5
深い眠りから、ゆっくりと意識を浮上させる。ぼうっとする脳をゆっくりと目覚めさせ…そのまま起き上がろうとする……が、できない。何かが腕…ないしは布団に乗っているようだった。
まだぼやける視界を巡らせれば…アザレアが、俺の手を握ってベッドに頭を預け、眠っていた。
敷き布団が畳まれたままであるところを見るに…一晩中この状態だったのだろう。
……一晩中……?待った。昨日、俺…いつ寝た…?
……………思い出した。昨日は…寝てない。倒れたんだ。それで、そのまま…。
(………やったな……)
握られていない方の手を額に当て、ゆるく首を振る。とにかく、早く誤解を解かなくては…誤解を解く…?一体何の…また隠すのか、俺は……。
「……ぅ、ん……」
小さな声が、アザレアから漏れる…そのまま頭の位置を直した彼の目元は…赤く腫れていた。寝顔も、とても穏やかなものには見えない。
……ひとまず、ベッドに寝かせてやろう。ずっとこのままじゃ、身体をおかしくしてしまう。
アザレアを起こさないよう、ゆっくりと体を起こす。彼が寝ている方とは反対側から布団を抜けるため、そのまま手を放そうとした。
「……嫌…」
不意に、声が漏れる。
「……………」
起きたのかと思ったら、そうではないらしい……寝言のようだ。
思った以上にしっかり握られていた手は、その寝言通り離れることを拒否しているようだった。
……仕方ない、か。
「……アザレア」
肩をゆすり、名前を呼ぶ。すると、彼の瞼はほどなくしてふるりと揺れた。
「アザレア、起きて…身体、固まっちゃう」
もう一度声をかければ、その瞼は薄く開かれる。
薄緑の双眸を潤ませ目覚めた彼は、幼子のように寝ぼけた声音で俺を呼んだ。
「夜空、さん……?」
「ん…おはよう、アザレア」
「夜空さん……夜空さん…!!」
はじかれたように起き上がると、彼は俺に抱き着いて…ハッとして、すぐに離れた。
「あっ、あ…その…ごめんなさい…僕その…ずっと心配で…目覚ましてくれたのがうれしくて…!」
「…大丈夫。こっちこそ、心配かけてごめん」
「は、はい……その…すみません…ハグ、過呼吸起こすほど、嫌なことだったなんて、思わなくて…」
「ああ…違う。あれは、ハグが原因じゃない。アザレアは、何も悪くない」
「そう、なんですか...?……本当ですか…?僕に気遣ってませんか…?」
「遣ってない」
「……そうですか…よかった…」
……ここまで心配させても…言いたくないと思っている俺がいる。
きっと…アザレアは受け入れてくれる。
それはわかってる。でも…気を遣ってほしくない。これが原因で、腫物を扱うような対応をされたら…それが、怖い。
「……夜空さん」
改めて、アザレアは俺の手を握る。大切な宝物を包むように、優しく…壊れないように。
「……………」
…言おう。アザレアは、大丈夫だ。きっと…変わらないでいてくれる。不思議とは、元来そういうものだと…共心者には心地のいいものだと、パトロンも言っていた…だからーー。
「アザレアーー」
「帰ってください」
「………は……?」
背筋が、凍る。
「…お家に、帰ってください…夜空さん…お願いします」
眉を下げ、悲しそうな顔をして…アザレアはそう言った。
「…………ま、ってよ…それ、どういう…」
「夕飛さんから聞いたんです。夜空さんが、心を患っているって…」
「………来たのか」
「はい。ちょうど、夜空さんが倒れて…それから、少しして…また日を改めると、言っていました」
「……そう」
あいつ…アザレアを交渉の材料に…
「あ、えっと…!これは、僕がその方がいいと思って…確かに、夕飛さんに言われたのもあります…でも…僕もそう思ったんです…ちゃんと、しっかり、治した方がいいって…」
「治せる」
「夜空さん……」
「ここでもいい。帰っても同じだ…やることも、治し方も、何も変わらない...ならここでいいだろ」
「…お家、お嫌いですか..?」
「……………」
少し、口篭る…でも、これを黙っていたところで…また、気を遣われたと思われるだけだ…。
「………嫌いだ」
「…僕が、ここで待ってます。治ったら、また戻ってくるというのは…」
「自分の気が休まらない場所に身を置いて、心の病が治ると…本気で思ってる?」
「……それは…」
気が立っている。なぜこんなに腹が立っているのか、正直分からなかった…いや、多分、信じたくなかっただけだ。「そう」だと、思いたくなかっただけだ。
「…それとも…アザレアは嫌?…まあ、無理もないよな。そうもなる…」
「ち、遠います!!」
即答してくれた…アザレアなら、否定してくれると思ってた。きっと…本心から。
「僕は…できることなら、一緒にいたいです…夜空さんと一緒に…でも…」
「なら、それでいい」
「だめです!…僕じゃ、いざって時に夜空さんを支えられません…また、何かのトリガーを、知らないうちに引いてしまうかもしれません…それなら、その全部を知っている、夕飛さんに任せた方が…」
「支えにはなってる。発作だって…いつもなら起こらないんだ。起こったの、見たの初めてだったろ?」
「…ですけど…」
怖いことが、また一つ増えた。
「俺がちゃんと、医者に通えばいい。薬をまた飲めばいい…それで、いい」
俺が帰る。それで、治ったら戻ってくる…正直なところ、悪くない案だと思う…でも、治った時、俺はアザレアのところに、本当に戻れるのだろうか。
「お前は、そばにいてくれればいい」
夕飛が許してくれない…それもある…でも、それ以上に…。
「一緒に、生きてくれればいい」
アザレアが…ここまで、一緒に過ごして…「大切」になって……なのに、その関係がリセットされてしまったら…?
