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君の"エガオ"を奪うまで  作者: 夜の塩焼き
怪盗夜空は不思議がお好き
2/9

2

王子との生活は、多少バタつきはしたが、特に今までと変わりはなかった。

なぜなに期真っ盛りの彼に図書館を案内したら、俺がバイトで家を空けている時間帯はほとんどそこで過ごすようになり、帰りに迎えに行って一緒に帰る…日常の変化と言ったら、そのくらいだった。


「夜空さん、この世界はすごいですね…離れたところにいる人とも、瞬時に連絡が取れる機械があるとか…確か…えーっと…す、すま…?」

「……スマー」

「ま、待ってください!!自分で何とか思い出しますから!!…えっと…んーっと……そう、スマートフォンです!!」

「正解」

「その、スマートフォンって、僕も購入できたりするんでしょうか…できたら、夜空さんともいつでもお話しできるなぁって思って…」

「何を」

「何を…って…なんでしょう…?」

「俺に聞かれても困る」

「う、うん…そうですね…今朝見た、かわいい猫さんのアニメのこととか…?」

「……あれ、そんな話のネタになるほどの内容あったか?」

「有りましたよ!!そもそも僕たちの世界にはテレビやアニメなんで先進的なものはなかったですが…それでも、子供にわかりやすく道徳教育を(ほどこ)してくれる素晴らしい作品です!しかも、絵柄や言葉遣いも優しいので、子供自身が進んで見てくれるというおまけつきです!!うちの国でも、進んで机に向かって勉強してくれないというのはご婦人方の目下(もっか)の悩みだったようでーー」

「あー…はいはい…わかったよ。すげーなー」

「ですよね!!もう少し発展したら…何とか僕たちの世界にも電気を普及させられないでしょうか…」

「そうだな。できたらいいな」


それができないことを、俺は知っている。でも、そうでも答えなきゃ、この王子は不審がるだろう…

変なところで察しがいい彼は、今までも俺の体調や分の悪いことについてなんかも、するする言い当ててきた。


「ところで夜空さん」


……当然、これについても。


「僕が帰る方法…何かわかりましたか?」


…本当は、全てわかっている。結末を話すこと、燃やすこと…でも、俺はそれができないでいる。

後者はともかく、前者くらいやってやればいい…こいつの物語が、バッドエンドでなければ…俺は、そう考えていただろう。


ーーこの王子は、物語の最後に処刑される。


それまでにも、数々の暴力や(はずかし)めを受けることになる…それを知って、彼をその地獄に戻すようなことなんて…度胸のない俺にはできるわけがなかった。だから俺は…


「…まだだ」


こう答えるしかない。

その度、彼の表情に影が落ちたとしても…。


「そうですか…わかりました」

「ごめんな」

「い、いいえ!夜空さんのせいではないですよ!!僕も何か、手がないかって色々試してはいるのですが…やっぱりだめで…こちらこそ、頼りきりになってしまって申し訳ございません…」

「…いや。最近は家事も手伝ってくれるし、助かってるところもある」

「本当ですか!?なら、これからもっと、沢山覚えますね!」


そうだ。こうして役にも立ってくれている。ならわざわざ、地獄に引き戻す必要もない。

案外こいつは役に立つし…いつかは、俺が丸一日家を空けても問題ないくらいには、家事も覚えて、常識も学んでくれるだろう。

だから…これでいい。覚悟なんてしなくていい。狼狽(うろた)えなんかしなければ、嘘や隠し事は得意なんだ。ずっと、隠し通せばいい。

きっと、情が湧いてしまったのだろう。きっと、俺が死ぬときにはこいつも消えてなくなる…だからせめて、「その時」がくるのを精一杯遅らせなければ。


(……生きなきゃいけない呪い…か)


俺には永遠に縁がないと思っていた呪い…一番辛いだろうと思い、それだけは避けてほしいとパトロンに懇願していた呪いは…なんともあっけなく自分に降りかかってしまった。

それでもなんだか、思ったよりも辛くはなかった。それほど彼の隣は…何故だか居心地がよかった。

…正直に言うと…もう、彼をもとに戻す気など、俺には毛頭(もうとう)なかったのだろうと、思う。


「……『アザレア』」

「……?」

「お前の名前…恥ずかしいんだよ、人前でお前のこと『王子』って呼ぶの。いつまでこっち居ることになるかもわからないし…下手したら、俺が死ぬまでずっとかもしれないし。そうなったら、いつか戸籍だって必要になるかもしれない…その時、必要だろ」

