秋晴れの再会
ここは、日本の真ん中にある山深い村。
村の真ん中には、御神木とそれを守る神社、そして、神社を守る一族。
今、その神社を守る巫女が寿命を迎えようとしていた。
巫女が眠るベッドの側に、5人の息子達が集まっている。
「…みんな、巫女替わりの準備を…。」
一人を残しそれぞれ、役目を果たしに部屋から出て行く。
「母さん、最後まで側にいるからな…。」
(あ、新しいCM。)
会社の休憩室にお昼を食べに来た私は、テレビから流れる映像に足を止める。
「きゃあ、見た今の!超かっこいい!。」
「ヤバい、目の保養。午後がんばれるや。」
「確かに、かっこいいよなー」
「好感度もいいし、男としても憧れるよな。」
女子社員はもちろん、男性社員も絶賛しているのは、今芸能界でナンバーワンと言われている俳優、山神一。
甘いルックスと鍛え抜かれた肉体で、ドラマや映画、CMに引っ張りだこ。
(…はじめちゃん、本当に変わったよね…。)
私、山上花、35歳。
ごく普通の会社員。
山神一とは、同じ山神村の出身で、子供の頃は一緒によく遊んだ幼なじみだ。
村は人口も少なく、ほとんどの苗字が山神か、山上。もしくわ、山下か、山中、山森など山が付く。
子供の数も少ない。
小学校には、全体で平均5人もいれば多い方、すなわちど田舎。
あの頃、私の3つ上の兄と私、ひとつ下にはじめちゃん、年の近い子供は、3人だけだった。
村に保育園なんてなく、両親が働きに出ている間、神社のおばばに預けられてそこで村の子供は皆育つ。
(私の中では、いつまでたってもはな垂れ小僧で泣き虫のはじめちゃんなんだけど。)
はじめちゃんは3歳くらいまでは少し体が小さく体調もよく崩しがちだったが、6歳くらいには私たちと野山を駆け回るようになるまで元気になった。
私は、お弁当をひろげながら昔を思い出す。
(元気になった…良かったんだけどねぇ。)
別れは、突然訪れる。
はじめちゃん一家は、小学校に上がるタイミングで東京に引っ越して行った。
元々、空気のよい田舎ではじめちゃんの体調を改善し、回復したなら、東京に戻る予定だったと、後から知った。
別れの日は、私もはじめちゃんも別れたくないって号泣した。
あの時おばばが、二人の手をとって「またいつか会えるさぁ。」って。
(画面越しには、会えた…かな。)
我が家も、村を出てしまい両親も忙しく、連絡も知らないと言われていた。
高校生の頃、突然はじめちゃんが芸能界入りしたことを知った時は驚いた。
(…え、山神一って、はじめちゃん?!。嘘でしょ!!。)
シリーズのヒーロー番組の新番組が情報解禁されて、特撮オタクだった友達に雑誌を見せられた。
そこには、はな垂れ小僧の面影は、どこえやら、可愛らしい笑顔の、イケメンがポーズを決めていた。
「ヤバくない?、この子絶対大物になるって!。ファンクラブ入ろうかな。」
確かにこれは、ファンがつくだろう。いや、その前にこれは本当にはじめちゃんなのか。同姓同名?。
家に帰って、家族に話すと、みんな驚いていた。
「んー、確認してみる?。」
「どうやって?。」
母がおもむろに携帯を取り出すと、電話をかけだした。
「あ、お久しぶり、元気?。」
ま、まさか…。
「じゃあ本当なの?、すごいわねー、応援してるわ。」
電話を切ると、母が「本当だって。」と何ごともなかったかのようにお茶をすする。
「待って、母さん…確か連絡先知らないって言ってなかったっけ?。」
兄も驚いた顔で、訪ねる。
「あら、そうだっけ?。」
「そうだよ、言ってたよ。」
