理想の王子様
「………で、あんたは何してたわけ?」
夜空さんを寝かしつけたあと、夕飛さんは鋭く僕を睨めつけそう問うた。
「………僕、その……どうしたらいいか、分からなくて……」
「救急車は?」
「………すみません……その、そこまで気が回らなくて…」
「分からないなら、助けを呼ぶために叫ぶとかは?」
「……何とかしなきゃって……それだけで……」
「……俺が来てなかったら、夜空どうなってたと思う?」
来てなかったら………考えたくない……正直、何が起きたのか本当に分からなかった…急にうずくまって、苦しそうに咳をし始めて……上手く、呼吸ができてなくて……どうしたらいいなんて、頭が一切回らなかった。
「…………どうにもなってなかったよ。今回は」
「え…」
「酸欠で気失って…大体はその間に呼吸も落ち着いて、なんとかなる……ならないこともあるけど、それは稀」
「………良かった………」
「良くない」
夕飛さんは立ち上がると、「ここだと夜空が起きるから」と、自身の車まで促した。一度安定すれば、少しくらいなら離れても大丈夫との事だった。
「………稀に、ならないこともあるって…言ったろ」
「は、はい……でも、稀ってことは…」
「ああ、9割起こらない……でもな、1割は起こるんだ」
「…………あ………」
気づいた。僕はまた……とんでもない思い違いを……最低なことを言ってしまった。
「……アザレアさん。俺、ちょっとだけあなたの事を信じてみようかなって…思ったところだったんだよ。あなたがどんな人でも、何者でも…他でもない、夜空がこんなに信用置いてる人だったから」
「……でもさ。夜空、言っちゃ悪いけど人を見る目ほんとにないんだよね。すぐ騙されるし、すぐつけ入る隙を与えちゃう……」
「でもあんたは、この前俺が夜空を連れてこうとした時、全力で護ってくれた。そこの運転手……桜瀬がまさか、ベランダから投げ落とされるなんて……俺思ってもみなかったよ」
「……結局夜空からは、あんたは図書館で会った家出少年で、何度か交流してうちでしばらく様子見ることになったって聞いたよ……いつもならもっとマシな嘘つくのに…今回こんなド下手なんだよね」
「……それだけ、なりふり構わず、あんたと一緒にいたいってことだと……俺は判断した。でも、いくら調べても…どんな手を使っても、あんたらしい戸籍は見つからなかった……ここで生きる上では、必要不可欠な情報がなかった」
「だからさ…それ工面してやろうと思うけどどうする?……って、その話しに来たんだよ。今日は」
ーー息を吐く
「それがさ……来てみたら何?なんにも出来ないで、ただ情けなく泣くだけ泣いて、開口一番「夜空さんが、夜空さんが!」……って……状況すら掴めなくて、要領も得なくて………」
「……任せておけないよね。普通そんなの見たら…正直、今すぐ夜空のこと連れて帰りたいよ。眠ってる今のうちに。抵抗できない今のうちに…」
「それは嫌だ」と口を開きかけ……飲み込む……だって…それは、そうだろう……僕だって……夕飛さんと同じ立場なら……そう思ったはずだ。
「………なあ、アザレアさん。どっちか選んでよ。あんたが」
一拍置いて……じっと、僕の目を見据えて、夕飛さんは続けた。
「ーー夜空を帰るように説得するか…今すぐ夜空の家から出ていくか……どっちか、1つ」
「………………………え」
一瞬、世界が暗転したような……そんな絶望が、襲う。
出て、いく……でていく………ぼく、1人で……?