「頼む」
アザレアが、もし……俺がいない間にーー
「俺は、アザレアが…」
ーー誰かを、好きになったら……どうする…?
「……………」
「…夜空さん……?」
「………いや…」
…言えるわけ、ない
「…なんでも、ない」
「………………」
言おうとした三文字を飲み込む。
だめだ。これを口にして、それこそ変に気を遣われてしまったら…本気で立ち直れる気がしない。
「…とにかく…本宅には帰らない…俺の家は、ここだ。夕飛にも、ちゃんと話を付ける」
「……わかりました。そこまでおっしゃるなら…」
アザレアは…少しだけ、微笑む。それが、安堵からくるものであってほしいと…少しだけ、願ってしまった。
「…夜空さん、僕…お役に立てるように、頑張りますね」
…アザレア……ごめん…幸せになってほしいなんて、言っておきながら…手伝うと言っておきながら…俺は結局、自分を選んだ。俺は……
ーーアザレアが、好きだ。
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「ーーで、お前は…まんまとその子に恋しちゃったと」
「………………………あまり、そう…確信めいたことを言われると…キツいです…」
「はぁん」
アザレアと一悶着あった…翌日。俺は、約束通り奉刻先生の診察を受けていた。
とりあえず、最近あった鬱屈したこと、モヤモヤすることを言えるだけ吐け…との事だったので…アザレアへのこの感情についても、最後に少しだけ話した…少しだけ…なのにどうしてこんなに食いついてくるんだこの先生は…
「夜空にも春が来た…ってことだなぁ。先生安心したわ」
「急におっさん臭いこと言わないでください…」
「でも、この2,3か月、ほとんど薬断ちできたのも、その…アザレア?って子に会ってからなんだろ?いやぁ、この手の病気ってさ、そういう存在作るのが一番手っ取り早い治療法なんだよね。その辺忘れて、ぶん投げても尽くしたい人ができること…っての?」
「…やっぱり、吊り橋効果なんですかね…」
「そうだとしても、今夜空がモヤってんなら、その気持ちは今、ちゃんとここにあるってことだ。吊り橋だとしても、その気持ちは偽物じゃねえよ」
「……そう、なんですか…ね……」
なんだか気恥ずかしくて、膝で組んでいた手をきゅっと握る。
「まあ、その気持ちを昇華するか、吐き出すかは夜空次第。正直、俺は言っちゃった方がいいとは思うけどね」
「…昇華、できるんですかね…」
「それも夜空次第。やり方も夜空次第…まあ、恋を昇華させる方法なんて……思いつくもんは、正直お前には合いそうにないから言わねえけど」
「何ですか」
「おお、いい食いつき…いいのか?結構きついぞ?」
「...くすぶってる方が、きついです」
「………それはそうだな。よし、耳貸せ」
「そんな?」
「そんなだ」
「…………」
机に身を乗り出し、耳をそばだてる。
「……ほかの人に恋するか、アザレアで抜くか…だな」
聞かなきゃよかった。
耳を抑えて、少しこけそうになりながら身を引く。おそらく、今俺の頭は真っ赤だろう。
「お前だぞ、聞きたいって言ったのは…俺はちゃんと予告したからな」
「そっ………ぬっ………!」
「まあまじめな話…合わないだろ?だから俺は…いっそ言って玉砕なりOKなりしてもらった方がいいんじゃねえのって、言っとくわ」
「そ、それを、先に…!」
「言ったところで、あのいい方したら聞きたくなるだろ、夜空は」
「…先生、まさか……」
「おっと、口が滑った」
「………セクハラで訴えられますよ……俺以外にやったら…」
「俺は人によって施術変えていけるタイプだから…そういう冗談も通じなさそうなやつにはやらねえよ。安心しな」
そう言って、先生はけらけら笑う…本当に、読めない人だ。
けど…そういうところに救われているのも、また事実だ。
自分の抱えるこの痛みを、別に一緒に痛んでもらいたいわけじゃない。むしろ…そういうのは苦手だ。深刻にとらえすぎず、汲めるものは汲む、汲まなくていいものは汲まない…スルーしてくれる…それが、一番ありがたい。
「まあ…どうしようもなく爆発しそうになったら、またここにきて、ぶちまけりゃあいい。本人に言う気がないなら、そうやってガス抜きはしていけよ」