私も、抗議の声をあげる。
「知らないわけないじゃない、村人達の結束は強いし、ほとんど親戚みたいな村なのに。あんた達が会いたいってうるさいから、知らないって言ってたんだわ。忘れてた。」
「まあ、二人とも大人になったし、解禁かな。」
父は、苦笑いしながら大人の事情とやらを話してくれた。
「二人にはよい機会だから、山神村について話そうか。」
山神村は村の中心に山神神社があり、そこを代々守っている山神家。そこから発生した分家が神の名は本家のみで山の名を残して山中、山下、山森、など山と言う漢字で家を起こし神社の周りを囲うように村が出来た。
山神神社はかなり古い神社で、いつからあるのか、それすら分からないくらい古い。
確認した所、なんと、飛鳥時代には存在してたらしい。
代々山神家の子孫が神主を継ぎ、今ははじめちゃんのお父さんの一番上のお兄さんが神主をしていて、2番目のお兄さんが村長だ。
(確か、3番目のお兄さんが世界中を放浪していて、4番目のお兄さんが行方不明とか?。)
おばばは、はじめちゃんのおばあちゃんにあたる。
はじめちゃんのお父さんは5人兄弟で末っ子だった為、山神村には留まらず、高校生の頃東京へ進学して、戻って来るつもりはなかったらしい。
その後、結婚、妊娠。
しかし、産まれたはじめちゃんが一日中泣き止まず、2日たってもずっと泣いていて、呼吸も弱い。
医師も、検査しても異常がないので困り果ててしまった。
山神の血を濃く受け継ぐ山神家には希にある、"東京の空気が合わない子供"と言う話を思い出したおじさん。
3日目に試しに村に連れてきたらピタリと泣き止んだ。
その足で、山神の実家に行き話し合いの末、そこまで濃い血ではないので2.3年ここで過ごせば落ち着くだろうと戻って来たのだ。
お父さんは、近くの支社に転勤し、6歳の頃戻って来いと本社から打診があり戻って行った。
ちなみに我が家は、山上家で本家ではなく分家。母も山森家の分家。
特にしがらみもないので兄の中学受験と同時に一家で村を出ている。
何せ田舎だ、ぎりぎり小学校はあるが、一番近い中学には歩いて2時間かかる。
だいたい皆その頃に村を出て行く。
「山神神社には、御神体と御神木が有名だな。今時でいうならパワースポットだね。でも神社はあまり知られていない。不思議だろ?。これには訳があるんだ。」
父は、人差し指を口にあて、内緒の話しだぞと、神社の秘密を教えてくれた。
神社の始まりの物語。
** むかしむかし、それは遠いむかし。
まだ大地には何もなく
生物もいない
そこに一本の木の枝を
神様が大地に挿しました。
この枝が枯れなかったら
次は水を
この枝が立派な木になったら
次は命あるものを
木が沢山増えたら
知能を持つ命を
枝は木になり、動物や鳥が種を運び、森になり、山になり、人が生まれて町ができ、最初の木は御神木になりこの大地をその根で支えている。
(正直、馬鹿馬鹿しくて、嘘だと思ってたけど…。)
父の話しはおとぎ話のようで、私も兄も信じなかった。
…その時は。
今現在、私以外の家族は、山神村に戻って行った。
結婚した兄の二人目の子供が、産まれてから呼吸が弱く、検査しても異常がないので試しに村に行ったら正常に呼吸出来たのだ。
何故分家の我が家が?、と調べたら、兄のお嫁さんが山神家のかなり遠縁にあたる事が判明。
二家族と山神本家も入って話し合い、山神村に戻って暮らしている。
最初は半信半疑だったお嫁さんも、空気がきれいで、持病の喘息がすっかり良くなり
家族で楽しく暮らしているそうだ。