そんなことは出来ない。僕は夜空さんの不思議だ。僕は…夜空さんを守るために……幸せにするために、ここに来たんだ……
なのに…………出ていく、って………
「……………………」
「……アザレアさんさ。あんたがどんな家系で育って、どんな生活送ってたかは、俺全く知らないけど…大事な身内……兄の負担にしかならないような人間を、そばに置いてやっていいと思えるほど無責任じゃないんだ」
「……………ぼ、くは………」
「……そうだね。あんたは頑張ってきたのかもしれない。夜空のために色々してくれようとしたのかもしれない……でも、それを悠長に「してくれる」まで待てるほど、夜空も健康じゃないんだよ」
「………………あの………夜空さん、は………ご病気、なんですか………?」
震える声で問えば……夕飛さんは目を丸くする。
「……なに、聞いてないの、もしかして……?」
「…………何も……」
「………………………………何考えてるんだ、ほんとに……」
額に手を当て、やれやれと言うように首を振る……
「………詳しくは…俺は言う必要ないと思ってるから、言わない……出来れば夜空にも聞くな。今聞いたら、あいつは絶対潰れる」
「き、聞きません……絶対……」
「………パニック障害……って言って、アザレアさんわかる?」
「………パニック障害………すみません、名前程度しか……」
「そう……まあ、簡単に言えば、心の病気だよ」
「……心の、病気……」
「夜空は…過去に重いトラウマがある。それを想起させるようなことを見聞きすると…さっきみたいな酷い発作が出ることがある。普段は抗不安剤だったり、漢方だったりで上手く抑えてるんだけど……しばらく医者サボってたんだろうね。薬もほとんどストックなかったし、抑えられる状態じゃなかった」
「…………そんな、こと……夜空さん、一言も……」
「……大方、あんたに煙たがられたり、腫れ物扱いされるのが嫌だったんじゃない?」
「そんなことしません!!」
「献身的なこと言うじゃん……でも言ってないってことは、きっとそういうことだよ」
「………………………」
素直に、ショックだった。僕は不思議として…ちゃんと夜空さんの役に立てていると……救えていると、思っていた。
でも……違った……それどころか…守るための、スタートラインにすら…立てていなかった…。
「………そうだね。気が変わった。アザレアさん、もう数日だけ、夜空のことあんたに任せるよ。それで、絶対医者に連れてって。場所は………アザレアさん、スマホある?」
「あ、えっと………すみません、まだ……」
「……そう。なら、ここ。夜空に言えばわかるから。絶対連れて行って」
そう言って、夕飛さんは名刺を1枚取り出す……そこには、人の名前と、病院の名前が簡単に書かれていた。
「話はこっちから通しとくから……とにかく、夜空が医者へ行くように話して、ついて行って」
「……分かりました」
「それで、その間に答え出しておいて。出ていくか、説得するか」
「……………………わかり、ました………」
なんとか、返事を絞り出す……本当は、分かりたくなんか、なかった
「……夕飛様、そろそろ」
「…………ん。それじゃあ、アザレアさん。頼んだよ」
「…………はい」
車から降り、敷地から出ていくそれを見送る。
「………夜空さん……」
名刺をクシャリと握り、そのまま部屋まで駆け戻る。扉を閉めて、鍵をかける。誰も入ってこないように……連れていかれないように。
「………………夜空さん………」
膝から力が抜ける。へたり込みそうになりながらも、這うようにして、夜空さんが眠るベッドへ向かう。
彼は、穏やかな顔をして眠っていた。呼吸も、心臓の音も……安定している。
「…………夜空、さん………」
夜空さん………夜空さん………僕の、救世主……僕を救ってくれた……大切な、共心者………ようやく目の前まで降りてきてくれた………守るべき人……僕が守れる人……
「………ごめんなさい……ごめんなさい、夜空さん……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
本当はわかっていた。僕が、どうして夜空さんの不思議として、ここに顕現したのか。
彼の中に巣食う、底知れない孤独と恐怖…それらに触発されて生まれた……彼の、理想の「王子様」なのだと……知っていた。分かっていた。
「夜空さん……夜空さん……!」
物語に出てくる王子は、こんなことでは泣かない。
どんな困難があっても、絶対に…自分の感情よりも、守るべき人を……愛する「姫」を救うために動くのだ。
……破綻している。不思議として……「王子様」として………僕は………破綻している。
「出来損ないで……中途半端な不思議で……ごめんなさい……!!」
どうしようもなく悲しくて、次々出てくる涙が止まらなくて……
気がつけば僕は……眠っていた。