「……アザレア」

「そう」


彼はしばらく、「アザレア」という名前を反芻(はんすう)し…そして、頬を染めて頷いた。


「アザレア……覚えました。僕は、アザレアです!」


彼とは似つかない赤い花…しかし、その花言葉は…最期、あまたの「喜び」を失う彼にこそ贈りたいものだった。それに何より…


「ところで、由来は何ですか?」

「……なんとなく」

「なんとなく……?………あっ、もしかして夜空さん…あれ見て決めました?今ここで…?」


王子…改め、アザレアが目を向ける方を見ると、そこには小さな花屋と…そこに並ぶ、赤い花があった。正直これは偶然だったが…そういうことにしておこう。


「...可愛い花だろ」

「僕、そんなワンちゃんや猫さんみたいな感じで名前つけられちゃったんですか!?そんな…ひどいです…」

「なら、今から考え直す?」

「いいです…せっかく夜空さんがくれた名前なんです…絶対変えないし、誰にもあげません」


少しむくれながらも、気に入ってくれたようだった。


「…改めてよろしく、アザレア」

「はい、夜空さん!!」


屈託(くったく)のない笑顔で笑う彼に、まだ憂いは見られない。

彼の一生のうち、今だけでも様々な喜びを感じられるように…そんな願いも込めて。


………でも、彼の覚悟は…俺のそれをはるかに上回っていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





アザレアとの生活が始まって、早一か月。

あらかた家事も覚え、一般常識も理解してきた彼は、一人で一日過ごせるくらいの生活力が身につき始めていた。

今日も図書館に迎えに行こうと思ったら、カフェの客席で奥さんと楽しげにお話をしているくらいには、この辺の土地勘もついてきたらしかった。


「夜空さん!」


バックから出てきた俺を見るなり、彼は屈託ない笑みを浮かべてこちらに手を振る。まるで飼い主を待っていた犬のようだと思いながら、俺はそれに手を上げて返した。


「待っててよかったのに」

「ずっと来てみたかったんですよ、夜空さんが働いているカフェ!今日は時間的にコーヒーしかいただけませんでしたが、次はお食事もいただいてみたいです!」

「おやぁ、そうかい。お口にあったかな?」

「はい!とっても香り高くって、酸味とまろやかさのバランスも良くて…僕、このブレンド大好きです…!」

「そうかいそうかい、嬉しいこと言ってくれるね……というか、まさか夜空にこんな可愛らしいお友達がいたなんてね…コレかい?」

「違います」

「何だぁ、そうなのかい」

「…?夜空さん、『コレ』って何ですか?」

「知らなくていい」


なおも小指を振る奥さんを制止し、ちょうどコーヒーを飲み終わったところだったらしい彼は、そのまま席を立つ。


「ごちそうさまでした!あの、お代は…」

「ああ、いいのいいの。お話沢山出来て楽しかったから、サービスよ」

「いいのですか…?僕が聞いてばかりだった気がするのですが…」

「お年寄りは話好きなのさ。聞き上手なお友達は、いくらだってほしいからね…またおいで」

「…!はい!また来ます!!」


「お友達」という言葉が嬉しかったのか、彼は花が咲いたような満面の笑みで答える。奥さんはいつもこの調子だ。今月もそこまで経営に余裕はなかっただろうに…


「給料から引いといてください」

「聞こえないね」

「都合のいい耳ですね、相変わらず」

「年寄りになるとね、聞きたくないことは耳に入らなくなるのさ。ああ、夜空、これ持って行きな。残飯処理頼むよ」

「……いつもすみません」

「謝ることしてないだろうに。おいしく食べてくんな…アザレアちゃんのも入ってるからね」

「はい、ありがとうございます!………ちゃん?」


小首をかしげるアザレアを促し外に出る。そういえば、アザレアのも入ってるってことは…


「…アザレア、お前、奥さんに一緒に住んでるの話したか?」

「あ…はい、夜空さんの家でお世話になっていると…その、いけませんでしたか...?」

「ああ、だから……いや、いい。ただ…そういう話すると、勘違いするのもいるから…気をつけてな」

「…?何を勘違いされるのです…?」

「不快じゃなかったんならいい」

「………???」


相変わらず、彼はそういう話題に(うと)い。まあ、普通に必要な知識のみを吸収する毎日だっただろうから、その知識はまだ不要だったということだろう。

…とはいえ…ここに永住することになるなら、いつかは彼もそういう感情を持つのだろうから…その時は相談役くらいにはなってやろう。最も、経験はなかったので


ーーーーーー痛い……やめて、やめて…!!