(今年のお盆に帰ったら、幸せそうだったよなぁ。はぁ。)
兄は、38歳で二人の子持ち。
妹は35歳、仕事馬鹿で未だに独身。
(正直、結婚願望全然ないんだよね~。)
お昼を食べ終え、午後の仕事に戻る。
今年のお盆は、散々だった。
いろんな人に会う度に言われたあの言葉…。
「花ちゃんは、まだ結婚しないの?。」
(しないどころか、彼氏すらいません…。)
へこむお盆だった。
唯一の救いが、おばばの一言。
「ダイジョブ、近々良い子と出会えるさぁ。」
山神神社の巫女であるおばばの一言は、予言でもある。
それを聞いた回りの人達がキャアキャア騒いで、お酒も入ってたからかなり盛り上がってた。
(おばば、ありがたいが、どうも無理そうです。)
何故か花はモテない。
スタイルも顔も悪くないし性格も良い。
家事も全般出来る。
うまく言えないが、男の人を見てもときめかない。
(恋したことないんです!。)
会社で一番のイケメン営業を前にしても何とも感じないので、逆に仕事がやりやすいと男性社員から仕事のパートナーとしては求められるが、それ以上にお互い発展しない。
おかげで若い頃は、女子社員から、妬みとヒガミがひどかった。
今は、会社から頼りにされ、後輩からは尊敬されるベテラン社員になった。
まあ多分、陰でお局とか行き遅れとか一部女子社員から言われているが。
定時になり、今日金曜日は残業なしdayなので帰宅しようと立ち上がると、同じ部署の後輩、さやかが話かけてきた。
「先輩、お疲れ様でした。今日もおうちに直帰ですか?。私これからデートなんですよー。」
わざとらしく回りに聞こえるように話てくる。
「そう、じゃあお疲れ様、楽しんでね。」
相手にするのも疲れるのでとっとと踵をかえす。
「せっかくの週末にお一人なんて可哀想。」
さやかは、一昨年入って来た後輩だ。
専務の姪で、いわゆるコネ入社。
見た目も可愛いし、男性社員達の人気もかなりある。
さやかも当然ながら、会社には未来の旦那探しに来てると同僚に話すくらい、ヤバい奴。
一応仕事は最低限してくれるが、定時に帰るの当たり前。
金曜日は、毎週さやか様の為の合コン、もしくわ、デート。
何かといちいち突っかかってくるので面倒な子だ。
理由は、単純。
営業部一番のイケメンで、成績ナンバーワン、時期部長と呼び声される吉岡君が、彼女の前で私の仕事振りをべた褒めしたらしい。
…デートの最中に。
(…本当に迷惑極まりない。)
それから何かと、絡んでくるので鬱陶しい。
(うるさい、こっちにだって予定くらいあるわ!。)
彼女を無視して、踵をかえす。
(今日は待ちに待った…デートよ、うん、デート。)
…虚しい。
デート、今日から始まるはじめちゃんの映画を観に行くだけ。
はじめちゃんの映画は、よほどの事がなければ、初日、定額で観賞すると決めていた。
それも、一人で。
(あ、でも最初の映画は、家族みんなで行ったっけ。ヒーローものだったから子供いっぱいでちょっと恥ずかしかったけど。)
あの日のことは、よく覚えている。
小学生や、中学生達に混じって浮いていた私たち家族4人。
映画が終わると、なんとなく感慨深くなって泣いてしまった、私たち。
「やだ、お父さん、何泣いてるんですか、もう。」
「…いや、あのはじめちゃんが、…う、元気になって、良かったな。」
「ちょっと、親父泣きすぎ、こっちまで伝染するから止めろよ。花、…お前は、なんかもう、目が取れそうだぞ。」
「うッ、は、はじめちゃ~ん。よかったよ~。」
