて、背に手を回せば……彼は、少し震えているようだった。


「……アザレア…?」


心配になり、声をかける。身体が冷えている訳では無い……一体何が…?


「………たです………」

「…?何?」


小さなつぶやきを聞き取ろうと、顔を少し寄せる……と……


「格好良かったです!!すっごく!!!」


顔をあげ…そんなことを言われた……は?


「………え、何が……?」

「夜空さんがです!!!怪盗夜空が!!」

「………いたの?あそこ……」

「いいえ!パトロンさんが教えてくれたんです!熱心なファンの方が、毎回はいしん?をしているから見てみたら〜って!」

「……何で?」

「すまほです!」

「いつ……?」

「3時間ほど前です!」

「………スマホは誰に…?」

「女の子の方のパトロンさんです!」

「あいつかぁ……!」


余計なことを……!道理で会話に出てこないと思ったら……!!


「夜空さん、毎回あんなことやってるんですね!屋根ぴょんぴょん飛んだり、警官さんの包囲網かいくぐったり…!あっ、でも、わざわざ逆上させるようなことを言うのはどうかと思います!そんなことしたら、より夜空さんの身が危険に(さら)されることになるんですよ?なので絶対だめです!もうやらないでください…もしかして、これもパトロンさんの指示……だったりするのですか…?もしそうなんだとしたら、僕も一緒に説得しますから!だからーー」

「アザレア」

「?はい」


熱心に褒めちぎるアザレアのことを……まともに見れず……見れるわけもなく………顔を逸らし、この情けない顔を、少しでも見せないよう、口元を手でおおって……何とか、俺は言葉を捻り出した。


「…………ここ数時間見た事は、全部忘れてくれ………黒歴史になる気しかしてないんだ………」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