………………なかった、ので…何か、これといったアドバイスをするのは難しいが…


「夜空さん…?大丈夫ですか、顔色が…」

「ああ…大丈夫。何でもない」


…嫌なことを思い出してしまった。もう済んだことなんだ。もう出てくるな。

一度息を吐き、不快感を飲み下す。


「お疲れのようですね…すみません」

「なんで、謝るの…?」

「いえ、その…僕が急に転がり込んできて…それで、やっぱり疲れてしまったのかと思って…」

「それはない…大丈夫」


事実。嘘はない。


「……そうですか……」


アザレアは眉を下げると、ぽつりと何かを呟く。


「何?」

「…いいえ、なんでも。夜空さんは、本当に優しい方だと思って…」

「は?…何急に…」

「急じゃないです。ずっと思っていますよ。夜空さんは、優しい人だって…優しすぎる人だって」

「…何言ってんの、お前…」


違う。怖がりなだけだ。ただ、臆病なだけだ。それを、この王子は…好意的に受け取っているだけだ。


「…だから…今日はちょっと、聞き方変えますね」

「何を……」


止めればよかった。遮って、今日の夕飯の話でもすればよかった。そんなことを、この直後は思った。


「僕を、本に戻してくれませんか。夜空さん」


彼の口を吐いて出たそれは…彼に隠し続けてきた、真実だった。



「…ごめんなさい、夜空さん。僕、全部知ってたんです」

「僕が、絵本の中の登場人物で、普通の人間ではなかったこと…その結末も、僕自身の末路も…何度も、何度も、経験してきましたから」

「最初は…きっとすぐに、本に戻されちゃうんだと思っていました。でも…夜空さん、あなたはそんな僕を哀れに思い、そばに置いてくれましたね…僕、嬉しかったです」

「ずっと、目が覚めては国が滅んで、陵辱(りょうじょく)され、火に炙られ…狂ってしまいそうなほど辛かった僕の人生に、あなたはひと時の安息を与えてくれました」

「…僕は、ネメシスの遺志です。ネメシスの憎しみを…苦しみを、放置するだなんて、言語道断」

「…僕を、本来あるべき姿に戻してください。そうして、役目を果たさせてください。もうそろそろ…帰らなきゃ」



思わず…しっかり聞いてしまった。整理が追い付かなくて、口をはさむ暇もなかった…知っていたのか、彼は…?それを知っていて、ずっと……


「……怒ってますよね…すみません、沢山お気を遣わせてしまって…」

「い、いや…違う。その…そうか…え、……お前、大丈夫なのか…?自分が人間じゃないって…それ、怖くないのか…?」

「…?ああ、はい…僕は、最初から知っていたので…ただ、夜空さんがすぐに受け入れてくれるかがわからないから、最初は黙っているようにと、パトロンさんに…」


確信犯だったのか、そうじゃなかったのかわからないが…少なくとも、()められたらしい…ということはわかった。

なら…俺の今までの気苦労は……


「…はは、そうか…ははは……」

「よ、夜空さん…?」

「ああ、うん…そうだな……うん…ごめん、ちょっと…はは………またあとで、文句言いに行かなきゃな」


一呼吸置き


「戻さない。戻す気はないよ。俺は」

「え………」


薄緑の双眸を丸くする。


「ここにいていい。戻ったって、辛いだけだろうし…それに俺、お前がいるから疲れるってこともないし。むしろーー」

「だめです」

「えっ」


予想外の返事が返ってきて、思わず声が漏れる。彼は、眉を下げ…泣きそうな顔をしたまま続ける。


「少し、愚痴を聞いてもらってもいいですか」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





僕たちの物語を作ったネメシスは…孤独な男でした。

特徴がなく記憶に残らない顔に、猫背で、おまけにひどい吃音症(きつおんしょう)で…人との交流が、極端に苦手な人でした。

でもそんな彼は、画才と文才に恵まれました。自分の中に渦巻く思いを、詩や絵画…たまに絵本にかき起こし、それを売ることで生計を立てていました。

そんな彼の作品は、ある日とある人物の目に留まりました。

それは、出版事業を立ち上げたばかりのある資産家でした…彼が立ち上げた出版社は、今でも健在で、大きい会社みたいですよ。

彼はその才能を買い、ネメシスを自社の絵本作家としてスカウトしました。自身の作品を褒められて、それを買ってくれるという申し出に、ネメシスが断る理由はありませんでした。