そのまま"今日は、記念日だ!"と家族で外食に行った。
今日行くのも、あの日と同じ映画館。
会社から、実家近くの映画館まで電車で一時間くらいかかる。
いつも観るのは最終のレイトショー。
映画が終わると、11時過ぎている事も多い。
花は、その時間が大好きだ。
映画を見終わって、心が感動だったり幸福で満たされて外に出た時、誰もいない静かな夜の空気が気持ちいい。
(…田舎の空気を思い出すのかな、昼間の都会の空気は、美味しくないもんな。)
電車は、もうないので、そのまま15分ほど歩いて実家に帰る。
今、実家には誰も住んでいない。
兄達が、山神村に住む事になった時、お嫁さんが不安だろうと、両親も二人を助けるために帰ってしまった。
父はリモートワークで済むし、母は看護師なので村の診療所で、働いている。
花が時々、家の管理を任されているが、週末になるとほとんどこちらで生活していた。
理由は簡単。
今住んでいる所は社宅で、ほぼ毎日残業している花は、ほとんど寝に帰るだけ。
社宅は東京の街中にあり、ネオンや騒音が激しく、空気が淀んで感じる。
一方実家は、東京から離れて1時間、田舎ほどではないが、大きな公園や、小川、林や、田んぼや畑なんかもある、下町の住宅地。
一週間の疲れを癒すには、こちらの方が良いのだ。
(それに今日から3連休。はぁ、最高じゃあない!。)
花は、足取り軽く、駅に向かって歩いて行った。
*
(はぁ~、最悪。)
花は、映画館の前でため息をつく。
何故か、目の前にさやかと吉岡君がいる。
「え、やだ先輩、デートの邪魔しに来たんですか~。最低~、ねぇ吉岡さん!。」
猫なで声をだしながら、吉岡君の腕に絡み付くさやかに、吉岡君はちょっと嬉しそうにデレデレしている。
「…え、そ、そうなんですか?!。」
「…はぁ、そんな訳ないで…。」
「そうに決まってますよ、先輩さやかに嫉妬してますよね、吉岡さんの事、ずっと好きだったって、聞きましたよ~、ストーカーですか?!。」
「はあ?、誰がそんな事を…。」
「えー、皆言ってますよー、吉岡さんに気に入ってもらう為必死に残業して仕事してるって。」
「そうなんですか?。」
吉岡君も軽蔑の入った視線で、こっちを見てくる。
…いや、多分誰も、そんな事言ってないだろう。
わざわざ私を陥れる為によりによって今日、私の楽しい時間を最低にしやがって…。
堪忍袋の切れた音がした。
「…私たちが残業してるのは、あんたが毎日定時に帰るから。頼まれた仕事もろくにこなせないあんたに簡単な仕事だけまわして、残りの難しい仕事を皆で手分けして金曜日までに終わらせる為必死に残業しているんだけど。」
さやかは、顔を真っ赤にして、怒鳴りだす。
「吉岡さんの前で嘘吐かないで、気にいられたいからって、必死ねー。」
「いや、ちょっと調べたらわかるし、事実でしょ。吉岡君もやっぱり男だねー、まあいんじゃない出世の近道だし。じゃあ、お二人楽しんでね~。」
映画館に背を向けて早足で歩き去る。
(こんな最低な気分で、はじめちゃんの映画なんか観れないよ~、ピュアな心でみたい。うん、今夜はやけ酒して明日来よう。)
コンビニに寄って、しこたまつまみを買い漁り、実家に帰る。
目が覚めたら、実家のリビングで寝ていたらしい。
(また、いつもの変な夢見たかぁ~。…ふわぁ、何時かな、やば、充電切れてる!。)
あわてて充電機を繋げる。
そのままシャワーを浴び、家の窓を開けて回る。
(うん、爽快。)
家の中に新鮮な空気が流れこむ。
(さて、朝ごはん、いや、もうお昼かなぁ。)
