ふたり
セリヴァルの泊まる宿屋をあとにし、ミルダとグラシアは家路につこうと並んで歩いていた。普段なら聞き流していたはずの村人たちの視線や囁き声が、まるで重くのしかかるように感じられる。これまでは「気にならない」ように、無意識に自分を守るための壁が心の奥にあった。だが今、その壁はもうない。
二人はゆっくりと歩きながらも、なんとなく村人たちの視線に引き寄せられるように、少しずつ視線を彼らに向けてしまう。ミルダは手のひらをぎゅっと握りしめ、グラシアは隣に立つ姉の横顔を伺う。そこに映るのは、少しずつ確かな意思を宿し始めた眼差しだった。
ふと、ミルダが小さな声で呟く。
「グラシア、魔導士様…最後に言ってたよね。あとは私たち次第だ…って。どういう意味なんだろう?」
それはまるで、初めて自分たちの未来に向けた「問い」だった。今までなら、お互いに話すことも避けていたであろう思いが、自然と口をついて出てくる。
グラシアはその問いに少し考え込み、息を吸い込んでからそっと微笑む。
「私は……ただ、みんなに怯えることなく、私たちの気持ちを伝えていきたい。それだけでも、前と違うと思うんだ」
二人の会話はささやきのように静かだが、互いに真剣な思いが交わされる瞬間だ。今までとは異なる形で、自分の感情が自然と表面に現れるようになったことで、彼女たちは少しずつ村人たちへの「向き合い方」を模索し始めていた。
ふとミルダの視界の端に動くものが見えた。彼女が目を向けると、近所の老婆が道端でつまずき、買い物の籠から野菜が転がり落ちているところだった。
(あのおばあちゃん、確か腰を悪くしてたはず…)
今までなら、その場面を見て心の中で気になりながらも、すぐに目を逸らして歩き去っていたことだろう。「手を貸しても、どうせ嫌がられる」――そう思い、遠巻きに眺めるだけだった。けれど今、ミルダの足は自然と老婆の方に向かっていた。迷いも、ためらいもなく。
「大丈夫ですか?」と小さな声をかけると、老婆は驚いたようにぎょっとしたように目を丸くして身を引いた。
「だ、大丈夫だから…触らないでおくれ…」
老婆の目には、まるで何か不吉なものを見るような嫌悪が浮かんでいた。彼女は双子が小さなころから知っている老婆だ。こんな反応が返ってくることも分かってはいたが、その一言に、ミルダの表情が曇る。
その様子を見ていたグラシアは、すぐに駆け寄り、少し乱暴に野菜を拾い上げながら、憤りを抑えきれずに口を開いた。
「どうしてそんなこと言うの?ミルダはおばあちゃんを助けようとしただけじゃない」
老婆は困惑しながらも、双子に視線を合わせないようにして「お前たちには関わりたくないんだよ」と小さく呟くと、荷物を奪うようにして手早く拾い上げて去って行った。
その場に残された二人。ミルダはうつむき、拳を握りしめていたが、グラシアはなおも怒りが収まらない様子で、「なんであんなふうにされなきゃいけないの?」と苛立ちをぶつけるように呟き、ミルダの肩をぎゅっと握りしめる。その触れ方には、どこか必死なものが感じられる。
それでも、ミルダは静かに顔を上げ、「今はまだ分かってもらえないかもしれない。でも、私たちが変わったら、きっといつか…」と弱々しくも前向きな表情を浮かべた。
グラシアはその言葉に少し驚いたような顔をしたが、すぐにむっとした顔に戻る。
「ミルダは優しいのに……こんなの、みんなの方が呪われてるよ」
眉尻を下げたミルダは妹の手にそっと自分の手を重ねた。