双子の願い-2
ここではなんだからとセリヴァルは双子を部屋に招き入れ、椅子に座らせた。
二人は緊張しているのか、そわそわした様子で落ち着かない様子だが、セリヴァルは特に気にする様子もなくのんびりと紅茶を入れている。やがてカップを2人の前に置くと、自分も椅子に腰を下ろして足を組んだ。その一連の動作は美麗そのもので2人はドキッとした。
「女神様みたい…」
「ホントだね…」
ポソポソ呟き合う2人にクスッと笑うセリヴァル。
「…あれとは仲悪いけどね」
2人はセリヴァルの言葉が気になったが、「それで、私に願い事って?」と促されハッとして背筋を伸ばす。
物心つく頃には凶兆の兆しと疎まれ続けた自分達を彼女は受け入れてくれた。
この人なら、自分たちの運命を変えてくれるかもしれないと期待に胸を膨らませる。そしてミルダが、意を決して口を開いた。
「私たち……もうみんなに……イジメられたくないんです」
2人は、互いの言葉を引き継ぐように、ぽつぽつと小さな頃から受けてきた仕打ちを話し始めた。いつも皆から除け者にされてきたこと、村の子供たちに石を投げられたり、追いかけられて転ばされたこと、汚れた服を笑われたこと……。そんなつらい日常を思い出しながら、彼女たちはセリヴァルなら分かってくれるのではないかと一縷の望みを抱いて話し続けた。
そして話し終えると、互いに小さく頷き合い、セリヴァルを見上げる。
セリヴァルは黙ったまま、ただ双子を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「他者の心を変えることは、とても重い対価が必要になるわ。それに、これから出会う人たちの心までは含まれない」
その言葉に、ミルダは唇をかみしめて俯き、グラシアは驚いたようにセリヴァルを見つめた。セリヴァルはその視線を受け止めるように、静かに話を続ける。
「たとえあなたたちが重い対価を支払って今、あなたたちの周りの人間の心を少し変えたとしても、あなたたちが今後出会う人たちの心はまた新しいもの。すべてを変えるには、それこそ天秤が傾くほどの重い対価が必要になるわ。とても支払いきれるものじゃない」
双子はその言葉にしばらく息を詰めて黙り込んだが、やがてミルダがゆっくりと囁くように口を開いた。
「じゃあ……もう、何も変えられないんですか……?」
セリヴァルは小さく首を振り、双子の顔を見据えたまま言った。
「それでも……というのなら、一つだけ方法があるわ」
突然の言葉に、双子はハッと顔を上げ、希望の色を浮かべた目でセリヴァルを見つめる。だが、彼女がその方法について話し始めると、次第にその顔が曇り始めた。
「自分たち自身を変えるなら、対価も多少は軽くなる」
「じ…自分たち……?」
双子はその言葉の意味が掴めないのか、不安げに顔を見合わせ、再びセリヴァルを見上げた。ミルダが、声を震わせながら訊ねる。
「それって……双子じゃなくなるってことなんですか……?」
その問いに、セリヴァルは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに「ふふっ」と優しく笑みを漏らし、やがて「あはははは!」と明るく声を上げて笑った。
「そんな必要はないわ。…双子じゃない方が良かった?」
その言葉に、双子は驚いたように一瞬黙った後、同時にぶんぶんと首を振った。2人の動きがぴったりとシンクロしているのが微笑ましく、セリヴァルは少し楽しくなる。
「私たち、2人だから耐えられたんです。もし双子じゃなかったら、嫌われなかったかもしれないけど……それでも、グラシアがいてくれて、私は本当に良かったと思ってるんです」
まっすぐにセリヴァルを見て言い切るミルダの言葉に、グラシアは少し照れたように「私も」と小さく答えた。彼女の頬がほんのり赤く染まっているのを見て、セリヴァルは満足したようににっこりと微笑みを返す。
「要はね、他者ではなく、自分たちの心の在り方を変えるということよ。立ち向かってもいいし、受け流してもいいし……それを選ぶのはあなたたち自身なの」
双子はセリヴァルの言葉に少し驚いた様子を見せた。今まで、村人たちからの嫌悪にただ耐えるしかないと思い込んでいた彼女たちにとって、「選択肢」というものがあることが信じられない様子だった。
「…選べる、んですか?」
ミルダが恐る恐る口を開く。セリヴァルは小さく頷きながら、静かに双子を見つめて続けた。
「ええ、そうよ。村人たちの視線や言葉にどう向き合うか、あなたたち自身が選んでいいの」
セリヴァルの言葉は、彼女たちにとってまるで新しい扉を開くように響いた。今まで押しつけられてきた他人の感情に対して、どう在りたいかを考えるなんてことは、一度も思いもしなかったからだ。二人は真剣な顔で考え込むように俯いた。
「私…、自分の気持ちを…きちんと表せるようになりたいです」
しばらくして、ミルダが勇気を出して言葉を絞り出した。その隣で、グラシアも静かに頷く。
「うん。私も、ただ怯えるだけじゃなくて、自分の言葉で…ちゃんと、伝えたい」
双子が互いに顔を見合わせて、力強く頷き合った。その眼差しは、少し前よりも確かな意思を宿しているように見える。
セリヴァルは彼女たちの様子をじっと見つめ、「そう…」とゆっくり頷く。双子が自らの気持ちに向き合ったことを感じ取った彼女は、静かに問いかけた。
「私に頼むなら、当然対価が必要になるけれど、どうする?自分たちでがんばれそう?」
双子は一瞬戸惑い、顔を見合わせる。彼女たちは自分たちの力で心を変えられるのか、それともセリヴァルに頼るべきか悩みながら、ゆっくりと口を開いた。
「…もし、お願いするなら、どんな対価が必要なんですか?」
セリヴァルは彼女たちの視線を受け止め、静かに言葉を続けた。
「そうね…。あなたたちの心を縛っている『心のフィルター』を対価としてもらうわ。ちょうどいいしね」
ミルダとグラシアは息を呑む。彼女たちの心を縛っていたもの――それは、自分たちでも気づいていた、過去の痛みや周囲の冷たい目に怯え、作り上げた防壁のようなものだった。自分たちは神が堕とした咎の証なのだから、自己主張なんてしてはいけないと思い込むことで自分たちの心を守っていたのだ。
しばらくの沈黙の後、ミルダが決意を込めた目で頷き、グラシアもそれに倣うように小さく頷いた。
「…お願いします。私たち、その対価を捧げます」
セリヴァルは双子を見つめ、ゆっくりと手を二人の眼前にかざしながら、穏やかな微笑みを浮かべて静かに告げた。
「その願い、叶えましょう…」
彼女の言葉が響いた瞬間、まるで彼女の声に呼応するかのように風が周囲に舞い、柔らかな光がふわりと集まり始めた。光の粒は次第に双子の胸元に吸い寄せられるように集まり、ミルダとグラシアの胸から、透明な霧のような何かがそっと抜け出していく。
それはまるで、二人の心に長らく覆いかぶさっていた重い影が、風と光に溶けて消えていくかのようだった。彼女たちの視線の先で、ふわりと漂うその何かが淡い光を放ちながら空中に浮かび、やがて風に乗ってどこか遠くへと消えていく。
双子はその様子をじっと見つめ、胸の中が不思議なほど軽くなっていくのを感じる。そして、そこに残ったのは、透き通るような穏やかさと、新たな希望の光だった。