冷蔵庫を開けて中身をチェックする。
一週間空けているので日持ちのするものか、冷凍食品くらいしか入ってない。
とりあえず冷凍庫からパンを取り出しトースターに入れる。
買い出しを考えていると、携帯が着信を告げる。
(誰だ?、ん、吉岡君?、何か面倒だなぁ。)
休日だし。
スルーした。
改めて携帯をチェックすると、おびただしい数のLINEが入っている。
(うわぁ、全部さやか様からだし。どれどれ。)
"あんたのせいで、デート中止になった。
責任取れ"
一文にまとめるとこんな感じかな。
まあタラタラと、意味わからん文章が何通も送られてた。
(あー、休みあけ面倒だなぁ、とりあえずグループLINEに、昨日の事報告しときますか。)
さやか様は知らないが、さやか様に迷惑被ってる女子社員のグループLINEがある。
情報交換と、何かあった時に証拠を集めて会社に提出できるよう準備中なのだ。
早速昨日の出来事をLINEにて報告。
(げ、マジですか、確かさや様は、新宿のおしゃれな映画館がデートの行きつけですよ。散々自慢話してましたもん。わざわざ下町の映画館にデートで行かないですよ、わざとですね。)
(おつです(^-^ゞ。さすがの花さんもキレちゃいましたかぁ~、まあ当然ですよね。)
(今頃専務に泣きついてあることないこと言ってそうですね。)
(吉岡君見る目ないなぁ~。)
(いゃ、あいつもなかなかしたたかだよ、この前受付の子とデートしてたし。あの子、関連会社の社長令嬢らしいよ。多分さや様切られるね。)
私達は、会社の中ではこの話は一切しない。
LINEの中だけ。
(休み明け、さや様の出方次第で、また報告します。良い休日を。)
(さて、夜は映画のリベンジするから、まずは掃除かな。)
ざっと掃除機をかけると、出かける準備をする。
いい天気だし、歩いて映画館まで行く事にした。
5分も歩くと、何やら人だかりが見える。
(あ~、何か撮影でもしてるのかな?。)
川沿いは、この辺りでよく映画のロケとか行われていることがある。
かなりの見物客でスタッフらしき人が交通整理しながら「立ちどまらないて下さい!。」と声をかけていた。
(あの川沿い、近道なんだけど~、仕方ない。)
もう一本向こうにある地元民しかしらない細い裏道にまわる。
一見すると、民家の敷地ぽくみえるが、通り抜け可能なれっきとした道。
(よし、抜けた!。)
抜けた先に、小さな神社がある。
花も家族も、この神社がお気に入りだ。
父の話では、小さいがきちんと管理された神社で、大切にされているのが分かるそうだ。
確かに通る度に、気持ちが晴れやかになる気がする。
隣に小さな集会場があり、地域の子供達のイベントが行われたりもする。
小さな駐車スペースに、一台のバンが止まっていた。
(この道細いから、入るの大変だったろうな…。)
そんな事を思いながら、神社により簡単にお参りをする。
実家に帰るようになってから、月に一度はここにきていた。
(まあ、だいたいストレス発散しに愚痴りにきてるよね、今日こそ映画観させて下さい、いつもこんなのばかりで神様も迷惑だよね~。)
お参りを済ませて振り返えると、優しい風が吹く。
(…あ、神風。)
昔おばばに教えてもらった話。
なんとなくそう感じた。
ガラ!
バンの扉が開き、帽子とマスクをした男性が慌て辺りをキョロキョロ見渡し…。
!!!
(?、え!こっち見てる?!。)
思いっきり目が合う。と、「…は…な?。」
(?!名前呼ばれた??、え?。)
近づきながら男性が帽子とマスクを取る。
!!!