「……はい」
先生は息を吐いて笑うと、パソコンに向かい処方箋を作り始める。
「とりあえず、薬は前と同じ量出しておくから…また来週来い。その前になくなったら、その時点で来い」
「わかりました」
「あと…薬は我慢するな。まだその段階では、ない……ほら」
差し出された処方箋を受け取り、ぺこりと会釈をする。
「善処します」
「ん、善処してくれ」
「…ありがとうございました」
「おう、またな」
笑顔で手を上げる先生に見送られ、診察室を出る。
……だいぶ気持ちが楽になった。
「夜空さん」
待合室で待っていたアザレアに向けて、軽く手を振る。大丈夫だといったのだが…心配だからついていくと言って、聞かなかったのだ。
「ごめん、時間かかった」
「大丈夫です!待つっていったのは僕ですし…少し、軽くなりましたか…?」
「……ん」
「そうですか...!ならよかったです!」
彼は本当に安心したような笑顔を俺に返す...その笑顔を向けてもらえるだけで、救われたような気分になる。
……やっぱり、離れるなんて選択は取れない...今のまま、この距離間でいいから…彼と一緒にいたい。
「会計、もう少し待ってって」
「はい!いつまでも待ちますよ」
「いつまでも、は俺が嫌かな」
「言葉の綾ですよう……でも、夜空さんと一緒にいていいなら、僕本当に、いつまででも、なんだって待てちゃう気がしますよ」
「そういうのは、俺じゃなくて…」
……ああ、だめだ
「…夜空さん?」
「……いや何でもない」
「…そうですか」
…冗談でも、こういうこと言うの、嫌になってきてる…本当に、まずい。
自覚した瞬間、その感情はますます歯止めが利かなくなるのものだと聞いたことがあったが...本当だったなんて…それがわかるようになるなんて、思いもしなかった。
この気持ちが、俺だけの物でなければいいのに…なんて、ちょっとだけ思ってしまう。そんなもの、普通に女性の恋人ができるはずだったアザレアには、あるはずないのに。
「枢宮さーん」
「はい……行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
会計に呼ばれ、席を立つ。その背中を見送るアザレアの表情が…どこか寂し気だったことに、俺は気づくことが出来なかった。
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それからは…本当に何もなく、平穏そのものだった。
定刻に薬を飲んで、普通に仕事に行って、アザレアと眠って、ご飯を食べて…やはり気を遣われてしまっているのか、アザレアは前より大人しくなってしまったが…でも、一緒にいられるだけで幸せだった。
てっきり、俺の症状について、どうしてそうなったのか、何が原因だったのかは聞かれるのだるうと覚悟していたところがあった…が、そんなこともなく。彼はただ、これを「そういう病気」なのだと割り切って接してくれているようだ。
……正直、助かる。今はまだ…少し安定してきたとはいえ、話せる状態ではない気がする。また、ぶり返したくはない。
「夜空さん、具合はいかがですか」
この質問も、いつもと変わらない。
「ん…大丈夫」
「……そうですか」
アザレアは優しく微笑み、今しがた空いたグラスを持って行く。
「悪い」
「いいですよ…これくらい、やらせてください」
それきり、沈黙が戻る。
…こうしてアザレアを縛り付けている。自由を奪っている俺は…共心者として、本当に正しい行動をとれているのだろうかと…少し不安になることがある。
パトロンは、それも不思議のあるべき姿だと肯定してくれた。でも…幸せにしたい、自由になってほしい。その大義名分でアザレアを本に戻さなかった俺としては…これは、それに反しているのではないかと思ってしまう。
…彼は今…俺と一緒にいて、本当に幸せなのだろうか、と…
「…夜空さん」
「っ、な…なに…?」
唐突に名前を呼ばれ、少し肩を跳ねさせてしまう。取り繕って返事を返せば…彼は水で濡れた手をふきながら、俺の向かい座り…言った。
「…僕のことを、本に戻してください」
「……………は…?」
突然のことに、頭が真っ白になる。今、なんで…どうして…?