それから彼は、資産家のもとで数本の作品を発表しました。そのどれもが、時たまキラキラ輝くような、暖かくやさしい物語でした。

……僕たちの物語も、そうなる予定でした。


でも………

……………………


ネメシスが、僕たちの物語を作っていた時…彼は、気晴らしに外へ出ました。そこで、ありえない話を聞いたのです。

彼が開いた覚えのない、ネメシスの講演会の話でした。しかも、その人たちの話によれば、講演会に姿を現したネメシスは、美しい容姿の偉丈夫(いじょうふ)だったと…。

どういうことかすぐに事情を聞きたくても、彼はその人たちには話しかけられず……慌てて資産家に連絡を入れ、問い詰めました。


……彼は、ゴーストライターだったのです。


こんなに明るく楽しい話を作る人物が、根暗で話もできない男では示しがつかない。名前は自分のものだし、外面が違うというだけなら問題もないだろう。それとも、自身で人前に出て、販促や講演が君にはできるのか……そんなことを言われた彼は、返す言葉が見つかりませんでした。その通りだと、思ってしまったのです。

でも、この出来事は、彼の心に大きな傷を残しました。

今まで無数に湧いて出てきたような、楽しく優しい世界など…もう思いつかなくなってしまった。

代わりに湧いてきたのは…不信と憎悪でした。

無理もないでしょう。やっと伝えられたと思っていた自分の作品が…思いが、自分の知らないうちに、誰かも知らない人物のものになっていたのですから。

そうして彼は、作り上げた僕たちの物語を捻じ曲げ、信頼していたものに裏切られ、退路も断たれ…ただ殺されるだけでなく、精神までズタズタにされる…そんな最期を迎える、愚かな王子の話に書き換わりました。

それを発表した後、彼は首を吊って亡くなりました。

……異端の作品は、異端の人間と同じように、居場所などない。いつしか僕たちの物語は「禁書」などと大仰な呼ばれ方をされるようになり…あの時、あなたが手に取り盗むまで、日の目を見ることはなかったのです。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





声を震わせ話す彼に、俺は相槌を打つしかできなかった。



「本当は、西の大国はいい国だったんです。被災しぼろぼろになってしまった僕たちの国を、国を挙げて支援してくれる…そんな、懐の大きな国でした」

「僕の妻になる予定だった女性も、いたはずなんです。星色の髪に、澄んだ青空を思わせる瞳を持った…本当に美しい女性でした。本当に…優しい人だったんですよ。いずれは、子供も…できる予定でした」

「……返してほしい、ですよ…本当は…僕の、大事な国を…家族を…未来を…!でも…もう、だめなんです。もう、何もない…完成したシナリオの結末は、変えられない…」

「……きっと、苦しいのは僕だけじゃないんです。あの物語にかかわる人…みんなが、苦しいんです。みんな…幸せな未来を奪われた…大切なものを壊させられた…だから…僕だけ逃げるなんて、できない。憎しみの重圧を背負ったみんなを…放っておくことなんて、できません」



顔を上げる。なおも泣きそうな顔をして…でも、王子は微笑む。それは…


「死ななきゃ……だめなんです」


ーーあまりにも、下手くそな笑顔だった。


「…だから、夜空さん…」

「……あー…とりあえず、さ…」


奥さんからもらった袋を持ち上げ、得意の作り笑顔で言う。


「これ…アザレアの分もあるって言ってたじゃん…だから、それ食べてから、決めない?」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





食卓は…当然ながら、静かだった。

奥さんの作ってくれたホットサンドは相変わらずおいしかったが…それを食べながら、時たまアザレアがすん、と鼻を鳴らしていたことは触れないでおいた。

…本当は、戻りたくないのだろう。それは一目瞭然だ。でも、放っておけない、自分だけ逃げられないというのもまた…彼の本心なのだろう。

彼は絵本の主人公…いうなれば、筆者の代弁者…メッセンジャーだ。その役目を放棄できないというのも…気持ちはわかる。きっと…彼にとっての最善は、ここで戻してやることなのだろう。それは間違いない。