「…はじめちゃん??、うぇっ、!!はじめちゃん!!。」
「うぇって……やっと逢えた、花。」
はじめちゃんにギュッと抱きしめられる。
「はじめちゃん…本当に本物?あたし昨日映画見逃して夢見てる?。」
「それって俺の映画?。」
はじめちゃんが顔を上げて真正面から私を見る、と…。
チュ
一瞬何が起きたか、わからない。
(……!今、き、き、キスされた!!、な、な、)
「はな、愛して…」
「何してるんだはじめ!!。」
横から声がして、無理やり引き剥がされた。
「あんた、誰?!、ファンの子!。」
どうやら、マネージャーらしい。
「はじめ離れて!、抱きつくなんて。ちゃんとファンのルール守って!。」
(…いや、抱きついてたのははじめちゃんだし。見てなかったのかよ…。)
「マネージャー、落ちついて。この子、花。」
「花って、え、架空の人物じゃ…。」
「俺の話信じてないね、まあ、そういう事だから。今をもって契約終了と言う事で。さ、花、行こう。」
はじめちゃんは、私の手を繋ぐと歩き始める。
「はぁ!待ちなさい、撮影は!!。」
「そういう契約だったでしょ。社長には電話しとくから
。俺達いそぐの、じゃあ。」
「待ちなさい!、はじめそんなわけにいかないでしょ、あんな話冗談だと思うじゃない、撮影準備できたのよ早く皆さん待ってる。」
マネージャーが反対の手を羽交い締めにして引き止める。
「あの…はじめちゃん、撮影行かなきゃ。私映画見に行く予定で…。」
そっと手を離す。
「え?、花?、何も聞いてないの?。」
「?え、何を?。」
はじめちゃんは、頭を抱える。
「とりあえず、マネージャー、社長に電話して。」
はじめちゃんは、携帯を取り出すと電話をかける。
「あ、もしもし、父さん。今、花に会ったんだ。おばばは?。そう、わかったすぐ行く。花、何にも知らないからちょっと説明して。」
はじめちゃんに携帯を渡される。
「あの、お久しぶりです、花です。」
「花ちゃん、久しぶりだね、急な事ですまないが、今すぐ山神村に戻って欲しいんだ。はじめと一緒に。」
「あ、でも撮影が…。」
「うん、そっちは大丈夫。もう、手を回してあるから。
取り合えず、詳しい話しは、村に来てから話すよ。
花ちゃん、落ちついて聞いて、おばばが危篤なんだ。」
「え!おばぱが!。」
「おばばももう年だからね。それにおばばは、山神村の巫女でもある。山神村的には巫女替わりをしなくちゃいけないからね、一大事なんだ。ヘリ手配したからはじめと二人ですぐこっちに向かってくれるかな。じゃ、はじめに代わって。」
はじめちゃんに携帯を返す。
マネージャーさんは、社長と電話で口論をしている。
「は、正気ですか??、日本でナンバー1俳優、山神はじめですよ、ちょっとあり得ない!社長!。」
はじめちゃんは、お父さんとの通話を終えると、マネージャーに電話を代わるように、手を差し出す。
「社長、はじめです。今まで本当にお世話になりました。撮影途中でスミマセン。でも、もう行かなきゃ。」
「はじめ!!。」
マネージャーの顔は青ざめている。
「ごめんなさい、マネージャー。お世話になりました。最初に契約した通り、今契約解除です。」
「…なんなの、そんな話、認めらわけないでしょ。社長も契約だから仕方ないって…。あんた、今一番売れてる俳優なのよ??、そんな簡単に地位を捨てるの??。」
「…すみません、僕にとってはそんな大事な事ではないです。もっと大事な事があるので。」
そう言うとはじめちゃんは、私を見つめる。
「社長もこっちに向かってくれてます。後始末押し付けてしまってすみません。行こう、花。」
再び手を繋がれて歩き出す。
「はじめちゃん、ちょっと、いいの?。」
「聞いてた?、僕さっき引退したの。だから今から一般人。」
「引退って、こんなんでいいの?。」
はじめちゃんに引っ張られて歩くうちに大通りに出た。
車のクラクションが鳴り、一台の高級車が二人の横にピタリと止まる。
「よ、はじめ!、お、その子が花ちゃん、可愛いじゃん。」