「それは…もう、片付いただろ…それについては……」
「そうですね..片付いてました。片付いてましたけど…僕もう、嫌です」
目線を下げる…彼の顔が、見れない。
どうして…やっぱり、俺が、面倒な病気だから…?
「俺…やっぱ、迷惑……かけて、た…?」
「ち、違います!そうじゃなくって…」
一呼吸おいて、アザレアは続ける。
「僕…やっぱり、あなたのお役に、立ててないな…って…」
ぽつりと、静かな声で、告げられる。
「...立ってる。俺は…アザレアがそばにいてくれるだけでいい。それだけで、いい」
「…お優しいですね、本当に…夜空さんは」
「違う、嘘じゃない、本心だ…本当に俺は、お前がいてくれるだけで一一」
「もう嫌なんです」
再度告げられる。
その言葉が、どれだけ鋭い物か…彼は、きっとわかっていっている。
思わず顔を上げて、彼の顔を見て…そう思った。
「…だって、良くなってないじゃないですか…夜空さん。ずっと薬飲んでるのに…顔色はずっと悪いし、食欲だって落ちたままですし…」
「僕が今まで、夜空さんにしてあげられたことといえば…薬飲んだ後のコップを洗うことくらいですよ。それも、いつもできてるわけじゃない」
「あなたはいつものように仕事に行って、帰ってきて、少しだけご飯を食べて…確かに、それからすぐ具合悪そうな顔することは少なくなりましたけど…でも…なくなったわけじゃない」
「僕が負担になっているってことの、何よりの証拠じゃないですか」
「……もう嫌です。負担になってばかりは…何もできないのは…あなたの、その言葉に甘えるだけの、木偶の坊でいるのは!」
間髪入れず、言葉を紡ぐ。俺を傷つけるためだけの言葉が…一番出てきてほしくない人の口から、あふれる。
「それとも…自分よりはるかにひどい目に逢う僕を隣において、それを助けることで心の安寧を保っていたとでも言いますか?」
「……それがどれだけ残酷で、非道な行いか、わかりますか?わからないはずないですよね?」
「…きっと僕、これから帰ったら…今までよりもっと苦しいです。一度救われてしまったから。逃げ道を与えられてしまったから…あなたが僕を、助けるだとか幸せにするだとか、そんな無責任なこと言うから!!」
癇癪を起こした子供のように叫び、彼は…胸元で握っていた拳を、さらに強く握りこむ。
「…ごめんなさい。ここまで言うつもりは…ありませんでした…でも…これも、僕の本心です」
呼吸を、二度。
「…だから…もう終わりにしてください、夜空さん」
慈愛の王子は、顔を下げて…
「僕を、本に戻してください…早く」
そう…泣きそうな顔で、言い切った。
先程の言葉からはまず、出てこないほど…自分自身まで傷ついたような…そんな顔で。
「………アザレア」
名前を呼ぶ。反応はない。息を吐いて…席を立つ。
彼が、身体を縮こまらせるのが、わかった。
「………………」
彼の隣に…いや、後ろに。背中合わせで床に座る。
「……夜空さん…」
「…傷ついた」
「…………」
「…アザレアにだけは、そんなこと言われたくなかった」
「…………」
先生の言うとおりだった。すぐ、言ってやれば…もっと、他に言いようがあったかもしれない。
「...戻さない」
「な…んで…」
「戻せるわけないだろ」
「……やっぱり、そうですか。僕のこと見て、優越感浸って…」
「そうじゃない」
呼吸の音が、よく開こえる。しびれを切らせた彼が…俺の方を向くのが、わかった。
「なら、なおさらどうしてーー」
言葉を遮る。彼の後頭部に手を当て…逃げられないよう、抑えて…
………キスを、した。
「……っ」
彼は、抵抗しなかった。てっきり、驚いて跳ね除けられるだろうと思ったのだが…そんなことはしなかった。
数秒にも満たない間触れあった唇を、そっと離す。
「そんな顔して…泣きそうな顔してるのに…戻せるわけない」
「…え…そんなこと、僕、そんな顔してない、です…」
「してる」
振り向いた姿勢のまま…アザレアを抱きしめる。