きっとこの先、ここに残ってこの生活をし続けたら…この先、こちらで大切な人ができて、もっと帰りづらくなったら…その方が、彼にとっては辛いかもしれない。


「…夜空さん」


目元を赤くしたアザレアが、にこりと微笑む。

「サンドイッチ、おいしかったですね。奥さんに、お礼を言っておいてください」

「……自分でいかないのか?」

「僕は、だって…もう」


しゅんと目線を下げたアザレアは、数度、ぶんぶんと首を振り


「そう、帰るんです。絵本に戻るんです!それが僕の役目なんですから!」


そうして顔を上げ、俺の目を見据える。


「さあ、夜空さん!一思いに…!」


彼の意志は強いようで、それは彼の目からも伝わってくる。

………俺は……


「…………………」

「……夜空さん…?」

「……あの…一つ聞いていい?」

「は、はい……」


…一つだけ、解決していない…わかってないことがあった。


「…アザレアは、どうして……俺の『不思議』になったの…?」


ずっと謎だった。この、きれいな感情の塊のような男が…どうして、俺なんかに感化されて顕現したのか…純粋な興味と……彼を本当に戻していいのか...個人的には戻したくない…その葛藤の時間が、今は少しでも欲しかった。


「……僕が、夜空さんに…?」

「ああ。そう、説明されたんだ…『不思議』って、そういうもんなんだろ…?」

「…え、っと…」


アザレアは、少し考えてから


「実は…その…僕にも、その辺はわからなくて…でも…」


さらに一呼吸置き、続ける


「…夜空さんの孤独が…ネメシスのそれに、似ていたから…でしょうか…寄り添ってあげなきゃ、って…彼の生前、僕ができなかったことを…僕も……」

「…僕も?」

「?…………ああ、変ですね……ひどいですよ、夜空さん……」

「は…?」


アザレアは自分の胸に手を当て、開いたもう片方の手で、その手を握りこんだ。


「…僕…その考えは…今なかったのに…僕、夜空さんの『不思議』だって…ちょっと、忘れてたのに…」


目線を上げる。その目は…ひどく動揺し、そして…妖しく揺れていた。


「あなたにそう言われたら…自覚してしまったら…もう、離れたくなくなっちゃうじゃないですか…!」

「え…何…?なんで…?」

「僕…僕……は……」


手が伸ばされる。その白い手は…俺の手を握った。


「…誰かを、幸せにしたい…本来のストーリーでならできていたかもしれないことを…今なら…あなたの、『不思議』としてなら…できるかもしれない…って…」

「…………」


本当に、この王子は……


「僕は、慈愛の王子です…!その名の通り生きてみたい…ただ誰かを憎んで死ぬんじゃなくて、誰かを幸せにしてから…それを見送ってから、穏やかに死にたい!!」

「……アザレア」

「…夜空さん…ごめんなさい。僕、戻るなんて、大見得(おおみえ)切って…でも、僕…できることなら、あなたを幸せにしてから、帰りたい…!お願いします…!」


そのまま、深く頭を連れる。

握った手は震えている。どうやら俺は、彼にとって酷なことを言ってしまったようだ…でも、そうか…そう言ってくれるなら…俺も答えが出しやすい。


「……アザレア」

「はいっ…!」

「…まず、先に言っておくべきだった。ごめん…話聞いても、俺は、お前を戻すつもりはない」

「え……」

「ただ、その…結構、お前の言い方が、本気で、曲げない、譲らないって感じだったから…どう説得しようかって…ちょっと、悩んでた、というか……」

「……じゃあ…」

「…うん……その…こちらこそ、よろしくしたい、というか……」


そういうや否や、彼は顔をぱっと明るくさせ、そのまま一気に距離を詰めてきた。


「夜空さん!!大好きです!!」

「っ!うわ…!?」


そうして抱きしめられる…使っている洗剤も石鹸も同じもののはずなのに…なんだか、いい匂いがする気がする。


「あ、アザレア…!」

「僕、頑張りますね!夜空さんのこと、一生かけて幸せにしますから!!」

「わ、わかったわかった!!とりあえず離れてくれ!!」

「あっ…すみません……」


離れたアザレアから顔を隠すように、腕を顔の前に持って行く。


「と、とにかく…その、わかった。どうせ俺が死んだら元に戻るんだろうし、それまでな!!それまで!!」

「はい!よろしくお願いします!!」

「っ…ふ、風呂入ってくる!」

「はーい!」


赤い顔を隠して、そのまま風呂に逃げ込む。

心臓がうるさい。なんだ、何が起きてる…んびっくりしたにしろ、これは反応しすぎだろう…!?


(……とにかく…ちょっといろいろ、確認しよう…明日、パトロンに…)


分からないことだらけで、俺もアザレアも混乱している。だからこんなにままならないのだろう。

もう一度、今度は二人でしっかり確認して…それでもう一度、しっかり答えを出してやろう。

……冷静に考えれば、アザレアと一緒にいることに対して、俺はどうしてこんなに必死になっていたのだろうか…

それに気づくのも、自覚するのも…もう少し後のことだった。

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