いかにもホスト風なチャラそうなおじさんが車から顔を出す。
「社長!、花を変な目で見ないで下さい。」
はじめちゃんが私を隠すように前に出る。
(これが社長!!ってか、のり軽い。)
「なかなかの、美人じゃないか。いや、はじめにはもったいない。うちでスカウトしたいくらいだ。」
(美人って、言われた事ないし。調子いい人なんだ。)
「社長!。」
「まあまあ、噂の花ちゃんを一目見れて良かったよ。なるほど。」
ニタニタしながら車から降りて来た社長さんは、はじめちゃんのあたまをグリグリ撫で回す。
「良かったな、はじめ。」
「社長…。」
「愛しの花ちゃんにやっと逢えたんだもんなー!。」
(愛しの花ちゃん!!。)
はじめちゃんは、顔を真っ赤にして社長を睨む。
「しや、社長!。」
「なんだよ。花ちゃん、こいついつも酔っぱらうと花ちゃん花ちゃんって…。」
「やめて下さい!。」
私の顔も真っ赤になる。
(はじめちゃんが、え、そんな事…。)
「まあ、後の事は任せろ、そういう契約だもんな。まあ、俺からの"はじめ君愛しの花ちゃんとお幸せにプレゼント"だよ。ほら急ぐんだろ。」
社長は、空のタクシーを止めてくれる。
「社長…、お世話になりました。」
はじめちゃんが頭を深く下げる。
なんとなくつられて私も頭を下げた。
「ほら、行け。」
タクシーに乗り込むと手を振って見送ってくれた。
*
タクシーに乗り込むとはじめちゃんは、ヘリポートに行くように運転手に伝える。
「あの、はじめちゃん、いまいち状況が飲み込めないんだけど。」
「?、父さん説明しなかった?。」
「おばばが危篤で、巫女替わりがあるって聞いたけど。」
「それだけ!。」
頷くと、はじめちゃんは、頭を抱える。
私の耳もとにくちを寄せて、小声で話す。
「さすがにここじゃ話せないから、村に着いたら話すよ。」
確かにタクシーの運転手さん、はじめちゃんに気づて、そわそわしている。
山神はじめがタクシーに素顔で乗ってきて、隣には女、さらに二人は手を繋いでる。
(…それも恋人繋ぎ。)
「あ、村に帰るんだよね、ちょうど3連休で良かった。火曜日戻ってこれるかな?。」
はじめちゃんは、ちょっと気まずそうな顔をする。
「…無理じゃないかな、巫女の交代って村の一大行事だし。手厚く葬儀もするみたいだから…。」
そこから、なんとなくはじめちゃんの顔が強ばって、話かけにくくなり、村に着くまで話てくれなくなった。
しばらくしてタクシーは、ヘリポートへ到着。
「花、ヘリ始めて?。」
「うん、ちょっと怖いかも…。」
はじめちゃんが、手を差し出す。
「怖いならずっと手を握ってあげるよ。はい。」
はじめちゃんの隣に座りシートベルトをする。
(うわ、動き出した!、ちょっと怖いかも…。)
はじめちゃんの手をぎゅっと握ると、はじめちゃんも握り返してくれた。
(困った…。まさか花が何も知らないとか…おじさん何で話してないんだ…。それにしても…。)
ヘリの中で、花が自分の手どころか、怖いのか腕をぎゅっと握って小さく震えていた。
(…ヤバイ…可愛い、花がこんなに可愛く成長してるなんて。これは確かに我慢なんか出来ない。)
花と離れたのは、俺が6歳の時、花は一つ年上だから、7歳。
あれから28年、もう俺たち34歳と35歳だ。
(村の掟とは言え、よく我慢したな…。)
*
「どうしよう!花が、花が村に向かってるって、それもはじめと、一緒に!。」
一人頭を抱えて、唸ってるのは、花の父。
母は、看護師の仕事で山神本家に既に何日か泊まり込んでいる。
「…。父さん、腹くくれよ。花に2.3発殴られる覚悟して。ほら、早く迎えの車待たせてるんだから。」
何とか親父を立ち上がらせ、迎えの車に押し込む。
見送ると、嫁と一緒に自分達も家をでて、山神本家である山神神社に向かう。
「花ちゃん、ダイジョブかしら…。」
嫁は、俺の手を握る。
「はじめがついてるなら、ダイジョブだろ。あの二人なら…。」
俺も嫁の手を握り返した。