「…俺は本当に、アザレアが一緒にいてくれれば…それでいいんだ。アザレアと一緒に、話して、ご飯食べて、本読んで…眠って…それが、一番いい薬になる」
「我なから自分勝手過ぎるな....でも…お前が言ったような…アザレアを見て、優越感に浸ろうとか、救ってやってる気になってるとか…そういうのはない…むしろ、俺は救われてる方だ」
「お前がいるから息ができる。お前がいるから普通に過ごせる。お前がいるから…もう少し、生きてみたいって、思ったんだ」
肩に、雫が落ちた感覚がした。そのまま次々…しとどに濡れていく。
「俺が怪盗やってる理由、話したことあったっけ」
「…パトロンさんに、雇われた、って…」
「…うん、それもある。でも、本当はさ…アザレアみたいな、大きめの不思議なり、呪いに充てられて…楽に死ねるんじゃないかって…そう思ったからだった」
「……そんな…」
「アザレアの本盗んだのも…もしかしたら、この呪いなら…眠りながら死ねるんじゃないかって…ちょっと考えたから」
「…殺しませんよ…僕が夜空さんのこと、殺せると思いますか…?」
「不思議になる前なら…わからないだろ?」
「そんなこと絶対しません…夜空さんは…」
「…俺は?」
「……僕と同じ…もしかしたら、それ以上の…孤独を抱えてました…だから…僕は、それに充てられて…」
「孤独…そうか…」
合点がいった。俺の何が、こんな純粋の塊のような不思議を生み出したのか…ずっと疑問だった。彼は…アザレアは…心の穴を、埋めるための存在だった。
「…なら、アザレアは大いに役に立ってる。俺は…お前ともっと、生きたい」
ーーずっと、一緒に生きて居たい。
本心からの、精一杯の告白を…言った直後、恥ずかしくて仕方なかったが…口にした。
返事はなかった。それに少し、心臓を掴まれそうになっていた時…アザレアが口を開いた。
「………夜空さん」
「ん?」
「…わがまま、言っていいですか」
「…ん」
望んだ返事ではないかもしれない。もしかしたら、やっぱり戻してほしいといわれるかもしれない。でも…聞く義務が、俺にはある。
俺は…求め、訴えた側なのだから。
「…僕、嫌なんです。夜空さんを助けるための不思議なのに…何もできない、あなたを幸せにするって言ったそばから、何もできないのが…嫌なんです」
「でも…僕、それだからって、あなたが僕以外の誰かを頼って…助けられて…感謝して…その時、隣にいるのが…感謝されているのが、夜空さんに笑顔を向けられているのが、僕以外の誰かだって…そんなことはもっと嫌なんです…」
「あなたが一番に頼るのは僕であってほしい...そう思うのに…でも、僕…本当にそばにいることしかできないんです…発作の処置の仕方も、相談に乗ることもできないし…夜空さんの過去も、どうして今、その病気でこんなに苦しめられることになってるのかも、何も知らないんです…!」
「でも…でも、僕…僕は…!」
ようやく、抱擁が返ってくる。その手は少し震えていて…でも、俺の背をしっかり抱いた。まるでーー
「あなたと離れたくない…もっと、ずっと…僕も、夜空さんと一緒にいたいです…!」
離れたくない、とでもいうように。
堰を切ったように泣き出したアザレアを、俺は抱きしめ続けた。
背中をさすり、名前を呼び…言葉を返し…泣き疲れて、彼が眠ってしまうまで…続けた。
赤く腫れた目元に濡れタオルを乗せ、ベッドに寝かせる。
「.....お休み、アザレア。明日、しっかり話そう」
頭を撫でる。あどけない声が、彼の口から漏れる…本当に、愛らしい…俺の不思議。
彼なら…ここまで俺を想ってくれているアザレアになら…きっと、話せる。
ーー俺の過去を。ずっとしまっておきたかった…トラウマを。
携帯電話が震える音がする。この時間に来る電話と言ったら…彼らしかいない。案の定表示されていた名前を確認し、通話ボタンを押す。
『やあ、こんばんは、怪盗夜空…病理休暇は楽しめたかい?…仕事だよ』




